時を刻む秒針の音が小さく響く。外壁に反射したものが俺の耳に届き、脳で処理されて認識する。
その認識をカットすること30分。俺は手元の本を閉じた。
「ん~。面白かった!」
「それは良かったです。私もそれ読みます」
「了解。とりあえず夕飯にしようか」
「はい!」
商店街にある小さな古本屋。店の方を任せ、俺は夕食の準備を始めた。ちゃちゃっと作れる焼きそばだが、うどん魔神こと若葉をも唸らせた自信作だ。
本の陳列スペース、ひいては店側と家として住んでるスペースは完全に別れているため扉を閉めておけば本に匂いが移ることもない。これは意外とありがたくて、リフォームした甲斐があった。
「杏、出来た」
「わかりました」
店側にいた杏が一度閉店の札を降ろし、こちら側にくる。
「今日は焼きそばですか。美味しそうです」
「だろ?」
「椿さんの食事を頂ける私は幸せですね」
「...いや、そこまで言われると恥ずかしくなるからやめてくれ」
「ふふっ...それじゃあ、頂きます」
「頂きます」
ゆったりとした静かな時間が俺達を包む。
(こうして、もう三年か...)
俺が西暦の時代に残り、いくらか過ぎた頃。時は意外にも平和に流れていた。
よくわからない手違いで30歳近くまでこの時代に残ることになった俺は一般の高校に転校し、卒業。
『貴方が...好きです!椿さん!!!』
杏に告白されたのもその時期だった。俺は快い返事を______せず、彼女の告白を断った。
一緒に添い遂げるには、30という年齢は若すぎる。俺よりもっと長く愛し合える人を見つけて欲しいという思いで、彼女の思いを切り捨てた。
本音を言えば、『杏の告白断るとかおめぇ何様だ!!!死ね!!!』と言った感じだったが。
しかし、それからも杏は俺に当たってきた。俺をどうして好きになったのか、どんな所が好きなのか、等々。
『好きなんです!!!』
結局、根負けしたのは俺だった。消えるその時まで、彼女といることを誓った。
家として構えたのは、彼女の好きな物であり俺達を始めに繋いだ物とも言える本を扱う本屋さん。ひっそりと二人で営む古本屋は、閑古鳥が辛うじて鳴かないレベルだろう。
大赦に色々便宜を図ってもらい別に売り上げは気にしなくていい。相手は勇者と(偽者の)精霊ということもあって、お金の心配はなくなった。
自分の好きな本屋さんの経営をしたいという彼女の夢と、何より杏との時間を優先したい俺の思い。二つを実現した結果がこれだった。
(...あと、七年か)
結婚を決意したのが20の時。今は人が来なければ片方が清掃や本の整理、片方が古本を読んだりご飯の準備をしたりして、店を閉めた後はずっと近くにいるようにしている。
今も、体育座りする俺の足の間に杏が体育座りして、一緒にテレビを見ていた。やってる内容は何てことない恋愛ドラマだ。
『好きです!付き合ってください!』
『...俺には、君の告白を受ける資格なんてない』
「...良かったです」
「え?」
「私は良かったです...椿さんに告白を受けて貰えて」
「一度どころか三度断ってるんだけどな...覚えてるよね?」
「覚えてますよ!告白の度に泣いて、どうやったら振り向かせられるか考えて...」
「それは...すまん」
実は、俺がいずれ未来に帰ることを告げたのは杏が三度目の告白をしてきた時だった。つまりそれまでは、脈なしだと思っていた相手に対しアタックし続けたことになる。
「...よく、諦めなかったな」
彼女の心の温かさに胸が嬉しくなる。小さく呟いた一言に、杏が顔だけこちらに向けてきた。
「...だって、好きでしたから。椿さんのこと」
心を揺さぶられ、テレビの音が耳から途切れる。代わりに、彼女の息づかいが聞いてとれる。
「......」
「......」
やがて、どちらからともなく近づいて_______小鳥が餌を啄むように、ちょんと唇を触れ合わせた。
彼女は俺だけでは見ることの出来ない景色を、俺だけでは感じられない感情を教えてくれる。
「...杏」
「はい?」
「好きだ」
「甘いですよ椿さん」
繰り返すように、一瞬の口づけ。
「私の方が10倍は好きです」
「お、言ったな?」
「はい。だから...これから何があっても、離れませんからね?」
ちなみに、千景アフターでは西暦にいられるのが40歳でしたが、今回は30歳にしています。
それにしても、(書き上げてから気づいたことですが)少しアフター樹と似た状況になったのは妹属性持ち同士だからか...