「よ」
「おっす!今日はバイクじゃないんだな?」
「何でわかっ...そういや話してたな」
防寒をしっかりしなければ厳しい寒さが続く二月中旬。登下校中俺の首はマフラーかネックウォーマーに守られている。
わざわざ二つそれぞれを使っている理由は、マフラーだと万が一運転時に飛んでいってしまうかもと危惧しているからだ。それなら頭から被るネックウォーマーの方が安心できる。
ずっとネックウォーマーにしないのは、個人的にマフラーの方が好きだから。
そんな話を数日前、目の前にいる裕翔にしていたのを思い出して、こいつが今日の俺の通学手段を当てた理由に説明がついた。
「どうしたんだ?故障とか?」
「今日は荷物が多くなりそうだからな。バイクに入らなかったら困るから」
「......朽ち果てろ!!」
「うん。今のは俺もなかなかヤバイ発言だとは思う...」
正直なところ反感を買うような言葉だった。が、これ以外言い直せるものが咄嗟に出てこないから仕方ない。
「どうせあれだろ!?勇者部の皆から貰うんだろ!?だから『あーバイクに入らないくらいもらっちゃったあはは~』って俺達を!!チョコを貰えない者達を嘲笑うんだな貴様ぁぁぁぁ!!!」
「誰もそこまでは言ってないだろ」
目の前で熱く叫ぶ裕翔を見ていくらか落ち着いてきたが、心に燻ってる喜びは決して消えない。
今日はバレンタインデーである。大体は、女子が仲の良い男子にあげたり、女子同士で交換したり。本命と称して、告白したり________というか、元は後者がメインに近いのだが。
夢もないことを言ってしまえばチョコ生産メーカーが利益のために活動し続けここまで大きくなったわけだが、その策略は中学生女子がメインの勇者部にとってドンピシャである。
『バレンタインデーだよ~!!!』
バレンタインデーを嫌がる女子は勇者部にゼロで、寧ろ知識のない亜耶ちゃんが目を輝かせていた。
そうして、色々話し合って今日に向けての予定が決まったというわけで。
俺としては断る理由など何もない。美少女揃いな上俺自身が好きな勇者部の皆からチョコを貰えるかもと思うと役得でしかない。裕翔が唸ってくる気持ちもわかる。ぶっちゃけ勝ち組だ。
(やべぇ、変なテンションあがってんな......)
いつもと違うことで変に意識してると思われたくないので、とりあえず咳払いを一度してリセットした。それを察したのか察してないのか、裕翔が新たな話を切り出してくる。
「そういや、お前は用意してないのか?」
「そういう指示でな。今年は」
俺が中三の時は男子一人だけ受けとるのも嫌な気分がして俺もお菓子を作って配ったこともあったが、今年は『作らないで』というお達しが来ている。
「かなり人数増えたから、一人一人が全員分用意するのはやめようってなってな。俺はホワイトデーで返せばいいって」
自分がチョコを渡したい三人を選んで渡す。それが部室で行ってた会議の結果だった気がする。今回俺はあまり関係ないので完全に覚えていない。
お金は使ってもいいけど、大赦の金も無尽蔵じゃないし。
「ハッ!俺も勇者部として入れれば、他の女の子からチョコが貰える...!?俺を今から入れてくれませんか!?」
「絶対入れたくない」
「クソォォ!!」
「椿」
そんなふざけたやり取りをやってるうちに、後ろから声をかけられた。
「どうした?棗」
「これを」
「!」
棗が差し出してきた手には、丁寧にラッピングされた箱。
「バレンタインのチョコだ。受け取って欲しい」
「あ、あぁ...嬉しいよ。ありがとう」
凄く嬉しいが、少しの疑問が俺を戸惑わせた。
「でも、渡すのって...部室でじゃなかったか?」
確か、『抜け駆けはなしだから!!』とか言っていた気がする。何を抜け駆けするのかは分からないけど。
というか園子(カオスの根源)のことを考えると、自分の前で皆が交換するように仕組んだとしか思えないが。
「あぁ。皆で決めていた。だが......今日は、年に何回かあるかどうかで、海が良いんだ」
「海が?」
「あぁ。海が」
棗以外が言ってきたら『何を言ってるんだ』となるのだが、棗のちょっと赤くなってる顔と、真剣な眼差しを見れば嘘はついてないんだとすぐに分かる。
「部長の樹にはもう連絡した。すまないとは思っているが...」
「樹がオッケーして、棗がそこまで言うなら誰も止めないだろ。バレンタインも強制じゃないし。気をつけてな」
俺が言うと棗は微笑んだ。なんとなく普段とは違う柔らかさを感じてドキドキする。
「ありがとう。じゃあ」
「......おい椿」
「?」
棗が離れてから小さな声で話してくる裕翔。その目は死んでいる。
「あれ、あの顔。どう考えてもお前に惚れてんじゃん。それ本命じゃん。何で返事しないの。何で結婚しないの」
「え?本命かこれ?」
「はぁ!?ふざけんな!あの顔はどう考えても」
「いや、だってさ」
親指で後ろを指す。その先で行われていたのは__________
「風。私が思いを込めて作ったチョコだ。受け取ってくれ」
「棗......ありがとう」
「あと、今日海でワカメを取ってきたら、また味噌汁を作って欲しい」
「へ?いいけど...」
「ありがとう。風の味噌汁は毎日飲みたいくらいだからな。いや...私が風の家に引っ越せば、毎日作って貰えるのか」
「な、棗さん?」
「風の家に住むか、通いつめるか______」
そこまで聞いて、俺は裕翔の方へ向く。
「あっちの方が本命じゃね?」
「......確かに」
納得するしかなかったようだ。変な沈黙が俺達を襲う。
(純粋というか、何事にも真剣な奴が多いからな...勘違いしないようにしないと)
「あ、あの...」
「!あぁごめん。どうした郡?」
声をかけてきた別の奴は、郡彩夏。
「あの、その...これ、作ってみたから、食べてみてくれないかな...?」
彼女がおずおずと出してきたのは、おしゃれな感じの紙袋だった。
「もしかして」
「うん。チョコを...」
「マジか、ありがと!」
「う、うん」
「クソッ、椿ばかり......爆発しろ」
「えっと...倉橋くん」
「はい?」
「倉橋くんにも...」
「マジで!?ほんとですか!?いいんですか!?」
俺の机が壊れそうな勢いで手を叩きつける奴に、郡は少しうろたえながらもう一つの紙袋を渡した。
「はい」
「うわーマジだ!ちゃんと椿と同じ包装されてる!!いいんだな!?返品しろって言われても受け付けないからな!?」
「寧ろ、味がちゃんと美味しいか」
「んなもんノープログレム!女子から貰えるだけで嬉しいですから!!」
別にこいつもチョコが一切貰えないわけではなく、去年も何個か受け取っていたと思うんだが_______わざわざ言う必要もないだろう。
「喜んで貰えたならよかったよ」
「大事に食べさせてもらうな」
「お返しは10倍にするから期待してて!」
「そんなにしなくても...」
「では、わたくしも10倍を期待していいのですわね?」
『!?』
いつの間にか郡の背後に立っていた弥勒さんに全員が驚く。本人は全く気にしない様子で、裕翔に箱を渡した。
「どうぞ」
「よ、よろしいのでしょうか...?」
「弥勒家の者として、欲しがる民に渡すのは当然ですわ」
「ありがたき幸せ!!」
意外とこの二人の相性がいいのは最近になって分かった。弥勒さんの言動とこいつの大袈裟な動作やついていくところが合ってるんだろう。
「古雪さんには部室で渡しますわね」
「え、いいのか?三つのうちの一つが俺で」
「元々バレンタインデーは意中の殿方にチョコを渡す日。部内の男性が一人なら渡しておくのが良いでしょうから」
「っ...ありがとう」
真っ直ぐな眼差しに照れてしまい、俺は目をそらし頬をかいた。
(嬉しいやら恥ずかしいやら、かっこいいやら...)
「お二人とも、私のカツオ入りチョコ、是非美味しく食べてくださいませ」
「「カツオ入り!?」」
生のカツオにチョコでコーティングされた姿が脳裏をよぎって裕翔の開けたチョコを確認する。実際は違かったのでよかったが、その行動に怒った弥勒さんから渡されないところだった。
----------------
「こんなに貰っていいんだろうか......」
帰り道、俺は一人呟く。両手には高校の教材が入ったバッグと、同じくらいの重さになった、皆からの貰い物のみが入ったエコバッグが握られていた。
『私とみーちゃんの合作です!これなら一人分で二人として送れるから、ルールに違反しないわね!』
『是非受け取ってください』
自信満々に渡してきた、歌野と水都からの蕎麦の香りがするチョコ。
『アタシ達からも合同ですよ!』
『皆さんがチョコだと予想して、違うものを作りました』
『是非食べてください~!』
ニコニコ笑顔の小学生組が渡してきたクッキー。
『初めてだったので、自信はありませんが...』
『わ、私は買った市販のやつ、そのままなんだけど......』
不安げに渡してきた芽吹と千景。
『シズクも感謝してる。そのぶん』
『普段、古雪先輩にはお世話になっていますから。勿論、そうでなくても渡していますが...は、恥ずかしいです』
感謝を伝えてきたしずくに東郷。
『皆古雪さんにあげてるの?じゃあ私も』
『私もあげときますね。こんなに貰ってて食べきれるのか不安ですけど』
ついでという感じで渡してきた加賀城さんに雪花。
『良い!?椿!!しっかり味わいなさいよ!......ちゃんと込めたんだから』
『うっ、受け取りなさい!!』
『椿!貰ってくれ!!』
強気に渡してきた風と夏凜と若葉。
『あ、ずるいぞ若葉!椿、タマのも貰ってくれぇ!!』
『タマっち先輩。変な所で張り合わないの......椿さん。私からもあるんですが...いいですか?』
いつも通り仲良く渡してきた球子に杏。
『椿先輩。ハッピーバレンタインです』
『私の気持ちを込めたチョコ......受け取ってもらえますか?』
『私も頑張って作りました!食べてください!』
柔和な笑みを浮かべて渡してきた亜耶ちゃんにひなたに樹。
『つーばき君!』
『これ、どうぞ!!』
普段と変わらず明るく渡してきたユウに友奈。
『つっきー......食べて、欲しいな』
『アタシのなんて昔っからあげてるし、新鮮味ないけど......』
逆に、普段と違って塩らしく渡してきた園子に銀。まぁ、園子のメモを取る速度は過去最高レベルだったけど。
『では、わたくしも』
それから、高校で話をしていた弥勒さんに、棗と郡。
「なんか、凄いことになってんなぁ...」
流石にここまで重たいと、夢かどうかを疑ってしまう。だが、渡してくれてきた皆の顔を思い出すと、夢と疑うことすら失礼に思った。
例えついでだろうと、市販品だろうと関係ない。一つ一つに、俺のために考え行動してくれた。その想いが込められているのだから。
(......これは、ホワイトデーにどんなものを返しても返しきれる気がしないな)
いつの間にか家についていたので、ポケットに入れていた鍵で開ける。今日は確か二人とも夜までいない筈だ。
「よいしょっと...」
教材が入ったバッグは適当に置き、ベッドの上にお菓子の入ったバッグを丁寧に乗せる。ちょっと並べて壮観な眺めを_______
「......んん?」
視界に入った異物に注意が向かう。見つけたのは勉強机の上にある、今日よく見ている感じの箱。
「これは...」
敷かれていたメッセージカードを取ると、『ハッピーバレンタイン。これで今度はわざと手加減してね』と書かれてあった。
(てことはあいつか。直接渡しに来たって変わらないだろうに...待て、どっから入ったんだ?)
部屋の窓が開いているか確認すると、僅かに開いていた。今日は風がないからか、寒さはあまり入ってこない。
「俺、閉めてなかったっけ...?」
悩んでる暇もなく、携帯のバイブが鳴る。相手は_______
「......」
一応、念のため、急ぎの用事だと困るので通話をオンにする。
『もしもし。君、夏凜からチョコを貰ったらしいね?しかも手作りの。三好家の家宝たる夏凜からそんな価値ある物を貰うなんて...死ぬ覚悟は出来てるんだろうなぁ!?きさまぁ!!!もう限界だ!!!貴様を殺して僕が』
「......ふぅ...明日まで拒否。っと」
相手の話をぶつ切りして着信拒否設定するまで僅か三秒。恐らくスマホを弄る俺の指は残像を出していた。
「...よし!余計な横やりも消したことだし!やりますか!」
折角沢山のチョコを貰ったことだし、一つ一つベッドの上に並べて鑑賞会でも________
「何をやるんだ?」
「うぇっ!?!?」
開いていた窓からではなく、普通に廊下から入ってきたのは、銀と園子だった。
「なんでお前らが!?」
「ピッキングでちょちょいと」
「嘘だろ...」
「嘘だよ。普通に開いてたぞ?気をつけないと」
「え、マジか。悪い」
どうやら家に帰ってきてからも動揺しっぱなしだったようだ。
「まぁ、開いてなくてもそこから入るんだけどね」
「おい、窓開いてたのお前の仕業だな?」
「そんなことよりつっきー!ここで問題です!!私達二人がここへ来たのは何故でしょう?」
「へ?」
「シンキングタイムスタート!ちっちっちっちっ...」
「え、えーと......」
部室で落ち着いた様子の園子はどこにもいない。普段通りはっちゃけてる彼女を見てると、俺も普段の調子を取り戻してきた。
「暇潰しにゲームとか?」
「ブッブー!不正解です!よって罰ゲーム!!」
「おいおい...何をやらされるんだ?俺は」
「内容は...その.......」
「ほら、園子」
「う、うん...内容は、これを受けとることです!!」
園子が突き出した両手には、一対の手袋があった。黒をベースに、手の甲の部分には灰色で星形が描かれている。
「これって...」
「アタシと園子の合作」
「作ったのか!?二人で!?」
「私はミノさんに教えてもらってばかりだったけどね」
「慣れてきたらアタシより速かったくせに」
「はい」と促されたそれを、ただただ受けとる。肌触りが良く、寒さを通さないくらいしっかりと編み込まれていて。
「いいのか?こんな良くできてるの、俺なんかが貰っちゃって...」
手作りで手袋なんて、作ったことはなくても決して少なくない時間をかけたことは簡単に分かる。
「寧ろ貰ってくれよ。椿のために作ったんだからさ」
「俺のために?」
「うん...貰って、欲しいな」
園子が上目遣いで見つめてくる。
(そんな可愛いの、逆らえるわけないじゃん)
「ダメ?」
「...ダメなんかじゃ、ない......分かった。受けとるよ」
冷たい園子の手から手袋がを受け取り、折角だからその場でつけてみる。正確にてのサイズが分かっていたのか、どの指にたいしてもピッタリだった。
「すげぇ...完璧じゃん」
「そりゃ、アタシも使ってた体ですし?」
「うんうん!よかった~!!」
「銀、園子...ありがとう」
嬉しがる二人に、俺も感謝の言葉を口にする。今俺が込められるありったけを込めて。
「正直滅茶苦茶びっくりしたけど、凄く嬉しい。大切にするから」
「!うん!大事に使ってね!」
「でもしっかり使うんだぞ。観賞用に作ったわけじゃないんだからな!」
「分かってる」と言って、もう一度手袋を見る。手の甲にある星が、俺を明るく照らすように主張されていた。
「そういや、今日は渡すのは部室でやること!って決めてたのに、いいのか?」
「それは『チョコ』を渡すなら、の話ですから!」
「屁理屈かい」
「屁理屈で何が悪い!」
「そーだそーだ!」
「あはは...」
「あ!ミノさん!スーパーのセール始まってる!」
「マジ!?そんなに時間たってんの!?」
「もう一時間だよ!」
「よし、そうとなればすぐ行くぞ!」
「おぉー!!」
「飯なら家で食うか?」
「いや、今日はやめとく!じゃあまたね」
「またね!つっきー!」
「あ、あぁ...」
最後は忙しそうに帰って行った二人を見送ると、俺の部屋は一気に冷えた。
それでも、手につけた手袋が温かかった。
「...なんか、嵐みたいだったな」
俺も普段通りではなかったが、銀も園子も最後はそんな感じだった気がする。
「......気にしたってしょうがないか。俺も飯にしよ」
----------------
「っはー!!!」
「ミノさーん!!緊張したよ~!!」
「アタシもだよ!!」
椿の家を出て、アタシ達は全力疾走した後みたいに荒く呼吸する。
別にやったことはなんてことない。椿の家に行って、プレゼントをあげただけ。何かをあげるだけなら昔からいくらでもやっている。
でも、今日は特別だから。
「これがバレンタイン効果...恐ろしい」
『正直滅茶苦茶びっくりしたけど、凄く嬉しい。大切にするから』
ただでさえどことなく変だったのが、手袋を貰った椿が向けてきた笑顔で完全にやられた。こう、胸がキュンとした。
(二人きりの時やられたら、耐えれる奴いるのかな......)
「あんなテク覚えやがって...指導した覚えないぞ」
「はふぅ~......でも、良かったのかな」
「えー今さら?言い出しっぺは園子でしょ」
今日のバレンタインデー。椿自身が分かってないだけで、本命チョコの数は少なくない。その状態で、アタシや園子が一歩特別に思われるには何をすれば良いか。
『追加で何か渡せばいいよ~』と言ったのは園子だった。
「ミノさんがあんな簡単に乗ると思わなかったんだもん」
「アタシのせいかい」
園子が気にしてる理由は、自分から『抜け駆けはなしにするため、皆のいる部室で椿にチョコをあげること』と決めておきながら、『チョコじゃないからセーフ』というルール違反に近いことをしたからだろう。
「いいじゃん園子。これは誰が要塞椿を落とすかっていう戦争なんだから、気にしてたらこの後ずっと楽しくないよ?」
正直、アタシがやられた側だったら、悔しがることはあってもやった側を恨むことはない。椿に効きにくいのもあるけど、アイデアを出せなかった自分の負けだから。
(ていうか、それ気にしてたらアタシ相当あれなんだけど)
勇者部に入ったのはアタシによるところもあるけど、知らないうちに過去の勇者を救ってるとか流石に許容範囲からも常識の範疇からも越えている。
まさかこうして周りと対等な条件に戻れるなんて思ってもみなかったから________まぁ、それは置いといて。
「たまには良いじゃん。それに、部室に仕掛けてた盗聴器とカメラは若葉に破壊されたんでしょ?このくらい許されるって」
「...そうだね。よーし!ミノさん!!今日はご飯食べながら盗聴器の録音聞こう!」
「壊されてなかったの!?」
「あれは囮で、本物は特殊迷彩をしてあったんよ~」
気にしてなさそうな園子を見て、頭を撫でた。綺麗に整えられた髪型を崩すことのないよう優しく。
「つっきーの家にもつけてくれば良かったかも~」
「それは流石にぶっ飛び過ぎ」
「だって、私達が帰った後同じように来る人がいるかもしれないよ~?」
「あー......可能性としてはあり得るけど、ダメでしょ。やっちゃダメだからな?」
「はーい」
(...とりあえず、渡せてよかった)
赤いミサンガが映える黒い手袋。安心して出た息は、寒くなってきた空気のせいで白く舞った。
----------------
「意外だったわ。ここに一人でいるなんて」
「椿さんこそ、どうしたんですか?」
「冷蔵庫の物もインスタントラーメンも切らしてたの忘れてて、買って作るには遅かったから」
うどん屋『かめや』にてカレーうどんをはねさせないよう気をつけて食べる俺は、そのまま話を続けた。
「隣ももう飯食ってて、家に一人なのに宅配はちょっと贅沢な気がしてな...ここなら安いし」
「成る程」
「そういうひなたはどうしてここに?おまけに若葉も一緒じゃないし」
そう聞くと、相席相手のひなたはかけうどんを食べる手を止めた。巫女としてなのか女性としてなのか、その動作には気品があるように感じる。
「私は大赦本部に呼ばれたんですよ。簡単な事務報告なんですが、皆さんと時間もずれてしまったのでここで夕食を、と」
「そっか。お疲れ様」
「ありがとうございます」
「......もしかして、春信さんに会ったか?夏凜のお兄さんの」
「え、あ、確かに夏凜さんのことを聞いてきた方はいましたね」
「あぁ...いや、気にしないでくれ」
意外な原因が判明した所で何か出来るわけでも無いため、とりあえず麺を口に運んだ。太めのうどんがカレーをしっかり絡め取ってくれるので味が口一杯に広がってくる。
「でも、私はラッキーでしたね」
「うん?」
「いえ。お気になさらず」
よくわからない返しをされたが、こちらもした直後だしうどんが冷めるので手早く頂く。
「......」
「椿さん?」
「いや、なんでもない」
話なんて何もしてないのに、一人で食べるより二人で食べる方が楽しいし、嬉しく思う。なんて言葉、どういった顔をして言えばいいのかわからなかった。
「「御馳走様でした~」」
「うわっ、やっぱ夜は冷え込むなぁ...」
これから雪でも降りそうな少し重たい寒さが、カレーうどんがで温まった体を冷やしていく。
「送ってく」
「いいんですか?」
「良いも悪いもない。というか送らせろ。もう夜だしな」
マフラーを適当に巻き、貰ったばかりの手袋をつける。つけ心地はやはり抜群で、今までの手袋より外の寒さから守ってくれている。
「バイクは持ってきてないから歩きになるけどな」
ここまでの寒さは予想以上だが、バイクで風を切れば耐え難い寒さが襲ってくることは容易に予想できたのでやめた。夜の運転もしたことはあるがあまり慣れないため必要以上にしたくない。誰かを後ろに乗せるなんて余計に。
(元の時代なら車通りもほとんどなくて余裕なんだがな...)
「いえいえ...では、よろしくお願いします」
「おう」
他愛ない話を幾つか続けながら、さほど遠くない寮へ向かう。若葉が風とうどん早食い競争をした話、そこに蕎麦派筆頭の歌野が混ざっていつもの戦いになった話、友奈と東郷がいつもよりちょっと静かにスキンシップをとっていた話、夏凜と芽吹が二人だけで先に帰った話。
寒さに耐えながら歩いていると、ひなたがちょっとだけ前に出た。
(歩くの遅すぎたかな......あ)
彼女の耳たぶの下と首の間、マフラーの守りから少しだけ外れた肌の部分が妙に艶かしくて、同時に俺のいたずら心をくすぐった。
静かに右手の手袋を外し、目標に近づける。
「...えい」
「ひゃあうっ!?」
案の定可愛い悲鳴をあげた彼女は振り返って俺を睨んだ。少し涙目なそれは寧ろ可愛らしさを感じて俺の心を揺さぶる。
「つっ!椿さんっ!?今何をしましたか!?」
「悪かった。ついな」
「全くもう...しょうがない人ですね」
ひなたはそれで許したのか、前を向き直して_______どことなく悪い笑みを浮かべて振り向いた。
「いや、許しません!椿さんのせいで冷えてしまいました!」
「ひなた...」
「つきましては椿さんに一つお願いを聞いてもらいます」
「まぁ、そのくらいならいいけど」
「言いましたね?」
別に彼女が本当に許してないとは微塵も思わないが、からかったのはこちらからだし仕方ない。返事の代わりに両手を掲げ降参の姿勢を示す。
「では...今から30秒、決して動かず、何も言わないでください」
「はぁ、分かった」
「じゃあいきますよ...」
(30秒も体温を吸いとられんのはキツいなぁ...)
てっきり俺がやったように体温を奪ってくるの覚悟したが、次の瞬間に起きたのは全く別のことだった。
「えいっ!」
「え、ひなた!?」
「椿さん、口答えはなしですよ」
「っ...~っ」
真正面から完全に抱きしめられ、着ていたコートが体により密着する。そしてそれ以上に、目の前にいる彼女の体温が厚手の服越しにほんのすこし伝わってくる。
何をやってるんだと言ったり、払いのけることもできる。しかしそれは禁止されているし、それに______別に、嫌ってことでもない。寧ろ嬉しい。
(あぁもう、欲に忠実なんだから...クソが。我慢しろ)
俺の胸元に頭を埋めるひなたの顔は分からない。
「これで、二人とも温かいですね」
ただ、その言葉で俺の頬は周りの寒さが気にならない程には熱くなった。
「...はい!30秒経過です!次やったら皆の前で倍の時間ですからね!」
「あ、おい!」
「もう寮もそこですから。おやすみなさい!」
走っていくひなたを追えず、行方を見送ることしか出来ない。
一瞬街灯に照らされたひなたの顔が、誰が見ても幸せだと思うこと間違いないくらいの姿で。
頬を赤く染めて、口元に笑みを浮かべる彼女の姿に、見惚れて動けなかったから。
----------------
(まさか、まさか...あんなことになるなんて)
今日はチョコを渡すだけで終わりだと思ってた。皆さんの前でやれることは限られてる。二人きりでも、やれたのは抱きしめることだけだったけど。
たまたま一緒にうどんを食べて、送ってもらって、あんなことして。
(私だけ、ラッキーでしたね...私、だけ)
さっきのことを思い出して、脳裏で反芻させる。服越しに伝わる熱と、ネックレスの固さがあったあの時。
(椿さん。やっぱり私は......)
「...凄く熱かったです。椿さん」
----------------
「まさか、ホントに降りだすとはな......寒いわけだ」
真っ白な雪がちらほら降りだしたのを見て一人呟く。もしかしたら明日には積もってるかもしれない。
「とりあえず風呂ためて、エアコンもつけとかないと...!」
「ぁ...」
玄関までついて、目が合う。赤髪に桜の花びら形のヘアピンをつけて、ピンクのコートにマフラー、手袋と寒さ対策バッチリの少女。
「何やってんだよ友奈、もう遅いだろ」
「えへへ...」
「今飲み物いれる」
「お、お気遣いなく!」
「あんな寒い中いたら風邪引くだろ。ほら、手も赤くなってるじゃん。全く...」
残ってた牛乳をコップに注いでレンジにぶちこむ。続いて電熱線ヒーターを友奈の近くに持ってって起動。
「一言連絡くれれば良かったのに...はい、ひとまずこれで。あと上着も脱いどけよ。外出たとき寒くなる。バイクで送るし」
「そんな!申し訳ないです」
「いいから。こんな遅くに一人で帰らせるわけにもいかないし、歩きでもっと遅くなってもあれだからな。お前ももう少し周りが心配するとか考えろよ」
「はい...」
「...いや、説教みたくなってごめん」
「いいんですよ!悪いのは私ですし、椿先輩が心配してくれてるのはよく分かりましたし...」
変に出来た沈黙を咳払いで霧散させる。
「それで、こんな時間にどうしたんだよ?悩み事か?」
「......えぇと、ですね」
友奈は人差し指同士を何度か突き合わせ、もじもじしていた。
「その...実は」
「うん」
「っ...椿先輩!私のチョコ、返してください!!!」
「...へ?」
俺の間抜けな声と、レンジの温め終了音が同時に耳を打った。
「えーと...返してって?渡したくなかったってこと?」
「まさかそんなわけないじゃないですか!!!椿先輩には絶対あげたいです!!」
「お、おう...?」
「あのですね......さっき椿先輩に渡したチョコ、練習中のをラッピングして渡してましたので...本当はこっちです。慌ててたのでラッピング全然出来てないんですけど...」
持ってきていたバッグから出されたのは、確かに放課後渡された物より凝ってない箱だった。
(てかあれ、箱も自分でデコレーションしたのか...気合い入れすぎだろ)
「もしかしてこれのために待ってたのか?明日部室で渡してくれても良かったのに」
「椿先輩だったら今日皆の食べそうじゃないですか!それに...今日中に、バレンタインデーにあげたかったんです!!」
(変なところで頑固なんだから...)
「分かった。取り敢えず待ってな」
レンジから出した牛乳を友奈の前に置き、一度部屋に戻ってオーバーコートと友奈がくれた箱を持ってくる。
「これを返せばいいのか?」
「はい!」
「ふーん...はむっ」
「あー!?」
中を開けると、別に回収しに来なくてもいいくらい良く出来た見た目のトリュフチョコが綺麗に並んでいたので、何の気なしに一つ食べてみた。味は______滅茶苦茶美味しい。
「何で食べちゃったんですか!?」
「普通に美味しそうだったし...というかこれも美味しいんだが。求めるクオリティ高過ぎじゃね?」
「高過ぎることなんてありませんよ...椿先輩に向けてのチョコですよ?時間の限り良いのを作り続けます」
「っ...!」
友奈の言葉に裏表がないことを知っているからこそ言葉につまり、やっと返せた俺の言葉は自然とこぼれたものだった。
「...ありがとな。友奈。俺のために頑張ってくれて_________
----------------
雪の降る町に、控えめなバイクの音が鳴る。私はそれを、きっと誰よりも温かい状態で聞いている。
服装は、自分の着込んできた物に椿先輩が貸してくれてる灰色のオーバーコート。一回り小さい私なら、私にぴったりなサイズの上着を着たままでもゆったり着れる。
でもそれより、心が沸騰しそうな位熱かった。腕を回しているのはこのバイクの運転手さん。私の大好きな人。
(ぽかぽかする......)
夜だからといって遅めに、安全に運転してる椿先輩の邪魔にならない程度に抱きしめて、離さない。恥ずかしくても後ろを振り向かれて見られることはないから遠慮なくいける。
それに、さっきの言葉。
『皆のお陰で俺、今までで一番幸せだ。勇者部に入れてよかった』
真剣に、言葉以上に幸せな感情が溢れてて。
それを、私のお陰とは言われなかったけど_______皆のお陰だと言ってくれて。
普段しっかり者として、年上として私達を纏める立場になるのが多い椿先輩に頼ってばかりの私が、何かしてあげたいと必死に頑張った成果が直接聞けた気がして。
「__な」
思い出すとどうしても体が熱くなって、もう、好きで好きで堪らなくて。
「____うな」
(どうしてくれるんですか、椿先輩......)
この感情に、どう責任をとってくれるのか。
「おい友奈」
「はいぃ!?」
「何で叫ぶんだ...ほら、ついたぞ」
体感一分もなかった。小さい頃からずっと住んでる家の目の前で椿先輩の温もりから離れる。
「じゃ、風邪引かないようにな。おやすみ」
「ぁ...椿先輩!」
アクセルを入れる直前で止まってくれた先輩を見て、私は慌てることしか出来なかった。理由もないのに引き留めてしまったから。
「あ、コート忘れてたな...」
「!洗って返しますから!!」
「別にそのまま...は嫌か。任せる」
「......あの!ちょっと待っててください!!」
私は急いで家に入り、自分の部屋まで向かう。お母さんにもお父さんにも声をかけられたけど無視して外に飛び出す______前に、玄関のドアノブに手をかけて止まった。
(......ちょっとだけ。ちょっとだけ勇気をください)
息を大きく吸って、吐いて。それでも落ち着かない感情を込めて。
「椿せんぱいっ!!!」
「おい友奈、どうし...っ!?!?」
永遠に続いて欲しいと願う位の一瞬だった。私の顔も、椿先輩の顔も真っ赤っか。
「ゆ、ゆ...!?」
「いつもありがとうございます!!大好きですっ!!おやすみなさい!!また明日!!!」
口に入った物を溢さないよう気をつけながらパクパクしてる先輩は可愛かったけど、私が耐えられず矢継ぎ早に言いたいことだけ言って家に逃げ込んだ。玄関の鍵まで閉めてから、そこを背にして寄りかかる。といっても足がもたなくて、座り込む。
(あ、あぁぁぁぁぁ......!!!)
幸福感が体を支配して、うまく力が入らない。
(しちゃった...しちゃったんだ......!!)
自分の部屋に残していた、成功したチョコの余り。帰ってきてから自分で食べようとしてた一個。
それの欠片が、口の中に残っている。勢い良くやったから、『私達』の歯で砕けてしまったんだろう。
今まで食べたどんなチョコよりも甘い、トクベツなチョコ。
私が言えたのは、たった一言だった。
「...責任、取ってくださいね。椿先輩」
当初ゆゆゆい話数での投稿予定だったんですが、友奈ちゃんがどうあっても椿とキスするのでifとして出来るよう短編になりました。本編として出したら流石にルート確定する。
メインで書いた四人の選出は完全に即決だったので、多分神樹様のお告げです。