『ハッピーハロウィーン!!』
勇者部部室で、俺達は熱烈な歓迎を受けていた。顔になるようくりぬかれたカボチャが窓際に並び、電球にはオレンジのビニールが被されている。他にも白い布を何かに被せてお化けっぽく見せたり、イベント定番のわっかを吊るしてあったり様々。
そんな装飾が彩る会場で待ち伏せていたのは、自分達で作った衣装に身を包んだ小学生組と中二組。全員楽しそうに出迎えてくれた。
「凄いなこれは...」
「見事にハロウィン一色ね」
「これ、たった六人でやったの!?」
「お菓子のためならこのくらい!」
「銀、それを言うなら『普段お世話になってる皆さんの為に』でしょ?」
赤ずきんに狼の耳をつけたようなフードを被る銀ちゃんの素直過ぎる言葉を、幽霊姿の須美ちゃんが指摘する。銀ちゃんらしくて微笑ましくはなるが、須美ちゃんの言うことも最もだ。
「あやや~可愛いよ~!!」
「うん。似合ってる」
「ありがとうございます!樹ちゃんと杏ちゃんと作ったんです!」
「タマっち先輩、どうかな?」
「良いぞ杏!!」
他のメンバーも反応があがる。 とても六人だけで仕上げたとは思えない出来だった。
「樹!!こっち向いて!!今日は撮るわよ~!!」
「お姉ちゃん恥ずかしい...」
「食べてよし、飾ってよし。やっぱり野菜は最高ね!!!」
「皆良いよぉ~、筆が進むよ~!!」
_______若干名テンションがおかしいのはいつものことだから気にしない。
「ん!んー!」
「?どうした園子ちゃん?」
「つっきー先輩!これ!」
カボチャを模したスカートを揺らす園子ちゃんは、俺に手を伸ばしてきた。持っていたのは犬っぽい耳がついたカチューシャ。
(身長差がそれなりにあるから、ちゃんとつけようとしたら難しいか)
「作ってくれたのか?」
「折角ですから~。全員分作ったんです~♪」
言いながら片膝を立て、もう片方を正座のようにさせる。王様に対して貴族がやってそうなポーズに園子姫は満足そうに笑みをつくり、俺にカチューシャをつけた。
「ありがたき幸せ」
「ふぉっふぉっふぉ。よきにはからえ」
「確かそれ意味違うけど...まぁいいか」
すっと立ち上がりカチューシャを微調整。感謝を込めて頭を撫でると「にへへ~」と笑ってくれた。
「園子ちゃん、いいな...」
「あ、園子もう渡したの?じゃあアタシも...一列に並んでくださーい!何の耳がくるかはわかりません!」
数分して、勇者部は全員パーティー風に装われる。流石に耳だけだが、 それでもパーティー感はぐっと上がった。
「私は黒猫!」
「私は白猫!」
「「いぇーい!!」」
「友奈コンビは猫、タマは...なんの耳だ?」
「オリジナルです。種類を沢山用意しなくちゃいけなかったので」
「うさ耳若葉ちゃぁぁぁん!!!」
「や、やめろひなたっ!撮るなぁぁ!!!」
(さて、あっちは...)
目線を向けると、亜耶ちゃんが(恐らく狐の)耳つきカチューシャを持っていた。渡す相手は__________
「芽吹先輩。つけてくれますか...?」
「...ありがとね、亜耶ちゃん」
特に言うこともなくつける芽吹の顔を見て、ほっと息をついた。
(大丈夫そうだな...)
「じゃあ、目玉イベントいきますか!」
「あ、いいねぇアタシ!」
「おっ?」
銀狼コンビが俺の視界を遮って、両手を受け皿のようにした。
「「トリックオアトリート!!」」
「あぁ、はいはい...」
当然のように準備をしており、今日のバックの半分くらいはお菓子が占領している。
「チョコ、キャンディー、マシュマロ、ラムネ。何でもござれだ。好きなの言いな」
「じゃあアタシはキャンディー!!」
「アタシはチョコよろしく!」
某ネコ型ロボットのポケットよろしく自分のバックを漁ってひょいと放る。目の中に星を浮かべてる二人は「ありがとう(ございます)!!」と喜んでいた。
「つ、椿先輩...」
「?」
「ト、トリック、オア、トリートです...」
「......」
その時、俺は息を詰まらせた。
自信が無さそうなすぼんだ声音で、人差し指を合わせ涙目でこっちを見つめてくる女の子。
呼吸するという人間の機能を放棄させ、頭が庇護欲に塗り潰される。
「椿先輩?」
「...はっ!?」
友奈につっつかれて意識が戻ってくるものの、亜耶ちゃんを直視することが出来ない。
(なんだ今の...!?)
目の前に天使が降りてきたような、守らないといけないという使命を受け取ったというか、心の動揺が止まらない。
後輩のことをほっとけないのはよくあることだが、これはその比じゃない。下手をすると自我をも壊される。
「亜耶ちゃん、もっと堂々言っていいんだよ?お化け役だし」
「樹ちゃん...うん!椿先輩、トリックオアトリートです!!」
「......」
「ふぇ?」
気づいたら、亜耶ちゃんの頭を優しく撫でながらバックをひっくり返していた。お菓子がテーブルに音を立てて落ちていく。
「...好きなの持ってきな」
「机、お菓子だらけ」
「古雪さん、完全に国土さんにやられましたわね」
「い、いえ!そういうわけにも...」
「いいんだ。なんなら全部持ってっても」
「ですが、そうなると...」
「?」
目線に従って後ろを向くと、狐耳の彼女がいた。
「椿さん...トリックオアトリート」
慣れない行為なのが明らかな状態で言ってきてくれた芽吹。
その姿に______嬉しさと、ちょっとだけ魔が差した。
「...いやー、もうお菓子ないからさ。いたずらでお願いします」
「ぇ...えぇ!?」
ちょっとからかいたくなっただけでわざわざ言ってくれた芽吹には申し訳なかったが、動揺しっぱなしの俺は冷静な判断が難しく。芽吹の表情にやられた。
「お菓子がなきゃいたずらだろ?しないのか?」
「先輩にそんなことは...」
「別に先輩後輩ないし。いいぜ?」
両手を空に向け降参のポーズ。
「つっきー、言ったね?」
「つっきー先輩、言いましたね?」
その行為を後悔するのは、すぐだった。
「そうか...椿」
「自分から言ったもんねぇ」
「...私達へのお菓子もないんですか」
「なら仕方ないですね...」
「ぁ、やっぱ嘘。ごめん嘘ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!」
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「ぁー...失敗した......」
「あれ?椿先輩?」
「うわっ!?って、友奈か...」
忘れ物をした私が部室に戻ってきたら、椿先輩が鍵を閉めようとしていた。
「どうした?」
「忘れ物です!」
「なら早く取ってきな」
部室に入って筆箱だけ取り、出る。椿先輩は今度こそ鍵を閉めた。
「んじゃ、俺職員室持ってくから」
「ついていきますよ!!」
「...了解」
職員室までの道はあっという間で、たった数分で学校の外に出て帰宅路についていた。椿先輩のバイクはメンテナンス中らしい。
(...東郷さんや椿先輩といると、どこにいてもあっという間だな)
「そういえば、椿先輩はどうして部室に?」
「俺も忘れ物。バックひっくり返した時こいつまで落としてた」
「それは...」
見えたのは、本______私があげた桜の栞が挟まった一冊だった。それを見て、私は頬を膨らませる。
「むー...酷いです」
「悪かったって。行きは荷物一杯で、帰りは軽くなるのが当然だったから気づくの遅れたんだよ」
確かに椿先輩の持ってきてくれたお菓子(結局皆でわけあった)は、相当な量だった。
「芽吹をからかうつもりが完全にやられるしなぁ...」
「それも椿先輩が悪いんですけどね」
「言わんでくれ。というかお前もくすぐってきた側だろう」
「あはは...」
「誤魔化すの下手くそか」
「はははっ...ぁ!椿先輩!」
「?」
「椿先輩はお菓子貰ってないじゃないですか!!」
椿先輩はあげてる姿ばかりで、貰ってるのを見ていない。
「勇者部にいればお菓子もらったりぼた餅もらったりするからいいだろ」
「ダメですよ!トリックオアトリート言ってないじゃないですか!!」
鞄の中を探せば、椿先輩から貰ったお菓子以外にラムネが入ってた。
「椿先輩!!」
「言ってください!!」と顔に書いていたのか、椿先輩は私の望む言葉を言ってくれる。
「...トリックオアトリート」
「はいどうぞ!」
「んー...別に貰わなくても」
「じゃあ...私にいたずらしますか?椿先輩がされたみたいに、お腹くすぐったり、首に」
「ありがとうございます!頂きます!!」
(即答しなくてもいいのに...)
ラムネの容器を受け取った先輩は、一粒口に入れた。
「ん...」
そして__________
「ありがとう。友奈」
「っ...」
こう、ふわっとした笑みを浮かべて、ありがとうって言い直してくれる椿先輩を見て。
「どういたしまして!!」
喜んでくれてよかったなと、心が温かくなった。