古雪椿は勇者である   作:メレク

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35話 救えなかったのは

奉火祭とは、西暦時代の終わりに天の神の怒りを鎮め許しを乞うための儀式。以前、俺はそう聞いた。

 

「化け物ね...」

「俺の戦衣が特殊なのもあるが、どんなに無理してでも時間が惜しい」

 

安芸さんが洗ってた戦衣を身に付け傷は治りはじめても、おぶって跳べば体は軋んで速度も出ない。正直一人なら叫びたいし、目的がなきゃ動きたくもない。

 

(でも、やるしかないんだ)

 

奉火祭で必要なのは天の神と交渉する巫女。彼女達を捧げることで儀式は成功したと伝えられている。東郷が行ったのもこれだ。 勇者と巫女の力をあわせ持つ稀有な存在だった彼女は、壁を破壊した自身の贖罪を行った。

 

今、ひなたは間違いなくそれをやっている。悪く言えば生け贄の儀式に。

 

(それに、もし...)

 

「それより、頼みは聞いてもらえたんだよな?」

「う、うん。友達に好きなのがいてよく行ってるから、連絡先持ってたし...勇者の一大事って言ったら協力してくれるって」

「ありがたい話だ!」

 

たどり着いたのは海辺。先にはついこの間より高くそびえ立つ壁がある。

 

(もう壁の強化は終わってるのか...)

 

俺の力だけではもうあそこへは届かない。空を飛ぶレイルクスは展開できない。

 

「あそこに!」

「おー安芸ちゃん!と、あんたは...」

「古雪椿といいます。最近極悪勇者ってことで話題の」

「ちょ、あんた」

「時間が惜しいんで単刀直入に。俺にそれを貸してください!」

 

頭を下げる。断られれば泳いでいくか、まだ壁に向かってないと決めつけて船かヘリで移動する大社を見つけるしかない。

 

「お願いします!」

「...何を急いでるのか知らんが、そんなことでいいのなら」

「っ、ありがとうございます!」

「いいんだよ。マスコミがああやってても勇者様は俺達の為に戦ってるってのを安芸ちゃん達から聞いてるから...って」

「話くらい聞きなさいよ」

「時間が惜しいっつってるだろ」

 

もしかしたらもう外の世界に体を投げ出しているかもしれないと考えたら、じっとしてなんかいられなかった。

 

「マニュアルあります!?」

「あるけど...俺がやろうか?」

「好意で貸してくれた一般人をこれ以上巻き込むわけにはいかないので!大社につけ回されたく無いでしょう?」

「あ、あぁ...」

「陸上のなら経験ありますし、マニュアルを見ながら動かすだけなら...よし!」

 

無事起動。バイクと似てる説明を省き、前進に関係あることだけ頭に叩き込む。

 

「邪魔くせ!」

 

右腕のギプスを無理やりとれば、、一応動かせた。頭にガンガン響く苦痛を全て纏めて捨てる。

 

(やれるな...いや、やるぞ)

 

「私も行く」

「お前...」

「ここまで巻き込まれた巫女だもん。それに、ひなたや他の子達がなんか危険なんでしょ?」

「...捕まってろ!」

 

俺達を乗せた水上バイクは、 唸りを上げて発進した。

 

「間に合え...!」

 

 

 

 

 

十分もかからず、バイクはそびえ立つ壁までついた。

 

「...折角ついてきてくれたところ悪いが、ここで待っててくれ」

「えぇ!?何で!?」

「これから大社とぶつかることになるからお前の立場は危なくなるし...この壁、流石に人を抱えながら登れない」

「...はぁ、行ってらっしゃい!」

「ごめん。ありがとう」

「いいわよ!その代わり、しっかり全部解決させなさい!終わってから説明もすること!!」

 

その誰かを心配する仕草が、不意にあの大人と繋がった。

 

「...ありがとう。安芸さん」

 

ロッククライミングの要領で壁を登れば、その姿が見えた。

 

「......」

 

 

 

 

 

「......驚いたな。君がこんなに早くここまで来る手段はないと思ってたから、油断してたよ」

「偶然が重なった結果だ...何をしようとしてる」

「...」

「答えろ、ユウ...いや、高嶋友奈」

 

高嶋友奈は、空を_______壁の、外の方を見上げた。

 

「奉火祭だよ。知ってるよね?」

「...巫女を生け贄に、天の神に赦しを乞う行為」

「そう。見てきなよ。壁の外はもう炎に包まれた」

「......」

 

三歩進めば、景色は青から赤に変わった。

 

脈打つ炎。

 

産まれる星屑。

 

崩壊した世界。完成した地獄。

 

あまりの変貌に気分を悪くしてもおかしくないのだが、俺はどこか落ち着いていた。

 

「また、この世界が...」

「人類の全滅を願う神によってこれから人類は淘汰される。されないために神聖な巫女を使って相互不干渉を誓う。人類のほとんどを掌握した天の神はこの条件を飲み、その契りは300年近く保たれる」

「...じゃあ、お前は何をしに来た。巫女でもないお前が、ユウの体を乗っ取ってまで」

「...」

「ひなたが差し出されるのを、黙って見るのか!」

「え、ひなちゃん選ばれてるの!?」

「え」

 

どこか強キャラ感を出してた彼女はたちまち消えた。

 

「私の世界だとひなちゃん選ばれる巫女から外れてたから!もしかしてもうひなちゃん来る!?」

「い、いや...分からないけど。というかそうさせないために急いできたんだが...えー?」

「うぅ、そっか...でも良かったかな。私の覚悟もちゃんと決まったよ」

「いや、そっちで話纏めないでくれませんか...さっき会ってた時と雰囲気違うと思えば、そんなことないし...」

「あ、あはは...悪者っぽい感じ出しとけば、椿君も後悔することないかなって」

「え?」

「...うん。ちゃんと話すよ」

 

 

 

 

 

「私の願いは、私が救えなかった勇者の代わりにこの世界の勇者を救うこと。だった」

「だった?」

「...君を見てたらね。勇者だった頃の高嶋友奈が強く出てきちゃって。助けられる範囲は全部を救いたいと思ったんだ」

「...それで、この奉火祭にも手を出そうと?」

「うん。ひなちゃんも選ばれたなら尚更ね。私の干渉の例外、私自身の体を使えば、長時間は無理でもこのくらいできる」

「だけどお前、どうやって...奉火祭を行えるのは、巫女だけじゃ...」

「正確に言うと、奉火祭に必要なのは巫女じゃないから。神から神への伝言を伝える、強い神聖力を持った精神体が必要なんだよ。体はおまけ。自発的に幽体離脱が出来る人なんていないからこうして身を炎の世界になげうつわけだけど」

「...!」

 

言われて理解した。目の前の彼女が何をしようとしていたかを。

 

「まさか...!?」

「そう。神の力の一部を持つ私には強い神聖力がある。巫女六人分に匹敵する、ね」

「お前はここから」

「炎の世界に私(精神)を投げ出す。壁の外までいくには体がいるから、私の体を借りたんだけどね。ユウちゃん自身はまだ眠ってるよ」

「......おい」

「それ以上は言わないで」

 

手と言葉で制されて、開いていた口を閉じた。

 

「未来に奉火祭の知識を残すため、ギリギリまで儀式の準備を進めて貰ってたけど...こうなるならさっさと終わらせた方がよかったかもね」

「それは...」

「君が善意だけで言ってくれようとしてるのは分かるよ。精神だけの私すら助けようとしてくれてるのも嬉しい。でもね...私は、この世界を守り抜きたいんだ」

 

「だから、君が恨んで私の消滅を望めるよう、悪役っぽく演じてたんだけどね」とおどける彼女に、俺は近寄った。

 

「それでも、俺は...お前を助けたい」

「ダメだよ。もうすぐ大社が来る。今のままだとこの世界のひなちゃんが犠牲になる。そんなのは、この世界を助けてくれた君に申し訳ないし、この世界を助けたくて来た私自身を許せない」

「大社になんとか言って、延期してもらえば」

「それもダメ。君の来た副作用からか、バーテックスの成長速度も速くなっちゃったからね。これ以上日を延ばせばバーテックスの進化が進んで、未来で止められなくなる。銀ちゃん達がね」

「っ!」

「今天の神の怒りを鎮めれば、バーテックスもそこから進化しようとしなくなる。全部、今ならギリギリのラインで止められる...お願い。私にやらせて」

「.......」

 

俺は彼女を助けたいと思う。彼女は自分を助けないでと言う。

 

(...あぁ、くそ)

 

ここぞというときに、俺は無力だ。俺だけの力では全てを救えない。

(......悔やむのは後でいくらでも出来る。だが、今彼女を躊躇わないようにさせるには俺が迷ってはダメなんだ...わかれよ)

 

「わかった。お前に任せる」

「ありがとう」

「でも、それ以外に俺に出来ることがあるなら今ここで全部言え。それが条件だ」

「条件か...そうだね。一つ目は、この後来るだろう巫女を必ず止めること。二つ目は、私を笑顔で送り出して欲しいこと。それから______」

 

三つ目を言われた俺は、しっかり実行した。胸の痛みを隠すようにきつく。

 

「ん...この温かさ...久々......」

「っ...」

「......ちょっと、痛いかな」

「ぁ、ごめん」

「ううん...私ばっかり我が儘でごめんね」

「こんなの我が儘の範囲にも入ってないよ...さぁ。行ってこい。頼んだぜ」

「...任せて!」

 

体がゆっくりと離れる。俺は、うまく笑えてただろうか。

 

「じゃあ、いってきます!」

「...またな」

 

あっさり、ユウの体は傾いた。支えるとその顔は安らかに寝てる。

 

「...くっ...うぅ......」

 

目からユウの顔に伝った涙は一粒だけで_______それだけだった。

 

「...お前のこと、俺は忘れない。そして...その思いを、無駄にはしない」

 

悔やむのはここまで。この一瞬で終わり。

 

知ってしまった以上元通りには出来ない。でも、悔やみ続けることは俺も彼女も望みはしないから。

 

なら俺は_______前を向く。諦めて託したぶん、責務を果たす。

 

「...後は任せてくれ」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「着きました」

 

ヘリコプターに乗るのは初めてだったけど、乗り心地はかなりよかった。ただ、それもすぐに終わる。

 

「は...はは...」

「......」

 

隣に乗っていた巫女は初めてお会いする人で、口を半開きにして笑っている、というより声を漏らしていた。

 

他にもう二台ヘリが降りたった。同じように巫女と大社の神官が乗っている。

 

(壁の外へ調査に出たとき以来でしょうか...)

 

踏みしめた場所は四国の外と中を別つ壁で、高さも厚さも以前のものより大きくなっていた。強めの風が降ろした髪を揺らす。

 

「全員いますね」

『はい』

 

何人かの神官が燭台を用意して、私達は壁の外を向く。原理自体は理解しきれてないけれど、本能が分かる。

 

(...ダメですね。今になって皆さんの顔が出てくるなんて)

 

思い浮かんだ顔を一生懸命消す。今の私には必要ない。

 

「...準備が出来たようで___」

「さてさて。その儀式待ってもらおうか」

 

だから始め、そんな言葉を話す人がこの場にいるはずないと無視していた。

 

「な...」

「奉火祭はもう必要ない。巫女を戻せ」

「...ぁ」

 

若草色は紺だったり黒だったりで継ぎはぎに、でも、その黒髪も、その顔も、何も変わらなくて。

 

その瞳は、私を魅了した。

 

「古雪、椿...っ!」

「椿さんっ!?」

「大社ならわかるはずだ」

「何故...何故貴方がそれを知っているのです。というより、どうやって...」

 

椿さんは口角をあげた。

 

「可笑しいと思わなかったか?俺の正体に。勇者システムは解読出来ず、大社の意思に沿わない、本来乙女にしかなれない勇者になれる異常な男...」

「質問に答えなさい」

「はいよ...」

 

言葉の出しかたは穏やかながら、焦りと緊張が見える大社の方々。そこに、悠然と椿さんが告げた。

 

「俺の正体は神樹様から出された精霊。勇者が戦闘時に降ろす精霊の特殊体さ」

 

その場にいる全員が絶句した。

 

(椿さん...?)

 

「まさか、そんな...」

「一人の勇者(神)により勇者をサポートするために遣わされた使い魔。その力を使って奉火祭と同等の行為をした。外の世界は消され、反抗行為の中止を条件に四国内で人類の存続を許された...ま、お陰で俺は数日後に消えるが」

「あ、貴方は...貴方様は...」

「分かったら帰りな。神の一部として言うが、奉火祭の記録はしっかり残し、反抗の準備...勇者システムの開発は悟られないように、だが絶対に絶やすなよ。どうせ諦めてないんだろうから」

 

こんなことすぐには信じられない。でも、実際に奉火祭の必要がなく、信仰している『神樹様』の使いの言葉を、無視するわけにもいかない。

 

(...いいえ)

 

そんなの関係ない。目の前に彼がいてくれている。もう私の足は止まらなかった。

 

「椿さん!!!」

「おっと...」

「椿さん!椿さん!!!」

「はいはい...ぁー、恥ずかしいから早く帰ってくれませんか?本当に。帰る手段なら俺あるから」

 

彼の体を抱きしめていると、後ろからヘリの音がした。一度崩壊した涙腺は直らずひたすら涙を流す。

 

「...ひなたさんも、そろそろ離してくれると......」

「嫌です!もう離しません!!」

 

もう会えないと思っていた。でも、椿さんに会えるどころか皆にまた会える。一度決めたことが瓦解したら、安心がどっと押し寄せてきた。

 

「...もう少し、こうさせてください。見せられる顔じゃないので......」

「そんなに怖かったなら辞退すれば...いや、出来るもんでもないか」

「...皆さんが守った世界、私が守れるなら本望だと思ってました。でも...死ぬのは、怖かった。わたしはっ...」

「...この計画、数日前からあったんだろ?悩んだら相談しろ。俺達も、安芸さんとかもいるわけだしな」

「...はい!」

 

(温かい...)

 

確かに、落ち着ける温かさがある。

 

「あー、あとなんだ」

「?」

「俺まだ誰にも『おかえり』って言ってもらってないんだが...」

「ふふっ...こんな時にですか...?」

「しょ、しょうがないだろ!こんな状況で上手い話題提供できるか!」

「...おかえりなさい!!椿さん!!」

「...ん!ただいま!」


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