まぁそれは置いといて、本編を楽しんで頂ければ。
『古雪椿が許さない!!!分かったらとっとと失せろぉ!!!!』
「いやー人気者だぜ...かっこいいっすねー」
「そうですね」
「いや否定してくれよ。冗談だから...」
土産の林檎(既にひなたが剥いてカットしてくれた)をしゃくしゃく食べながら備え付けのテレビを見ての感想を適当に溢すと、期待してたのと違った答えだったので思わずツッコミをいれた。
一時間のお説教を貰った直後だったら、なにも言い返さなかっただろうが。お怒りのひなた様は怖かった。
テレビには、赤色の服を着た勇者_______まぁ俺なのだが_______が守るべき一般市民に向け斧を向けているシーンが映っていた。あの時のことを思い出すと手に力がこもるが、どこにも八つ当たりをするつもりはないので力を抜くだけになる。
(これ風や園子に見せれば、役者向いてると言ってくれるだろうか...杏には前言われたな。俳優やらないかって)
ちなみにこの報道を見るのは二桁に突入している。誰が撮ったのかは知らないが、よく撮れていた。『勇者、古雪椿の残忍な一面』だそうで。新聞にも取り上げられている。
「私や若葉ちゃんは真実を知っていますから」
「まぁ、そだけど...」
ちなみにその前後の一般市民が石を投げる、罵声を浴びせる等のシーンはカットされている。即退院の健康体だった俺がもう数日の入院指示を出されてるのは、投げられた石が頭にヒットして血が出たからだ。俺の戦衣にある治癒機能を使ってもよかったが、事情が事情で大社にこれ以上の機能を見せるのも良くはない。
不死性が失われているからか、あの勇者服だったのに怪我をした。まぁそこは予測できていたし、大した問題じゃない。
(所々違うのなら、今度調べないとな...)
「すまない古雪、私が残っていれば...」
「気にするな...あと、椿でいいぞ。俺もよければ若葉って呼びたいんだが...いいか?」
「勿論構わない」
「じゃあそれで...大体、辛い役目は若葉だろ」
テレビは次のシーンを映していた。
『天災の悲劇からもうすぐ四年。私達は多くのものを奪われました...そして、今再び人類は窮地に陥っています。しかし!!我々はまだ敗北していない!!奴等に奪われた平穏を必ず取り返す!!』
勇者の格好でそう宣言する若葉。その後も続いていき、勇者として抗い続けること。四国に生きる人々全員が勇者であること。そして、勇者の一人が先の責任を取って勇者の資格を大社に預けたことが述べられていった。
「人々を前向きにさせるためとはいえ、こんなこと、本意ではなかった...」
「情報統制は必要なことだ」
「だが!」
「まぁまぁ...寧ろ俺が謝るべきだよな。ごめん」
「そんなことはない...」
今回の件は俺からも頼んだのだ。こうすることで勇者の中で悪なのは俺だけとなる。郡も含め他の勇者が攻められることはない。
(色んな思惑が絡まった結果だけど...ある程度は良いところに落ち着いてくれてよかった)
この情報統制、人心操作、郡が一般人を襲ったこと、そして郡の勇者システムを剥奪したことは世間には控え、若葉に勇者のイメージアップを施しておきながら、俺を悪者として大々的に報じている理由は_________
「失礼します」
「今日は遅かったですね」
仮面は被ってない男達が病室に入ってきて、俺は最大限の煽りの思いを込めて口を開いた。
この状況で得をするのは大社。指示に従わない爆弾である俺から大義名分を持って勇者システムを剥奪できる上、相対的に他の勇者や大社自身の印象改善を図れる絶好の機会だった。
おまけに、把握していない男の勇者システム(だと思い込んでいるもの)の調査ができるとなれば、乗ってこない筈がなかった。周り(必要以上の勇者)が非難されることを避けたかったことも俺と利害が一致している。
「じゃあ、はい」
「お借りします」
実際は剥奪ではない。本当に人に手を出そうとした郡と違って、市民を騙せても取る本人には通用しない。
だからこそ結べた契約。
「頑張ってくださいね」
「......」
そそくさと消えた人達を見て、ちょっとだけ心地よかった。全く信頼してない人をからかえて申し訳なくなるほど、俺は良い人になれない。
(俺だけの力で守れるのは精々、両手で数えられる人数くらいだから...)
「...今回のやり方、私は大社にも疑問がある」
「俺は元々信用できる箇所がなかったからな...所属してるひなたには悪いが」
「仕方のないことだと思いますよ」
彼等が来たのは二日前だった。要約すると、『人に武器向けるとか危ないから没収』とのこと。俺の返事は要約すると『お前らがそう言いながらこいつ調べたいのはお見通し。調べても良いからこの病室の隣でやれ。調べられるものならな!!』といった感じ。
以前自分で調べた時のように、俺の戦衣はプロテクトがかかってる。かといって無理に調べる、もしくは俺との約束を破れば大切な戦力が減るかもしれない。隣の部屋から重たい音が聞こえることから、最新機械を持ち込んでまだまだ調べたいのだろう。一応戦いにおいて最大級の強さを報告書に纏められている俺だからこそ、ある程度上手くいく。
自分の立場と力量を配分させた結果だった。
「あ」
「どうかしたか?」
「...いや、なんでもない」
郡は今ここ(病院)にいない。聞いた話では確か明日_______
「あぁ。うるさーい!」
「タマっち先輩の方がうるさいよ...」
「え?」
「あ」
「はぁ!?」
さも当然の様にカーテンの隣で寝てる二人が会話し出したのを聞いて、俺達は変な声をあげた。
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『アアアアアアアア!』
『落ち着け!聞こえないのか!』
『イヤァァァァ!』
『抗い続けよう!!侵略者から全てを奪い返す未来のために!!!』
『ワァァァァ!!!』
下の階から聞こえる悲鳴と、パソコンから聞こえる歓声と拍手が私の両耳に響く。
「......」
まだ新品独特の臭いのするベッドでうずくまる私には、どちらも心を蝕む音でしかなかった。
大社が用意した、私達家族の引っ越し先。でも、なにも変わらない。暴れる母親、うんざりしたような声をだす父親。あまり響かない大社から派遣された介護士。でも______私にはもう何もない。
心の支えとなる人が欲しい。高嶋さんに会いたくても、謹慎は解けない。無理に外出しようとすれば大社からの派遣員にバレる。力は奪われたまま。
(全部、無くした...価値も、賞賛も)
こうして光の入らない自室で、日陰の人間として生きていく。日向に憧れを抱きながら。
(...私は、高嶋さんの隣には...皆の場所には行けない)
共に戦う勇敢な勇者じゃないから。対等な立場ではないから。
(......もう、私には)
乃木さんが映っているノートパソコンを手に持って降り下ろす_______直前。聞き慣れない音が、やけに響いた。
「...?」
それが新しい家のインターホンだと分かる頃には、下の悲鳴も少しだけ落ち着いてて、部屋の扉が開かれていた。
「失礼しまーす」
「っ...何で」
「暗い部屋だな...明るくしてないと目を悪くするぞ?」
「何でここにいるの!?」
頭に包帯を巻いた古雪椿が、そこにいた。
「あ、ごめん...女子の部屋にノックしないで入ったら無作法だよな。やり直すわ」
「そうではなくて!!」
「じゃあ失礼しますよ」
「出ていって!来ないで!!」
反射的にノートパソコンを投げても、上手くキャッチされてしまった。
「いやお前こんな危ないもの投げるなって。壊れたらどうすんのさ」
「...何の、用なの」
怖かった。私はついこの間彼に武器を向け______殺そうとすらしていた。復讐されても文句なんて言えない。それが堪らなく怖い。
『決まってんだろ!!大切な仲間に向ける武器なんて、俺は持ってない!!!』
そうは言っても、人の本性なんて分からない。裏なんてあって当たり前なのだから。
「いやな?大社から金くすねてソフト買ったのはいいんだが、ハードなくて...というかプレイの仕様も全然違うっぽくて。教えてくれないか?」
だから_______二人対戦型のゲームを持ってきて言う彼も、信じられなかった。
「...ハードは貸す。だからもう出ていって」
「......分かった。じゃあ、またな!」
案外あっさり出ていった彼が消えた部屋は、さっきと少しだけ違う気がした。
(なんなの...)
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「99...100...!」
「何でリハビリ必須のタマ達よりやりこんでるかなぁ...」
「過剰なくらい強くなりたいからな...っと。ふぅー......」
こっちに来てから考えることが多すぎてサボり気味だった筋トレをしてると、隣の球子からそんなことを言われた。
「球子や杏を心から守りたいって思ったから」
「杏はともかくタマもか?タマはそんな弱くないぞ!」
「別にお前を弱いって言ってるわけじゃなくてさ。なんだ...一緒に過ごしたいと思ったんだ」
「っ...古雪は時タマそういうことを平気で言う...」
「球子?」
「なんでもない!!」
「おう...あ、俺のことは椿でいいぞ。俺も球子って呼び出したし」
「聞こえてたのかよ!?」
「前半だけな」
「都合の良い耳め...」
「で、後半はなんていったんだ?」
「なんでもない!!」
ひなたが持ってきてくれたりんごにがっつく球子に、俺はすっと近づいた。
「...なんだよ」
「......弱くはなくても、無理はしてるだろ?」
「っ!!!」
彼女の無理は、普段通りしようとしてること。精霊の力をよく使っていた彼女が、悪影響を受けてない筈がない。
「タマにはなんのことだが...」
「杏に無理してるところ見せたくないんだろ?」
その指摘は図星だったようで。
「...もしかして、椿ってストーカーなのか?」
「酷い言われようだ...ったく!」
「ぁ...」
彼女の頭を優しくゆっくり撫でる。俺が荒れてた時ひなたもしてくれた。
「気持ちはわかるけど、溜め込み過ぎは体に良くないぞ...俺はもう気づいたんだし、大丈夫だから...今くらいは、ゆっくりしてくれ」
「...手を、出すかもしれないぞ」
「お前より頑丈だ」
「酷いことを言うかもしれない」
「本心からだったら傷つくけどさ...まぁ、平気だろ?」
「......ありがと。椿」
「どういたしまして」
少しずつ俯いて俺の裾を掴む彼女が顔をあげるまで、ずっと撫で続けた。力強く握られた裾が擦れる音と、軽い打撃音が部屋に響いた。