さ、サブタイ通りデート回!
休日。俺も勇者として認知され始めたので、キャスケット帽を被って丸亀城前にいた。服は以前買ったもの。あまりセンスはない方なので、無難さがよく分かる仕上がり。
(...俺は、勇者なんかじゃないのに)
俺という人間は、どんなだっただろう。彼女の、彼女達の側で笑っていた俺はどんな奴だっただろう。
「......」
昨日、定期検診があった。精神が不安定だと安定剤を貰った。
(前の方が不安定だと思うんだがな...)
「椿さん!お待たせしました」
「別に待ってないよ。杏」
伊予島______杏からの命令は、彼氏彼女設定で一日デートしろというもの。恋愛小説を好む彼女らしいお願いだった。
(確かに本当の男子を好き勝手使えるなら、そうするかもな...)
デートの相手として満足してもらえるのかはわからないけど、命令だから仕方ない。寧ろ俺にとってはご褒美だろう。
「折角可愛い子からデートのご指名だからな...ただ、行き先は全部任せます。この辺まだ詳しくないから」
「だ、大丈夫です!お任せを!」
なかなか興奮してる様子の彼女を他所に、辺りを見る。今回追跡者はいないらしい。
「でも、椿さん...お世辞とか言わなくていいんですよ?」
「え?別に言った覚えないけど」
「いや、その、可愛いって...」
「事実を言っただけだろ?ナンパされるくらいだし。大体お世辞ってのは...こほん。今日も素敵だよ杏。僕のためにお洒落して来てくれてありがとう」
「ぁぅ...俳優になりません?」
「ならねぇよ」
イケボ(当社比五割増し予想)に顔を赤くする杏の案を否定して、俺達は歩きだした。
俺達の共通話題である本を巡るため書店へ。恋愛小説メインだが、それ以外にも面白そうな作品を教えてもらった。杏のプレゼンが魅力的で、一方的に話されている筈なのに自分が本を読み、体験したような気分になる。その癖ネタバレはバッチリ回避してるんだから恐ろしい。
次に訪れたのは_______
「意外だな」
「私も普段来ませんが...こ、これを撮りましょう!!」
ゲームセンターの一角を占拠する、カップル御用達のプリクラである。
「...こんな感じになってるのか」
写真撮るだけで400円も取られることに驚く。今日がはじめてだった。
(別にプリクラで撮るまでもなくカメラ回ってるし...東郷とか...な)
「き、緊張しますね」
「思ったより狭いんだな...」
「...今日はカップルですから、ビシッとやりましょう!」
『じゃあ始めるよ!』
「うわ喋った!?」
お金を投入してから唐突に始まった機械音声に従ってポーズを決める。
「うわこれもっと寄んなきゃ見切れが...」
「ち、近づいてください!」
『最後はキスしちゃおう!』
「機械に催促されたくないわぁ!」
「椿さん!」
「やらねぇよ!?目を覚ませ伊予島!!」
結果。
「...」
「...」
出来たのは肩と腕をくっつけてあたふたしてる過去の二人(写真)と、恥ずかしさやらもどかしさで互いの方を向けない今の二人だった。
「...しばらく、プリクラはやめとくか」
「はい...」
「これも極秘で」
「はい」
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「......はぁー」
「ふぅー...」
気づけば夕方。カフェでコーヒーを飲む私達は、一つ息をついた。
「...あの、なにか?」
「あ、いや別に」
プリクラも性能は高くなってて、スマホに送られてきた写真を見て、閉じた。
「これで命令は達成か?なんか俺も楽しんだ感じだが...」
「...まだです。帰るまでがデートですよ」
「遠足か...」
何故か少し古雪さんが震えながら、コーヒーを流し込む。
(...頑張ろう。私)
私は意を決して、口を開いた。
「......椿さん」
「ん?」
「今の私は彼女です」
「あぁ」
「だから、相談してください。あなたの悩んでいることを」
コーヒーを持つ手が、今度こそ明確に震えた。
「...悩んでなんかない」
「嘘です」
「なんで言い切れる」
「悩んでない頃の椿さんを知ってるから、違いがわかるんです」
「...悩んでない頃?」
それが、琴線に触れたのか。
「...なんだよ。それ」
「え?」
「俺は!こんな場所に来て!勇者やらされて!!悩んでない時があった!?必死に考えて!!生き残る方法をとって!!」
「椿さん...」
彼は周りの目を気にせず叫んだ。
(落ち着いて。私...)
「ここまでやってきた俺を否定するのか!?」
自分でも何を目的に喋っているのか分からなさそうに、ひたすら言葉を並べてる印象。
「...否定なんてしません。椿さんは私達と一緒に頑張ってくれてますし、私自身も頼りにしています」
「じゃあなんで!?」
「...私を抱きしめてくれた時」
ポツリと呟いた。
「本屋さんの前でナンパされて、助けてもらった時。あの時私を抱きしめてくれた貴方を知っているから」
怖くて、誰かに助けてほしくて。
『嫌だったら離していいから...落ち着け...な?』
あの時のこの人の優しさは、迷いなんてなかった。
誰かのために動ける。それがきっと、この人の素なんだ。
「...たった、一回、それだけで?」
「それだけでいいんです。そんな簡単なことだから、私は今の貴方がおかしいと感じられるんです」
「...」
「皆に話せないなら、彼女(私)に話してください」
私が今日のデートを提案したのはこのため。苦しそうな椿さんを助けてあげたい。
手を、差しのべる。
「......話せるわけ、ないだろ」
「!」
くしゃくしゃの顔で、そう言われた。
「俺の気持ちも、分からないくせに」
「わかりません。人の本当の気持ちなんて...貴方がどんな思いで、私にそう言ってるかなんて。だから話してください。少しでもあなたのことを教えてください」
「っ!!」
そのまま、まるで今の言葉を悔やむように頭に手を当てる。
「...帰る」
「話してくれるまで帰らせません」
ここで引いたら、絶対後悔する。せめて、私の思いを伝えてから。
「帰らせろ」
「嫌です。そんな辛そうな椿さんを放っておけません。不満なら受け止めます。文句なら謝ります。だから...」
「...なんで、似てるんだよ......」
椿さんは、そのまま開いた口を続けた。
「...やめて、くれよ。思い出させないでくれよ。あいつらはいない。だから頑張ろうって思えるんだ。帰らなきゃって思うんだ。なのに、なのに...」
どちらかと言えば独白に近いそれ。
「......分かりました。もうやめます」
「...じゃあはじめからやるな」
「椿さんから話してくれるまで、待ち続けます。これだけは覚えておいてください」
私は、私なりに必死に考えた言葉を伝えた。
少しでも、椿さんのためになることを祈って。
「私は椿さんのこと、大切な仲間だと思ってますよ。いつでも頼ってくださいね」
「おーい。杏?」
「え、なに?」
その日の夜。私はタマっち先輩と同じ布団に入っていた。
「なんでそんな悩んで...そうか、ずばり!古雪だな!」
「......凄いね。タマっち先輩は」
「杏のことならわかる!妹のことだからな!」
本当の姉妹みたいな私達。
「タマっち先輩がお姉さんなの?私の方が背が高いよ?」
「なんだとぉ!?タマの方が先輩だろぉ!!」
「冗談だよ」
「...あいつどうかしたのか?」
「...椿さん、凄い悩んでるのに、私じゃ話し相手になれなかったんだ」
気持ちを吐露する。あの人の心の奥底にある気持ちは、あの人に聞くことでしか分からない。
上の方の気持ちは吐露してくれたけど、その原点はまるでわからない。
「......タマはうじうじ悩んでるなんて嫌だ。というか悩むこと自体好きじゃないから、古雪や杏の気持ちも今一わからん」
「うん」
「でも、杏のことならいくらでも支えてやる。古雪も...まぁ、支えてやる。だから杏はおもいっきりやれ!」
「...ありがとう。タマっち先輩」
ぎゅっと抱きしめると、返してくれた。暖かくて、心地よくて、すごく好き。
「でも、タマっち先輩も無理しないでね」
「無理なんてしてないぞ」
「切り札使ってから調子良くないでしょ」
「っ...」
私には分かる。タマっち先輩が四国に戻ってきてからどこかぎこちないことも。
「切り札は人の身に人外(精霊)を宿す力。どんな悪い影響が出るか解明しきれてない。だから...」
「...タマも杏を悩ませてる原因だったんだな......でも大丈夫。ひなたも神託で『今までにない事態が起こる』なんて言ってたけど、皆で力を合わせればきっとなんとかなるさ」
「...うん。そうだね」
「それより杏、いつの間に古雪を椿さんなんて呼ぶようになったんだ?」
「え!?あ、あのー...」
「やつはタマチェックをしてやる必要があるな...」
「そうじゃないの!タマっち先輩________」
タマっち先輩が寝静まってから開いたスマホには、ぎこちないながらも笑顔の椿さんが写っていた。