古雪椿は勇者である   作:メレク

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電車内でこの作品の評価平均バーに色がついていたのを確認して、三度見したあげく「うぇ!?」と声をだしてしまいました。

ゆゆゆ好きの方々に見てもらえて嬉しいです!皆さんありがとうございます!


十六話 変わった日常

「えーと...H、A、E...」

 

友奈さんの途切れ途切れのタイピングと、私とお姉ちゃんの書類を書く音が部室に響く。

 

バーテックスとの戦いから数日。部室にはメンバーの半分しか揃っていない。東郷先輩と古雪先輩はまだ病院から退院していないし、夏凜さんはずっと来ていない。

 

「ふぅ...やっぱり三人だと調子出ませんね」

『かりんさんずっと来てませんね』

 

私も声が出せないのでスケッチブックに書いて見せる。皆と話したい、歌を歌いたいけど、まだ治らないみたいだ。

 

「SNSも返信ないし、授業終わったらどこか行っちゃうし...」

「そっか...」

「私、探してきます!!」

「行ってらっしゃい」

 

でも、一番ぎこちないのはお姉ちゃんだと思う。ここ数日家でも学校でも様子がおかしい。

 

「ん、どうした?」

『お姉ちゃん、何かあった?』

 

肩をつついてスケッチブックを見せる。

 

「...なんでもないわよ。気にしないで」

 

お姉ちゃんは、いつもより無理してそうな笑顔を作った。間違いなく隠し事がある。

 

『何かあったら言ってね』

「ありがとう、良い妹を持ったものだわ」

 

私はあえて深く聞かなかった。きっと、時間が経てば教えてくれる。

 

(それまで待ってるからね...お姉ちゃん)

 

 

 

 

 

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樹に心配をかけさせてしまったらしい。でもあたしは深く話すこともできず、今後の予定表と、これまでの活動記録を纏めていく。もちろんその手は遅い。

 

(椿...)

 

あのあとメールで椿とはやり取りしたが、別になにもない。わざわざ見舞いも来なくていいぞ。といった普通のことしか送られてこなかった。

 

出来ることなら何かしてあげたいけど、何をすればいいのかわからず、ずるずると日常を過ごしている。普段なら喜ぶべき夏休み直前だと言うのに、全く気分が晴れない。

 

(全部話してくれればいいのに)

 

勇者部五箇条のひとつを見上げる。教室にはってあるそれは、友奈と東郷が入部した時に作ったものだ。

 

でも__________

 

(あたしなんかが聞いて、慰められるのかな...)

 

あんな風に叫ぶ椿の声は聞いたことがなかった。正直どう支えてあげれば良いのかも分からない。

 

あたしの眼、樹の声のこともある。そっと眼帯に手を当てた。

 

東郷から聞いた話だと、満開の後遺症であるかもしれないらしい。東郷は左耳、友奈は味覚、椿は特にないらしいが__________あれを見たら、精神にきてるんじゃないかと思っても無理はない。

 

(周りのことばかり心配できるような人間じゃないし...ここ数日で色んなことが起こりすぎなのよ)

 

あたしの気持ちに同情するように、『悩んだら相談!』の文字が風で揺れた。

 

『お姉ちゃん、顔暗いよ』

「ごめんごめん、そういや樹、夕飯なに食べたい?」

 

 

 

 

 

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「ふっ...ふっ!」

 

木刀を振っても、いまいち集中出来なかった。

 

(前もこんなことあったっけ...)

 

浜辺に木刀をほっぽって、私も倒れる。

 

バーテックスとの戦いは終わった。私はなにも出来なかった。

 

風からの話では、満開した人は体のどこかがおかしくなっているらしい。

 

唯一満開できなかったのは私。その事が悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、部室にもお見舞いにも行けない。

 

(私は戦うために来たのに...私だけ傷を負ってない。一番役にたってないじゃない...)

 

椿は私が無事でよかったと言っていた。でも、そんな彼も満開しているのだ。

 

完成型勇者は名ばかりだった。その事実が私の心を締め付ける。

 

「夏凜ちゃーん!!」

 

(今だって友奈の幻聴なんて聞いて)

 

「わぷっ」

「友奈!?」

 

砂に足をとられて友奈は盛大に転んだ。

 

「夏凜ちゃん、そこは駆けつけて受け止めてよ」

「無茶言うな...はい」

「ありがと」

 

手をさしのべると友奈は迷うことなく掴んで立ち上がり、制服についた砂を落とす。

 

「何しに来たの」

「部活のお誘いだよ。夏凜ちゃん最近サボりまくってるから」

「っ!」

「このままじゃサボりの罰として腕立て1000回に腹筋3000回、みかん500個収穫にぼた餅1000個作ることになっちゃうんだけど~」

「は?桁おかしくない!?それに収穫とか作るとかなんなのよ」

「椿先輩と東郷さんの退院祝いだよ!」

 

そう語る友奈のどや顔は面白かったけど、笑える気分でもない。

 

「でも、部活にくるとチャラになりまーす。どう?来たくなったでしょ?」

「ならない」

「部活来ないの?」

「元々私、部員じゃないし、もう理由もないのよ」

「理由って?」

「私は勇者として戦うために讃州中学に入ったの。部活に入ったのも他の勇者と連携をとりやすくするため...戦うためにいた。それ以上の理由なんてない......大体バーテックス倒し終わったんだから、勇者部なんてもう意味ないでしょ!」

 

椿のお陰で、もう誰より手柄を立てたいとは思わないけれど、役に立ちたかった。

 

「違うよ!」

 

背けていた目を友奈に向ける。友奈は笑顔。

 

「勇者部は、風先輩がいて、樹ちゃんがいて、椿先輩がいて、東郷さんがいて、夏凜ちゃんもいる。みんなで楽しみながら人のためになることをする部活だよ。バーテックスなんかいなくても、勇者部は勇者部」

「でも...」

「戦うためとか関係ない」

「でも私...戦うために来たから、私にはもう価値はなくて、あの部にも居場所はないって...」

「勇者部五箇条!悩んだら相談!」

「え...?」

「戦いが終わったら居場所が無くなるなんて、そんなことないんだよ」

 

いつも通り、周りを惹き付けるような笑顔を振り撒いて友奈は続ける。

 

「夏凜ちゃんが部室にいないと寂しいし、私が夏凜ちゃんのこと好きだから!」

「っ!!」

 

顔が凄く熱くなる。きっと真っ赤だろう。

 

「しょ...しょうがないわね。そこまで言うなら行ってあげるわよ。勇者部」

「やったー!!じゃあ早速いこう!」

「え!?」

「あ、でもその前に」

 

何故か友奈に連れられてシュークリームを買ってから学校へ向かう。

 

『前も言ったけど、もう夏凜も大切な仲間だからな』

 

道中、椿の言葉が思い出された。

 

(そっか...もう、戦いに関係なくいていい場所なんだ)

 

「結城友奈、ただいま帰還しました!」

「おかえりーって、夏凜も来たのね」

「ゆ、友奈がどうしてもって言うから!」

「あとこれ差し入れです」

「で、でも友奈はお菓子の味分からないんじゃ...」

「っ...」

 

味が分からない______それがきっと友奈の満開の後遺症。私は思わず友奈を見るけど、いつもの笑顔だった。

 

(...いつでもそんな顔、できるのね)

 

「あれ、気づいてたんですか?」

「ごめん、友奈。樹も...あたしが勇者部の活動に巻き込んだせいで...」

「こんなのすぐ治ります。気にしすぎですよ」

『そうだよ』

「そういうわけで結城友奈は今後、風先輩の『ごめん』は聞きません!」

『私も!!』

「...うん、ありがと」

 

つられる様に風も笑顔になる。

 

自分が辛いときでも笑って、一緒にいれる少女。きっと、だから皆が好きになって______

 

「それより早く食べましょう!風先輩が飢えで倒れる前に!」

「...ねぇ、あたしいつでもおなかすいてる人だと思われてない?」

『違うの?』

「妹も!?」

「ぷっ...そこまで言ってても手は伸ばすのね」

「はっ!?静まれ...あたしの右手!あたしの中の獣ー!!」

『獣(女子力)』

「そう、それ」

「それでいいのか」

 

私も好きになったのだ。友奈と、勇者部のみんなと一緒にいることが。

 

 

 

 

 

勇者部の活動は終わり、日課のトレーニングも終わらせて、スマホとにらめっこすること一時間。

 

「......っ!」

 

自分の家にはいない五人に背を押されるように、一通のメールを送った。

 

(戦いに関係なくいていいのなら...私のいたい場所だから...)

 

送信先は大赦。内容は、『勇者としてのお役目は終わったが、自分は讃州中学に残ってもいいか』といったもの。

 

「おっとと...」

 

数秒経たずに来たメールは、返信ではなかった。

 

東郷:私と古雪先輩の退院が明日に決定しました。メールめんどいから任せる。と仰られたので古雪先輩の分も書いておきます

 

友奈:やった!

 

樹:退院おめでとうございます

 

風:お疲れ様

 

「......」

 

夏凜:よかったわ

 

これだけ書いて、私はスマホの画面を消した。

 

 

 

 

 

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学校が休みな土曜日、東郷さんと椿先輩がようやく退院となったので皆で病院まできていた。

 

「あ!」

 

最初に見えたのは東郷さん。急いで立ち上がり看護師さんと変わる。

 

「ありがとう、友奈ちゃん」

「私の定位置だからね」

 

車椅子を押してみんなのところまで戻る。

 

「おかえり...東郷」

「夏凜ちゃん...東郷美森、勇者部に帰還しました」

「ご苦労である東郷少尉!」

「全く...変なやつらね」

『お疲れ様です』

「そういや椿は?」

「古雪先輩ならそちらに」

「...っ」

「よっ、元気してたか?」

 

久しぶりに見た椿先輩は、普段通りの言葉なのに_______どこか冷たい声で、明らかに痩せ細っていた。

 

「ちょっと椿、あんたが大丈夫なの!?」

「病院飯が体に合わなくてな...早く風の飯が食いたかった」

「あんた...料理出来るんだから自分で作りなさいよ!」

「はっ!?病院の厨房を借りれば良かったのか!」

「病院で寧ろ健康っぽくなくなってくる奴始めてみたわ...」

「じゃあにぼしくれにぼっしー。あれ完全食だろ?」

「にぼっしー言うな!」

『私もなにか作ります!』

「樹はいてくれるだけでいい。だからずっと何もしなくていいぞ!!!」

「なに怯えてるの...」

「樹の料理がトラウマなのね...」

 

(やっぱり、この前のが原因なのかな)

 

だったら話して欲しいと思う。

 

「椿先輩」

「ん?」

「おかえりなさい!」

「...ただいま」

 

私達は、大切な仲間だから。

 


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