古雪椿は勇者である   作:メレク

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34話 始まりは

「...」

 

目を開けると、簡素な部屋が映った。自分の部屋から私物を無くしたよう。

 

(...同じ寮なんですし、当然ですよね)

 

ゆっくり体を起こして見渡しても、部屋の主はいなかった。

 

(......ま、まさか、もう)

 

部屋を飛び出して自宅から合鍵を取り、若葉ちゃんの部屋へ向かう。開けた先には、同じく誰もいなかった。

 

「戦いが始まった...いや、もう終わっている!?」

 

巫女である私が動けるということは、全てが終わった後なのだ_______勇者の勝利、という形で。

 

(でも...!)

 

今までで一二を争う勢いで支度を済ませる。部屋が散らかるのも気にできない。

 

目指すのは病院。大小どうであれ傷はあるだろうし、最近の勇者達は何があっても検査を受けに行っていた。

 

(誰も、誰も...!!)

 

机に置かれた書類を気にすることなく、私は走り出した。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『お疲れ様...それから、ありがとう』

 

(闇の世界...って言うと凄い病気感あるよな)

 

どうでもいいことをぽけーっと考えてると、悪い方向に捉えてしまったのか躊躇いがちの声になった。

 

『あ、あのー...』

「...」

『もしかして、怒ってる...?』

「......そりゃ、怒りもするけどさ。せめてお前じゃなければ...いや、その姿じゃなければ三回くらい殴ってただろうな」

『よかったーこの格好で』

「それで、ちゃんと説明はしてくれるんだよな?ユウ」

 

そう言うと、暗い世界でユウが__________高嶋友奈が、微笑んだ。

 

『うん。君が死にかけてるからこっちにいる間は長い。説明するよ。もうある程度は分かってそうだけどね』

「死にかけって...ちゃんと帰れるのか?」

『そこは私の関与できる所から離れちゃったからさ。貴方の体次第だよ』

「...そか。じゃあのんびりしますか...しっかり説明してくれよな」

『任せて』

 

 

 

 

 

『私の名前は高嶋友奈。でも、この世界の高嶋友奈じゃないの』

 

西暦で初めて樹海に入る前に見た世界の中で、高嶋友奈は口を開いた。

 

『パラレルワールドって言えばいいかな?もう一つの世界の私なんだ。タマちゃんとアンちゃんを助けられなくて、ぐんちゃんも助けられなくて、若葉ちゃんと一緒に戦いきれなかった世界の私......最後の戦いで神樹様の養分となった世界の私』

平行世界の住民、ユウじゃない高嶋友奈。驚きもするが、ある程度話が見えるまで黙っている。

 

『私は死んでから精神体として神樹様の一部になった。300年後の戦いで天の神と一緒に神樹様が亡くなる時までずっと。そして、神樹様が亡くなってから...私は、気づいたらここにいた』

「ここは?」

『んー...行き場のなくなった精神体の場所、って捉え方で良いと思うよ。自分の体から君が来た場所だし』

「へー...なんか、もっと擬音パレードになるかと思ったけど、しっかりしてるもんだな」

『伊達に300年以上生きてないからね』

 

精神だけで300年暮らすというのは、ピンと来ない。それでも退屈だろうとぼんやり思った。

 

『神様も人間の分かる範囲から消えて、どうしようか悩んだ。何もしなければただここを漂うだけ...それで、私はやっぱりどうしても若葉ちゃん達を...私の大切な人達を助けたいと思った』

「自分の世界の過去を変えようとはしなかったのか?」

『私が出来るのはあくまで浅い干渉。実際に戦って皆を救えるわけじゃない。私に残された力を使いこなせる人が必要だった』

「...それで、俺だと?」

『そうだよ。君と言う存在を過去に送り込むことで、皆を助けて欲しかった。だからこの世界に来た。私のエゴが全ての始まり』

 

納得いかずに手をあげると、高嶋友奈は教師のように『はい、椿君!』と言ってきた。

 

「どうして俺だったんだ?銀や園子、俺より強い奴なんて沢山いる。最初から勇者を呼べば...」

『勇者じゃダメだったからね』

「え?」

『私は、言わばこの世界の神樹様にはりついたミノムシ。大方のルールは神樹様に従うしかなくて、出来るのはちょっとした力を授けるだけ』

「...それで、どうして俺が」

『神樹様はね。純情無垢な乙女による過剰な干渉を、具体的に言うと時間移動を許さなかった。それが、神樹様は好きに変えられるけど私じゃ変えられない絶対的ルールなんだよ』

「...それは、自分の支配下に置きたいとかそういう?」

『近いかもね』

 

かなり強引に神婚をしようとした神樹様を考えての回答だったが、苦笑いをする彼女を見てこの回答は60点くらいなんだなと感じた。まぁ、それでも分かる。

 

「つまり、乙女ではないが、バーテックスを倒せる人物...勇者でないながら、勇者と同等の力を持つ人が欲しかったと」

『正解だよ...他にもいくつかある世界を回った。でも、勇者を、若葉ちゃん達と一緒に戦って助けられるのは...銀ちゃんという亡霊(勇者)に取りつかれた椿君は、この世界にしかいなかった』

「お前自身の干渉をこの世界の神樹様は許したのか?」

『私はもう半分神様みたいなものだからね。勇者って枠組みから外れてる。さっきも言った通り、大元は私じゃどうしようもなかったけどね。樹海に入りやすくしたり、皆の力を貸せるようにしたり。干渉範囲が壁の中だけだったり条件もあったけどね』

「成る程な」

 

俺というイレギュラーは、若葉達を助けたいと願うこの高嶋友奈にとってうってつけの人材だった。自分の力だけで過去へ送り込めて、バーテックスに向けて共に戦ってくれる人物。

 

「早めにそれ言ってくれれば、あぁも項垂れることなかっただろうになぁ...」

『君の意識に干渉するには私も時間をかけなきゃいけないし、君の心も開いてなきゃいけなかったから。初めて干渉して、次の準備が出来た頃には君の心は閉ざされてた』

「ま、そりゃなぁ...突然知らない場所で、はい戦ってとなれば」

『そこに関しては本当にごめんなさい。謝ることしか私には出来ない』

「...いいよ」

 

実際色々と助けてもらった。神託でひなたに俺についてのあれこれを伝えていたようだし、勇者部の皆の力、レイルクスの力を与えてくれて、特にその代償がなかったのは彼女のお陰だ。

 

最後に全員の思いを繋げてくれたのも。

 

元を辿ればこの時代に放り込まれたのも彼女のせいだが、若葉達を助けるためなら来れてよかったと今は思う。

 

(同じ立場なら、皆を助けたいと思うだろうしな...)

 

「そういやひなたを通して俺に、『満開しないで』って言ったのは?」

『満開は神樹様とより密接に繋がって力を授かる行為。そのエネルギーは私の供給じゃ足りない。簡単に言うとこの時代の神樹様と繋がりすぎて未来に帰れなくなるところでした』

「あっぶな!?そういうことは直接言ってくれよ!!」

『エネルギー消費が激しくてなかなか言いに来れなかったんだよ...定期的に力を使われちゃうとね』

「......数日間俺が戦う時、勇者部の皆の勇者服と武器を使ってたから?」

『うん』

「俺のせいかいっ!?」

 

自分で自分の危機的状況に気づくのを遅らせてしまった。もし満開して、未来に帰れなくなってたらを想像して、嫌になってすぐやめた。

 

「ひなたがいなければ危なかった...」

『...うん。よかったよ。本当に』

「ユウ?」

『......実際、皆を助けられた、夢が叶ったって実感が今一持てなくてさ』

「あぁ...笑うなり喜ぶなりすればいいんじゃないか?」

『適当だね』

「いいんだよ。それで。なんでもないように笑うのがきっといい」

『......そっか』

 

はにかんだ笑顔を浮かべたのは、笑うのに慣れてませんと言っているようだった。

 

「......」

『むー!』

 

ぐにぐにほっぺを弄って修正する。

 

(きっと、忘れちゃったんだな)

 

300年という時間の流れが、笑顔になることが少なかった彼女を変えてしまった。

 

きっと世界を救うために必死で動いてきたんだから。

 

(だったら...)

 

俺が歴史を変えられる男と言うと、凄くかっこいいだろう。

 

『いっひゃーい...にゃにするにょ!?』

「...うん。こうした方がずっと可愛いよ」

『っ!?』

 

顔を赤くして、俯く彼女。

 

『......ありがとう』

 

しばらくして顔を上げた時には、花が咲いたような笑顔だった。

 

 

 

 

 

「...あれ?」

『時間だね。無事みたいでよかったよ』

 

話を続けていると、俺の手が淡く光りだした。

 

『あと数日経ったらこんな感じで西暦から君は消える。皆にちゃんとお別れしてね』

「...そっか、あいつらとも別れなきゃいけないんだもんな」

『忘れてたの?』

「割りと」

 

どっちの世界も、どっちの仲間も大切。未来に戻るのは_______あるべき形に戻るため、仕方のないことだろう。

 

「俺が帰るまでに何かやれることはないか?あるならやりたい」

『......君にやれることはないよ。後は私がやるべきだから』

「...なにがある」

『気にしないで』

 

その顔は、例えこの高嶋友奈でも変わらなかった。

 

酒呑童子の痛みを誤魔化すユウと。

 

「......な」

『じゃあね。残りの数日を有効に使うんだよ』

「ぁ...」

 

俺が声をあげるのと、視界が光に奪われたのは同時だった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

ピ、ピ、ピ、と一定のリズムを刻む音がする。

 

「......」

 

やけに狭い視界で見れたのは、最近よく見る病院の部屋だった。

 

「......」

 

目だけで下を見ると、右手がギプスで完全に固定されている。左手も包帯と管がびっしり。

 

「...」

 

酸素マスクを外して体を起こしてみせた。

 

「......くっ」

 

腹から伝わる激痛を耐えながら、足をベッドから下ろす。輸血パックを吊るす支柱がカラカラ音を立てて滑った。

 

それに掴まって立ち上がる。足どりはおぼつかない。

 

(こりゃ酷い。あっちの方が体は軽かったな...戦衣は...あれがあればまだ...)

 

三回目でやっと立ち上がった時には、病室の扉がいつの間にか開いていた。

 

「あ、あんたっ!?」

「...誰だ?」

「そんなことより寝てなさい!!!そんな体で起きれるわけ無いでしょう!!!」

 

見ず知らずの女子が喚いて俺を寝かしつけようとする。

 

「勇者ってのは無茶するバカが多いんだから...!」

「あんたは...大社の人間か?」

「巫女よ!安芸真鈴!!」

「安芸(あき)...巫女...」

「そうよ!ひなたの代わりで来てるんだから無茶させるわけにはいかないの!早く寝なさい!」

 

若草色の服を適当に放った彼女は、俺の体に肩を貸してくれた。

 

「ひなたの代わりって...何で」

「あの子はなんかの儀式に出るんだって。滅茶苦茶大事なやつらしいよ」

 

普通の受け答えをしている俺に安心したのか、口調が大人しくなる安芸。

 

 

 

 

 

だが。

 

「儀式...!!!!」

「どうしたの?」

「おい!!!っ、ごほっごほっ」

「急に大声出さないで!」

 

飛び出てきそうな液体を押し戻し、彼女に詰め寄った。

 

「安芸さん!俺の入院から何日経った!?」

「え、み、三日...」

「くそっ...」

 

回ってない頭をフルに使う。

 

(大社がしようとしてる壁の結界強化の話、 もし高嶋友奈のあの言葉の意味がそうなら...予測があってるかは分からないが、どっちにしても壁だ!!!)

 

まだ、終わってない。結論づけた俺の行動は決まっていた。

 

「お願いだ!俺を今すぐ壁の近くまで連れてってくれ!!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

滝にうたれ、身を清める。清め終われば割れ物を扱うように丁寧に体を拭かれ、どこかおかしな熱を持った白い衣服に身を包む。

 

そうした選ばれし巫女が、私を含めて六人。

 

『命に別状はありません』

 

丁度、勇者として戦ったのも、病院でそう言われた人数も六人だった。膝をついたけど、それが嬉しすぎたからでよかったと思う。

 

『よかった...本当によかった...』

 

あの時はいくら止めようとしても涙が止まらなかった。

 

立派に責務を果たしてくれた勇者達。ならば、次は巫女である私がやるべきことをしなければ。

 

(若葉ちゃん。貴女は泣くかもしれません...いえ、皆さん含めて泣いてくれるでしょうね。きっと)

 

「全員、準備は出来ましたね」

 

(でも、貴女にはかけがえのない仲間が出来ました。もう私がいなくても、素敵に輝く若葉ちゃんです)

 

「ではこれより」

 

(怖いですが...さよならです...皆さんが守った世界、私に繋がせてください)

 

足が少しだけ震えてる。それでも、頑張らなきゃいけない。

 

『だから、待っててくれ。俺達が帰る場所に、笑顔で』

 

(椿さん、ごめんなさい...もう、会うことはなさそうです)

 

 

 

 

 

「『奉火祭』を始めます」

 

 

 

 


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