そして、偶然か運命か。今回はそれに関連したお話。
「須美っ!!園子っ!!」
血を吐く二人を抱えて逃げる。この状態の二人をほっとくなんてアタシには出来ない。
「ぎ...ん?」
「意識はあるな!?もうちょっと揺れるぞ!」
あくまでバーテックスの目的は神樹様。追撃してくることはなかった。
(首洗って待ってろよ...)
薄暗い感情を胸に灯し、押し込める。爆発させるのは今じゃない。
「よっと...」
『怪我する危険があるなら脈の調べ方とかも学んどきなよ!!あと応急処置の仕方でしょ。人工呼吸の仕方でしょ...』
意識がない園子も息はある。幼なじみに口酸っぱく言われた事が役に立つとは思ってなかった。
「ぎ...だ...」
「...動けるのはアタシ一人だけ。ここは怖くても頑張りどころだろ」
「っ!」
アタシの言葉を理解したのか、須美の目が多少開く。血がたくさんついてて見るのも辛い。
(でもごめん。行くよ。アタシは)
他でもない。この世界を守りたいから。
「大丈夫。任せて」
アタシは下校するときみたいな気軽さで、手を振る。
「ぎ...っ!」
「またね」
気を失う友達を見て、アタシは別れの挨拶を告げた。
遠足帰りに戦うことになったバーテックスは三体いて、奇襲されたせいで二人が傷ついた。後ろから追い付いてその姿を確認する。
一匹目。蠍みたいな針がついてる奴。尻尾にぶつかるだけでもかなり痛い。
二匹目。変な板をいくつも浮かばせて、体の下側についてるハサミと一緒に攻撃してくる奴。他より防御力が高そう。
三体目。他の二体の後ろに隠れて奇襲して来た矢の雨を降らす奴。斧で防ぐことは出来るけど、一撃そのものは体を壊すには十分過ぎる威力がある。
(だから?)
だから逃げるのか。相手が強いから。自分じゃ勝ち目が薄いから。全部を捨てて世界が壊されるのを黙って見てるのか。
(違うよな)
それは違う。相手が強くても、自分じゃ勝てなくても、捨てれる筈がない。
アタシはこの世界が好きなんだから。家族のいれるこの世界が。須美と園子と一緒に遊べるこの世界が。
あいつといれる、この世界が。好きなんだから。
「っ!!」
バーテックスの進行ルートを遮るよう滑り込む。ブレーキをかけた靴が樹海との摩擦で音を立てた。
小さな小さな反撃の炎に気づいたバーテックスが動きを止める。それでいい。アタシを倒さないとこの先には行けないと思え。
「任せてって言った以上、責任持たないとね。アタシは責任取るオンナ!!」
斧で樹海に線を引く。ここが最終ライン。
「...こっから先は、通さない!!!」
自分を弾丸の様に飛ばす。死闘の火蓋がおろされた。
もう三体の弱点は分かってる。あいつと一緒にやったゲームでも観察することの大事さは分かってるし、須美と園子の攻撃で十分。
(アタシは一人じゃないんだから...)
飛んでくる針を斧でそらし、球体と球体の間に滑り込ませる。
「ぶったぎる!!」
切るというより叩きつけて折る。間髪入れずに矢が飛んでくるのを回避。
「行くぞぉぉぉぉ!!!!」
時間は、多分数分だと思う。アタシに分かる術はない。
一体一体が強いし、どれか倒しかけても他の二体に邪魔されて、その間に回復される。
(厄介過ぎるでしょ。これ...)
ため息ではなく絶叫で返すアタシは、感覚がおかしかった。
(研ぎ澄まされているって言うのかな...)
まるで自分ではない誰かを操作してるような錯覚。後ろからの攻撃すら見ずに避ける。
(人間やめてるなぁ...いや、人間やめるだけでこいつら倒せるなら、いいか)
何本折ったか分からない針を数センチの距離で避ける。
「ここから出ていけ」
もっといる。こいつらを倒すための力がもっと。
(何か...)
反射板を壊しながら考える。
必ず殺す技なんてない。強化アイテムもない。魔法もない。
そして、そんな考えは邪魔でしかなかった。
「かはっ...」
いつの間にか脇腹が赤かった。だらだら赤い水が流れる。
(あ...れ?)
痛覚が戻ってくる。意識が復活する。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
(ダメ...)
口から血が漏れる。矢で貫かれた腹を抑えようと斧を______
(違う)
ただ、深くに入りすぎた思考がそれを止めた。血がにじんできそうなくらいきつく握る。
今すべきは体を守ることじゃない。体を使って戦うことだ。
(こんなところで死ねないんだ...そうだろ!!!)
大変な戦い。何かご褒美くらいあってもいいだろう。
(醤油豆ジェラート食べ放題...いや、決めた!!)
ご褒美じゃなくても、生き抜く為の決意があればいい。一番欲しいのを。
(...無事に帰ったら、叶えてもらおう)
決めた瞬間、体から力が湧き出てきた。こんなにあるなら最初から出して欲しい。
(欲に忠実だなーアタシ...けどまぁ、いっとくかぁ?)
口を結ぶ。鉄の味がする。その口角を上げて。
「見せてやるよバケモノ。これが人間の...いや」
必殺技なんてない。アタシにあるのは__________
「これが、恋する乙女の気合いと根性だぁぁぁぁぁ!!!!」
決して折れない、魂だけだ。
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「銀...銀っ!!どこ!?」
「ミノさん...私まだ、焼きそばの作り方習ってないんだからね!!」
私とそのっちがもどかしくゆっくり歩く。もっと速く行きたいけど、体が言うことを聞かない。
(でも、支援に...)
まだ戦ってるかもしれない友達を助けたい。その一心で歩みを止めない。
「!!わっしーあれ!!」
「っ!!」
私達が辿ってきた紅い道の先に、影が見えた。
「銀...!」
「ミノさん!」
近くにバーテックスの姿はない。
「凄いわ銀...一人で三体も追い払ったのね」
「うん。凄いよミノさん...ミノ...さん?」
銀の姿がしっかり見えてくる。壁の方を見ていて、こちらには小さく結んだ髪が揺れて、背中が_______
「ぎ...」
世界を滅ぼす敵が引き返して来ないよう壁を睨みつけながら。彼女は立っていた。
紅蓮の服を、銀自身の血で紅く染め上げて。
「ん...」
右袖の先から見える筈の腕が見えなくて。
「...もうすぐ樹海が解けるわ。すぐ病院へ行きましょう?」
信じたくなかった。
「そうだよ...弟さんにお土産渡すんでしょ?自慢してた幼なじみさんに会わせてくれるんでしょ...?」
認めたくなかった。
「ねぇ...答えてよぉ、銀...銀!!」
涙で視界が妨げられる。それでも、喉を震わせる。
銀からの返事は、なかった。
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『お嫁さんかー...お嫁さん、ね』
『何見てんの?』
『ちょっ!?いつの間に!?』
『さっきだよ。テレビ...?結婚特集?』
『わー!!』
『なんで隠すんだよ。良いじゃん結婚』
『っ!そ、そう思う?』
『え?うん。まぁ俺まだ中学生だしなー...でも、銀みたいなお嫁さんいたら幸せだろうなって。家事も子育てもうまくいきそうだし、俺も......』
これが夢だと______過去の記憶を思い出しているだけだと自分でも分かっていた。あいつの続いていく言葉、そのあと誤魔化す言葉も覚えてるけど、その前が強烈だった。
『銀みたいなお嫁さんいたら幸せだろうなって』
アタシだって、なれるなら__________
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「...」
どこかで寝そべっていた。自分の呼吸音だけがやけに大きく聞こえる。
「...あ...れ?」
目を開けると、白い壁が見えた。立ち上がろうにもバランスを崩してベッドに再ダイブ。
驚いてると、右手の感覚がないことに気づいた。左手はある。右手はない。
「えと...マジックかなんか?」
「三ノ輪さん!!!生きてるのね!?」
ドアを壊しそうな勢いで飛び込んできたのは安芸先生と白い服を着た人達だった。大赦の人か病院の人かを判別するより早く押し倒される。
「うわっ!?」
「良かった...生きてて...」
「安芸先生...」
安芸先生がこんなに感情丸出しで、アタシの胸元で泣いてるのが微笑ましくて左手で頭を撫でた。
「アタシはここにいますよー...それより、須美や園子は無事ですよね?」
「え、えぇ...もう退院してるわ。今日もお見舞いに」
「.......嘘」
言ってる側から、入り口の方で音がする。開けっ放しにしてたドアの向こうに立っていた須美と園子が、持ってきてた花を床に落としていた。
「ただいま。須美、園子」
「銀...銀っ!!!!」
「ミノさぁぁぁん!!!!」
安芸先生よりきついハグを全力で受け止める。アタシに生きている実感を与えてくれる。
「おうおう迷惑かけましたなぁ...って園子!アタシで拭くな!ちょっと!?」
結局、あの戦いから二週間経っていた。アタシは右手を消失プラス全治一ヶ月前後の怪我。 あれだけ出血して無事で、それだけで三体を退けられたんだから良い方だろうと思うんだけど、泣きじゃくる須美と園子を説得するのは骨が折れた。
アタシの今後は保留状態らしい。片腕じゃ満足に斧も振れないから戦力どころか足手まといになるかもしれないけど、勇者の新システムがそれを克服出来るかもしれないとかなんとか。
というわけで、アタシは病室で入院生活をしていた。傷はふさがって無くて穴だらけなんだけど、痛み止めのお陰で起きてから苦痛を感じることはない。
(やっぱこれは難しいな)
昨日渡された義手は大赦が特注で作ってくれたようだけど、どこかぎこちない。使いこなすには時間がかなりいるだろう。
そんなわけで、アタシはのんびり病室で_______ということなく。
(はぁ...来てほしいんだけど来てほしくない)
ずっと落ち着かないでそわそわして、扉と窓を交互に見ていた。
心臓のバクバクが少しずつ早くなって_____ドタドタと音が変わる。
(って、その音は!)
「銀っ!!!!」
扉が壊れそうな勢いで開いて、彼が飛び込んできた。髪の毛はいつもよりボサボサで、目の下の隈も凄い。
「銀!!無事なんだよな!?銀!!」
「ピンピンしてるよ。久しぶり」
「っ!!...銀っ!!!」
ベッドに乗り上がってきて、きつくきつく抱きしめられる。優しさの欠片もない、でも、強い思いが込められてると感じられる熱。
「ちょっ、あの...」
「事故って聞いて...でも無事でよかった......本当に...」
引っ付いて離れなくなった幼なじみは涙をボロボロ溢してて、見てられなくて頭を撫でた。
「はいはい。アタシは無事ですよー」
「...お前、これ......」
「あ、えーと...名誉の負傷ってやつ?」
右腕の義手に気づいた彼は、泣きそうになって、グッと堪えて声をあげた。
「そっか...慣れるまで大変でしょ?何でも言ってくれ!何でもやる!」
「...言ったな?」
言質は取った。後はアタシの勇気だけ。断られることは_______ないと思いたい。
「?」
「えと...じゃあ、その......」
決めた筈なのに、言葉がうまく出てこない。もごもご口を動かして出せたのは、小さな小さな声だけだった。
「アタシの夢を、叶えさせてくれ」
「夢?」
「...アタシをっ!!椿のお嫁さんにしてくださいっ!!!!」
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「椿ー、勉強するのはいいけど突っ伏して寝るのは良くないぞ」
「んっ...あぁ、悪い」
「夕食作ったから、整理し終わったら来いよ~」
気づかない間に寝ていたらしい。頭を整理させて、銀が夕食を作っている理由を思い出す。
(今日は同窓会とか言ってたか...)
両親が外に食べに行ってて、大学受験生である俺のサポートとして銀が来てくれた。正直家事の時間も勉強に当てられるのは大きい。
(ま、寝てたら意味ないけど)
時計を見ると最後に確認してから30分。仮眠程度だが、かなり気持ちよかった。
(ぁ...バレてないよな?)
後ろを確認してから引き出しを開ける。中には一枚の紙が入ってて、特に変わった箇所はない。
(あぶね...でも、鍵つけたら余計怪しまれるしな)
かといって、どこかに挟んだりもしたくなかった。しわをつけたらダメってわけでもないが、なんとなく。
俺が目指している大学は、世界が変わってから_____神樹様がいなくなってから人気を集めた。その理由が、大学入った時点でほとんどの学生がある仕事につけるからだ。
(早く稼ぎ所が欲しいからな)
四国の外に広がる荒れた地域の環境調査。今最も高収入でしばらく続くのが予想される仕事。その研究、調査チームに入れるのだ。
(そしたら、これを)
彼女の分もしっかり支えられる環境が出来たら、渡す_______今はまだ片方しか署名されてない婚姻届を。
(待ってろよ...)
「つーばーきー!」
「分かってる!今いくよ!」
俺は即座に紙を閉まって銀の元へ足を向けた。
俺はしらない。銀がこの婚姻届の存在を知らないフリをしてることを。死にかけたお役目で莫大な金が入ってることを。
数年後になってから婚姻届を渡した時、『遅いんだよ!こっちは結婚できる年からずっと待ってたんだぞ!!!』と言われることを。
頂いてから半年以上、旧リクエストにあった『銀がもし生きてたらif』でした。サブタイでifをつけたくなかった(バレて欲しくなかった)のでこの形にしました。