そういえば、別に記念短編を書くつもりがなかったので気にしてなかったんですが、椿の誕生日ってまだ決めてないんですよね。安易にこの作品が始まった日にするのが良いのか、椿の花の季節が良いのか。
「椿さーん!」
「おう、お疲れ」
新たな地を足で踏みしめた俺を迎えてくれたのは、二つ下の後輩だった。
普通に言い直すと、今日から一時的に樹の活動場所になるテレビ局に迎えに来ただけである。
歌手活動を目指す。というか既にスタートを切っている樹の三つ目の新曲は、ここのお偉いさんと決めているらしい。暫くはこっちで話を進めるそうだ。送迎担当の俺の仕事も当然移動される。
「古雪さん」
「お疲れ様です」
自動ドアから出てきたのは樹だけでなく、マネージャーさんもだった。
「いつもより疲れてます?」
「そういうわけでもないのですが...普段と違う場所で慣れないので、負担になってるのかもしれません」
「体調気をつけてくださいね。最近寒いですし」
今日は北風が強くて、俺も珍しくホットレモンを持っている。
(ホットみかんはないんだよなぁ...)
自分で作ることはあれど、コンビニに置かれてないのは手軽に飲めないことを意味する。そのぶん固形のみかんが美味しい時期なので嬉しい所だが。
「到着でーす」
「ん?」
ちらりと声のする方を見ると、今では珍しい車が止まった。
「お疲れ様でーす♪今日もよろしくお願いします~」
園子のような口調で話す人は、直接見たことのない顔でも心当たりがあった。
「あれ...もしかしてアイドルの本城綺羅(ほんじょう きら)ですかね」
「アイドル?」
「よくわかりましたね。そうですよ」
「昨日テレビで見て。メイクはしてなくても声が特徴的だったので分かりました」
なかなかの強烈なキャラ(裕翔曰くぶりっこと言うらしいが、周りにいないため今いちピンとこない)だったが、ダンスと歌唱力は若手の中でも逸材らしく、昨日もそれを取り上げられていた。
(...って)
「あの、落としてますよ!」
車から降りた時に、キラリと光る何かが彼女から落ちた。周りの人は気づいておらず、ここからの声はそんなに届かない。
「椿さん?」
「あのー!!なんか落としましたよー!本城さん!!」
「ふぇ?」
こちらを向いた彼女は、 落とした何かを見つけて拾い、わざわざこっちまで来た。
「ありがとうございます~!遠くからこれが見えるなんて、目がいいんですねぇ~。危うく私の家の鍵なくしちゃうところでしたぁ~」
「大事な物は鞄にしまうとかしといた方が良いと思いますよ。アイドルは衣装着替えなんかも多いでしょうし」
「はーい。ありがとうございますっ!」
なんというか、やたら語尾を伸ばす彼女は、俺の手を握る。
「うぉっ」
「貴方、お名前は?」
「えーと...古雪椿です」
「椿さん!素敵なお名前ですねぇ~」
「ど、どうも...」
「私は本城綺羅ですが、本名は」
「椿さん、帰りますよ」
無駄話が展開されるのを予期したのか、樹が俺の服の袖を引っ張る。
「そうだな。じゃあ俺達はこの辺で...」
「あらぁ?貴女は?」
「犬吠埼樹です」
「そう!犬吠埼さん!この前曲を出してましたよね!」
「は、はい...」
「それにしても...ふぅーん......」
「「?」」
「いえ、では、私もお仕事がありますので失礼します~」
(間延びしてるのは園子に似てるが、なんか合わねぇな...)
似てるといっても、感じるものは全く違う。
ヒールで器用にたたたーと走っていく彼女を見送って、俺はバイクにのせていたヘルメットを取った。
「んじゃ、俺らも帰るか」
「...古雪さんは、ああいう方が好みなんですか?」
「んー...寧ろ苦手な類いかもしれません。今話した感じ」
答えると、何故か樹が息をつき、質問してきたマネージャーさんと二人で見つめあっている。
「??」
「じゃあ椿さん!帰りましょう!」
「お、おう」
よく分からないのでとりあえず流しておいた。
(でも、人気アイドルが...これはいけるか?)
----------------
「はぁぁ...」
緊張していたのが一気に解けて、長めの息が出る。
「お疲れ」
「お疲れ様です...やっぱりドキドキしますね」
私の新しい曲は、私の考えた歌詞が一部使われることが決定した。前からやってみたかったことで初めの曲から提案はしていたけれど、やっとそれが叶った。
そのために、慣れない会議を大人の人達としたわけで。
「でも、堂々としてたよ?」
「必死だっただけですよ」
(今の、ちょっと椿さんに似てた気がする)
水筒で持ってきた温かいお茶を飲んで、帰りの支度を済ませる。
「それじゃ、帰ります!」
「私はもう少しやることあるから、先に...古雪さんを待たせるわけにもいかないでしょ?」
「は、はい...!」
最近、私には二つ悩みがあった。一つはこの新曲作りが難航していたこと。これは今日の話でほとんど問題ない。問題は________
「そうなんですか。意外と舞台裏って大変なんですね」
「そ~なんですぅ~!」
駐車場で話し込んでいる二人だった。
「椿さんが良ければ、今度中を見れるよう話を通しときますよ~?」
「...では、折角なのでお願い出来ますか?」
「は~い!頼られちゃった!」
「ははは...」
アイドルの本城綺羅さんと、先輩の古雪椿さん。
『椿、何見てるの?』
『ん?最近テレビに出てるアイドルの動画』
部室でも、椿さんは彼女の動画を見ていた。
『動作自体は大きなものがないとはいえ、細かなステップをしながら息も切らさず歌いあげるのはかなりの体力が必要な筈なんだよ。ずっと笑顔でやるし尚更。かなり凄いんじゃないかな...』
小さな動作も見逃さないように観察して、それを本人に話している。
私が終わるのを待ってる最近はずっと。
「あ、樹。お疲れ」
「...お疲れ様です。すいません。待ってて貰って」
「俺がしたくてやってることだから気にすんな」
「もう帰っちゃうんですか?」
「本城さんもお仕事でしょう?頑張ってください」
「はーい♪」
たたたーっと走っていく本城さんを見て、私は椿さんに寄る。
「最近、話してること多いですね」
「なんでか知らんがあっちから来るんだよなー。ここ寒いのに。そろそろマフラーの時期かねぇ...」
(私の言いたいこと、分かってるんですか...?)
「むー...」
「どうした?」
「...ヘルメット、お願いします!!」
「はいよ」
モヤモヤというよりムカムカした感情を落ち着かせるため、私は顔を近づけた。
「曲はどうだった?順調か?」
「はい。後はもうちょっとだけ詰め合わせれば、実際に録音すると思います。ここにこれるのも後少しですね」
「...お疲れ様」
頭を撫でてくれるけど、今一純粋に喜べない。(樹、言い方が荒れるくらい頑張ってるんだな...)と的外れのことを思われてるのがわかってしまうから。
「俺も頑張らないと」
「へ?」
「よし。じゃあ帰るぞ」
数日後。
「じゃあ、明日レコーディングをします。よろしく」
「はい!」
正式に曲が決まって、気分があがる。どれだけ悩んでいても、やっぱり歌うことが______夢を追いかけれることは、凄く嬉しい。
「へ?はい...はい!分かりました!この後お伺いいたします!」
「どうかしましたか?」
「あ、良いところに...ついてきて!」
はや歩きでついていくも、突然過ぎて目的地が全然分からない。
「あの...これ、どこに向かってるんですか?」
「...週一でやってるテレビの音楽番組を見てるって言ってたわよね?それに出てみたいとも」
「は、はい。あの番組から有名になる人も多いですし...人目につきやすいですから」
私は自分の歌を広めたい。自分の歌で少しでも笑顔になる人が増えてほしい。だから________
「でも、どうしていきなり」
「その番組からね...来たのよ」
「?」
「犬吠埼樹を出したいってオファーがね」
「はい!!?」
そこから先はトントン拍子だった。会いに行った監督から『君の歌を聞いたとき、声をかけずにはいられなかった』『新曲の初披露の場を自分達の番組にしないか』と言われ。
私はそれを断る理由なんてない。快諾し、すぐに話は進んだ。
(テレビ...デビュー......)
歌手として活動を始めてからまだ半年と少し。こんなに早くこうなるなんて思わなくて、夢じゃないのかなと疑いが取れない。
「本当、ですよね?」
「本当みたい...まさか、ホントに......異例なくらい早いけど、朗報なことに変わりはないわ。今日はもうやることもないし、早く報告してきなさい」
「は、はい!お疲れ様でした!!」
走って椿さんがいつもバイクを停めている駐車場に向かう。途中窓ガラスで少しだけ髪を整えて、息を一つついて、少しだけ落ち着いて。
「椿さーん!!」
「おっす...樹が来たのでこれで。詳しくは今度にでも。はい。失礼します」
電話を切った椿さんは、私の顔を見るなり少しだけ口角をあげた。
「どうした?すげーニコニコしてるけど」
「え、嘘、私...」
「無自覚だったのか?まぁ、新曲出せたら嬉しいもんな。俺も嬉しいよ」
「い、いえ...信じられないんですけど、私、曲だけじゃなくて、テレビに出ることになって」
「は!?マジか!凄いじゃん!!!風に言って宴会の準備しないと...」
「よかったよかった」と満面の笑みを浮かべる先輩を見て、頭の中が少し冷静になる。目の前の先輩が思考するように冷静に物事を考え、全体を逃さず見る______自然と、私は口を開いた。
「椿さん。どこまで椿さんがやったんですか?」
「?」
「椿さん、今、結果を知ってるような、予期してたような反応でした」
「......謎解きパートか?歌手だけでなく小説も書く?」
「それ悪役が言いそうですね」
「ひでぇ...」
「...隠さなきゃ、いけないことなんですか?」
「......はぁ。別に隠すことでもないけどさ」
「寒いし、場所移すか」と言った椿さんは、いつか話したファストフード店までバイクを走らせた。
----------------
ついた店でジュースとポテトだけ頼んだ俺は、適当につまみながら目の前の後輩に話し出した。
「お前が前に、あの歌番組出たいって言ってたのを風から聞いたんだよ。だから俺も番組はチェックしてた。そんで初めてあそこのテレビ局に行ったとき、注目アイドルとして出てた本城さんと話して、ちょっと根回し出来ないかって考えたのが始まりだな」
本城さんと関わりを持てたのは全くの偶然だが、何故だかあちらは俺を気に入ったようで、樹を待つ間あの人が来ると話すようになった。
別に俺から会いに行くことはなく、バイクに寄りかかってると相手が来るだけなのだが。
「本城さんに樹っていう歌手がどれだけ良いのか話して、あの人が参加してる番組の人に話したらいいなって...やったのはそのくらい。後はさっき、樹が来る前に本城さんと話して、マネージャーさんと連絡取って結果を樹から聞くより先に知ったくらい」
「...じゃあ、あの監督から番組に誘われたのは椿さんの仕業なんですね」
「仕業って...あのなぁ」
樹のおでこをつんっとつついて、そのまま手を頭の上に置く。やっぱり考えていた通りだった。
(いくら部長をやって、こうして人前で歌う機会も増えたとはいえ...まだ中二だもんな)
芯はちゃんとしてるとはいえ、ずっと気高く凛々しく、完璧にいれるわけじゃない。
「...俺がこれを言わなかったのは、樹に恩着せがましく言うのが嫌だったからってのが一つ。いざ言うとして恥ずかしかったのが一つ。そして、樹がそうやって自分のことを低く考えちゃうんじゃないかって思ったからだ」
「え?」
「俺はあくまで、本城さんに『樹の良さ』を話しただけで、『監督に話せ』と言ったわけでも『番組に出せ』と言ったわけでもない。本城さんが、監督さんが樹の歌を聞いて動いたんだ。コネがあったって元が悪けきゃ意味がない」
「椿さん...」
「だからこれは樹の実力で勝ち取った結果なんだよ。俺はマネージャーさんと一緒で広報活動をしただけ」
『椿さん、良い人そうだったのでファンになってくれるかと思ったんですけど~』
さっき会った本城さんの言葉が甦る。
『急にどうしたんです?』
『だって、いっつも犬吠埼さんの話しかしないじゃないですか~。私が今日自分から話したら凄く嬉しそうにしますしぃ』
『...別に、貴女のファンじゃないわけじゃないですよ。正直最初は苦手意識持ってましたが、今は違いますし。ただ、俺の一番好きな歌手は決まってるので』
『残念ですぅ~』
普段より雰囲気は変わらず、それでも少し低くなった彼女の声を聞いても、別段俺の感情は変わらなかった。
「もっと自信もっていけ。歌姫さん」
「...全く、椿さんは......」
彼女は一度俯き、しっかりと顔をあげた。その瞳に迷いはない。
「分かりました!折角椿さんが手助けしてくれたチャンス、無駄にしないよう頑張ります!!」
----------------
「それでは登場して頂きましょう!!期待の新人歌手、犬吠埼樹さんです!!」
キラキラしたステージに舞台袖から入っていく。手に書いた人に数はもう数えられない。
「こ、こんにちは!犬吠埼樹です!よろしくお願いします!」
最初を噛んだもののそのまま続け、本城さんも含めた皆さんに向けて一礼、カメラに向けても一度礼をする。
『きっと、放送日は二人の家で宴会だな』
『いつになるでしょうね』
『...多分だけど、この日だろ。収録の日からある程度計算出来るのと、話題にしやすいからな』
『......椿さん、狙ってました?』
『ちょっとだけ』
『全く、本当に......』
(どれだけドキドキさせればいいんですか!)
「今日は誕生日だそうですが」 「はい!記念日に初めてテレビに出させて頂いて...凄く嬉しいです」
収録日は事前だけど、放送日は12月7日。それは、私の誕生日。
気づけば会話が終わっていて、ステージには私一人、中央に立っている。
(お姉ちゃん、皆さん...)
披露するのは新曲。私の想いを込めた歌詞が入った歌。
(そして...椿さん)
「...」
音楽が流れれば、自然と体が動く。口が歌う。
皆がこの歌を聞いて元気になって貰えるように。
大好きな勇者部の皆さんに、お姉ちゃんに、あの人に届くように祈って。満面の笑みで私はポーズを決め、最後の歌詞を告げた。
「アナタが、ス・キ♪」
本城綺羅(ほんじょう きら)
最近人気上昇中のアイドル。特技は欠かさぬトレーニングによって習得したヒールでの小走り。ダンスでも表情を崩さず動ける。
椿と初めて出会った時、神樹亡き後は裕福な家庭の証である交通手段(バイク)を使い、樹の送迎をやってることから、樹から奪って自分の送迎をやらせようと企んでいた。
しかし、接触する度に樹について話すため自分には靡かないのではと感じ始めるも、その隙に逆に利用され、樹が番組出演決定から椿の目的に気づいた。
自分にも反省点はあるため、今回はそのまま流している。
マネージャーさん
樹のマネージャー。今回も名前はつけられなかった。今後出番があればつけるかも...?