古雪椿は勇者である   作:メレク

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もし君がいなければ。もし君があの時命を落とすまで戦わなければ。自分はこのシリーズにここまでのめり込まなかっただろうし、この作品は生まれなかっただろう。

今回は、そんな感謝を込めて。


誕生日記念短編 思う二人 前編

『頼む...力を貸してくれ!!!』

 

 

 

 

 

「そう言えば、もうすぐ先輩方の文化祭ですよね」

「そうだな」

「椿先輩のクラスはなにやるんですか?」

「うちは簡単な喫茶店」

 

少しずつ気温が下がっていき、朝と夜は冷え込んでくるような季節。依頼のない勇者部部室は簡単な勉強会の会場になっていた。

 

八人いる部員のうち、五人が受験生なのだから仕方ない。一番余裕そうな園子は過去問をパラパラめくり、他は参考書とにらめっこしている。

 

友奈の休憩を見計らって話をふってきた東郷に相づちをうつ。ずっと勉強してるのも集中力が持たないのは経験者だからこそ分かる。数日前から読んでいた本を閉じ、風の方を見た。

 

「風もいるし大丈夫だろ」

「あたしのハードル上げるわね...」

「つっきーもいるし平気だね~。美味しそう」

「こっちのハードルも上がったか...」

 

まさか『当日ほとんどそこにいない』と言えるはずもなく、笑って誤魔化す。

 

一度嘘をついたからには、バレるまで貫きたい。俺は密かに気合いと覚悟を入れ直した。

 

 

 

 

 

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「おぉー!」

 

讃州高校の文化祭はかなり盛り上がっていて、あちこちに屋台が並んでいた。

 

「今時こんなに多いのも珍しいんじゃない?」

 

神樹様からの恵みがなくなったことで、派手にお祭りをする機会は減った。

 

「じゃあ目一杯楽しまないとね!」

 

だからこそ、一回一回を大切にしようという気持ちを持って。

 

「友奈の言う通りだ!じゃあこの銀様についてきな!!...まずはわたあめを手にいれる!!」

「おー!!」

 

半年後にここに入れるよう願いながら、銀ちゃんの後をついていった。

 

 

 

 

 

「わたあめに始まり、ホットドッグ、焼き鳥、パンケーキ...銀、食べ過ぎじゃない?」

「焼き鳥はほとんど園子のだし、友奈だってそれなりに食べてるぞ」

「これから風先輩と古雪先輩の喫茶店にも行くのに」

「東郷さん、あーん♪」

「あーん...美味しいわ友奈ちゃん」

「...もう何も言わないわ。私」

 

喋ってる間に風先輩と椿先輩のクラスにたどり着いた。案外人は少ない。

 

「お、いらっしゃい」

「風先輩来ました~!」

「全員いるわね。六人入りまーす!」

 

窓側のテーブル席に通される。隅っこは暗幕で覆われていて中を見ることは出来ない。

 

そこから戻ってきた風先輩が、私達にお水を置いてくれた。

 

「いやーありがとね。はいこれメニュー」

「賑やかですね」

「三年のブースはもっと凄いわよ。準備段階から熱の入れようが違ったから」

「風先輩、椿はそこで調理中ですか?」

「え?あぁ...今出掛けてるわ」

「風ちゃーん!ちょっとヘルプ!!」

「あ、ごめん。ゆっくりしてってね!彩夏お願い!」

「う、うん」

 

風先輩は暗幕の中に戻って、代わりに綺麗な黒髪を一つに纏めた女の人が出てきた。

 

(わー...)

 

出てきたのは、感嘆と疑問。はじめましてな筈なのに、何処かで見たことがあるような________

 

「ご、ご注文を承ります」

「ゆーゆ?」

「あ、ごめんなさい。えーと...じゃあこのプリンを_______」

 

 

 

 

 

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「いやー食べた食べた!」

 

椿と風先輩のクラスでの出し物は、アタシ達が注文した物以外にもあって、しかも美味しそうだった。

 

(あれは絶対椿絡んでるな...)

 

多かったのは、うどんみたいな茹でるだけみたいな簡単な料理や、プリンみたいな冷蔵庫で保存が効くもの。当日の負担を減らすためこうした料理がメインになったんだろう。

 

そんなことを考えて提案しそうなのは、アタシのよく知る二人のうちどちらか、もしくは両方。

 

「それにしても、椿も顔くらい出すかと思ったんだけど...どこ行ってるんだろ」

「そういえば...結構長い間いたのにいなかったし、シフトも言われなかったわね」

「んー...ぐわっ!?」

「おぉっ!?」

 

後ろ歩きをしてたせいで前の誰かとぶつかってしまう。アタシはうまく手をつけたけど、ドサドサと後ろで音が鳴った。

 

「あぁぁ!ごめんなさい!」

「い、いや...流石に前が見えないくらい荷物運んでたのが悪いんで気になさらず...あれ?」

 

声の主を見る。確か_____

 

「倉橋さん?」

「へ?」

「......ぁ」

 

倉橋 裕翔(くらはし ゆうと)さん______中学からの椿のクラスメイト_______は、名前を当てられて不思議そうにしていた。

 

「えっと、どっかで?」

「つ、椿の友達ですよね!?」

「ん...?あー!勇者部か!!」

 

倉橋さんからすればアタシ達は咄嗟に個人の名前を出せるほどの接点はない。アタシがすぐに分かったのは椿と一緒に生活していたからだ。倉橋さんが椿と会話してると思ってても、アタシが代わりを務めてた時もある。

 

「ミノさん知ってるの?」

「やはり美少女揃いだな...んんっ!ようこそうちの文化祭に!椿の友達です。楽しんでるかい?」

「はい!」

「...あの、椿さんどこにいるか知りませんか?まだ見てないんです」

「あぁ、えーと...」

 

倉橋さんは一瞬だけ目をそらして、ポケットから何かの紙を出す。

 

「...今の時間は分からないな」

「そうですか...わざわざすみません」

「いいっていいって...あ、よければなんだけどさ。これ運ぶの手伝ってくれないか?」

 

荷物の中にはうどんの麺やらなんやら______恐らく、クラスの食材補充だろう。

 

「椿と早く会いたいなら下手に探すよりうちのクラスで待ってた方がいいし...」

 

そう言って、何かを企んでそうな笑みを浮かべる。

 

「君らの知らない高校での椿の話、聞きたくない?」

 

問いかけられたアタシ達は、誰が答えるでもなく荷物持ちを手伝い、喫茶店に戻った。

 

 

 

 

 

「そんで、盛り上がってたわけか」

「うん...」

 

今、隣を歩いているのは話に出ていた椿である。同じ部屋で暮らす園子は買い物、椿にそっちへついていくよう言ったんだが、『今日はこっち』と何故かついてこられた。

 

「かなり長い間いたからびっくりだわ」

「よく俺の話でそんなに持ったな。どんな話してたんだ?」

「え?べ、別に...」

 

はじめは、授業の感じだったり周りからの好感度だったりしたけど、次第にどんな人が好きか、みかん以外で好んで食べるものは何かといった話も進んでいった。

 

「てゆーか、椿はどこいってたんだよ。教室に来たのギリギリじゃん」

「事前に仕込みはしといたんだが、思ったより減ってたんで道具が揃ってる家庭科室で作ってたり、適当にぶらついてた」

 

本人にきちんと説明するのも気まずいので誤魔化すと、椿はすらすら言い返してくる。

 

「...まぁ、ごめん」

「......許す!」

 

話してる間にアタシの家についてしまった。

 

「いやーあっという間だったな。来年アタシも出来るよう頑張らないと」

「分からない所あったら園子に聞きな」

「椿は教えてくれないのかよー」

「いや、同じ家に住んでる奴に聞いた方が早いでしょうが」

「それもそっか。じゃあまたね」

「っ、ぎ...銀っ!」

「?」

 

夕暮れの中、どこか照れくさそうに椿は右手を差し出した。その手には、封筒っぽいのが握られている。

 

「どうした?」

「受け取って欲しい」

「う、うん...なんの奴?」

 

見ただけじゃ何なのか分からなかったので封筒を開けてみる。

 

「誕生日プレゼントだよ。ハッピーバースデー」

 

中に見えた文字を認識するのと、声をかけられるのは同時だった。

 

 

 

 

 

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『いーなー!温泉!』

『私達も行きたかったねぇ』

 

部室で園子と銀が話していたのは、去年の夏にあった勇者部合宿のことだった。

 

バーテックス討伐完了記念(まぁ、実際そんなことは全くなかったわけだが)として大赦が出してくれた、言うなれば慰安旅行の機会。当時園子は大赦にいて、銀はこの世からいなくなっていた。

 

たまたま友奈達とその話になって、羨ましがって。それが今回の始まり。

 

銀へのプレゼント選びに悩んでいた俺がそれに手を出そうとするのは、客観的に見ても不自然ではないだろう。

 

『年下彼女へのプレゼント選び』という本を閉じた俺は、計画の準備を始めた。

 

といっても、何てことはない______都合の良いイベントが目の前にあったのだから。

 

讃州高校文化祭でのイベントの一つに、剣道部主催のトーナメント戦がある。18歳までなら誰でも参加でき、景品はなんと一泊二日の温泉旅行券二人分。

 

恐らく初めて開催させた人が行きたかったのだろうが_______毎年剣道部による優勝争いが起こるらしいので、それ以外の参加者は竹刀握りたいとかの遊び半分。初開催させた人も剣道部員だったのかもしれない。

 

だが、俺にとってはチャンスだった。これさえ手にいれれば、銀が気にするだろう二つの要素のうち、『お金が多くかかる』のは避けられるのだから。

 

『頼む...力を貸してくれ!!!』

 

もう一つの目的のため、俺は風、郡、裕翔に頭を下げた。裕翔には剣道部員の映像を撮ってきてもらって相手の研究、風と郡には当日来るだろう勇者部に話を合わせて貰い、可能な限り試合会場である体育館に行かせないよう喫茶店に残らせる。

 

喫茶店のメニューも事前準備が出来る物は全て請け負い、当日のシフトは無しにして貰った。試合時間がどのくらいかかるのか読めなかったからだ。

 

と、ここまでで事前に出来ることは済ませ_______

 

『それでは、剣道部主催のイベントを始めまーす!!』

 

開始の合図時、参加者として一礼した。

 

結果としては、決勝戦で俺が剣道部部長である一個上の先輩を負かして優勝した。

 

剣道に関しては素人の俺が優勝出来たのは、ただ一つ。元勇者だったからだ。

 

剣道のルールでは、二本の竹刀を持つことは禁止されていない。誰もやらないのは、扱い難く一本の方が戦えるからだ。

 

しかし、俺なら。かつて勇者として銀の双斧を振るっていた俺なら。上手く扱う為に夏凜と同じく木刀を振るってきた俺なら。やれる。

 

それぞれに対し対策を練ってきた俺と、突然現れた二刀流使いに対策の取りようがない剣道部の面々。後は気合いと根性だ。

 

「誕生日プレゼントだよ。ハッピーバースデー」

 

そうして手にいれたチケットを今目の前にいる彼女に渡した。彼女は中身を見て、俺の言ってることを理解して困惑している。

 

「え...こんなの、どうやって」

「たまたま手に入ってな。部室で前話してただろ?」

 

何でもないような口調で話を通す。

 

「ちゃんとした誕生日プレゼントは別で用意したから安心して受けとれ...二枚しかないが、折角だし好きな奴とな」

 

銀が気にしそうなもう一つの要素。俺がもしこれを手に入れるのに苦労したと言ってしまえば、きっと銀は俺と行きたいと言うだろう。

 

でも、それは嫌だった。なるべくでいいからそれは避けたかった。勿論男女として不味いのもあるが、銀には本心で選んだ人と行って欲しい。

 

全てそのため。俺の『銀にちゃんと選んでもらいたい』というエゴを押し通すためのもの。

 

「でも...」

「いいからいいから。勇者部なら誰を誘っても喜んで行くだろ」

「...椿も?」

「あぁ」

 

この前一緒に話していた園子と行くかもしれないし、他の人かもしれない。ともかく、俺はほとんどの過程を無事に終わらせることが出来てほっとしていた。

 

「じゃあ...」

「お、決めたか?」

「うん...椿」

 

そう言って、銀は口を開いた。

 

 

 

 

 

「アタシと一緒にこれ行かない?椿」

 

 

 

 

 

「...へ?」

「だ、ダメか...?」

 

銀が俺の考えを読みきったとは考えられない。銀が幼なじみの仕草である程度のことが分かるように、俺も幼なじみの仕草である程度のことは分かるのだから。

 

だからこそ困惑した。ほとんど考えていなかった。

 

(いや、まぁでも...)

 

銀は心から俺を選んだのか、答えは分からない。それでも、誘われて嬉しかった。

 

「...寧ろ、俺でいいのか?」

「!うん!アタシは椿と行きたい!!」

「......分かったよ」

 

それに、今の銀の笑顔を崩す答えなんて、俺には用意出来なかった。

 

 


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