というわけで今回はゆゆゆ組で唯一ifを出してない風ifです。最近全然書けてなかったので気合い入りました。
どしゃ降りの雨の中を傘もささずに歩く。あてはない。濡れた歩道を見ながら、重力と雨の重みに従って垂れ下がる髪の毛を視界に挟みながらただ歩く。
「......」
体に当たる雨粒を冷たいと感じられる程の余裕もなかった。心が体以上に冷めきっていたから。
というか、どうでもいい。
「......」
もう、秋になる。秋と言えば、彼女の誕生日。
しかし、それを祝う人はいない。
『三ノ輪銀が亡くなった』
たった十文字で表せる言葉の意味は、どんなものより重い。
それは、俺が生きる上で必要となる一部だった。空気があるのが当然のように、彼女が隣にいてくれるのが当然で。俺達が息をするのと同じくらい平凡に、俺は彼女と会話する。
それがもうない。もう二度と出来ない。空虚な心が音をたてながら耐えられたのは、短いと捉えるべきか、長いと捉えるべきか。一週間だけだった。
「...銀」
無意識に呟いた場所で止まる。いつの間にか普段来ないような場所の橋に立っていた。手すりの外を覗けば川。雨のせいで濁っている水中はまるで見えない。それどころか霧のように辺りの景色を見えにくくする。
(誘ってるのか)
まるでこっちにおいでと、言っているようで。
「...じゃあ」
俺は意識が薄れてる中、手すりに手をかけて__________
「何やってるのよあんた!!!」
その腕を女に掴まれた。彼女にとっても咄嗟のことだったのか、さしていた黄色い傘が風にあおられ川に落ちていく。
「何って...飛んでみようと」
「飛んだら川よ!バカなの!?こんな勢いが激しい日に飛び込んだら誰も助けられないわよ!?」
「良いじゃねぇか...どうせ助けなんかいらねぇし」
「あんたバカね!?ふざけてるんじゃないわよ!!」
何故だか俺は、そのまま彼女に引きずられた。この手を離すことはきっと簡単だったが、力がうまく入らない。
______離したら、俺が完全に俺じゃなくなる気がした。そんな不安がつきまとっていたのかもしれない。
「お姉ちゃん!?どうしたの!?」
「ごめん樹!!タオルと着替え持ってきてくれる!?」
引きずられて連れてこられたのは、マンションの一室だった。
「...やめろよ」
「やめないわよ。風邪引くでしょ」
強情な彼女は何処かへ行って戻ってきて、玄関で立ちっぱなしだった俺の髪の毛を無理やり拭いてくる。
「本当、バカなんじゃないの」
「......」
返す言葉は幾らでもあったが、口が開かない。バカじゃないとやってられなかったから。
「無視か...あんたねぇ、少しは感謝の気持ちを出しなさいよ」
「...感謝?邪魔しただけだろ」
「はぁ?死にそうにしてたあんたを止めたんじゃない!」
「それが邪魔だっつってんだろ!!!赤の他人くらいほっとけよ!!!余計なお世話なんだっつうの!!!」
「!!そんな言い種無いでしょう!!なんなのあんた!?」
「お、お姉ちゃん......」
(!!!)
奥に見えた少女に息を飲む。短い髪、小さめの身長は_______もう、それだけで彼女に見えてしまって。
「俺は行かなきゃいけないんだよ...あいつの所に!!だから死なせろよ!!」
「っ!!そんな...いい加減にしなさいよ!!!!」
一際大きな声をあげた目の前の女の顔が、視界から消えた。
「っ...?」
「どうして、そんなこと言うの......」
しばらく振りに感じる圧迫感、じんわりした熱。
「あんたの言う『あいつ』は、あんたが死ぬことを望んでないでしょ......そんな簡単に死ぬなんて言わないで。言わないで......」
「お、お、れは...」
抱きしめられていると認識した途端、『あいつ』が笑ってる姿を思い出してしまった途端、俺のどこかが切れた。
「っー...」
いつの間にか閉じていた目蓋を開けると、まるで見覚えのない天井が見える。
(あれ、俺、なんで)
起き上がる起点に出来るよう右手を使うも、俺の体と同じ高さに置いた筈の右手は宙を切ってバランスを崩す原因になった。
「うおっ」
ドサッと音を立てて視界が回った結果、俺はさっきまでソファーの上で横になっていたのが分かった。宙を切った理由は、そんなところに床がないから。
「あ、起きた?もうすぐ出来るからね」
同時に届く声にも覚えはない。見渡せば、茶色に近い色の髪を二つに纏めた少女の後ろ姿が見えた。音や匂いも合わせて何か料理を作ってることだけは分かる。
「え、え?誰だよ?」
「さっきまで散々な言い方しといて今さら?」
「??」
「とりあえずこれ食べちゃいなさい」
テーブルに並べられるのは一般家庭でよく出てきそうな和の料理。ごはんに味噌汁に肉じゃが。
「...知らない人から飯を作って貰うのは」
「つべこべ言わず食べる!」
「......!」
美味しそうな飯に俺のお腹は忠実で、大きめの音を響かせる。ニヤニヤしだした彼女に見られ続けるのが耐えられず、行動するしかなかった。
「...頂きます」
「召し上がれ」
(久々な気がする...あれ?何で?)
おかしな疑問は食べると同時に思い出した。俺がさっきまでどうしていたのか、何でこんなところにいるのか。
でも、それ以上に。
「...温かい」
食べた肉じゃがの温かさで、どうにかなってしまいそうだった感情が止まった。
その後は箸を止めることが出来ず、気づけば目の前の飯が綺麗さっぱりなくなってて。
「......」
目の前の少女______同級生か、一つ、二つ歳上か_______に向けて行った罵倒や態度も思い出していた。
(というかバカなのか俺。あんなこと言ってたアホにご飯作ってくれた聖人を無視して食いまくるとか...バカでアホでしょ)
「美味しかった?」
「!あ、あぁ...とても」
「そう。よかったわ」
「あの...すみませんでした!俺、その、どうかしてて......」
大きな音が立つのを気にせず手と頭をテーブルにつける。こちらに非があるのは分かりきっている事実なのだから当然ではある。寧ろこの程度でさっきまでのことを許されるとは________
「いいわよ別に」
「いや、そういうわけにもいかないんじゃ」
「だって明らかにおかしかったもの。大事な人がいなくなったんでしょ?」
「っ......」
彼女の言葉が胸に刺さる。そう、銀が亡くなったという事実は変わらない。
(...せめて、彼女の前でもう取り乱したりしない)
「でも......」
「気持ちは分かるのよ...あたしも、ついこの間両親を亡くしたから」
「!!」
両親、亡くなった。頭の中を二つの単語が巡って、唾を飲み込む。
「...んで」
「へ?」
「なんで、そんなに、平気そうなんですか......?」
「...平気そうに見える?」
そんな彼女の目は、見間違いでなければ潤んでいた。
「なーんてね。そりゃ勿論悲しいわよ。あれから...大橋の事故からまだ一週間ちょっとだもの」
「!!!」
大橋の事故は、銀が巻き込まれたものだ。つまり、同じ時間しか経っていないのに、俺と彼女の間には大きすぎる差が開いている。
「でも、あたしがしっかりしてなきゃ、樹とも離ればなれになっちゃうから。あ、樹は妹ね。さっき見たでしょ?」
「妹...」
「そうよ~。滅茶苦茶可愛くて良い子なんだから、あたしが守らなくちゃ」
彼女は姉として、誰かのために凛としてる。
(俺は...あいつらのために、ちゃんとできなかった)
銀の弟たちと同じで、ただ泣くことしか出来なかった。叫ぶことしか出来なかった。
「おれは...銀がいなくなって、そんなに強くはいられない......」
『あんたの言う『あいつ』は、あんたが死ぬことを望んでないでしょ』
でも、きっと、あいつは。あいつなら。確かに望まない。
「銀が、俺に死んでほしくないと望んでるかなんて、もう分からないじゃないか......」
「...しょうがないわねぇ」
一人呟いて暫く。ふわふわした甘い香りが俺を包む。
「...ぇ?」
「よしよし」
気づけば、誰かに抱きしめられていた。思考が事態を理解せず、成されるがままになる。
「その銀って人は分かんないけどさ、あたしはもうこんだけ話した人が死んで欲しいとは思わないな」
「!!!!」
それは、『理由』で。生きてほしいという『願い』で。
「バカじゃねぇの...」
「すいませんねぇ」
「ホント...初対面の奴に、なに言って...バカ...」
壊れた涙腺は涙をぼろぼろ流し、離れようとする彼女を離すまいとぎちっと手が服を掴んでいた。
尊敬と感謝と、言葉に出来ない溢れた思いを込めて。
----------------
(あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!)
あれから二日。俺はクラスで割り当てられた自分の机に頭を叩きつけ、両手で抱える。
結局、恥ずかしさやらありがたさやらでテンパりまくった俺は、あの後簡単な礼やらなんやらだけで帰った。そのあとすぐ寝てしまい、気分がすっきりしたまま登校。
本当はその日、つまり昨日の放課後お礼を言いに行きたかったのだが、まだ気恥ずかしさが残っていたのと、ぼんやりとした記憶しかないため彼女の住む場所が分からなかった。
とどめに彼女の傘を捨ててしまう原因になってしまったのを思い出したため、若干言い訳じみてはいたが購入して終わらせてしまった。今日は晴れてるにも関わらず買った傘を学校に持ってきて、なんとか覚えてる景色の場所まで行って探そうと考えていたのだが__________
(やぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
まさか、しれっと隣のクラスにいるとは思うまい。見つけた瞬間全身の鳥肌が立った。
(はずかしぃぃぃぃぃぃ!!!!)
聖母の様な彼女は、同学年かつ同じ学校。
いやなんだろう、恥ずかしいのだが、次元がそのレベルを遥かに越えて未知の感情を生み出している。もはや恐怖さえ感じる。
パニックになった俺は、机の上で頭を抱えていた。どうすんだ。いやどうこうするもんでもないのだが。
「すいませーん。古雪君いますかー?」
古雪という名前が自分のことを指すのだと分かっているから、呼ばれた瞬間震えた。誰の声でも今の俺は怯えてすくむ。
「古雪君ならそこの席だよ」
「ありがとー...寝てるのかな?図書委員会のお仕事なんだけど」
(過去の俺、なんで図書委員にしたんだ!!内容聞いて楽だったからって!!!)
理不尽な怒りを自分自身に押しつけ、覚悟を決めて顔をあげる。相手は長い髪を二つに纏めた彼女_______ではなく、全く知らない人だった。
「今、平気かな?」
「...辛うじて大丈夫」
「そう?実はね」
「あ」
ちょっとだけ安心して話を切り出す彼女に集中することは出来なかった。教室の扉から、廊下にいた彼女と目を合わせてしまったから。
「あはははは!!!」
「勘弁して。ホントに勘弁して......」
隣には、大爆笑の彼女。俺は羞恥心が限界突破して震えている。
彼女から別れてからさっきまでどうしていたのかを事細かに聞かれたら、こうもなる。
「ははっ、ごめんごめん!許して!」
「いや、許してもらうのは寧ろこっちではあるんですけど...」
持ってきていた傘を渡すと、「別にいいのに...」と言いながら、受け取ってくれた。
「そんなかしこまらなくていいのに。同級生というかクラス隣なんだし」
「うぅ...」
「調子はどう?」
「......さっきのでまた辛くなった」
「冗談が言えるくらいには戻ったのね。よかった」
「冗談ではないんだが...」
「でも『死にたくなった』なんて言わないだけ全然良いわよ。えーっと...」
「...古雪、椿」
ゆっくりめに声を出す。というか、まだ名前すら言ってなかったことに驚く。
「へー。椿ね。あたしは犬吠埼風!よろしくね!!」
「...あんま、よろしくはしたくないけど」
「なにを!?」
犬吠埼風。その名前をもう一度胸の中で唱えた俺は、少しだけ口角が上がっていた気がした。
それから。俺は色んな体験をする。死んだはずの銀が俺の体に入ってきたり、彼女が作ったという勇者部とかいう部活に入って活動したり、まさかの本物の、世界を守る勇者になったり。
部員も俺達二人だったのが、友奈、東郷、樹、夏凜と六人まで増えて。
安定で平穏な世界は、荒んでいた心を癒すには十分で。
(いや、違うか...)
きっと、いや間違いなく、俺が壊れなかったのは________
----------------
「それが、もうこんな時期とはな...」
病室に備え付けられたエアコンは年代物なのか、たまに唸るような音をあげる。まぁそれも三日目のつきあいともなれば気になる程でもない。
窓の外の景色には、ちょっとした陽炎が見えた。この季節コンクリートの持つ熱は60度を余裕で越えるとか。
「......」
この間あった、壁の外から侵入してくる敵、バーテックスとの大規模戦闘。勇者である俺達は『満開』という強力なシステムを使い、辛くも勝利を手にした。
大赦に言われていた12体を倒したためお役目は終了。俺は何故か検査が長引いているため病室に一人でいる。
(...最も、全部終わりとは思えないけど)
銀から聞いた話では、勇者はこれまでバーテックスを壁の外に追い払うことしか出来なかったらしい。つまり、規定数のバーテックスを倒すためなら俺達の後の勇者というのは、産まれないはず。
だが、彼女は大赦からの指示として言ったのだ。『あたし達のお役目はおしまい。次の勇者達に準備するらしいから、勇者システムの入った端末は回収するわね』と。つまり、一定時間で復活するなどが考えられ、戦いは終わっていないことになる。
懸念材料ならまだあった。満開を使用した勇者は身体のどこかしらが満足に動かせなくなっている。俺は無事だが______俺の体で満開した銀が、未だ目覚めない。
俺自身発狂するかと思っていたが、別段そこまででもなかった。いつ消えるか分からないと銀に念を押されてきたからか、すぐにまた会えると思っているのか、それとも。
「風...」
眼帯で片目を隠したあいつの顔が、随分前に鏡で見たひどい顔に似ていたからか。
風にだけは、銀が一緒だったことを伝えている。当時あからさまに明るくなった俺のことを怪しんできたのでバラしてしまった。そして、満開後銀が目覚めてないこともぽろっとこぼしてしまっていた。
(思い詰めてなきゃ、いいんだが...)
答えは分からないまま、どこか歪な生活は続く。壊れるのは__________すぐだった。
----------------
「あたしは...あたしは...!!!」
悔やんでも悔やんでも止まらない後悔は憎悪に代わり、あたしの体を突き動かす。
あたし達は騙されていた。世界のために戦った結果、二度と取り返せない代償を渡された。
それを大赦は分かっていた。分かっていた上で、バレないよう隠していた。そのせいであたしは巻き込みたくない人を付き合わせてしまった。
(友奈、東郷、椿...樹っ)
味覚を、耳を。大切な人を、そして、夢を失った、あたしのかけがえのない人達。
あたしが奪ってしまった人達。
「うぁぁぁぁぁ...!!」
あたし自身聞いたことのない苦し気なうめき声が耳にこびりつく。ずっと声が出てるんじゃないかと思うくらい響く、響く、響く。
取り除くことなんてできやしない。唯一出来るだろう最愛の妹は、声を出せないんだから。
「たいしゃ......大、赦ぁ!!!!」
恨みの権化を潰すため、奴等の本部へ跳んでいく。勇者の力を使えば、一般人なんてどうにでも_______
「!!」
突然飛んできた何かが精霊である犬神のバリアと衝突し、あたしは着地を余儀なくされる。
「......風」
いたのは、赤い勇者服を着て仁王立ちしている椿だった。
「椿...邪魔しないで!!」
「断る。お前何するつもりだよ」
「そんなの決まってるでしょ!!大赦を潰すのよ!!事前に知ってた真実を言わず、あたしたちを生け贄に捧げた奴等をこの手で消してやる!!!」
「......」
椿は何も答えない。無言に耐えられないあたしは大剣を構える。
「椿、どいて。じゃないとあたしはあんたを倒さなきゃいけない」
「......」
「どいて...どきなさい!!!」
「......」
「っ!どけぇぇぇ!!!」
走り出し、振りかぶった勢いそのままに叩きつけた大剣は椿の斧に止められた。金属音があたしのこびりついた声をかきけしそうになり、うまくいかずに消える。
「あんただって憎いでしょ!!あいつらが真実を言っていれば、あたしはあんた達に満開させることなんてなかった!!勇者をやらせることなんてなかった!!!」
たらればなんて今意味がないことだと分かっていても、あたしは止まらない。止まれるはずがない。
「そしたら友奈も東郷も...樹の声を奪うこともなかった!あの子に出来た夢を殺すこともなかった!!椿は!!あんたは!!銀を失うことはなかった!!!!」
初めて話された頃は冗談だと思っていたけれど、銀と直接話すことで冗談でないことはすぐにわかった。
そんなあたしにとっても友達だった彼女は、もういなくなってしまった。
あたしが、椿を勇者にさせたせいで。
亡くなったことをあれだけ悲しんでいた彼から彼女を奪ったのは他でもない。あたしだ。あたしが、あたしが、あたしが。
せめて事前に言われていれば。
「こんなことになるくらいならっ!!!あたしが一人で勇者をすればよかったんだっ!!!!」
一人で戦って、戦って、戦って。勝てないなら満開すればいい。何回することになろうと、死んでいくのはあたしの体だけだ。
「......風、お前」
やっと口を開いた椿の顔を見ると、見たことない怒りの感情を含んでいた。
「本気でそう思ってるのか?お前が、お前一人が頑張ればよかったって」
「そうよ!!そうすれば犠牲はあたし一人ですんだ!!」
「っ..ふざけんなっ!!!」
彼の二本の斧が大剣を押してくる。負けじと押し返すも、うまく元に戻せない。
「それで俺達が無事でも『よかった』と思うわけねぇだろ!!」
「なっ!何でよ!?」
「お前が犠牲になることなんて、誰も望んでないからだよっ!!友奈も!東郷も!俺も!銀も!樹もっ!!」
「!!」
「今だってそう!!大赦は確かに許せないが、だからってお前に大赦を
潰させるわけにはいかない!!お前にそんなこと...人殺しになりかねないことをやらせたい奴は、勇者部には誰もいないんだよ!!分かったかドアホ!!」
一転して攻勢になった椿の攻撃に耐えきれず、大剣を弾かれてしまった。
「っ!」
「風!!」
椿の姿が視界から消えたと思ったら、大きな衝撃を受けた。体の前側に圧がかかって、じわじわ熱が伝わってくる。
(...え、あたし、抱きしめられてるの?)
「だから、そんなことするな......」
「いや、あのっ」
あたし達の身長差はそんなになく、目を下の方にすれば椿の肩が見える。普段ならあり得ない光景があたしの脳をより動かす。
「でも、あたしは、だって、椿も、樹も、あたしのせいで...」
「あぁもう!うるせぇなぁ!!」
椿の顔が見えてどこかほっとした気持ちになって、息つく間もなく頭の後ろを固定されて。
「!」
「!?!?」
次には、椿の顔が目に入ってきそうなくらい近くて、唇が生暖かかった。じゅる、と籠った音がする。
恋する乙女のファーストキスが奪われたんだと理解した頃には、椿が離れてた。あたしとしては頭を抑えられてたから抵抗出来なくて、でも例え抵抗できても嫌じゃないというかもうちょっとしてもよかったというか__________
「い、いやいやいや!?!?なにやってんの!?は!?え!?」
「うるさいうるさい!!いいか!?次めんどくさく口答えしてみろ!!またお前の口塞ぐからな!!!覚悟しろ!!」
「いや椿、その前に説明っ...!!」
あたしは問答無用と言わんばかりにまた塞いできた唇を拒むことが出来ず。
あれだけ燻っていた憎悪の炎も、いつの間にか収まっていた。
----------------
「結構遅れちゃったな...」
もう時間は九時を回っている。始めたのが七時だったはずだから、ここから参加するには微妙だろう。
かといって行かない理由はない。控え目な明かりで照らされたチェーン店の居酒屋に入って確認を済ませると、案の定大部屋に通された。
「お!来たな椿!!!」
「お仕事お疲れ様」
「ありがと。裕翔、俺の皿とかある?」
「連絡貰ったときに揃えといたぜ!枝豆唐揚げつき!」
「つよ...」
裕翔に郡がいるスペースに入り込み、手始めに生ビールを注文する。
俺達に風を加えたメンバーでの飲み会は定期的に行っていて、珍しさは特にない。今日はそれなりに大規模な高校メンバーの同窓会のためその限りではないんだが。
「といっても、結局グループにわかれて話だしたらいつもの所に戻ってくるよなって」
「確かに」
「あはは...」
「生でーす」
「あ、それこっちです...んじゃ乾杯」
「「乾杯~」」
ジョッキー軽くつきあわせ、周りを見渡す。流石に高校から大きく顔が変わったやつはあまりいなさそうだ。髪が黒から金になってる奴はいるけど。
「あの髪すげぇな...あれ?そういえば風は?」
「おいおいなんだよ、どうせずっと一緒にいるんだからこういう時くらいなぁ」
「お前知ってるだろ、あいつに酒飲ませるわけには」
「つ~ば~き~!!!」
どうやって寄ってきたのか分からない風が気づいた時には隣にいて、首に腕を絡ませてくる。案の定息は酒臭い。
「どこのテーブルで飲んで来たんだお前...」
「どこいってたのよ~!寂しかったんだから!泣くわよ!」
「もう泣いてんじゃん......はぁ」
「あぁ!ため息つくことないでしょ~!そんな口塞いでやるんだからぁ!んー...」
「お前がキスすんのはこっち」
水の入ったコップをくっつけさせ、「やー!!」とわめいてるバカを放っておく。
(放って...おくわけにもいかないよなぁ)
「悪い裕翔、郡、俺帰るわ」
「え、うん。集金は済んでるもんね」
「なんだよ、もうちょっといてもいいじゃんか」
「酔っぱらってるこいつをほっとくわけにもいかないからな...というか、監視を頼んどいたよな?」
「お前のぶんは俺がおごったことにします。今度渡します」
「ありがとさん。じゃあ風、帰るぞ?」
声をかけると今度は「おんぶー!!」と騒ぎ出す彼女に大きな大きなため息をつきながら従う。郡に風が持ってきていた荷物を纏めて貰って、他の連中にも適当に挨拶しながらさっさと後にした。
「滞在時間10分程度...予想はしてたけどさ」
風が酒を飲んだらこうなるだろうと覚悟はしていた。ノンアルコールの甘酒で酔うのだから、最悪居酒屋の空気で酔う可能性すらあったのだから。四人で行く時はもっとファミレスに近い場所に行くから平気なんだが。
かといって風を放置しておくわけにもいかない。何しでかすか分からないし。
『椿~!あたしは椿がいないとダメなの~!!!』
いや、酔った状態で迫られるのも滅茶苦茶よかったのは事実だが。かといってあれを外でやられたら困る。
こいつといると予想通りにいくことの方が少ない。お礼を言いにいこうとした時もそうだし、初めてのキスだって中学卒業まではやめとくつもりだったのに__________
嫌だったかと聞かれれば、断じて否と答えるけど。
「つばきぃ...んにゃ...」
「ったく。帰るぞ」
家には風が作っておいた飯が残っていたはず。今日はそれを温めればいい。
確かに出来立てとは違うかもしれないが__________愛する妻が作った料理に込められた熱は、あの時と変わっていないから。
背中から伝わってくる温もりは、あの時よりずっとずっと強いから。
「好き、大好き...」
「はいはい。俺もですよ」
相槌を打ちながら、俺は軽い足取りで自分達の家へ向かった。
きっと、明日も予想外なことが起こるだろう。
本編と違う点は、『開始時点での椿の心が銀の死を耐えられないくらい弱め』なのと、『風がちょっと違う道を歩いてた』だけです。かなり本編に近い状況で書けたと思います。