古雪椿は勇者である   作:メレク

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19話 この魂に刻まれたのは

「あれ」

 

見たことある景色が見えた。

 

頭の靄はない。凄くクリアな思考。

 

体を持ち上げると、耳に刺しっぱなしにしてたイヤホンがとれた。

 

「......」

 

右見て、左見て、首を傾げる。

 

(あれ、俺...)

 

リビングに向かうと、紙切れが置いてあった。

 

『出掛けてるから。これでご飯食べて』

 

簡素な文字は、筆跡からして親のもの。

 

隣に置かれた小銭と一緒に眺めてると、呼び鈴が鳴った。

 

『椿ー、遅いわよー』

 

「......ぁ」

 

たどたどしい足取りで玄関を開けると__________

 

「全く。何よその格好...メール見てないわね?準備早くしなさい」

 

 

 

 

 

「か...り、ん?」

「以外に見える?...って、大丈夫?もしかして体調悪い?」

「かりんだ...夏凜だぁ!!」

「むぐっ!?ちょ!?やめなさいよ!?こんな道端で抱きつかないで!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「古雪!!古雪!!!」

「.......」

 

タマと杏の声に左手を伸ばした古雪の目から、光が消えた。落ちそうになった腕を両手で掴む。

 

「椿さん...嫌。いやぁぁぁぁ!!!!」

「おい古雪!!杏を悲しませたらただじゃおかないぞ!!」

 

『土居...ありがとう』

『ごめ、んな...』

 

数ヶ月前頭を撫でられたことと、ついさっき血を吐き出しながら言われたことを思い出す。

 

(無茶するやつで、心配になって、杏も気にかけてるからこれからもっと関わってやろうと思ってたのに...これから......)

 

「なぁ...古雪ぃ...これからなんだよぉ......」

 

思い出にふけてるうちに、ひとつのことが頭をよぎった。タマは理屈なく自分の胸に古雪の手を押し当てる。

 

「ほら、ひなたよりはないけど...恥ずかしがれよ。起きろよ」

 

最近の古雪が年頃っぽい反応をしてたこと。

 

胸に当たる手はまだ温もりがのこってる。

 

「タマっち先輩...」

「早く...起きろよ...古雪!!!」

「っ...椿さん。お願い!!!」

 

杏も動く右手で古雪の手を握る。

 

その手は__________

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

最近の霧だらけだった思考は元に戻るどころか前より鮮明な気がする。夏凜とバイクである場所に向かっているが、その背中の暖かさで涙が出そうだった。

 

「ちょ、椿。そんなに急がなくても...」

 

夏凜の制止は聞かない。乗り捨てるようにバイクを置き、扉を開けると、そこには_________

 

「あら、椿じゃない。あんた外で調査なんだからわざわざこっち来なくたって...」

「風ー!!!」

「のわっ!?」

 

彼女を抱きしめ過ぎてバランスを崩し、一緒に床に倒れる。

 

「いったあぃ!?ってなにしてんのよ!?」

「風...風......」

 

それでも嬉しくて嬉しくて涙が止まらなかった。

 

「か、夏凜さん...」

「し、しし知らないわよ!椿の奴、私にもあったらこんな...」

「樹ぃぃぃぃ!!!」

「あたっ」

「なんだってんのよ...」

「乃木さん家の園子さん。到着で~す」

「同じく銀さん到着っす!」

「っ!!園子!銀!!」

 

扉を開けて入ってくる二人も、しっかり抱きしめた。

 

(そうだ。これだ。これが、俺の望んでた...)

 

勇者部部室。勇者部部員。

 

「わわ、つっきー?」

「おっとと...どうした?急に子供みたいになって」

「もう...いなくならないで...」

「元から一緒だろ?」

「そうだよ~?」

「椿先輩?」

「あの、風先輩、これは...」

「あたしにもさっぱり...」

「友奈!!東郷!!」

「わー!?」

 

 

 

 

 

「で、しっちゃかめっちゃかやってくれた理由は話してくれるんでしょうね」

 

椅子にくくりつけられた俺は、涙と鼻水のついた制服を着た風にどつかれていた。なんだかこの感じも懐かしい。

 

「どうせやるならもっと強くだな...」

「え、ホントにヤバいわよねこいつ」

「あの...どうかしたんですか?」

 

友奈が心配そうに声をかけてくれて、俺はポツリポツリと話始めた。

 

西暦の世界に行かされたこと。その時代の初代勇者と共に、苦しい思いをして戦ってきたこと。

 

何度も何度もここに帰りたいと願ったこと。そして、ようやく皆に会えたこと。この部室に戻れたこと。

 

涙と嗚咽を溢しながら、ぐちゃぐちゃの声を響かせた。

 

「私のご先祖様と一緒に戦ってきたんだ?」

「三ヶ月ぶりくらいなのね...」

 

荒事には慣れてるからか、さらっと受け入れてくれる皆。

 

「もう、ここには戻れないんじゃないかって...怖くて」

「椿先輩。大丈夫です。ここには私達がいます。そんなところ行く必要なかったんです」

「そーそー。そんなやつらほっときゃいいのさ」

「友奈...銀......」

「うちの部員を巻き込んだのは誰だって話よね」

「また天の神とかなんでしょうか...」

「今はつっきーがいることに喜ぼうよ~?」

「そうね」

「じゃあとりあえず...」

 

『おかえりなさい』

 

皆が手を差しのべてくれる。暖かい、俺の大好きなこの空間。

 

「あぁ...みんな...」

 

俺も、手を伸ばして__________

 

 

 

 

 

『古雪!!!』

『椿さん。お願い!!!』

 

 

 

 

 

「誰だ?」

 

その手を弾いた。

 

焼ききれた記憶が甦る。感情が逆流する。吐き気を抑えて目の前の皆を見る。

 

「お前ら...誰だ」

「え、な、なにいってるんですか...?」

 

友奈が戸惑うが、俺は気にもせず立ち上がった。

 

俺の望むことを言ってくれた彼女達。

 

(違う...)

 

気にかけてくれる、優しい彼女達。

 

(違う...)

 

俺の望む彼女達。

 

だけど________

 

(違う!!!)

 

「お前らは本当のお前らじゃない!『勇者部』が!!!そんなものか!!!!」

 

人の為になることを勇んで実施する部活。それが勇者部だ。

 

その人達が、今の話を聞いて俺だけを心配する筈がない。

 

こいつらは、見ず知らずの『西暦勇者』さえ心配する子達なはずだ。

 

「椿、皆あんたを心配して...」

「わかってる!俺のために言ってるのは!だが舐めるなよ!誰一人過去のあいつらを否定して気まずそうな顔をしたやつはいない!!全員が俺の身『だけ』を案じてる!おかしいんだよ!俺は、そんな勇者部にいた覚えはない!!!」

 

記憶が戻る。そうだ。元に戻ったと言うなら__________なぜ起きた俺の手元にはミサンガと栞が無くて、ガソリンで動くバイクでここに来たんだ。

 

(そうだ...思い出せ!!!!)

 

手に暖かな何かが流れ込んでくる。本物の_______仲間の温度。

 

『私は椿さんのこと、大切な仲間だと思ってますよ。いつでも頼ってくださいね』

 

(そう。俺はとっくに、彼女達も守りたい『仲間』だったんだと気づいたんじゃないのか!!)

 

「椿先輩...」

「...あぁ。そうか」

 

 

 

 

記憶が全て、繋がった。

 

「皆...いや、俺が作り出した『幻』の皆」

 

七人の顔を見つめる。

 

(初めから俺に出来ることなんて、決まってたじゃないか)

 

俺は勇者じゃない。

 

「俺はあいつらを守りたい。お前たちと同じくらい大切な存在だったんだ。気づくのが遅すぎたけど...まだ取り返せる。きっと、まだいける」

 

気合いと根性があっても、魂を燃やしても、大きなことなんてできやしない。

 

俺が出来ることはいつだって、未来に帰るなんて大層な目標でなく、一生懸命側にいる仲間のために戦うことだけだった。

 

遠くばかりを見ていたから、足元が見えていなかった。

 

(だからさ...)

 

「だから、俺は行くよ」

 

 

 

 

 

「いいのか?それで」

 

いつの間にか七人は消え、俺だけがいた。

 

「また苦しむ。また辛くなる。また弱音を吐く」

 

俺が俺に訴えてくる。この部室に留まり、皆とすごせと言ってくる。

 

「勇者部六箇条、『無理せず自分も幸せであること』だぞ」

「......あぁ。そうだな」

 

かつて、俺が主体的に決めた一つ。無理して皆のために動いた友奈を見て追加したもの。

 

「ここにいれば、もう無理しなくてもいいかもしれない。弱音を吐くこともなく、苦しむこともなく...俺の大好きなこの空間なら」

「ならば______」

「だがな。ここは俺の求める幸せな場所じゃないんだよ」

 

そして、今は_______仲間のために戦いたいから。なるべくでもいい。諦めない。どんな絶望が相手でも。

 

「だから俺は行く。もうここには来ない」

「...そうか」

「あぁ。じゃあな」

 

部室の扉を自分の意志で開ける。光が俺を包み込んだ。

 

 

 

 

 

『やっと、来てくれた!!!!』

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

抉れた腸が焼けるように熱くなる。

 

「うっ...」

「え?」

「嘘...」

 

重かった目蓋を開けると、左手を土居が自分の胸に押し当て、右手を伊予島が握ってくれていた。

 

「なんだこれ...力が...」

「椿さん...」

「...球子、杏...ありがとう」

「「!!?」」

 

二人を抱きしめる。この二人が俺の為に泣いてくれなきゃ。このミサンガをつけた俺の手を握ってくれなかったら、きっとここに帰ってくることはなかった。

 

「ちょっと力を貰ったんだ...二人とも、今までごめん。こんな俺で良ければ、また...いや、今度こそ仲良くしてくれ」

 

また。という言い方は語弊がある。もう一度ここから仲間としてやり直したい________

 

「あぁ...しょうがないな。タマの心は寛大だからな!」

「...椿さん。無事で良かった......」

「ありがとう...って言ってる暇も、ないか」

 

血溜まりから立ち上がり、ほとんど赤くなってぼろぼろの戦衣を確認する。

 

(いや...今の俺なら)

 

「二人は下がってて...」

 

未来に帰りたいのは変わらない。だが、俺に未来を変えるとかそんな大層なことが意識して出来るわけがない。

 

ちっぽけ。単純。だが、それでいい。

 

「皆を手伝ってくるから」

 

仲間を守るために戦う。それが俺だ。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「があっ!!!」

「高嶋さん!」

 

針を持つ大型進化体の二体目を鬼の力で倒した友奈に、限界が来た。

 

血を吐いて、ぐったりと倒れてしまう。

 

「友奈!」

「だめ!やめて!!」

 

そこに、最後の一体の針が迫る。攻撃を受けた私と千景は動こうとしても動けない。

 

(これ以上、仲間が犠牲になることなど、許せるかぁぁぁぁ!!!)

 

「やめろぉぉぉ!!」

 

悲痛な叫びも無意味だと示すように、奴は友奈に向けて__________

 

「やらせない!!!!」

 

その針は剃らされ、地面に突き刺さった。

 

「ぇ...」

「大丈夫か?ユウ」

 

元の若草色は全くなく、赤い血がこびりついた古雪が、友奈の目の前に立っていた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「つば...くん、なんで...」

 

ユウが幽霊を見るような目でこっちを見てる。

 

「皆のお陰さ」

 

二人は力をくれた。三人は無理してでもまだ生きていてくれた。

 

(生きてるなら、まだ助けられる)

 

もう諦めたりはしない。もう挫けたりはしない。

 

「...よかっ...た」

「あぁ。あとは任せて、ゆっくり休んでくれ」

「古雪!逃げろ!!」

「大丈夫だ!!!」

 

乃木が叫ぶのも当然で、地面から抜かれた尻尾の針がこっちへ狙いを定めている。

 

俺は刀_______ではなく、スマホを構えた。

 

(今の俺なら出来るはずだ...)

この世界の切り札である精霊は、自分の理解している力を神樹にアクセスして顕現させる。歴史的に残る事象から学び、自らの強さへと変える。

 

ならば_______『未来』の力を誰よりも理解している俺が、神樹へアクセスすれば。いけるはずだ。三百年の時を越えて、顕現させることが。

(頼む。俺にもう一度、自分のためじゃない。誰かの為に戦う力を貸してくれ!!!)

 

構えたスマホには『牡丹と椿』のマークが映った。

 

「俺は...」

 

俺は一人じゃない。未来とも過去とも繋がってる。そして、今を変えるために戦うんだ。

 

(借りるぞ。銀!)

 

『派手にかましてやれ!!』

 

聞こえた声と同時にスマホをタップ。起きたことは一瞬だった。

 

 

 

 

 

「俺は!讃州高校一年!勇者部部員!!古雪椿!!」

 

紅蓮の炎が全身を包み、二つの斧が迫り来る針をぶった切る。

 

赤き装束。かつての愛服。

 

この世界で一番声を張り上げて。未来まで届くように高らかと叫んだ。

 

 

 

 

 

「俺は、勇者になる!!!!」

 

 

 

 


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