西暦時代にしては、その樹海は静かだった。
「大型進化体が四体...通常のはいないみたいだな」
「壁の外のすっごくでかいのもいないね」
「椿さんの情報に似てますね...完全な姿ってことですか」
「みたいだな。右から覚えてる特徴言ってくぞ。爆弾作るやつ、矢を撃ってくるやつ、反射板持ってるやつ、蠍みたいなやつ」
こちらは勇者が六人、いつものわらわら蠢く星屑はいないので、数では有利。
「ま、これだけ離れてればこっちからやるだけだからな」
『白銀』を構え、すぐに射撃を開始する。
(まずは射撃型から...)
「始めるぞ」
「あぁ...皆、必ず生き残るぞ」
「うんっ!」「おおっ!」「えぇ」「了解です!」
思い思いの返事と共に、俺の第一射は放たれた。
命中率はそこまで良くないが、元の一撃は御霊を撃ち抜くレベル。だが_______
(流石に無理か...?)
東郷の力を完全に理解しきれていないのか、遠すぎるからか、威力は本人より低い気がする。実際、進化体に当たっていても、倒れる気配がなかった。
「椿!!」
「っ!」
仕返しとばかりに飛んできた矢を、園子の盾で防ぎきる。
「あっぶな...サンキュー」
「もう一撃、来るぞ!」
「了解!」
高速で飛ばされた追加の一撃を余裕をもって逸らして前に出る。
(同時展開は出来ないけど...切り替えながらなら戦える!)
「手筈通り突貫するぞ!!」
「無茶はしないでください!!」
「わかってる!お前らは何かあるまで下がってろよ!」
事前に立てた作戦は、俺が前に出て必要に応じて皆がバックアップするというものだった。
(大型進化体相手だと、皆は少なくとも精霊を使わなきゃならない...)
体に負担が大きい精霊を降ろす行為は、してほしくない。
だが、バックアップするだけでもそうしないと太刀打ちできないのも事実。
(だから、俺が前に出て暴れる。すぐに決着をつけてやる)
「行くぜぇぇぇぇ!!!!」
二振りの斧を構え、俺は地面を踏み鳴らした。
(絶対、死なせはしないから!!)
本当の意味で戦闘が始まったのは、俺と蠍の接触だった。
前の戦いで味をしめたのか、執拗に腹を狙って来た尻尾を切り飛ばす。
「二度も効くかよ!」
ただ、爆弾が俺にぶつかってくる。逃げてる隙に、切られた尻尾は再生していた。
「...互いにな!!」
叩くなら一気に全身を叩くしかない。
(もっと、もっとだ)
目の前の敵から注目を集め、その上殲滅させる最良の手段を実行する。
思考を速く。動作を速く。
(加速しろ。誰よりも...何よりも速く!!!)
「はぁぁぁぁぁ!!!!」
感情に比例するように、魂に呼応するように、斧から赤き炎が吹き出る。
爆弾の煙の中を突っ切って手近にいた反射板持ちの目の前に出る。本体との進路を防ぐように置かれた板どもを一刀両断し、もう片方の斧で本体を消し飛ばした。
「まずひとつ!!!」
着地と同時に襲ってくる尻尾についた針を風の大剣を構えて受け流す。尻尾全体が引き摺られて常にかけられる圧力は、それでも俺を倒すには至らない。
「御霊なし(おまえら)ごときに...今さらやられるか!!」
投げた大剣は矢を放とうとした敵の口に入り、怯んだ一瞬で斧を滑らせる。
追撃してくる爆弾を糸を張り巡らせて通さない。
隙をついて伸ばした槍は二体の敵を貫く。
「おぉぉぉぉぉぉ!!!!」
気合いと共に伸ばした槍を横凪ぎに動かせば、体の半分を切られた二体はいとも簡単に消滅した。
「っ!はぁ...はぁ...」
今まで体に刻みつけてきた戦い方に、皆の使い方が頭に入ってくる。自分を動かすのがごちゃ混ぜになって、順応する。
脳をフルで使った疲れか、いつもより息があがっていた。
(だが、これで...)
現れた四体は全て倒した。これで戦いは______
(......)
わざわざ神託で『総攻撃』と言われたのに、たったこれだけなのだろうか。確かに大型進化体の数としては最大だが、それでも__________
(...俺が、前に出されてる?)
「!!しまった!?」
俺が後ろを振り返るのと、目の前にバーテックスが現れるのと、遠い場所に______皆がいた付近にもう一体バーテックスが出てきたのはほとんど同時だった。
「っ!どけぇぇ!!!」
----------------
「く...うぅ」
椿が最後の敵を倒した時、私達の視点は暗転した。
(奴らは学習する...わかっていた筈なのに!)
圧倒的な椿の力に夢中になっていて、樹海を潜って来ていた敵に気づかなかった。せめて端末を見ていれば違ったかもしれないが、過去には戻れない。
(五体目、いや六体目か...総攻撃と言われるだけはある)
目を開けた先では、進化体が神樹様へ向かって行く。
(...)
敵を倒さねば。
(そうしないと...椿が安心出来ないだろう!!!)
未来から来てくれた彼に頼りっぱなしは良くない。例え彼が私達のことを思っているからこその行動でも_______
「降りよ...」
自分に異物を降ろす。その比は源義経を遥かに越える。
『そうだ。このチカラを使って殲滅して、奴らが行った非道の限りに報いを...殺してやらなければ』
「いや、違う!」
私は誓った。過去の復讐のためでなく、今を生きる皆のために力を尽くすと。
笑顔で微笑む杏、球子、千景、友奈、椿、そしてひなた。
今四国を生きる全ての人々の為に戦うと。
『乃木さん、ファイトよ!貴女はまだ立ち上がれる!!』
(...ありがとう。白鳥さん)
もう、飲まれることはない。
「......降りよ!大天狗!!!!」
人間には決して生えない黒き翼。
着ている感覚がないくらい体と合っている装束。
普段より大きくなって、特殊なものを感じる生大刀。
「......」
翼を広げて敵に向かう。クラゲのような見た目の敵は、足に思える箇所をぶつけてくる。
「教えてやる」
一閃。
「人間は確かに弱い。脆い。悪意に満ちやすい」
一閃。
「だが、大切な人を守るためなら何度でも、何度でも立ち上がる」
敵本体の目の前に出る。刀を構える。
「守るべき人の為なら、どれだけ傷つこうと戦える」
一瞬、同じように戦っている彼の姿がちらついて__________
「それが、弱き人間が貴様らに勝てる理由だ!!!!」
交錯した瞬間、無意識に刀を返す。まるで手元で鞭の挙動を操るように。
それで、取ったという確信があった。
そのまま相手は、沈んだ。
「若葉!!無事か!?」
「椿...あぁ。私は平気だ」
「タマも生きてるぞー!」
吹き飛ばされた皆も無事だった。
「ごめん皆、俺がもっと敵の立場で考えてれば...」
「椿さんは悪くないです!五体も相手にしてもらって。若葉さんも...」
「若葉ちゃん、それは...」
「大天狗だ。大丈夫。今不調はない」
「ホントか?あのレベルの敵を一人で倒せる精霊なんて...」
「以前より精霊の力を理解してるからか、力の効率はよくなってる。そう大したことはないさ」
次々出てくる汗をバレないようにしながら、辺りを見回した。広がる樹海に敵の影はない。
「...敵、いないわね」
「端末にも映ってないです」
「終わり...?」
「いや、まだ樹海化が解けない。それにあいつも......」
椿に釣られて壁の方を向く。
その空が、光った。
「ッ!!!」
「つば」
何が起こったのか理解する前に、私の意識は刈り取られた。
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例えば。その一瞬に気づくことが出来なければ。咄嗟の判断で盾を呼び出せなければ。そうであれば今ここで300年先の未来は消えていただろう。
「あ、ぁ、ぁ、あ!!」
腕と盾が悲鳴をあげているのが分かる。肉体が軋みそうな感覚を必死に耐える。
「椿!こっのぉ!!!」
球子が大社から渡されたという防御用の札を投げ捨てる。豪快にばらまかれたそれは、一瞬で塵に変わった。
「なっ!?」
「ぁぁぁぁ...」
(逃げろ...)
口にしたくても、きちんと言葉を出すことが出来ない。なんとか紡ごうとしても、出るのはうめき声だけ。
(これは...こんなの......あれは!)
「くそっ!くそっ!!弱まれよ!!!」
今少しでも力を緩めれば撃ち抜かれるし、逸らすわけには絶対にいかない。隣にいる球子や、視界には映らないが皆に当たりでもしたら______
(...や、ばい)
威力が減衰していく。腕の負担はなくなっていっているんだろうが、なにも感じなかった。
「椿!椿!大丈夫か!?」
(...ひとまず立て直さなきゃ...逃げなきゃ)
咄嗟に腰に用意していた物を掴んで投げ飛ばす。そのまま近くにいた球子とユウを抱えて逃げ出した。
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「椿さん、腕の傷が...」
「このくらい、すぐ治る...」
樹海の下の方、敵も俺達も互いに居場所を見ることのできない空間まで下がった俺達は、困惑していた。
明らかに他のバーテックスと一線を画す力だった。俺の腕は真正面から衝撃を受けたせいで腕が圧縮され、二の腕辺りから血がだらだら流れ続けている。傷口を炎がなめとっていくが、心地よさはない。
「外の大型があそこまで強いなんて...」
「違う。それだけじゃない。あれは『御霊あり』だ」
「御霊?」
「バーテックスの核って言えばいいかな...あるのとないので力が格段に変わる」
「じゃあ、あれは...」
「今まで相手してきた敵なんかとは比べ物にならないくらい強い」
全員の顔がひきつる。俺自身、話しても口に広がる吐き気を抑えられなかった。
「でも、なんとかしなきゃ!!」
「...」
考える。どうすれば勝てるのか。犠牲なしで済むのか。
(あれは満開した勇者が六人がかりで倒したもんだ。しかも、前より強い。満開なしで勝ち目なんて...あるのか?)
精霊バリア擬きがあった頃とはいえ、レオ・スタークラスター(合体状態)の直撃を喰らったから分かる。
(今回のレオ・バーテックスは、あれと同等...いや、それ以上)
「......」
それでも、諦めるなんて出来ない。
たった一撃で、俺の心は折れてしまいそうだった。でも、まだ戦わなければ。
足の震えが止まらなくて、突然動けなくなってるのは、驚く事が多すぎて心拍が安定してないからなのか、単に俺が臆病者だったのか。
(俺一人で突っ込んで、封印の儀を施して、御霊を潰す?いや、流石に...でも、皆を巻き込むわけにも...)
「...椿君?」
「......」
「嘆くのはまだ早い。とか、諦めてる場合じゃない。とか言う人なのに、だんまりね」
「何か作戦を...」
「俺が突っ込む」
「なっ...」
「お前達は下手しなくても一撃で死ぬぞ。強さの次元が違うんだ」
もう誰も死んでほしくない。失いたくない。
「だから俺が前に出る」
「...古雪君」
「?」
「私は、生きてきてやっと、生きることを楽しめるようになってきたの。友達と笑って、遊んで...そんな世界を守りたい」
「千景...」
「だから戦うわ。どんな敵が相手でも」
「っ!!」
七人御先を纏い、七人に増えた千景が、思い思いの顔をしている。
何をやろうとしてるかなんて、分かりきっていた。
「無茶だ!!精霊のデメリットもあるし、それで攻撃が通るとも...」
「やってみなくちゃ分からないわ」
「...椿君。私もぐんちゃんの言う通りだと思うな。やってみなくちゃ分からないよ!」
だらりと下がった血まみれの左手をユウが握る。
「なるべく諦めない方がいいもん!」
「っ...」
「来い!!酒呑童子!!!」
赤き鬼の王を顕現させる彼女の目は、凛々しくて、輝いてて。
「私達の世界は、私達が守る!!」
「ユウ...」
「友奈にそこまで言ってもらって、タマが何もしないわけにもいかないな! 輪入道!!!」
「私も。雪女郎!!!」
身に纏うだけで体を蝕む精霊達を、躊躇うことなく使っていく。
「...さて、椿、あれをなんとかする方法はあるか?」
「......」
その意味が『私達全員で迎撃する方法』を聞いているのは、言われなくてもわかった。
だから、頭をかく。
「あーもう!どうなっても知らないからな!!!」
「もう精霊を使っているんだし、変わらないわよ」
「千景の言う通りだ!タマ達に出番を寄越せ!」
日常を取り戻す。自分と皆が幸せであるための、平和な日々を取り返す。
(今さら神の使いごときに好き勝手やらせるか...!!)
俺達の戦いは、最強のバーテックスへ_______