古雪椿は勇者である   作:メレク

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諸々含めると最もリクエストが多かったと言える回。耳掻きの時間です。


28話 敵と耳掻き

「皆さん!!若葉ちゃんと椿さんを見てませんか!?」

 

「知らないわよ」

 

「お出かけするって言ってました」

 

「場所は!?!?」

 

「え...わからないです...」

 

「ひなちゃんどうしたの?」

 

「折角若葉ちゃんが男の子とお出かけするんですよ!?あんな若葉ちゃんやこんな若葉ちゃんの姿をカメラに納めたかったのに...!!」

 

「いや、尾行はやめてやれよ...ひなたもされたらやだろ?」

 

「大丈夫です。若葉ちゃんには絶対バレないようにやりますので」

 

「あははー...愛されてるなー若葉ちゃん」

 

「高嶋さん、それは違うと思う...」

 

 

 

 

 

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「よかったのか?」

「勿論よくはない。だが...」

「...分かったよ」

 

四国を守る壁は未来のものと比べれば薄いが、それでも人が何人も乗れるくらいの厚さはある。

 

そこで俺と若葉は変身を済ませた。

 

「じゃあ行くか」

 

足を踏み出すと、目の前には大型バーテックスがいた。確か大赦ではバーテックスごとに星座の名を与えていて、春信さんから見せられた資料に乗ってた名前は確か_______

 

(...レオ・バーテックス)

 

獅子の名を持つ最強格の敵は、ただ悠然とそこにいた。

 

俺が若葉にお願いされたのは、このレオ・バーテックスを調べて欲しいということだった。

 

俺が意識を失ってた時千景とユウの三人で来たらしく、その時は手も足も出せなかったとか。大社の方針としては、動く気配もないためひとまず放置らしい。倒す術がないのなら仕方ないことだと思う。

 

だが未来の勇者の力を使える俺なら話は別かもしれないと。

 

勿論最初は全員で行くつもりだったし、俺も二人で行くことは反対した。

 

『何かあったらどうするつもりだ?悩んだら相談だぞ?』

『当然無理するつもりはない。椿で攻撃が通るのか気になっただけなんだ。もしダメならすぐにやめる。ただ...皆の気持ちが休まってる今、余計な不安を抱かせたくないんだ...』

 

そう言われると、今の安心したムードにぶちこむべき問題ではないとも感じた。

 

こうして絶対無理しない。変化があればそれを調べるだけで帰るという条件の元、俺達は足を踏み出した。

 

「にしても...」

 

壁のすぐ目の前で作られている敵は、もう外見は完成しきっている様にも感じる。こいつを見たのは既に一年近く前のことだから正確には分からないが。

 

(星屑はまだまだくっついてるし...)

 

「いや、とりあえずやってみる」

 

折れた刀を逆手に握り、拳を降り下ろす感覚で道中の星屑を切っていく。

 

「せやぁ!」

 

そのままレオ・バーテックスと接触を果たす。折れた刀は刺さることなく、敵の曲面を滑った。

 

「な!?」

 

慌てながらも近くにいた星屑を踏み台にして一度壁まで戻る。

 

(今の...)

 

「椿!?」

「やっぱりこれじゃあダメだった。あれうち(未来)でも強かったからな」

 

太陽の様に膨れ上がったり、炎を纏った星屑を出したりと他に比べても異質な部分が多かった。

 

「...ともあれ約束は約束。効かないと分かった以上帰るぞ」

「あ、あぁ...」

 

すぐに結界中に入って、若葉をちらりと見る。

 

彼女の顔は、やはり落ち込んでいた。

 

「...『白銀(シロガネ)!!』」

「椿、何を...」

 

辿る記憶は狙撃銃。黒髪を揺らす彼女が、親友の名をつけた武器。

 

青い勇者服を着こんだ俺は、両手で構えた。

 

「若葉、もう一回外出てくれるか?五秒でいいから」

「もう一度か...?」

「頼む」

 

壁の外へ消えた若葉を確認して、引き金を引く。ボルトアクションで弾を変え、もう一度。

 

弾丸は結界の外へ吸い込まれていった。

 

「...どうだ」

「椿、何をしたんだ?こちらには何も起こらなかったが...」

「...後で話す。とりあえず戻ろうぜ」

 

 

 

 

 

俺達はそのままの足で図書館へ来ていた。貸し出してるパソコンで簡単な纏めを済ませる。

 

「よし終わり...若葉は何書いてるんだ?」

「次の演説の簡単な原稿だ。大社が用意するんだが、私も率直な気持ちを書いて意見に反映してもらいたくてな。なかなか胸が痛い内容だが...椿はパソコンをよく使うのか?」

「それなりにな。ネットに部活の内容あげたりもしてたし」

 

ルーズリーフに原稿の大まかな内容を書いている彼女に、パソコンを向ける。

 

「とりあえずさっきの敵の簡単な纏めだ。戦うのは別に大社じゃないし、見せるのはお前らだけでいいだろ。他に出てきた今までのやつはどんどん書いてくから」

「分かった...へー、かなり見やすいな」

「ありがと」

「それで、何か新しく分かったのか?」

「あいつに関してはここに書いてあることが全部で、後は俺に関して」

「椿に?」

「あぁ。俺の切り札...未来の勇者の力を借りることが出来るのは、神樹様の結界内だけだ」

 

外に出て使うことが出来なかったのはさっき確認した。銀の力は借りられなかった。異様に敵が固かったが、あそこで銀の力を使えばきっと砕けただろう。

 

(まぁ、かなり固かったのも事実だけど...)

 

「そういうことか。だから結界内に戻ってから銃を出して...」

「急に使えなくなったって可能性もあったから、すぐ確認したくてな」

 

放った弾も結界の外へは行かなかったようで、俺の力の範囲は確定したも同然だろう。

 

「というわけで、あいつに対しては現状待つしかない。結界内に入ったのを迎え撃つ。酒呑童子かそれ以上の精霊を利用して外に出て戦うなんてのは、俺は出来ないし絶対にしてほしくない」

 

肉体、精神共に大きすぎる代償がある以上、使う機会なんかない方がいい。

 

「完成品のレイルクスとかあれば、また別かもしれなかったけどな」

「レイルクス?」

「あぁ。俺が使ってた強化...なんだ、強化機械って言うのか?」

「そんなものまであったのか。未来は優秀だな」

「俺が使ってたのは試作品だし、完成品なんて作られなかったけどなー。ちょっと力が増して空飛べたくらい」

「十分じゃないか」

「...そうかも」

 

一通りの話が終わると、微妙な沈黙が起こる。

 

「待つしかない。か...」

 

窓の外、青空を見て、少しだけ息をつく若葉。

 

「そんなに気負うなよ」

「へ?」

「何が来たって皆無事に帰る。その為に俺がいるんだし、若葉がいるんだし、皆がいる。そうだろ?」

 

リーダーとして背負うものがあるのか。それとも真面目な性格から来るものがあるのか。今回だって彼女らしい頼みだった。何でもやると言ったから、もっと楽しいこととかでもいいのに__________

 

だから、たまには休んで欲しい。

 

「...私は、少し前まで過去に囚われていた。バーテックスに無惨に殺された人々の復讐を胸に抱き、戦ってきた。何事にも報いを与えなければと...それを、仲間の、今を生きる人々の為に戦うと決意してから多くのものが見えた。感じることが出来た」

「若葉......」

「それは他でもない。ひなたや椿、共に戦う皆のお陰だ。ありがとう」

「...お礼を言うのはこっちさ」

 

はじめは、園子の先祖としか考えてなかった。絶対に死なせてはならないと。

 

今は_______そういうことを除いたとしても、俺自身が死なせたくないと思う。この命に変えても助けたいと思う。

 

「...なんか、むず痒いな」

「恥ずかしがることなんかない。こう思うことはなにも変なことではないのだから。話せるうちに話すことは重要だろう?」

「若葉の方がよっぽど男らしいな」

「それは誉めてるのか?」

「誉めてる誉めてる」

 

軽い話になった途端、く~と可愛らしい音がなる。

 

「......」

「...お昼でも食べに行くか。腹ペコで倒れられても困るしな」

「~!忘れろ!」

「やっぱ女の子らしいや」

「な!?」

「さ、行こうぜ」

「待て椿!忘れてくれー!」

 

 

 

 

 

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今日の午後はなかなかだった。椿にからかわれるし、何故かいたひなたが合流して写真取られるし。

 

極めつけは、二人に連れられて可愛らしい服を何着も着せられたことだろう。

 

(似合わないだろうに...!)

 

ひらっひらのスカート、華のあしらわれた髪飾り、ひなたに一度やられたことはあるが、あの時よりどっと疲れた。

 

しかも、今日試着した物の一つ、水色のワンピースは購入までしてしまった。

 

『大社から莫大な金貰ったし気にすんな』

 

「......」

 

姿鏡を前に、もう一度着てみる。一回りすると、裾がふわっと浮かんだ。

 

『若葉ちゃん可愛すぎます!これはメモリーに残しとかなきゃなりません!!』

『や、やめろひなた!消せ!』

『いいじゃん。似合ってんだからさ』

『椿!!』

 

(...?なんだ?)

 

心に燻った感情は、私にはわからなかった。

 

 

 

 

 

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「はー...満足しました」

「なぁ、満足したなら帰ってもいいよな...?」

「ダメですよ。何でもいいと言ったのは椿さんですからね」

「そこを言われると痛い...じゃあ、お願いします」

「はい♪」

 

若葉とひなたの三人で帰る道すがら、ひなたにも『なにかして欲しいことはあるか』と聞いた。

 

返ってきたのは、『耳掻きさせて下さい』というものだった。

 

 

 

 

 

『して』ではない。『させて』だ。

 

(いや、百歩譲ってしてくださいならまだ分かるよ?でもさせてくださいとか...)

 

俺がなにかすることはないか聞いてるのにまさかの返しがきて、思わず『そんなのお願いされなくても...』と言ってしまった。

 

だが、いざやられるとなると。

 

(くっそ恥ずかしい......)

 

親以外の他人にじっくり耳を見られるというのは、思いの外恥ずかしかった。多少慣れてる膝枕も恥ずかしいことは恥ずかしいけど。

 

「最近そんなことまで気を使う余裕無かったから、汚いと思うぞ」

「それはやりごたえがありますね」

「あ、そう...」

「若葉ちゃんはいつも気持ち良さそうに顔をとろんとして、ねだってくるんですよ。その力、椿さんにお見せしますね」

「なっ...ひうっ」

 

「なにそれ怖いんですが」というぼやきをなんとか飲み込んだ俺に襲ってきたのは、入ってくる竹棒の感触ではなく、くにくに揉んでくる暖かな手だった。

 

「ひ、ひなた...何を」

「ちょっと温めると、垢が取れやすくなるんですよ」

「へ、へー...んっ、くすぐったい」

「我慢してください」

 

もぞもぞ動きたくなるが、ひなたの膝も柔らかくて動く度にドキドキする。男子の膝なんて硬いだけなのにこの差はなんなんだろう。

 

「ひ、ひなた...」

「気持ちいいですか?...さて、それじゃあ始めますね」

 

ごそごそと耳元で音がして、竹棒が俺に入ってくる。

 

「まずは耳の周り...撫でるように...」

「んっ...ん」

 

カリッ、カリッっと肌を少しずつかかれ、変な声が漏れる。

 

「えいっ」

「んわっ!?」

 

いきなり強いのがきて目を閉じた。

 

(や、やば...)

 

「動かないでくださいね。はい、かーりかーり」

「ぁ...」

 

自分でやる時ですら分からない最高のポイントを的確に攻めてくる。

 

「痛くないですか」

「全然...それどころか...」

「それなら安心です。続けますね」

「はっー...」

 

既に意識は離れかけていた。気持ち良いのがきて、時々奥まできて声が漏れる。

 

そして。

 

(......ぁ)

 

「あぁぁぁ...」

「ふふ...大きいのが出ましたね」

 

 

 

 

 

(...あれ?今俺、意識飛んで......)

 

「椿さん。椿さーん」

「んんっ...どーしたひなた」

「反対、向いてください」

「わかったー...」

 

言われるがまま。なされるがまま。従順なペットのように彼女に従い、彼女の膝で回転する。

 

「はーい。じゃやりますね~」

「頼む...ふぁ...そこっ...!」

 

(これ、ヤバいよ......)

 

さっきは右耳をやってもらって、今度は左耳。ひなたの服が目の前に映る。刺激が強すぎるのだ。

 

(意識飛んじゃう...)

 

その景色も、耳の幸福感に耐えるため目を閉じれば、暗闇しか映らなくなった。

 

後で気づいたことだが、体ごと反対に持ってくなり、ひなたから見て縦に体を置けば平気なんじゃないかと思ったが、やられてる最中そこまで思考が回ることはなかった。

 

 

 

 

 

「はい。終わりましたよ。若葉ちゃんに負けず劣らず気持ち良さそうにしてたのでよかったです」

「もっと...ひなたぁ...」

「ダメですよ。ただでさえごっそり取れたんですから」

「んやー...」

 

頭を撫でてくれてる手が優しくて、もうそれ以外がどうでもよくなる。

 

「そうそう。椿さんにお話したいことがありまして」

「ちょっと待ってくれー...」

 

今何の話をされても頭に入らない。後10分くらいはこのまま_______

 

 

 

 

「今後の戦い、満開は使わないで下さい」

「...!?」

 

意味を理解した瞬間、一気に思考が現実に戻され体を震わせてしまった。

 

「どうやら、心当たりがあるみたいですね」

「お前...どうしてそれを」

 

忘れもしない。満開は勇者の切り札だ。圧倒的力を手に入れる代わりに、自身の体を供物として捧げるシステム。アップデートで仕様変更されたが、それでも話に出されて動揺するには十分だった。

 

体を震わせてしまった以上、頭を膝に乗せているひなたにバレない筈がない。

 

「神託で来たんです。貴方に満開だけは使わせないで。と。恐らく若葉ちゃんたちの精霊...酒呑童子の様な強力なものなのではないですか?」

「...大体あってるよ」

 

ここで俺達が言っているのが『敵を倒せる強力な力』ではなく、『使用時に取り返せない代償のいる力』という意味なのは言われるまでもない。

 

(でも、なんで神樹様の方からそんなことが...?)

 

この西暦の手伝いをするために来させたはずの俺に、最大限の助力はするなと言う。その矛盾が頭にひっかかる。

 

「...でも、俺は使うよ。必要以上にやることはないけど」

 

だって、使える力を使わずに誰かを見殺しにするくらいなら。そんなことをするくらいなら、俺はどんな力だって使ってみせる。

 

「やれることがあるなら、全部やる」

「椿さんなら、そう言うと思ってました。きっと神様の言うことなんか聞く必要ないだろって...だから、私と約束してください」

「え?」

「満開は今後使わない。と」

「ひなた...」

 

ひなたの真剣な声が、俺の耳を打つ。

 

「...それは、若葉達が危険な目にあってもか?」

 

ここでこれを言う俺はずるいと思う。俺のためを思って彼女は言ってくれてるのに、その親切をはねのけてるのだから。

 

でも、きっと約束したら俺は守る。守ろうとしてしまう。誰かを助けるために、一瞬でも躊躇してしまう。だったらそんな約束ははじめからしない方が良いに決まってる。

 

「はい」

「ぇ...」

 

だから、彼女が即答してきて俺は困惑した。

 

「確かに若葉ちゃん達が危険な目にあうのはやめて欲しいです。戦いもますます激化してますし、誰かが命を落とすこともあるかもしれません」

「じゃあ...」

「でもそれは、椿さん。貴方にも言えることなんですよ。貴方を含んだ全員で帰ってきて欲しいんです」

「......」

「約束、して頂けませんか?」

「...はぁー...そんな言い方されて、断れる奴だと思ってるのか?ずるいわ」

「お互い様ですよ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい」

 

パタンと扉が閉められて、細く長い息を溢す。

 

『わかった。満開は使わない。使えるかどうかもわからんけどな』

 

椿さんは神樹様をあまり信仰していない______無理やり過去に来させられたらしいので当たり前ではあるが______ので、私との約束として、無理はしないと言ってくれた。

 

若葉ちゃんにも勿論無理をしてほしくないし、他の皆さんも当然怪我もしてほしくない。

 

不安要素なんてたくさんある。私は皆と共に戦えない巫女なのだから、知らない間に誰かが亡くなる、それが今この瞬間に起きるかもしれない。

 

(...叶うなら)

 

誰一人傷つかない世界を。そして______椿さんが無事に帰れる世界を。

 

通達された一枚の書類に触れながら、私は目を閉じた。

 

いつの間にか若葉ちゃんに向けるものと同じくらい大きくなった思いを胸に抱きながら。

 


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