個人的にくめゆドラマcdはかなりお気に入りです。
『車輪の下敷き』。誰が言ったかも覚えていない、当時は意味も分からなかったその言葉は、私のどこかにひっかかっていた。
Under die Rader geraten と書き、旧世紀の外国で『落ちぶれる』といった意味らしい。
私は一度落ちぶれた。父親と同じように尊敬される仕事が出来る人間になりたいと願い、勇者になる素質を見込まれてからは他の全てを犠牲にしてきた。
娯楽も、友情も、未だしたことない恋愛も捨て自らを高めた______今思い返せば、ここが勇者になった三好さんとの差だったのではと強く感じる。
そう。私は勇者となる選考に落ちた。故郷に帰った私はクラスにも馴染むことが出来なかった。血を吐くようなという言葉が決して大袈裟ではない日々が全て無駄になったと______そう、思い込んでいた。
それから私は、防人としての役目を与えられる。勇者が花ならば私達は雑草。お役目はサンプル採集をはじめとした外の調査。
替えが効く消耗品の様に扱われる同僚を見て、隊長として犠牲ゼロを掲げた。私が隊長をしている限り、死者は出さない。
そうした努力は、少しずつ、ほんの少しずつ報われだし_________
『メブゥゥゥ!!!』
『芽吹さん!今日はランニングで勝負ですわ!』
『ラーメンの方が。美味しい、よ。楠』
『おら楠!!これ見ろよぉ!』
頼りになる、否。心から信頼できる多くの仲間が出来た。
『芽吹先輩も勇者様なんです』
守りたいと思える人が出来た。
(無駄なものなんてなかった。全部今に繋がっていた...!!)
自分の大切な感情に、気づくことが出来た。
死んだ花は咲かない。枯れた木は実をつけない。
しかし、そうではなかった。花は死んでおらず、木は枯れておらず、車輪の下敷きとなっていたものは、それでも尚強く生きていた。
そうして私は、防人としての役目を終えた。なる前とはずっと違う、清々しい気持ちだった。
『やっと直接お礼が言えるな。ありがとう。あの時戦衣を...力を貸してくれて』
私に向けて頭を下げる年上の勇者に、『無事に済んでよかった』と心の底から言えた。
後に私達は、防人から四国外調査隊のメンバーになる。神に頼らず生きていく為に、出来ることをしていく。異世界に飛ばされても、それは変わらない________ただ。
「あの、古雪さん」
「どうした?」
「......ハロウィンって、なんですか?」
異世界に来て始めにやることの内容が分からないのは、少し恥ずかしかった。
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「ハロウィンってのは、子供が大人に『トリックオアトリート』、お菓子をくれなきゃいたずらするぞって言って、お菓子を貰うイベントだ」
「そんなイベントが...」
「元々は外国発祥の悪霊を追い出す祭りらしいんだが、よくわからん。勇者部でやるだけならそんだけ覚えときゃいい」
日本古来のものなら東郷に聞いてもいいんだが、残念ながら違う。
「勇者部では何を?」
「今年は小学生組と中二組が仮装やら装飾やらしてるからな。俺個人ならお菓子を用意するくらい」
「全員でやらないのですね」
「普段ならやったりするけどな...今回は特別」
「特別?」
「あぁ。俺と亜耶ちゃんの案でな」
本人に言って良いのか少し悩んだが、気にせず話すことにした。目的地までまだあるし、こんな途中で話を区切られたらむず痒いだろう。
「楠さん真面目なイメージが強かったから、毎度毎度お祭り騒ぎの勇者部を心から楽しんでくれるか不安だった。来ていきなりコスプレしてくれって言われたら、嬉しくないだろう?」
「それは...確かに」
「その状況で高一、中三組含めた全員で仮装してれば、疎外感も出る。防人組が来ることはハロウィンの話をする前から分かってたから、先に手を打っといたのさ」
「では、亜耶ちゃんは?」
「あの子は...」
数日前に彼女が言っていたことを思い出す。
「『芽吹先輩達がこちらに来た時皆さんとすぐ仲良くなれるよう、勇者部の皆さんが素敵な人達なんだというのを私を通して知って貰いたいんです』だそうだ。あの子も慣れないイベントだが、楠さん達との間を縮めようとやってる」
「亜耶ちゃんがそんなことを...」
「あの子自身も楽しんでくれてるみたいだから俺としても嬉しいしな」
ずっと大赦に巫女として育てられた彼女も、樹や杏の同学年と一緒に普通の女の子として楽しくやっている。
「......正直な話、楠さんがすぐ勇者部に馴染めるとは考えにくい。入りたての夏凜にはバカバカ言われてたし、須美ちゃんに『敵の進軍に備えてもう少し真面目にしてください』と言われたこともある。楠さんもそうしたタイプだろうなって勝手に思ってる」
「......」
目を見ると、彼女は気まずそうに目をそらした。言ってることは間違いではないようだ。
「別にそれが悪いとは全く思わない。俺が言いたいのは...俺含めそんな奴等だが、自分のペースでいいから歩み寄ってくれると嬉しいってだけさ」
「...はい」
「ま、どうせ友奈とか見てたら骨抜きにされるだろうけどな!覚悟しとけ」
「何の宣言ですか全く...わざわざありがとうございます」
「感謝される謂れはないぞ...と。ついたな」
俺達が着いたのは、愛用者の多い『イネス』だった。
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「へー...プラモってこんなにあるんだ。何が違うんだこれ...?」
一通りコーナーを確認し買い物を終えた私が戻ってきた時には、古雪さんが二つのプラモデルの箱を吟味していた。一つ上の先輩の今まで見たことのない態度に少し笑ってしまう。
四国外の調査で真面目な話しをすることが多かったため、こうした姿を見るのは珍しい。でも、こっちがこの人の素だというのはすぐに分かった。
(...でも、変わらない所もある)
私は、優れた観察眼を持ってる様に感じた。人や物事をよく見ている。
さっきもそうだった。想像の域でしかないが、ここに到着するまでの話は、私が勇者部に対して違和感を感じた時、うまく折り合いをつけさせるための予防線だったのでは________そう感じずにはいられなかった。
確かに、ハロウィンの話をされた時は(仮装なんてするの...?)と考えたのも事実だし、頭の隅に壁の外や神樹様等、自分達の現状を考えていたのもまた事実。
私がそうしたことを気にしやすいと承知の上で、楽しむ時は楽しくやろうと伝えたかったのではと________
考えすぎかもしれないが、もしこの人が本当にここまで考えて話していたなら、私は尊敬するしかない。
「んー...」
今プラモデルを見てる姿からは、考えられないけど。
「それは、右の方が周りの植物のセットが入ってて、左が観光客のセットが入ってるんです」
「え、そうなのか?えっと...ほんとだ。ちっちゃいなこの説明文」
「そのシリーズは箱の絵で分かりますから」
「成る程。流石だな」
ここに来た理由は、慣れない町で行きたい所はあるかと聞かれた時、私がプラモデルのお店を見たいと言ったからだった。古雪さんが付き添いなのは『俺もちょっと見たい』と手をあげたから。
「小さい頃からやってるのか?」
「はい。パ...父が大工で、その影響を受けて」
「そうなのか...初心者でも出来るのか?折角だからちょっと挑戦してみたいんだが」
「出来ると思いますよ」
お金に関して聞くと、大赦から支援金が出ると話してくれた。西暦の、それこそ伝説となっている乃木若葉をはじめとした初代勇者もいるわけで、私達も個別の部屋と自由に使えるお金が用意されていると聞いた時は驚いた。
「いやー買った買った!」
「何かあれば聞いてください」
「分かった。頼らせて貰う」
「はい」
帰路についても、まだ空は明るかった。無言の中、住宅街を通り抜けていく。
(...そう言えば)
一つ息を吐いて、私は気になっていた質問を口にした。
「古雪さん」
「どうした?なんか他に寄るところあったか?」
「いえ...古雪さんはどうして勇者になれたんですか?」
素朴な疑問。本来男の勇者はいないというのを、神官から聞いたことがある。今現在三好さんの次に知っているこの人は、何故勇者になれたのか。
「......何故勇者になれたか。ね」
その時、古雪さんはすっと目を細めた。
「...俺だけのことじゃないからすぐ詳しくは言えないんだけどさ。俺は勇者じゃないんだよ」
「え?」
「俺は勇者じゃない。もう勇者にはなれない。ここの神樹様がどう捉えてるのかは分からないが、俺自身はそう思ってる」
強く放たれた言葉が、私の耳を打つ。
「でも、勇者でないからこそ救えるものがあった。勇者じゃないからこそ守ることが出来た...肩書きでの『勇者』にはもうなれないが、魂は『勇者』としてありたいと思う」
「魂は...」
「ってごめん、答えになってないよな」
苦笑いする古雪さんの言葉を、「そうですね」と否定することは出来なかった。
一つは、話している時に感じたもの全てが、本気で語っていると強く感じたから。もう一つは_______
(魂は、勇者として......)
勇ましき者として、誰かを思いやれる者としてありたい。そうした在り方に強く共感したからだった。
「楠さん?」
「...いえ、答えてくれてありがとうございます」
「まぁ、こんなことでよければ...」
気づいたら寮に着いていた。まだ見慣れないものの、自分の部屋はしっかり記憶している。
「着いたか。じゃあ俺はここまでだな」
「作ってる途中で分からないことがあったら連絡ください」
「了解。頼りにさせて貰うぜ。楠さん」
「...別に、さんをつけなくてもいいですよ。皆と...勇者部の皆と同じ風に呼んでください」
「そうか?じゃあ...楠?」
「...芽吹にしましょう」
「分かった。俺も椿でいいぞ」
「先輩ですし、椿さんで」
「はいよ。改めてよろしくな、芽吹」
「はい。よろしくお願いします。椿さん」
別れの挨拶が済むと、案外あっさり椿さんは帰った。
「あ、お帰りメブ」
「雀、弥勒さんまで...また私の部屋に入り浸るんですか」
「最近は芽吹さんの部屋が落ち着きますので...」
「それよりメブ、顔赤いよ?大丈夫?」
「......!!!」
自覚してなかったことを雀に指摘され、考えが繋がると私は両手を勢いよく頬に叩きつけた。
「うわメブ!?」
「そ、そそそんなことないわ...」
「明らかに動揺してますわね」
(き、きっと気のせいよ...勘違い。原因はこれじゃない)
気のせいだと信じるしかなかった。思い至ったのが、『初めてパパ以外の男の人に名前を呼ばれて顔が赤くなった』だなんて。