今回は二本立て。前半は 渚のグレイズ さん、後半は過去に何度か友奈短編をリクエストしてくださった 毒蛇 さんからのリクエストです。お二方ありがとうございます!期待以上の物が書けてれば嬉しいです。
『お見舞い』
「椿が風邪?」
「そうなのよ。今朝連絡が来てね」
いつもより少し人数の少ない勇者部の部室で、そんな話題が出た。
「お見舞いとか行った方が良いですよね?」
「あたしもそう考えてはいるんだけど、この人数が押し掛けたら迷惑じゃないかなって」
「確かにそうですね。椿さんの部屋が埋まってしまいます」
前に行ったことある部屋は、五人も入ればきつそうな部屋だった。ある程度整理されてて料理本も多いけどゲームが置いてあったりと、まぁよくある男の子の部屋。
「では、何人かで行きましょうか」
「ちょっと待つんよわっしー。その何人かはどうやって決めるんさ?」
「......家事が出来る人でしょう。古雪先輩が動けなくて困ってるなら」
「ちょーっと待った。それだとタマが行けないじゃないか!」
「遊びに行くわけではないのだし、良いのでは...」
「なら、誰が行くのか。つっきーが求める物を叶えられる人が行くべきじゃないかな?そのっち!」
「はーい!園子先輩の指示で作っときました!」
バサッと園子ちゃんが広げたのは、『第一回つっきー先輩看病マッチ』と書かれた横断幕。
「おおっ...!」
「ではではこれより!つっきーを看病するのは誰だ!?看病マッチを始めるぜー!!それぞれつっきーに必要そうなことを言ってって、トップスリーがつっきーのお部屋に突入!」
はしゃぐ園子ズに気合いを入れてる皆。
(椿さん愛されてますなー...)
神世紀の人間なのに何故か西暦の四国勇者とも親交が深い椿さんを大切に思う人は多い。私も別に感じるものがないことはない。
「でも、こんなことしてるなら早いところ椿さんの看病しに行った方が...」
「大丈夫そうだぞ。雪花」
「棗さん?」
一つ年上の棗さんがメールを見せてくれて、私の動こうとしていた気持ちが消えた。
「これなら平気ですね。寧ろ長引いた方が良さそう」
「自由にさせておくさ」
そう言う棗さんの顔は、完全に保護者染みていた。
「棗さんと椿さんの二人って勇者部の保護者みたいですね。若夫婦って言われたら信じそう」
「それは良い。私が採ってきた食材を椿に料理してもらえば美味しいだろう」
「うん、その発言大きな声で言わないでくださいね。目の前で大会やってる皆の目が怪しくなるので」
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「先程も言った通り、家事が出来る人が良いと思います。お粥等食事を作り、服を洗濯し、古雪先輩が安心して寝られるような環境を作るべきです」
先制したのは東郷さん。確かにそれは凄く大事だ。やっぱり椿先輩が体を壊してるなら、治すことに専念して欲しい。
「この中で特別家事が出来るのはー...わっしーとリトルわっしーとふーみん先輩、ひなタンとミトりんかな。私も最近覚えてきたし~」
「園子さん、私は今度お見舞いに行くから大丈夫だよ...」
「そうー?」
水都ちゃんが遠慮がちに言って、園ちゃんがメモ帳に書いていたポイントを消した。
「タマは須美より家事できないからなぁ...」
「え、えっと!家事も大事ですけどゆっくり休んで貰うには子守歌も大事かなと!」
「成る程、心地よい歌で眠らせるわけだな」
「じゃあ、歌となると...」
「樹もそうだけど、あたしもいけるわよ。カラオケで90点以上出せるし」
「そんなこと言ったら私と友奈のデュエット曲もいけるじゃないのよ。子守歌とはちょっと違うんじゃない?」
「夏凜ちゃん...最後の言わなきゃ私達にもポイント入ったのに」
「ポイントって...」
結局、園ちゃんは樹ちゃんにだけ追加ポイントをあげた。
(体調悪い人にしてあげられること...)
私だって椿先輩の事が心配だ。出来ることならなんでもしてあげたい。普段頼りになる先輩にこういう時くらい甘えて貰いたい。側にいてあげたい。頼って欲しい。
「!はい!!」
「はいゆーゆ!」
「熱が出てる時は体のあちこちが痛くなったりするから、マッサージとかどうかな?」
「そうだね~。じゃあマッサージとなると...ゆーゆとたかしーだね」
私のマッサージの腕は勇者部の皆が知ってる。園ちゃんがポイントを追加していくのを見て、すぐに次の要素を考えた。
「ご先祖様は何かありますか~?」
「いや、私は今度でいい。行きたい人がいるようだしな」
「私もそうします。椿先輩を看病したいと強く思っている方が向かわれた方が、きっと椿先輩も喜びます」
「私も...あんまり出来ることないですし」
「タマも杏や亜耶と同じかな...いや、行きたいには行きたいが、やれることがない...いや、風邪ひいた時は心細いからな!近くに行って喋ってやるぞ!!」
「土居さん、それは皆出来るわよ...」
「けふぅ!?」
その後も『膝枕してあげられる』とか、『一緒に寝てあげる』とか、『お風呂に入れてあげる』みたいな話がどんどん出てきて。気づいたら日が暮れだしていた。
「ではでは、しゅーりょー!結果発表です!!つっきーの部屋にお邪魔できる三人は...わっしーとゆーゆ、そしていっつんでーす!!」
「選ばれたからには全力を尽くします」
「椿先輩の体を癒してくるね」
「お姉ちゃん。遅くなるかもしれないから晩御飯先食べててね」
「樹ぃ...樹があたしより椿を優先する......」
「病人を優先するだけだよ」
「それにしても、園子がひたすらメモを書いているが...」
「誰が選ばれようと、乃木さんの手のひらの上ということね...咎める気力も起きないくらい良い笑顔だわ」
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「えーっと...皆さん?」
必要そうな飲み物や食材を買い込んで古雪先輩の家へ向かう私達と一緒に行動する人達を見て、私は疑問を投げ掛けた。
「古雪先輩の部屋へ向かう人は絞った筈では...?」
「別に部屋に入らなければいいだろう?タマは気づいてしまったのさ...」
「わ、私は体調が戻ってから暇を潰せるよう本を...」
「ちょっと用事~」
「園子についていくと面白そうだから」
「私は椿が心配だ。一目見たい」
『......』
棗さんにそう言われてしまえば追い返すことも出来ない。球子さん、伊予島さん、そのっち、雪花、棗さんの五人を加えた八人で歩き続ける。
別にそのっちの策略に最大限乗ろうとか思ってなかったけど、最近は色んな子と接してる古雪先輩をちゃんと見れるなんて_______
(って何を考えてるの私は!?友奈ちゃん達もいるのに...いえ、二人きりなら良いというわけでもなくて!!!)
邪念を振り払って先輩の家のインターホンを押した。
(というか、親御さんがいらっしゃるなら私達はいらないんじゃ...)
「はーい」
(...ん?)
扉の向こうから聞こえた声は、凄くよく聞く声で________
「あ、園子、皆も連れてきたのか?お使いありがとな」
「ぎ、銀!?」
エプロンをつけてる銀は、棗さんからさっと袋を貰っていった。
「スポドリとプリンがあればいいかな。おーいアタシ!こっちは冷蔵庫にお願い!」
「はいっ!お任せください銀さん!!」
「え、銀ちゃん...二人とも、どうしてここに?部活はお休みって言ってたけど...」
「どうしてって、椿の看病だよ。この前遊んでた時、椿の親御さん今日二人とも出かけるって言ってたからさ。風邪って聞いて、きっときついだろうと思って」
「銀...誰か来たのか...?」
部屋から出てきたのは、濡れたタオルでおでこを抑えてる古雪先輩。
「あぁ...悪いな、見舞い来て貰って」
「無理すんなって椿。ほら、プリン来たぞ。口開けろ」
「ぁー...」
「はい。あーん...昔から熱出た時はプリン食べたがるよな。可愛こさんめ」
「るっせー......頭撫でんなー」
「はいはい...にしてもこんな大人数で来ること無かったのに。アタシ達行ってるって園子には伝えたんだけどな」
私と、隣にいた友奈ちゃんの顔がゆっくり後ろを向く。
「ワッツ!?」
「園子さん。捕まえましたよ」
「いっつん!?いつの間に瞬間移動を!」
「成る程。余計な邪魔にならないよう部室であんなことを始めたんだな」
「それで自分のメモだけうっはうはと...」
「なっち、アッキー。解説はやめてくれると嬉しいな~なんて...」
「園ちゃん~?」
「そのっち~?」
「ひっ!!助けてミノさん!!」
「今の話聞いてる時点で園子が全面的に悪い」
「タマ坊!!」
「御愁傷様」
「あんずん!!」
「せめて安らかに...」
「お、お助け~!!!!」
玄関で、そのっちの悲鳴が響いた(くすぐっただけ)
「...お前ら、見舞いに来たのか騒ぎに来たのかどっちだ」
『間違い』
「けほっ、けほっ...うえー」
続々と勇者部メンバーが増えて行っている中で、部室の大規模整理が決定した。元からそれなりには整っているが、いらないものはとことん処分しようという魂胆だ。
そうして棚の奥側から物を取り出しているが、同時に舞う大量のホコリが俺の鼻と喉を苦しめる。
「空気清浄機に予算が欲しくなるぜ、これは...」
「椿君!捨てるもの纏まった?」
「もうちょい待っててくれ、ユウ」
部室の扉を開けたのはユウだった__________
「ぁ...」
「......?」
そこで、俺の脳がストップをかける。何かが違うような、そうじゃないような。
(扉の方見てないけど、呼び方からしているのはユウ...!!!)
慌てて扉の方を向くと、一個下の園子と、困惑した表情の結城友奈がいた。
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「けほっ...うえー」
勇者部の大掃除、勇者部部室担当の私と園ちゃんは一回目のごみ捨てを終えて部室に戻ってきた。風先輩や夏凜ちゃん達は普通に依頼のため出掛けてて、高嶋ちゃんや歌野ちゃん達は近くの階段だったりを掃除してる。
残ってるのは椿先輩一人な筈だった。咳き込んでる声が部室の外まで届いてくる。
「ねぇゆーゆ」
「何園ちゃん?」
「たかしーのモノマネして入ってよ~」
「私が?」
「うんうん」
たかしー______高嶋ちゃんとは他人とは思えないくらい似てる。
(...でも、いっか)
「わかった。じゃあいくよー...」
どっちの友奈でショー!として服とか入れ換えた時も椿先輩と東郷さんはすぐ私を指さしてた。
そんな過去があって、いたずら心もあったから_____私は簡単に扉を開けた。
(なるべく高嶋ちゃんの声に寄せて...)
「椿君!捨てるもの纏まった?」
「もうちょい待っててくれ、ユウ」
(っ...)
そして、椿先輩はごくごく自然に騙された。
「ぁ...」
椿先輩からしたら不意討ちだったのもある。私も声をより高嶋ちゃんに寄せたし、いたずらをしようとした私が悪い。というより、いたずらとしては大成功してる。
でも__________想像していたよりずっと、好きな人に他人とは間違えられたことが、苦しかった。
「ゆ、友奈...」
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「ゆ、友奈...」
俺の声は若干掠れていた。しまったといった感情と、それによる自責の念が俺を苦しめる。
「...だ、騙されましたね椿先輩!本当は結城友奈でした!!」
彼女は一瞬で顔を変化させ、「いたずら大成功!!」と喜んでいる。
その喜び方は、元の世界でたたりに苦しめられていた時のと、そっくりだった。
「ぁ、あの、友奈...」
「つっきー間違えるんだ~」
口を開いたのは友奈ではなく、隣にいた園子だった。
以前、二人が俺達を試すように入れ替わってた時もあったが、東郷や千景と同じく俺はすぐに判別出来た。
それが、不意討ちとはいえ間違えるなんて______いくら似てるとはいえ、他人と判別されたら悲しくなるだろう。
「ご、ごめん!友奈!」
「騙そうとしたのは私なんですし、気にしないでください」
苦笑する彼女からは、騙せたことを喜んでいる様子は感じられなかった。
何処と無く気まずく、重くなる空気。それをぶち壊したのは、これまた園子だった。
「いーやダメだよつっきー。いくら私が指示したとはいえ」
(お前の差し金か...)
「ゆーゆは心の底で悲しんでる」
「そ、園ちゃん、そんなことないから」
「あぁ...」
友奈の手を両手で握る。
「え、先輩!?」
「ごめんな友奈。前に見分けられるわなんて言っててこの様だ...情けない」
「い、いえそんな!」
「もう間違えないから...元気出してくれないかな」
「ゆーゆ...ごにょごにょ」
園子が友奈に耳打ちして、友奈が「ええっ!?」と声をあげる。
「チャンスだよ~ゆーゆ」
「でも悪いよ、私がやったことなのに...」
「友奈?何か俺に出来ることがあったか?何でもやるぞ」
「それそれ~。つっきーもこう言ってるよ~」
「あ、ぁ、あの...じゃあ、ですね」
頬を赤く染めながら、こしょこしょ声で友奈が言った。
「わ、私の名前を言ってください...もう、間違えないように」
記憶に刻み付けてくれということだろうか。園子からの入れ知恵だとはいえ、友奈が望んだことだ。
「わかった。何度でも呼ばせて貰うよ。友奈」
「つっきー。ちゃんと愛を込めて呼ぶんだよ~?」
「分かってる」
「分かってるんですか!?」
「...友奈...ーっ、友奈」
心の底から、自分の魂に刻み付ける様に友奈を呼んでいく。
「友奈」
ただひたすらに赤い瞳を見つめて、その名前を口にする。
しばらくすると、彼女から目をそらした。
「あ、あの...椿先輩、お気持ちは分かりましたから、このくらいで...恥ずかしぃ」
「いや、まだだ」
彼女が本当の笑顔かどうかは、高嶋かどうかを見分けるより遥かに簡単。
「お前が笑顔になるまで、俺は言い続けるよ。友奈」
「恥ずかしさで笑顔なんて作れませんから...!」
繋いだ手を離さない。少し引き寄せて、体に叩き込む。この子の名前は結城友奈。他の誰でもない、俺の知る後輩だ。
「友奈...」
大切だと言っておきながら、仲間だと言っておきながら、こうした時に間違える。それは俺の弱さだ。半端な所だ。しちゃいけないことだ。
きっと、結城であれ高嶋であれ、また同じことをしても許してはくれるだろう。彼女達は優しい。
だが、そんなことは二度とさせない。俺自身がそんなことは起こさない。
だって、俺は友奈を______
(好きな人の名前を、もう間違えたりなんかしない)
「......」
突然友奈の体が震えて、ぐったり力を無くしてしまった。息はしてるけど、流石に驚く。
「え、あれ、友奈?」
「ゆーゆの限界かぁ...案外早いかったなぁ」
「園子?」
「なんでもないよ~。ゆーゆお疲れみたいだったから、そのまま寝かせてあげて」
寝かせてあげてと言われても、部室には椅子やテーブルしかなくて寝かせるのに適した環境はない。
(保健室まで連れてってあげた方がいいかな...?)
混乱した頭をなんとか回していると、『ブツッ』っと変な音がした。
「?」
「あれ~?今の録音してたみたい~」
「......」
冷や汗が出るなか、園子がボタンを一回押した。
『愛してるよ』
「あれ!?そんなこと言ったっけ!?」
『好きな人の名前を、もう間違えたりなんかしない』と言ったつもりだったが、たった今再生された声は全然噛み合ってなかった。
(じゃあ俺は今、友奈に愛してるよって...!?)
「つっきー無意識?スゴいね~」
「ちょ、園子さんそれ消してくださいっ!恥ずかしいからっ!」
「いいよ~。でも...」
園子は、すやすや寝てる友奈とどこか似たような表情で告げた。
「私にも、『愛してるよ』って言ったらね~?」
その顔は、しばらく俺の頭から離れることなく。
結局解放されたのは、皆が掃除から戻ってきてからだった。