「きっつ...うぇ」
「私も...」
「ほらお前ら!!あと三周!!」
「タマ先生きっついっすよ...」
「言う暇あったらきちんと走れ!」
厳しい言葉なのは分かっているが、体力をつけるには必要なこと。声をあらげると、ボソッと呟かれたものが聞こえた。
「...このナイチチが」
「健人お前こっちこい。潰してやる」
「ごめんなさいっ!」
「ふんっ!」
「え、それぐはぁっ!?」
タマが地面の石を投げる前に走って角に消えた健人を見て、勇者になって旋刃盤を投げる。角にワイヤーが引っ掛かって方向を変えた盾が見えない健人の腹にぶち当たった。安心しタマえ。峰打ちだ。
「あと追加五周。全員」
「ひえっ!」
「た、タマ先生それは...!」
「今日のお前ら見てればいけるだろうしな!まず」
「球子、ちょっといいか?」
「っ!」
悲痛な顔をしている教え子達を睨み付けてると、後ろから名前を呼ばれた。
「どうした?」
「午後の予定についてな。安芸も来てる」
「了解だ!じゃあお前らやっとけよ!」
小走りで向かうタマには、ボソッと呟かれた言葉を今度は聞き取ることが出来なかった。
「声を聞いた瞬間嬉しそうな顔しやがって...」
「私もあんな結婚したいなぁ」
古雪球子の仕事は教官だ。警官やそれに近い職業に就きたい人のための学校、と言えばそれなりに分かりやすいだろう。それ以上難しいことはタマには分からない。
「とまぁ、大赦は最近こんな感じ。こっちはどう?」
「大した問題はないよ。運営に関しては書類で出した通り。球子もよく頑張ってくれてる」
案外タマを『球子』と呼ぶ人は少ない。タマと省略されることは嫌いじゃないし自分でもするが、球子が特別な感じもする。
特に、椿のは_______
「そっか。じゃあ仕事の話はこれくらいにして...これから大赦組で女子会するんだけど、つれてっていい?」
「いきなりだな!?」
「別にいいぞ」
「椿!?」
「最近杏や若葉達と会ってなかっただろ?久々に楽しんでこい」
椿がタマの頭を撫でる。タマがどうやられるのが好きなのか分かりきってる動きで、少し雑にくしゃくしゃーっとされた。
タマはこの分かりあってることを椿と共有できる瞬間が堪らなく好きだ。思わず我を忘れてしまいそうになるくらい。
「後は俺がやっとくから」
「うぅ...わかった!じゃあ行ってくるからな!」
「決まりだね。借りてくからー」
部屋を出て、早速真鈴が用意していた車がある駐車場へ歩いていく。
「にしてもさ」
「?」
「撫でられただけであんな惚けた顔、やめた方がいいと思うよ。見てるこっちが恥ずかしい」
「んなっ!?」
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「危なかった...」
頭を撫でた時、嬉しそうな球子の顔を見た瞬間いつものように抱きしめなかった俺を誉めてやりたい。間違いなく安芸にネタにされていた。
「ったく...」
一度胸元にあるサファイアのペンダントを触れ、心を落ち着かせて部屋を出た。
神世紀に戻る筈だった俺は、何故か西暦に残ったままだった。あの高嶋友奈が嘘をつくとは思えないが、実際あれから数年たっても変わらない。
その間に大社が大赦になり、トップが勇者と巫女になり、西暦が神世紀になり。
俺はこれからのことを考えるようになった。俺が消えたらこの世界はどう変わるのか。初代勇者が消えてからこの世界がどう繋がっていくのか。余計な考えを巡らせるくらいには時間があった。
そして俺は、大赦直属の施設を作った。表向きの目的は大赦に関連した就職がしやすくなる。
ただ、作ろうと決めた俺達の思惑は違った。
きっかけは千景の故郷。聞くに耐えない話だし、バーテックスと全力で戦っていた頃には俺も直接関与した。差別的行為、発言。
そうしたものが勇者が消えた後増えるのではないか。という話がたまたま浮上した。今はカリスマ性の高い勇者が大赦のトップを務めているが、バーテックスに大切な人を殺された人達、天恐に心を傷つけた人達が『バーテックスからの攻撃を守ってくれる英雄』を失った時どうするかが悪い方向しか思い浮かばなかったのだ。
カリスマ性を持った次世代がいる。神に認められた勇者でなくても、誰かの前へ立って鼓舞する勇者が必要となる。
そうした人材を作るために開いたのが、ここだった。その最後のピースになったのは______
『タマはお前が欲しい!!!』
男より男らしい告白を受けたのが、ここの開設の始まり。
『椿~!勉強教えてくれ~!!』
『タマは椿より強いと証明してみせるからな!』
高校時代、球子には勉強やら戦闘訓練やらを教えてきた。その時どんなに挫けそうでも最終的に自分の知識と、経験としてきたのを知っている。
また、彼女は自分の理解した箇所は、別の人に伝えるのが非常に上手かった。
そんな球子を彼女とした時______彼女が笑顔で、力を最大限生かせる場所を作れるのではと思った。
逆に球子は_______俺のやりたいことに全力で協力しようとしていたらしい。
互いの願いの結晶。俺は全力で教育の場を作り、球子は全力で大切なことを叩き込む。子供達が勇者の心を持つまで見守る場所。
(好きな人が支持されるってのは、嬉しいしな)
「あ、椿先生」
「そらお前ら、球子の指示通り練習ちゃんとやれよ?」
だから今も、俺は彼女の作り上げた環境を眺める。愚痴こそ言う彼彼女達だが、神世紀の人並みの優しさを持ってきているように感じる。西暦の時代でそれは稀有な存在。
「タマちゃん先生の言う通りやってますよ。なんだかんだあの人必要なことしか言わないし」
「ふっ...だろ?俺の嫁には勿体ないくらいだ」
「うわ自慢。何度目だと思ってるんですか」
「うるさい。聞きタマえ!」
これが俺達夫婦の形だ。