古雪椿は勇者である   作:メレク

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目を開けると、よく見てきた木目が映った。小学校のとき買って貰った勉強机だ。いまでも現役で使い続けている。

「...そっか」

窓の配置、ベッドの配置、なにより置いてある私物。俺の部屋。

「帰って、来たわけか」

電話番号のアドレスを確認。誰か消えたりしてるんじゃないかと不安がよぎったが、そんなことはなかった。

風の元へ電話をかけると、案外あっさりつく。

『もしもし』
「風...久々だな」
『椿?なに言ってるの?昨日会ってるじゃない』
「ぁ...」

感動と涙に体が使われてる中で声が出てくれたことそのものに驚き、『あんた大丈夫?』と語ってる風の声音でまた驚いた。

「とりあえず、今日俺学校いかないから、先生に伝えといて」
『え、風邪?大丈夫?』
「風邪とかじゃねぇよ。えーと...放課後にでも話す。じゃな」

ひとまずヘルメットなどを遠い記憶から逆算して見つけ出していく。その隙にもう一人の電話をかけた。

「あぁもしもし、急ぎで話があるんですが...はい。はい」

許可がとれればあとはすぐだった。バイクにスマホを嵌め込んで起動させる。

「行くぜ...」

バイクは勢いよく唸りを上げた。

今あいつらと会ってしまえば、泣いてばかりで話にならないだろうから。






37話 それは勇者の物語

 

 

 

 

 

 

 

 

「...それで、なぜ私の元に?」

 

俺達が落ち合う場所として何も言わずとも集まるようになったファミレスで、春信さんが言った。昨日から今日にかけての俺の記憶を全て話した後の第一声がそれだ。

 

「勇者部に話す前に自分で話して整理したかったのが一つ。こんな突飛な話をしても真面目なアドバイスをくれて、神樹様関係の話ができる人が貴方しかいなかったのが一つ。万一神の手で勇者の記憶が操作されても覚えてる人が欲しかったのが一つ。ですね」

「...僕も鵜呑みに出来るわけじゃないけどね。なにか証拠はある?」

「証拠......あ、これとか」

 

戦衣から刀を取り出す。御霊に押し付けた時壊れることはなかったようだ。

 

「あっちの物を使って尖らせた物です。調べれば証拠が出るかも」

「成る程...これは300年前から帰ってきて変わったところなんだね?」

「今のところ人との関係はそのままで、こうした細かい所だけ変わってますね。こいつも結構ボロくなったり」

 

左手のミサンガを見せると、春信さんは顎に手を当てる。こうした何気ない動作もイケメンだとかっこよく見えて羨ましい。

 

「...じゃあ椿君、精霊『ツバキ』を知ってるかい?」

「はい?」

「西暦時代、勇者を導いたと言われる精霊のことさ。奉火祭の技術の提唱者とも言われている」

「あー...それ多分俺です。奉火祭に首突っ込んだので...」

「......そうかい。なら君は西暦時代を過ごして来たんだね。初代勇者様はどんな感じだったんだい?」

「え、今ので信じるんですか?」

 

春信さんは頷くと、コーヒーを一口飲んだ。

 

「去年行われた奉火祭の時、同じ話を君とした。これの提唱者は精霊『ツバキ』だと。そしたら君は『俺と同じ名前ですか。なんか縁があったのかもしれませんね』と言っていたよ」

「なっ...そんな話した覚えないですよ」

「今の君も嘘をついてる素振りはなかった。と言うことは本当なんだろう。西暦時代を過ごし、歴史を変えた。未来はその過去の影響を受けて少しだけ変わった。整合性を高めるための記憶変化と言うべきかな」

「...勇者部も、もしかして変わってますか!?」

 

マシンガンのように俺の知る勇者部を話すと、途中で春信さんが手を上げた。

 

「わかったわかった...聞いてる限りだと同じだよ。天の神との戦いも、三ノ輪銀...いや、乃木銀も」

「そう、ですか...」

「歴史の改変、平行世界の話は昔から色んな人が提唱している。その主張は人によって様々。昔そういった話をかじってた時もあるけど、結局結論としては『わからない』ということで纏まった。何が変わったか分からない以上不安もあるだろうけど、そこまで...特に君の対人関係で変化はないように思うな。矛盾がないよう、かつ影響が最小限で済むような細工が施されてるように感じる」

「...」

「...とりあえず、悩んだら相談できるのが勇者部の仲間だ。というのを君から聞いたよ」

「っ!」

「まともなアドバイスになったかな?」

「...ありがとうございます」

「いえいえ。ところで僕の記憶だと君からシスコン呼ばわりされてるんだけど...」

「あ、それは変わらないので大丈夫です」

「そこの記憶は変わらずかー...まぁ夏凜が可愛いのは不変の真理だから仕方ないか」

「あんたもぶれねぇな...っと」

 

レシートを春信さんより先にひったくって席を立つ。

 

「高校生に払わせる気はないよ」

「急な呼び出しに付き合ってくれましたから。会社まで休んで」

「...君も学校休んでるだろう?」

「別に皆勤賞とか狙ってたわけじゃないんで気にしてませんよ。こんな状況下じゃ授業なんて手がつきませんし...それに、行きたいところもありますから」

 

 

 

 

 

バイクは風を切って走る。丸亀にも行きたいところだが、今日はこっちでいいだろう。勇者部に変化があれば優先はそっちだが、春信さんと話してスマホのアルバムを見た限りそれもなさそうだ。

 

(変化があったらあったで落ち着くために、どっちにしてもまだあいつらの所にはいかなかったかもな...っと)

 

「久々...て感じはしないかな」

 

立ち入り禁止の札が少し錆びた状態で放置されているのを素通りして、建物の前で止まる。

 

着いた場所は、いくつもの名前の書かれた石碑群。最も新しい物に『三ノ輪銀』と書かれた勇者や巫女達の墓だった。最後に来たのは天の神と戦う直前だったはず。

 

「......」

 

地面を歩く音だけが反響するなか20分。目的の墓を見つけた俺は花を添える。

 

「初めまして...いや、久しぶりか?どっちがいいんだろ......」

 

『乃木若葉』と刻まれた墓は、他より少し色が違った。隣には『白鳥歌野』とある。

 

(まぁ、あの時代の人が言わなきゃこの人のことはわからないよなぁ...)

 

四国勇者でない彼女のことは、俺はなにも知らない。若葉自身も連絡を取り合っていただけのようだったから_________

 

「...多目に買っててよかった」

 

花を加えて、両手を合わせる。

 

「貴女達のお陰で今の四国がある。俺達が平和を享受できる。ありがとう」

 

それからは、また一つずつ墓を見つけるだけだった。

 

『上里ひなた』

 

「.......若葉の隣をちゃっかりキープ、流石だなぁ」

 

『土居球子』

 

「他の奴よりちょっと大きいのはわざとか?まぁ、お前らしいというか...」

 

『伊予島杏』

 

「こっちはかえって小さめだな。もうちょい大きくしてもよかっただろうに」

 

『郡千景』

 

「そいえば、千景の名前がなかったから何かあったはず...なんて考えてた時もあったな。今じゃもうわからんけど」

 

『高嶋友奈』

 

「...全員分あるか。よかった」

 

一人の筈なのに、全然暗い気持ちにはならなくて。花を添え、手を合わせ続けて涙は出てるのに、ちっとも悲しくなかった。

 

「......」

 

はじめ、この世界に帰るために戦い出した俺がそのままだったら、こうして勇者達の石碑の前で泣くことはなかった。

 

(変だなぁ...悲しくなんてないのに、涙が止まんないわ)

 

「すっかり泣き虫になっちゃって...ふーっ。さて、戻るか...」

 

足向きを変えた時、目の前を一羽のカラスが通った。

 

「うおっ」

 

(前に見た...)

 

いつも四国の外へ行くときに、道案内の様なことをしてくれた幸せを呼ぶ色の鳥。

 

彼女の勇者服の様に青いカラスは、一つの墓の上に足を下ろす。

 

「...!!嘘...だろ!?お前が!?」

 

こっちをじっと見つめてきた時には、頭の中がそれしか考えられなかった。理屈なんかでは説明できないけど、確信できる。

 

「いや、んと......そう」

 

カラスが飛び去る。抜けた羽が俺の足元まで飛ばされた。

 

『勇者の仲間だから』じゃなく、『俺だから』今ここに来てくれた。昨日までとは違うその差。

 

その差が心を温かくする。

 

「これまでも助かったよ。これからも、見守っててくれよな...俺達をさ」

 

見上げた空はどこまでも青くて、カラスの姿はいつの間にか見えない。

 

だが、俺に答えるように、彼女が鳴いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「お、お邪魔します」

「入って入って~」

 

次の日、俺はとある屋敷の門を通った。和風の大豪邸は慣れたら性格が変わりそうなくらい。

 

「にしても...いいのか園子?挨拶とか......」

「つっきーが私の両親にど~しても挨拶したいって言うなら止めないけど~」

「...わかった。部屋とガサ入れの許可をくれてありがとうございますとだけ伝えてくれ」

 

(婿入りみたいなムードを出されるのは勘弁だ...園子の親だしありえそう)

 

偏見で語る割りに、どうにもその発想が拭えなくて少し唸った。園子の親だし。

 

(いやまぁ、園子が恋人とかばっちこいだけどね?)

 

ただ、今そうした話題を出さないでほしかった。どうしても口元を意識してしまう。

 

あの世界で、最後の唇の感触は______前に園子から受けた時とよく似た__________

 

「つっきー?」

「!いやなんでもないぞ!?」

「んー?」

「ぁ...と、とりあえず失礼します」

 

『倉』と言われると埃っぽくてボロいイメージがあるが、そこはそうでもなかった。電気もオレンジで優しい感じがする。

 

「ここかな...いや違う...こっち?」

「園ちゃーん!」

「あ、皆早いね~」

「園子、こっちはいいから先に皆を通しておいてくれ」

「らじゃ~」

 

園子が消えてから数分して、俺は目的の物を見つけた。

 

『若葉ちゃん秘蔵アルバム』

 

「...あってるよな?」

 

かなり大きめの箱の中を開けて出てきたのは、数えるのが嫌になる程大量のメモリーカードと、『古雪椿さんへ』と書かれた箱。

 

「......」

 

本当は皆の前で開けるつもりだったが、先に開けてしまった。

 

「これは...」

 

ちゃらりと音を立てるのは、深い青色の宝石がついたペンダント。

 

「サファイア、だっけ...」

 

青色の宝石なんてそれくらいしかしらない。

 

『貴方が消える次の日に渡せる予定だったんですよ』

 

「だからあと一日って言ってたわけか...ごめん」

 

『いいんです。本当はもっと送る予定だったんですが、大赦に目をつけられてもあれだったので...物はそれだけです。300年越しですが_______』

 

「あぁ。300年もたっちゃったけど...受け取らせてもらう」

 

測ったように俺とフィットするそれを胸につけて、服の中にしまいこんだ。

 

(...よし)

 

 

 

 

 

「おまたせ」

「本当どうしたの椿?ここ何日か変よ?」

「突然泣くし、だ、抱きしめてくるし...」

「それに、園子さんの家に集めるなんて」

 

(風、夏凜、樹)

 

「あぁまた泣いてる!?」

「古雪先輩大丈夫ですか!?」

「よーしよーし」

 

(友奈、東郷、園子)

 

「...それで、どうしたんだ?椿」

 

(銀...)

 

「...皆思ってるように、ちょっと俺がここ数日変だった理由を話そうと思ってな......聞いてほしい」

「その箱と関係あるのかな?」

「ばっちり」

 

胸元のペンダントを握りしめる。今こそ話そう。俺の大切な仲間に、俺の大切な仲間のことを。

 

奇跡を紡いだ話を、大きな奇跡を起こした勇者達に。

 

なにより、一人の少女が命を懸けて繋げてくれた全てを。

 

涙と笑顔でぐちゃぐちゃになってるだろう顔で、俺は最初の一言を口にした。

 

 

 

 

 

「俺、西暦の世界に行ってきたんだ__________」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古雪椿は勇者である 乃木若葉の章 完

 

 

 

 




サファイアの意味
慈愛、誠実
平和を祈り、一途な想いを貫く

というわけで、古雪椿は勇者である。乃木若葉の章はこれにて完結です。

投稿開始から約四ヶ月、話数も開始当初予定してたより1.5倍くらい増え、作品合計は130話を越えました。長い作品になってきた中、ここまで見てくださってきた方々、最近よくあった誤字を報告してくださった方々、お気に入り登録、評価、感想をくださった方々に感謝を。

さて。完結宣言はしたものの作品そのものはまだまだ書く予定です。続き書いて!って声凄い...調子に乗っちゃう...顔がにやける...

まずは頂いたリクエストや書きたい話を書いていきたいです。あと短編形式になるとは思いますがゆゆゆい(相変わらずの未プレイ勢ですが)。

どれから投稿するかはわかりませんが、気長に待っていただければなと思います(感想でアフターストーリーとかあったらいいなって方がいたんですよね...それもやりたくなってきてたり)

欲望と書く時間が釣り合ってないので、これまで通りのペースで書ければいいなと思ってます。

これからもこの作品をよろしくお願いします。

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