追記。今日は黒沢さんの誕生日!おめでとうございます!
「...!!!」
突然鳴ったスマホを見ると、あり得ない人からかかってきた。慌てて通話をオンにする。
「......もしもし」
『あ、もしもし。えーと...久しぶり、でいいのかな?』
「...よかった......」
『...余計な心配かけさせたみたいだな。ごめん』
電話の相手______椿さんは、声音だけで前と違うのが分かった。
「あの、体調は...それに、風を切る音がしますが」
『今度ちゃんと話す。今は聞きたいことがあるんだ。この数日のことと、郡の実家の場所について_______』
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『健全な心身育成のために両親を丸亀市に移住させ、一緒に暮らしてはどうか』
大社から届いたメールの内容はつまり、私に拠り所を与えるため。
『大社は道具(あなた)を失いたくないだけ。誰もあなたの味方ではないわ』
「...るさい。うるさいうるさいうるさい!」
(村の人たちも両親も勇者である私を誇らしいと言ってくれた!価値を認め、愛してくれるって!)
その存在を証明するため、家に入って________
「帰ってきたのか、千景」
やつれた父の顔は、私が帰ってきたことを喜ぶ感情どころか、気持ちそのものが入ってなさそうだった。
「今母さんは寝てるよ...暴れられるから寝ててもらってた方がいいんだけど」
「...」
「なぁ千景。今更三人で暮らすとか冗談だろ?母さんがこんな状態なのに?」
「それは...大社の提案してることで」
「あぁ。聞いたよ!でも母さんは入院させとくのが一番だろ!!確かに引っ越すのは大賛成さ!すぐにでもこんな村引っ越してやる!!」
怒鳴りちらす親を見て、不安と疑問に満ちた。少なくとも前は良い意味でも悪い意味でもこんなに感情を表す人ではなかったはず。
「一体どうしたの...」
「これを見てみろ!!」
それは、色んな紙切れだった。どれもこれも文字が書いてある。
『勇者は役立たず』
『村の恥』
『死ね』
『人を守れない勇者に価値なし』
『ゴミ一家消えろ』
文字の意味を理解した瞬間、ぐにゃりと視界が捻れた。
「なに...これ」
「毎日毎日うちの家に投げこまれてくるんだ!町中でも陰口陰口陰口!!こんな村住んでられるか!お前のせいだぞ千景!!勇者の癖に負けるから!人を守れないから!このクズが!!!」
『土居と伊予島は無能勇者。税金返せ』
『古雪は無価値』
『タマに任せタマえ!』
『千景さん。また恋愛ゲーム貸してください!』
『ここで、三百年先まで人類を生き延びさせる。それが俺の戦う理由だ』
「っ!!!!」
三人の文字を見て、言葉を思い出して。
土居さんは自信家で、私のスペースにがつがつ入り込んできた。不快に思うこともあったけど______悪くはなかった。
伊予島さんには恋愛ゲームを貸して、凄く喜んでくれた。それからは私にも意見を提案してくれたり______少しだけ仲良くなったと思っていた。
あいつは、どこか飄々としてて、見ててもやもやして好きではない_______でも、大真面目に夢を語る彼は、こうして批評されるような存在じゃない。
(命を削って戦って...その報いがこれ?)
(ふざけてる)
(無価値なのは_____お前たちだ)
私には、もう一人の私なんていなかった。頭の中に響く声は全て、私自身の心の声だった。
耳を塞ぎながら玄関へ走る。
(何故褒めてくれないの)
許せない。
(何故愛してくれないの)
許せない。
(今まで散々頼っておいて、状況が悪くなったら手のひらを返す)
「きゃっ」
「ちょ、大丈夫?」
『クズ』と書かれた紙切れを握る少女たちとぶつかる。昔、同じ小学校に通っていた子達。
「あんた郡じゃない。ふざけないでよね!勇者だからって偉ぶってないで謝りなさいよ!」
(私の価値を認めてくれないなら。私を愛してくれないなら)
「なに、それ...鎌?こんなところで何やってんのよ!」
「戦いなさい」
「は?」
「皆、命を危険に晒してでも頑張って戦ってるわ...あなたも戦え。私達の苦しみを思い知れ!!!」
(そんな奴らいっそのこと...殺してやる)
自分でもこうするのが当たり前のように、鎌を降り下ろした。
「間一髪だったか!」
その鎌を塞いだのは、大きな斧だった。
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電話をかけた理由は、生存報告以外に、唯一質問にしっかり答えられると考えたというのがある。杏と球子は未だ寝てて、乃木は移動中、郡は渦中の人物。そしてユウは、どこか冷静じゃなかった。もとから説明下手というのは分かっているが______ちょっとおかしい。
そういう意味を込めて聞くと、案の定良い報告は何一つなかった。
まず、樹海での戦闘の長時間化から起きた現実への被害。フィードバックの仕組みは過去でも変わらないようで、既に死者も出ているとか。
それからこの時代の切り札、精霊の力の代償について。中身は精神の破壊。明るいユウがあんなに慌てるくらい。乃木が感情的に攻めたてるくらい。そして、郡が実家に帰って安らぎを得なければならないくらいには、重いものらしい。
話を聞いたユウから聞かなかったのは、実家の詳しい位置を知ることは出来ないだろうということと、切迫した状況で冷静かつ端的に説明出来ないと読んだからだ。
『酒呑童子...精霊の代償はやっぱり軽くはなかったわけか』
『はい。椿さんも大丈夫ですか?』
『俺?俺のはちょっと違うというか...少なくとも今問題はない。気持ち的なのなら前よりずっと良いよ』
自分の気持ちに踏ん切りがついた今の俺はそういった負の感情はない。
『無意識とかだとわからんけどな...』
『声を聞く限りでは平気ですよ。まぁ、それはそれとして...』
通話で相手の顔は見えない筈なのに、ひなたがとても良い笑みを浮かべている気がした。
『病み上がりでありながら病院を脱走してる件に関しては、後でお説教ですね♪』
『......軽めでお願いします』
『許しません。どれだけ心配したか身をもって知ってください!!』
そのまま通話はぶち切られた。まぁ、その後メールで郡の自宅の住所が送られてきた辺り、彼女も心配なんだろう。
そのまま近辺に行けば、レーダーに勇者の反応が映って_______人に向けて鎌を構えた彼女がいた。
(不味い!!!)
考える暇もなく、最大の力を纏う。屋根の瓦を蹴飛ばして斧を滑りこませた。
「間一髪だったか!」
「...古雪椿」
「落ち着け郡!それ以上は戻れなくなるぞ!!」
庇った少女が泣きながら逃げ出していく。
(前にもこんなのあったっけか...)
あれは、風が散華のことを知って、樹の声が戻らないと分かった時______最愛の妹の夢を奪ってしまったと悔やんだ時。あの時もまた、俺は彼女と夏凜の間に入った。
(風に比べたらお前のことは全然知らないけどさ...)
目の前で涙を溢しながら鎌を振るう彼女を放っておけはしなかった。
「邪魔しないで!」
「だから落ち着け!その怒りは精霊を酷使した代償だ!!」
「精霊...?そんなの関係ないわ!!!」
斧を使って鎌を防ぐ。大物である武器は人間相手には適さないが、それは攻める側の短所であり、守る側には長所である。
「許せないのよ!!命をかけて戦ってきたのに何故蔑まれないといけないの!?何故裏切られないといけないの!?こんなことになるなら...人を守る意味なんてない!!!!」
「くっ!」
しかし、怒りに身を任せた彼女の殺意は俺の守りを越えそうになる。300年後の勇者服だろうと、バーテックスを倒すために進化してきた物は人間相手の戦いではそこまで利にはならない。
まして、戦闘の意思なんてないのだから。
「どうして反撃しないの!?本気を出せば...その赤い勇者服なら、私より強いくせに!!」
「お前に攻撃とかするもんかよ!」
「そんな綺麗事、強くて自分に自信があるから言えるのよ!!」
「そんなことはない!俺はいつだって誰かに支えられないとダメな奴だからな!」
俺の自力で立ち上がれる力なんてたたが知れている。脆くて不完全で______
でも、仲間がいてくれるなら。大切な人のためなら戦える。
「ならどうして!」
「決まってんだろ!!大切な仲間に向ける武器なんて、俺は持ってない!!!」
「!!」
「確かに今までの付き合いで仲間とか言われたら気味悪いかもしれない!でもな!だからこそ俺はお前とちゃんと話をしたいと思ってる!他の勇者とも、ひなたとも!!」
人を殺めることに、躊躇いがあるなら______その瞳に、まだ涙があるのなら。
「だから落ち着け郡!!人を傷つけたらきっと戻れなくなる!!だが、今ならまだ間に合う!!!」
「もう戻れないわ!!私にはもう...居場所がない!!!」
「まだある!!俺も、ユウもそう思ってる!!」
誰より郡のことを心配していたユウの名を口にした瞬間、彼女の手は止まった。
「......高嶋、さん」
一瞬無音になった俺達の間に、地面を踏みしめる音がした。
「ぁ...」
いつの間に集まったのか、ギャラリーがたくさんいる。俺達を見る目は、決して好意的ではなく。
悪意で、満ちていた。
「やめて...やめて、そんな目で私を見ないで...お願い...お願いです......私を嫌わないで」
彼女はそんな人達がどうやって見えたのか。膝をつき、頭を抱え、呻くように声を漏らし、涙を流す。
「私を嫌わないでください...お願いだから、私を好きでいてください......」
「っ、郡!」
子供の様に泣きじゃくる彼女が地面に倒れるのを支える。気を失ったのか。
「古雪!」
「?あぁ乃木か」
「ひなたから話は聞いた!遅くなってすまない!千景は!千景は無事なのか!?」
「一応無事...だと思う。息はしてるみたいだし...」
人々から割って入ってきた乃木と話していると、頭に何かぶつけられた。
「いてっ」
地面に転がったのは_______
「石?」
「なにやってんだよ...」
視線の先にいたのは、さっき庇った少女がしがみついてる男だった。恐らく父親。
「人を守るのが勇者なんだろ?それがなんで人を...うちの七海を殺そうとしてんだよ...この人殺しが!!!」
「なっ...」
こいつらは今の俺達を見てたのか怪しくなった。確かに人を傷つけようとしたが、これだけ精神が不安定な少女に向けて大人が言う言葉だろうか。
「無能勇者!!」
「あんたたちのせいで食べ物が値上がりしたのよ!」
「災害のせいで商売あがったりだ!!」
「土下座しろ土下座しろ!!」
「そんな...」
「乃木、郡を連れてひとまず病院へ。このくらいの人混み越えられるだろ?」
「いや、しかし...」
「早く!!」
「あ、あぁ!」
あふれでた濁流が止まらないように、口々に人が叫ぶ。
慌てて逃げる彼女にはこんな罵声浴びせられて欲しくないし、何より郡を放置しておくわけにもいかない。
(...にしても、こんなだとはな)
俺は生まれて初めて、人の悪意ってものに触れた気がした。俺は凄く恵まれていた。ここに住んでいた郡はきっと、俺が感じてるより酷い悪意に触れ続けてきたのかもしれない。だからこそあんな言葉を紡いでいたのかもしれない。
もし未来でも勇者の名が広がっていたら、勇者部もこう言われていたかもしれない。そう考えると秘匿主義だった大赦は英断を下したと言えるだろう。
(...よし)
「...すぅー......」
どちらにしてもやることは決まっていた。今は二人に被害がいかないよう、大立ち回りをするときだ。
「逃げるんじゃねぇよ!!」
「おい!話聞けよ!」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
「!?」
石を構えていた男を、悲鳴をあげていた女を、こちらを見ていた老人を黙らせるため叫ぶ。全員の視線がこっちに向いたくらいを見計らって、斧を地面に突き立てた。コンクリートの地面に火花が散る。
「いいか!!てめぇらよく聞け!!確かに勇者はこの世界を守りきれていないかもしれない!!死者を出しているかもしれない!!」
本当はバーテックス、ひいては天の神のせいだが、そんなこと言って止まる奴等じゃないだろう。
「だがな!!あいつらは...勇者は、一生懸命戦ってるんだよ!!命をかけて!!神に見初められたというだけの少女が!!!必死に!!!」
世界を守るため命を散らした幼なじみの背中が見えた。
人類を続かせるためその身を投げ出そうとした後輩の背中が見えた。
「それが理解できなくてもいい!だが!!非難するのは許せない!!!今後そんな言葉を彼女達に言ってみろ!!」
斧を抜いて、真っ正面に構えた。
「この俺が!!古雪椿が許さない!!!分かったらとっとと失せろぉ!!!!」