古雪椿は勇者である   作:メレク

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今日は杏の誕生日!おめでとう!!

ゆゆゆい原作ではあんたまを見せつけられましたが...一枚絵の所はダメでしょ。尊い。尊すぎ。

まぁこの作品はいつも通り、彼に祝って貰いましょう。


誕生日記念短編 声を聞かせて

「...」

 

本屋を物色すること30分。目当ての本の場所だけ確認した俺は、周りをうろうろしていた。

 

『つーばーきー!!!』

 

事の始まりは球子である。部活終了後に俺の肩を掴んで全力で揺さぶって来たのだ。

 

『あがががが!?』

『杏の誕生日、どうすればいいか考えてくれー!!!』

 

数日後に迫る杏の誕生日。勿論俺もお祝いするつもりだが、球子にあそこまで全力で体を揺さぶられれば多少の不安も出てくる。

 

(このままの準備でいいのかってな...)

 

かといってどうすれば良いのか分かるわけでもない。

 

というわけで、俺は杏の趣味である本を物色してヒントを得ようとしていた。

 

(つっても...)

 

目についた本を手に取りパラパラめくってみる。本のタイトルは『恋愛術 禁断の巻』という怪しげな奴。

 

(杏は恋愛小説が好きだし、球子を主人公にドラマっぽくやらせようとしたこともある。園子が書くのもよく読んでるし)

 

園子は最近恋愛物を書いてることが多いのか、杏と部室でキャーキャーしているのを見かける。

 

そう言うのを考えると、彼女の望む舞台を作るというのも手だろう。

 

(...デートもしたし)

 

どこか恥ずかしげな心を抑えて思い出す。西暦で俺が歪んでた時、彼女の命令で彼氏として振る舞い_____杏は俺の彼女として、俺の悩みを聞こうとしてくれた。

 

当時の俺は拒絶したものの、あれは俺が元の魂を取り戻す上で大切なことだった。あそこで杏に向けて口を開かなければ、自分の思いを纏めることも、その奥に隠してしまった『誰かのために戦う』という俺の思いを再び見つけることが出来なかっただろうから。

 

(感謝してもしきれないな)

 

誰に見られてるわけでもないが恥ずかしくなって頭をかく。多少落ち着いた俺の目はとあるページで止まった。

 

『女性でも簡単にできる手足の縛り方』

『催眠による可能限界』

『300円ショップにあるものだけで作れる拘束部屋(神世紀290年現在)』

 

(...これがよく市販の本として成立したな)

 

心持ち奥まで本をしまって、他の本を見ていく。

 

(プレゼントとしてはやっぱ恋愛小説をってのがベターだろうが...どれが持ってないとか分かんないしな)

 

というよりまず、杏と被ることなく杏が自分で選ぶより良い本を見つけると考えるとかなり難しい感じがする。

 

(どうしたもんかなぁ...確認しに杏の部屋行って、買いそうな新刊以外を狙えばいけるか?)

 

思考しながら何となく一番陳列棚に並んでいる本を手に取ろうとした時、本ではない温かさが体に触れた。

 

「「あ」」

 

反射でそちらを向いたら、同じように俺を見つめる杏がいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「杏も買いに来たのか?」

「はい。この本を書いてる人が凄く好みなので」

 

嬉しそうな顔をする杏を見ながら久しぶりにコーヒーを飲む。みかんジュースが一番だが別に他を飲まないわけじゃない。

 

「どんな話なんだ?」

「この作者さんは短編を書くことが多いんですけど、一つ一つにしっかりテーマを持った描写をしていて.......」

 

俺も本を読むことがあり、好きなことを語ってる時の杏はそれなりに見る。普通に読んだら普通と思う内容も杏を通すことで凄く感性を刺激する。

 

文を紡ぐことで相手を感動させる小説家の園子、和菓子の美味しさで相手を感動させる東郷と似ている杏の話術。

 

「あ、すいません...私だけ喋り過ぎですよね」

「いやいや、どんどん話してくれよ。俺好きだからさ」

「好き!?」

「杏の話聞くの」

「そ、そうですか...そうですよね...そう言えば、椿さんもあの人の本取ろうとしてましたよね?」

「あぁ...ちょっと気になってな」

 

素直に『お前への誕生日プレゼントを探してました』とは言えず、少し誤魔化しながら答える。

 

「へー...私の誕生日の為ですか?」

「うっ」

 

だから本人から真っ直ぐ当てられれば、つまった声で返すしかない。

 

「ふふふ...初めて椿さんから一本取った気分です」

「そうだよなぁ...誕生日前になれば流石にバレるわなぁ...おまけに、俺が恋愛小説読むときはまず杏の所行くし」

「私のを借りて、気に入った本だけ買いますからね」

「見つかった時点で警戒しとくべきだった...」

 

警戒しておけば核心をつかれても誤魔化しきれただろう。しかしバレれば降参の意を示すため両手を上げるしかない。

 

「負けだ負け。ついでに聞くけど誕生日何が欲しい?」

「ぶっちゃけますね...」

「だってもうバレてるし。それなら本人が一番欲しい物を叶えたいじゃん?」

「...それなら、椿さんにしか出来ないことをお願いしたいです!!」

「俺にしか出来ないこと?」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

私が買い物途中で椿さんと会ってから二日。一足先に椿さんから誕生日プレゼントを貰った。

 

『ありがとうございます椿さん!!大切にします!!!』

『出来れば大切にしないで捨ててくれると嬉しいんだが...』

『大切にします!!!!』

『......それだけ喜んでくれるなら、やった甲斐があったよ』

 

パソコンをつけてUSBを接続する。整理されてるファイルからコピーしてペースト。ダウンロードが完了するまでに私の心臓は十分に高鳴っていた。

 

「...よし!!」

 

紙を準備して、録音の準備をして、イヤホンをさして、全てのチェックを終えてから再生を押した。

 

少しあった雑音が消え、ある音が流れる。

 

『...ぁー、取れてるよな。んんっ...誕生日おめでとう杏。というわけで始める』

 

恥ずかしいな。と呟かれるものの、声はまた流れ出した。

 

『雪が降る冬。これは、俺達の物語...大丈夫か?』

「あ、ありがとうございます...助けて頂いて」

『あんな大男に言い寄られてれば口出しもする。おまけにこんな広い所で...無駄話はいいか。気をつけて』

「あ、あの!お名前は!?私は有栖(ありす)って言います!!」

『...亮(りょう)だ』

 

 

 

 

 

私の声に椿さんが返す_____いや、亮君(椿さん)の声に有栖(私)が合わせる。

 

椿さんにお願いしたのは、私が用意した小説の朗読だった。男の子『亮君』とプロローグなんかの文字を椿さんに読んでもらう。私がやっているのは、そのデータに合わせて『有栖』の声を吹き込むこと。私の好きな作品を声つきの作品として楽しみたい。その思いでお願いした。

 

物語は、有栖ちゃんが男に絡まれていた所を亮君が助けたことから始まる、高校生から大学生までの期間に仲を深め合う二人の愛の物語。

 

『なんかチケットを二枚貰ってな。有栖、これ好きだったろ?やる』

「う、受け取れないよこんなの...!」

『どうせ貰い物だ。あぁ、一人で行くのが嫌か?暇な日ならついていくが』

「ぇ...?」

 

恋愛に疎く喧嘩してる事が多い亮君に、はじめはかっこよさで惚れ、後にその中身に惚れていく有栖。

 

この小説が好きになったのは、単純だった。勿論文章の構成とか雰囲気が好きというのもあるけれど_______

 

『舌打ちしたいのはこっちだっての...大丈夫だったか?伊予島』

 

始まりが、似ていた。私と椿さんが初めて二人で話した_______私を安心させるために抱きしめてくれたあの状況と。

 

「ど、どうかな...?夏祭りだし、浴衣を着てみたんだけど...」

『よく似合ってると思う。俺は黄色の方が好きだがな』

「そっか...」

『そっちの方が可愛く見えるだろうから』

「?」

『...何でもない』

 

二人はかなり早い段階で両思いになるけど、自覚しないまま時が流れる。

 

『クリスマスに一緒にいないとかありえない。とあいつに言われてな。少し付き合ってくれないか?』

「い、いいよ。どこ行こっか?」

『お前が行きたいところで良い。ついていく』

 

クリスマスが過ぎて、新年が過ぎて、バレンタインが過ぎて、高二から高三になって、大学も同じところに行けて、そこでいざこざがあって_______

 

『俺は、やっと気づいた...お前が好きなんだ。有栖』

「...遅いよ。バカ!」

 

全ての台詞を言い終えた私は、座っていた椅子の背もたれに寄りかかった。

 

「っふぁー...終わったー......」

 

口元がひくひく動こうとするのを抑え、データを消さないよう大事に保管し、念のためコピーもとる。

 

これは、私が好きな小説を私と椿さんで作った物______そう考えると、心臓の音が収まることはなかった。

 

(まさか本当に読んでもらえるなんて...しかも)

 

コピーした録音はタイトルが無編集で、リテイクした回数が分かる。

 

(二日で20回もやり直して貰って...)

 

しかも、私の声がすらすら入るよう空白が開けられている。本当は本を読むスピードに合わせ、丁度亮君のセリフを読むときに流れるよう意識して貰ったのだけど______

 

(...)

 

もう一度、今録音したのとは違う椿さんが声を吹き込んだだけの物を再生する。

 

『...ぁー、取れてるよな。んんっ...誕生日おめでとう杏』

 

(ぇへへ...)

 

私がこれをプレゼントとしてお願いしたのは、いくら優しい椿さんでも普段お願い出来るものではないから。

 

それから、私があの人の声が好きだから、だった。

 

西暦でやつれてた頃や、逆に精神を復活させた時にも感じていたけれど、椿さんは声や態度に感情を乗せやすい人のように感じる。

 

普段はそんなことないけれど、何かあったときに抑揚をつけるから感じやすい。というのもあるけれど、それが好みだった。

 

(椿さん...)

 

タマっち先輩と同じくらい、私の環境を変えてくれた人。その人が私のためにと、思いが込められたもの。

 

『俺の隣にいてくれ...なんてな』

 

(...これ、本当に頼んでよかった)

 

少しの罪悪感と沢山の幸福感を受けながら、私はパソコンの音量をあげた。

 

(体、熱くなっちゃう...私もこんな......)

 

 

 

 

 

「杏ー、なに聞いてるんだ?」

「えっ!?タマっち先輩!?何で!?」

「何でってノックはしたぞー。合鍵使って入っただけだ。それより凄いだらけた顔して何を...」

「だっ、ダメ!タマっち先輩でもこれだけはダメぇぇ!!」

 

 


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