「椿さん」
「う、ひなたか」
俺を見つけたひなたが人差し指を立てる。一瞬だけ見せた顔とつまった声を怪しまれてないことを祈るばかりだ。
「まだご無理をなさらないでください。頭の傷、決して軽いものではないでしょう?」
「大したものじゃないから...このくらい、な?」
「ですが」
「椿さん。病院の人から呼ばれてましたよ」
「え、マジ?」
「マジです」
「やっぱり...お説教は今度しますから、ひとまず行ってください」
「ははは...ごめんな。杏、場所は?」
「こっちですよ」
ひなたに別れを告げてから杏についていく。念のため二つ角を曲がってから、俺は口を開いた。
「悪い、助かった」
「罪悪感もありますし、程々にしてください...ひなたさんだって、貴方を本当に心配しているから気にかけてくれているんですよ?」
「それは分かってるよ...恩を仇で返してるような奴に言われても、説得力は皆無だがさ」
事情を知っている杏には、色々フォローしてもらっていた。毎日約一時間病院から消える俺を、リハビリ室だのトイレだのちょっと間の悪い程度に口裏を合わせてくれている。
「...私は、まだそこまで元気に動けませんから」
「杏...」
「でも、リハビリももうすぐ終了です。タマっち先輩も、明日から面会出来るようになる友奈さんも...そしたら、私は直接思いを伝えたいです」
「あぁ...そうだな」
「...千景さんを、お願いします」
「そんなに言われても、俺は一緒にゲームすることくらいしかできないよ」
謙遜しながら周りを確認。
「いってらっしゃい」
「あぁ。いってくる」
(多少強引でも、やらなきゃな...)
頭の傷______多少動く分には全然問題ないレベルの_____を治さないまま、出掛ける先は病院から約四分。割りと近くなのは偶然か狙ってのことか。
道行く人は俺のことを見ても話しかけてきたりはしない。嫌われ者となったが、その原因が脅迫だったので自分に牙を向けられたくないのだろう。
若葉とひなたはこうやって強引にしないだろう。俺もしたくはないが_______前へ歩む為に。
「どうもー。今日も来たぜ」
「......ふん」
来たのは、郡の元だった。
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変な奴で、嫌な奴だった。
『ちーす』
ソフトを買い、ハードを受け取った彼は次の日から対戦に来るようになった。
『コンピューター相手には勝てるようになったし...』
『帰って』
『いやでも...』
『帰って!!!』
見てて無性に腹が立つ。全て無くした私に全てを持つ彼から話しかけてくることに苛立ちを感じた。
私の中の黒い感情が渦巻いて、彼の存在を拒絶する。
『よ、来たぜ』
『よーす』
『たまには早めに来た!...ごめんなさい着替え中だとは知らなかったんでごぼっ』
『変態!!!!』
それでも、何度追い払っても、彼はこの部屋に来た。何度も何度も。言葉だけじゃなくて、ビンタした時もあったのに。
「お邪魔しまーす。今日はどうだ?」
「......」
根負けしたのは、私の方だった。自室に残っていたハードの電源を入れると、彼の口角があがった。
「負けたらもう来ないで」
「前向きに検討します」
その言葉が絶対私の言う通りにならないことを分かっていながら、対戦の準備を進める。自分で自分のやってることが理解できないって、こういうことなんだろう。
「サンキュー...じゃ、やりますか。俺の実力を見せてやる」
30秒後。
「強すぎ...」
「年期が違うのよ」
秒殺だった。再戦する気力すら無くすほど完封した私の隣で、彼は_______
「ちょっと自信あったんだがなぁ...もう一回やらせてくれ!」
「っ...何度やっても変わらないわ」
たった一回で上手くなることなんてそうそうない。そう時間はかからずに彼の操るアバターは倒れた。
「どういう反射神経してんだよ...もう一回だ!」
「もう一回!」
「まだ!」
「ラスト!」
何度も潰されながらそれでも立ち上がる姿はまるで_______
「...なんなの」
「え?」
「こんなことして、なんになるの?」
ゲームのボタンが壊れるんじゃないかと思うくらい、強く握りしめる。
「貴方は、何がしたいの」
はじめ怖かったのは、いきなり現れた勇者が男で、どこか張り詰めてたから。
『いきなりそんな、話しかけてくるなんて...変だぞ。本当に』
途中で心配したのは、どこか似てたから。周りに怯えて、震える姿が私自身を見ているようで、嫌だったから。
そして、今は。
「私には、わからない...」
人を信じられない_______高嶋さんに会いに行く気力さえなくなってしまった私に何をするつもりなのかわからないのが、怖い。
「俺はお前のこと知らないからさ。まずはゲームを通して知れたらいいなと思って」
「っ......」
簡単そうに言う彼は、とても信じられなかった。
(何を言われても信用なんかしないくせに)
「そんなこと無意味だわ...」
「無意味なんてことないさ。現に郡は最初追い返すだけだったのに、こうして遊んでくれてるだろ?」
「...なんなの。あんた」
(無駄な行為をずっとして。鬱陶しい言葉ばかりかけてきて)
「分かりはしないわ。私の気持ちなんて...」
「......そうだな。郡の人柄を知れても、これでお前の気持ちなんて分かるわけないわな...俺は天恐の人が身内にいるわけでもないし、あの村の人達と交流があったわけじゃない...」
下で騒ぎだした声が響いて、それを聞いた彼がすっと目を細める。
「きっと、俺の想像なんて軽く越える経験をしてるんじゃないかなって思う」
「......」
「確かに、理解はできないさ...でも、寄り添うことはできる。話を聞くことはできる」
手を、私に向けてくる。
「気づいてくれ郡。お前を傷つける奴がいるように、お前を心配して、仲間だと思う奴がたくさんいるってこと」
「...嘘よ」
「嘘じゃない」
「嘘よ!!」
「嘘なもんか!!!」
(...本当、なの?)
(そんなものは紛い物よ。あなたを騙すための嘘。そうに決まってる)
「気づいてくれ郡...いや、千景!!!」
「っ!名前で呼ばないで!!!!出ていって!!出ていってよ!!!」
咄嗟にゲーム機と近くにあったものを投げつける。
「...俺はいい。わざわざこれを作るような奴等が、ユウが、若葉が、杏が、球子が、ひなたがまだ信じられないのか!!」
「!!!」
私が投げて、彼が見せてきたのは_______私と彼に向けて送られた、手作りの卒業証書。
「っ...!あ、あぁ...」
(あなたの心を惑わすために作った物よ。あんなものに意味はない...全て敵よ)
(そんなことは...他の誰でもない。高嶋さんは、そんな...)
「あぁぁぁ...」
「お、おい...ごめん言い過ぎた。大丈夫_____あぐっ」
(こんな耳障りな奴含め、全て殺せばいいの...)
(...それは_______)
「......あれ?」
起きたら、朝だった。彼も、卒業証書もない。
代わりに、スマホが置いてあった。勇者の力が入った________
「...夢、だったの?」
どこか覚束ない足取りで、私は部屋を出る。
階段を降りてから部屋を巡ると、いたのは頭を抱えた父親と、死人のように横たわっている母親。
「...こっちの方が、夢ならいいのに」
無意識に呟いた言葉に目を開く。
(私は、一体何を思って...)
頭を振って目をぎゅっと瞑っても、景色は変わらない。母親も、今にも叫びそうな父親も_______
(...?)
そこに疑問を持つのと、手に持つスマホから聞き覚えのある戦いを告げるアラートが耳を打ったのは同時だった。