古雪椿は勇者である   作:メレク

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のわゆ編を書くきっかけになったとも言える話に突入です。この話はもう少し続けるつもりだったんですが、全体に受ける印象が違って来そうだと思ったので次話に回しました。


18話 手遅れ

「......」

 

手を眺めても、震えることはない。

 

パソコンで言えば、同時平行で調べものし過ぎてフリーズしてる状態。それが今の俺__________だと思う。

 

今一、自分の持つ感情が分からない。何を考えているのか分からない。ずっと靄がかったような。

 

(俺にとって彼女達は、ただの防衛目標で...バーテックスの倒し方は...早く帰らなきゃ...)

 

どこかの記憶と記憶が繋がったり切れたり。確かにある。彼女達のことを思い出せる。

 

(友奈、東郷、樹、風、夏凜、園子、そして銀...)

 

外の景色など、見てる余裕はない。

 

 

 

 

 

「ひなた。精霊を使った切り札について、大社にもっとよく調べるよう伝えといてくれ」

「はい...でも椿さん。それ昨日も言ってましたよ?」

「え?そうだったっけ?」

「...あの」

「いや悪い悪い。一日で変わるわけないよな」

 

謝って席につく。普段と変わらない授業が続く。

 

皆について纏めだしたノートは、一冊書くこともなかった。代わりに、点の数だけが増えていく。

 

俺がシャーペンでつついてる後だ。

 

(......)

 

なんとなく、ただ無心で。でもなにかせずにはいられなくて。

 

『________』

 

鈍い痛みを抑えて、ひたすら時間を潰す。

 

 

 

 

 

だけど、それは来た。アラーム、光。

 

「バーテックス!?」

「授業なくなったー!」

「樹海が消えたらあるよタマちゃん...」

「皆行こう!」

 

周りの声。

 

椅子から立ち上がって、戦衣を構える。

 

「来い」

「_______」

 

唯一、彼女の声だけが聞きとれなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今回は杏の言う通り、切り札の使用は控えていこう」

 

事前に若葉さんに切り札の危険性を伝え、リーダーとして言ってもらう。

 

「使用せざるを得ない場合もあるわ」

「っ...」

「ぐんちゃん。アンちゃんの言う通りだよ。使わないことに越したことはない!ね?」

「...えぇ。ごめん。伊予島さん」

「いえ...」

 

(皆精霊の力を使って、少なからず疲弊してる...)

 

何日たっても拭えない疲れ。精霊の力はそれだけ強い。

 

「敵が来るぞ。作戦はあるのか?」

「古雪と私で中央に。側面に友奈と千景、頼めるか?」

「まっかせて!」

「わかったわ」

「球子は状況によって動いてくれ。杏は後方支援を。進化体さえ作らなければこの程度の数、大したものじゃない」

「了解だ!」

「わかりました」

 

それぞれの武器を構える。

 

「よーし!皆で勝ってお祝いにお花見だ!」

「楽しそう!亀山公園の桜綺麗だもんね」

「私も料理用意しますね」

「じゃあタマは魚釣ってきて焼く!!」

「もうそれお花見じゃないわよ...」

「そこまで...では、皆行くぞ!!」

 

前へ出る二人を眺めて、敵を見た。

 

(無理はしないで...)

 

 

 

 

 

「てぇーい!!」

 

タマっち先輩が合体しようとしていた敵に攻撃する。ワイヤーが巻かれて戻ってくる頃には、バーテックスは何体も消えていた。取りこぼしを矢で仕留める。

 

「こいつら合体ばかりしようと...!」

 

最初こそいつも通りだったけど、やがて敵は複数の場所で一ヶ所に集まろうとしていた。

 

「数が...間に合わない!切り札を使うぞ!」

「待ってタマっち先輩!!」

 

タマっち先輩は何度も力を使ってる。これ以上無理させられない。

 

「手を出さないで。ここは私が!」

 

願うは殲滅。あらゆるものを凍らせる雪と冷気の具現化。死の象徴。

 

(雪女郎!!!)

 

私を中心に猛吹雪が吹き荒れる。バーテックスはその体が凍り、亀裂が入って樹海へ落ちていった。

 

「皆さん危険ですから動かないでください」

「よかったのか!?切り札を危険視していたのはお前だろう?」

「今まで一度も使ってないから皆よりは安全...だと思う」

「全く...無茶するなぁ。杏は」

 

一度吹雪が止みだすと、落ちていくバーテックス達が見えてきた。

 

「やったな!あとは残りの奴等を__________」

 

そして、見えた。

 

白き嵐をもろともせず、ゆったりとその巨体を晒していく。全体的に黄色くて、尻尾から針が生えた化け物。

 

「ヤバイぞ。あれ」

 

この前の戦いで出た奴が、完成したらこんな感じだっただろうと思う。タマっち先輩でさえ顔が青ざめている。

 

「大きな...エビ?」

「蠍に近いと思うわよ。高嶋さん」

「あれの相手は俺が...くそっ!邪魔するな!!」

「椿さん!」

「迷ってる場合はなさそうだな」

「使うわ...切り札」

「皆待って...!」

 

大型進化体だけでなく次々と現れる進化体を見て、椿さんは別方向へ突出。皆はそれぞれの精霊を使ってしまった。

 

(そんな...皆...)

 

「危ない!!」

「っ!」

 

さっきまで私がいた場所に、鋭い針が刺さる。

 

「大丈夫か!?杏!!」

「うん...っ」

 

切り札を使って助けてくれたタマっち先輩に頷こうとしても、左腕が動かなかった。

 

「その傷!」

「...あの針、毒があるみたい。かすっただけで......」

「あいつ!!」

「大丈夫。右腕だけでも戦える」

「...わかった」

これ以上あの敵に好き勝手させるわけにはいかない。攻めの姿勢。

 

お姉さんは、私の意思を理解してくれた。

 

「なら同時に行くぞ!最大火力だ!!!!」

「うん!!!」

 

巨大化した旋刃盤は加速して、炎を散らして突っ込む。

 

「これでぇぇぇ!!」

 

ぶつかった瞬間、私もボウガンの引き金を引いた。冷気を広範囲に広げてたさっきとは違う、最高の力。

 

大きな爆発が起きて、一度距離を取って様子を見て__________背筋が凍った。

 

「そんな...効いてない」

 

少し黒ずんだ、というかすすがついたくらいにしかなってなかった。

 

(精霊の力を使ってこれなんて...)

 

「くそっ!もう一度...」

 

そのとき、世界がひっくり返ったんじゃないかと思った。

 

 

 

 

 

「う...」

 

重そうな音が響くなか、私は目を開いた。

 

「強化が...解除されてる」

「気がついたか!?」

「ぇ...」

 

目の前には、同じように強化が解除されてて、盾として構えるタマっち先輩がいた。

 

「タマっち先輩!?」

「早く逃げろ!!」

 

敵の針の攻撃を受け止めながら、そう言ってくる。

 

「何いってるの!?逃げるなら一緒に!!!」

「無理だ...もう足が動かない...だから」

「タマっち先輩を置いて逃げれるわけないでしょ!!!」

「...全く。じゃあ守るしかないじゃないか!!!」

 

ボウガンを構えて、巨大な敵に撃ちはじめた。

 

気にする様子もなく、針を突きつけてくる進化体、防ぐタマっち先輩。

 

(私も一緒に戦うんだ!!)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「タマは盾!!杏の盾だ!!傷つけさせない!!!」

 

持ってくれ旋刃盤。

 

『なんとしても倒すんだ!!タマっち先輩が守ってくれるなら私が倒す!!!』

 

一撃一撃は効かなくても、続ければ。

 

「タマが」

 

『私が』

 

「『絶対に!!!!』」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

一瞬だった。鋭い針は盾を貫き、その体を刺す。

 

痛覚を意識できないくらい、腸が消し飛んだ。そのまま持ち上げられて、気分はまるでジェットコースターに乗ってるみたい。

 

子供が使ってたおもちゃに飽きたように、ポイと捨てられた。宙を舞って、樹海に落ちる。

 

(おっかしいな...)

 

痛みは感じないくせに、周りの声はよく聞こえた。

 

「あ、あぁ...」

「そんな...なんで...」

「古雪!!」

「椿さん!!!」

 

(ほんと、なんでだろなぁ...)

 

戦いが始まる前には、耳障りなことを喋る伊予島なんて________勇者一人くらいなんて_______とすら思っていた。はず。なのに。

 

俺は、彼女たちをギリギリで押し飛ばして、自分が貫かれた。

 

確かに彼女達を守らなければ俺は帰れない。だがそれは、俺の命があってこそ。

 

なぜ庇ったのか。こんな、即死の致命傷を喰らってまで守るなんて__________

 

「い、よ...ま」

「!!!」

 

(あぁ...そうか)

 

姉妹みたく似たように涙する二人に、左手を伸ばす。赤いミサンガが周りの血と同化してどこにあるか分からない。

 

「ど...」

「!!!」

 

(とっくに...俺の中でこの世界の皆はとっくに......守りたい『仲間』だったんだ......)

 

俺のために泣いてくれる二人。その姿に靄がかかっていく。

 

「み、ん...な」

 

許してほしい。こんな俺を。死ぬまでそんな当たり前で大切なことにさえ気づけなかった俺のことを。

 

乃木。ひなた。郡。ユウ。伊予島。土居。

 

「ごめ、んな...」

 

その言葉は血と共に吐き出され、聞き取られてるのかわからなかった。

 

俺は、その瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

大型進化体が振り回した尾から、何か液体がついた。

 

頬についたそれを拭うと_______赤くて鉄の臭いがした。

 

「!!!!」

 

遠くを見れば、杏と球子の走る先に、赤い池に倒れる古雪。

 

「うああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「っ!?」

 

天地が裂けそうな叫びをあげたのは、友奈だった。

 

その姿から一目連が消え、鬼の角が生える。

 

「来い!!!酒呑童子!!!!」

 

大社からも使用を禁じられていた最高格の精霊。切り札中の切り札。

 

装束も変化して、武器である手甲も不釣り合いな程に巨大化した。

 

その姿は、鬼の王_______

 

「うおおおおおお!!!!」

 

その拳は、たった一撃で大型進化体の一部を抉った。

 

(今まで傷らしい傷がつかなかった敵が!?)

 

「破壊力が違いすぎる...」

 

だが、その肉体を顧みない力の代償は_______

 

「がはっ!」

 

友奈は血を吐きながら連撃を続けた。

 

「うああああ!!!」

「もうやめろ友奈!!あとは私達が...」

「そうよ高嶋さん!無理は...」

 

私も千景も叫ぶ友奈を抑えようとしたが、ダメだった。友奈が聞かなかったのもある。だが、一番の理由は私達が固まってしまったから。

 

(...夢であってくれ)

 

考えたくもない。だが、現実としてそれは誕生してしまった。

 

たった今一人を殺し、一人が命懸けで倒した敵が、もう二体いるなんて。感じたことのない恐怖に刀を落としそうになる。

 

「...どうすれば......」

 

突撃する友奈を見て、リーダーとしてどうすれば良いのか考える。

 

答えは瞬時に出るわけがなくて、飛び出す友奈に続いて戦うことしか出来なかった。

 

 


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