古雪椿は勇者である   作:メレク

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今回はクロックロさんのリクエストになります。


ゆゆゆい編 32話

三月末だというのに最高気温が偉く低い日。バイクの運転のため寒さ対策につけていたネックウォーマーは手早く外して肩掛けバッグに突っ込み、ズボンのポケットを隠すくらいのコートは前を開けた。どちらも室内に入ってしまえば暑くて仕方ない。

 

(ヘルメットと一緒にバイクにいれときゃよかった...ま、暑さの原因がそれだけなのかは分からんけどさ)

 

自重気味に思ってから、周りを確認して本屋へ入る。

 

(えーと、確かあの辺...)

 

記憶違わずそのコーナーは存在した。表紙は大体ポーズを決めた薄着の女性ばかりで______要はグラビアアイドル雑誌である。

 

勇者部部員の水着姿に耐性をつけたいとこれに似た水着特集を買ったなのだが、結果は失敗に終わっていた。東郷とひなたにバレたと思ったら二人が水着になり、自分達で耐性をつけろと言ってきたのだ。

 

(あれは、最終的に夢だったのか...)

 

数日間気にしていたのは俺だけで、彼女達はなんでもなかった風に思える。そんな対応を見ればあれそのものが夢だった様にも思えるんだが、俺に今さら知る機会があるとすれば直接聞くことしかない。そんなことしないのは俺自身がよく知ってる。

 

とまぁ、水着はダメ。かといって鍛え直しはしたい。となるとレベルを下げるしかない。

 

(......うーん)

 

露出が少なめな物を取った結果、手にあるのは体操服特集。表紙を見てもピクリともしない。

 

(まず、本だけなら水着も耐えられた気が...気のせいだっけ)

 

今この本だけ見たら何も思わない。というかここでダメだったら高校の体育を出られない。ただでさえ最近は勇者部の面々が男子より気楽にいられるのだ。勿論咄嗟にドキドキすることはあれど。

 

「金も無限じゃないしな...」

 

体感数分悩んでから、俺はその体操服本を持ってレジへ向かった。理由は二つ。

 

一つは前回と違って一冊にしたため経費が軽いこと。二つ目はこれ以外だと大体前回選んだラインナップだったからだ。

 

もしかしたら本当に水着でダメになるヤバい奴かもしれない。そう考えたら、体操服とはいえ穴があくほど見て女子への耐性を完璧につけた方がいい。

 

_______まぁ、既に女子への耐性がある程度高くなければ勇者部にいられるはずもないので、俺にとっては無駄に近い行為なのかもしれないが、今の俺には不安があって、大丈夫だと自覚してても自身を律することは出来ない。

 

一応耳を済ませ、ささっとレジに並ぶ。

 

「高嶋ちゃんきっと喜ぶよ!」

「えぇ。でもいいの?この後貴女の家で教わって...」

「うん?大丈夫だよ!道具も私の家なら全部あるし!」

 

そう。こうして知り合いの声がしないかチェックしないといけないのだから_______

 

「...は?」

「え?」

「あ」

 

押し花の本を持った友奈と千景に目があった時、俺はその場で本を落とすことしかできなかった。

 

 

 

 

 

「いや。あのですね...」

 

何故か連れてこられた友奈の家。何度かあげてもらったことのある場所は俺にとって処刑台となんら変わりなかった。

 

「どうしたの?言い訳があるなら聞くけど」

 

床に正座する俺に、椅子に座り、足を組み、ゴミを見るような目で睨んでくる千景。俺達の間には先程の体操服本が確かな存在感を放って置かれている。

 

確かに、友奈の家には絶対にない物だろうし、異質な物として認識するのは間違ってない。

 

「聞いてるの?」

「はいすいません。実は......」

 

これからギロチンにでもかけられるのではないかとビクビクして、というかいっそのこと俺を埋めてくれないかなと思いつつも、千景に経緯を話す。東郷とひなたとあった色々は伏せて、何のために俺がこんな本を買う決意をしたのか。

 

「...貴方ねぇ。何やってるの?」

「俺もそう思ってる...思ってはいる...そんで色々考えて」

「考えた結果がこんな本を買うことってわけ?呆れるわね」

「...俺だって頑張ってるんだよ」

 

千景の強い言い方に流石に苛立ち、普段ならしない言い訳も出てしまう。すぐにしまったと思い直しても、口に出した言葉は戻らない。

 

「方向性が間違ってるのよ。大体こんなのなくても私が...」

「は?」

「っ、何でもないわ...今回はもう何も言わないから、さっさと帰りなさい」

「...はい」

 

これは無罪放免なのだろうか、明日には勇者部皆に知れ渡っているのか。

 

(なんにせよ、千景からは距離をおかれるだろうな...)

 

「じゃあ、俺はこれで...」

「椿先輩」

「はい」

 

まだ何か言われるのかと思えば、声をかけてきたのはベッドに座っていた友奈だった。

 

「...まだ帰らないで、廊下で待っててもらえますか?」

「分かった」

 

俺に拒否権など存在しない。ちょっと寒さの残る廊下で待っていると、部屋から声がした。聞き取れるほど大きくないが、恐らく二人が話しているのだろう。

 

(なんなんだ...?)

 

「椿先輩、どうぞ!」

 

更に数分してから友奈の声がはっきり聞こえ、念のためノックをしてから入る。

 

「友奈、俺に何をさせぇ!?」

 

友奈の姿を見て目を丸くする。そこには、何故か讃州中学の体操服を着た友奈が立っていた。三年間通っていた学校の物だけあって、こんな状況でもすぐに分かる。

 

ただ、それを今見れている理由は何一つ分からない。

 

「な、お前なんでそんな格好!?」

「椿先輩が頑張ってることを聞いたので...私も協力したいと思ったんです。こうすればその本の人達と同じですもんね。実物の方が効果高いと思います!」

 

これを頑張ってることと捉えて良いものだとは思えないが、友奈らしさが伝わってきてくすりと笑いそうになってしまった。バカみたいに真っ直ぐで優しいのだ。彼女は。

 

「いや、でもなぁ...」

「......確かに、私じゃその雑誌に載ってるような人達ほど綺麗じゃないですもんね...あはは」

「そこは問題ないと思うけど...」

「!じゃ、じゃあやります!えーと、まず最初のページから」

 

完全にやる気満々の友奈を止める気力が起きず、ちらっともう一人の方を向く。私服姿のままの彼女が止めてくれれば早い話なのだが_______

 

「......」

 

当の千景は、黙っているだけだった。俺を追い返すこともせず、友奈に何か言うでもない。

 

「椿先輩、始めます!」

「お、おう...頼む?」

 

なし崩しに始まってしまった友奈のポーズは俺の持っていた雑誌から取っているようで、ページを捲っては体勢を変え、俺に聞いてくる。

 

俺は正直別に反応することもなく、「あぁ」とか「うん」とか言うだけ。

 

(これ、意味あんのか?)

 

やはり体操服でどうこう思うことはないようだ。友奈が相手でもそれは変わらない。

 

友奈の部屋なのにどこか居心地の悪さを感じながら突っ立ったまま、外に出るつもりだった厚手の格好で暖房の効いた部屋にいるせいか、じんわり汗もかいてきた。

 

「...」

 

あと、なんか睨まれてる。

 

「...友奈、そろそろ」

「次は...!!」

 

友奈の声が一瞬固まって、健康的に見える頬が赤く染まる。気になって彼女の視線の先に目を向けると、雑誌には大きく『ガチ恋距離!』と書かれ、顔がアップで写っていた。

 

友奈が一枚戻すと、体育で使うマットっぽい場所で全体を見せてることから、距離がかなり近くなったんだろう。腕を首に回してる感じだろうか。

 

「...よ、よし!やるぞー!」

「へ?何を」

「椿先輩動かないで!」

「はい」

 

有無を言わさぬ友奈に従い固まってると、彼女が立ち上がって一歩二歩と近づいてくる。一つの部屋の中なんでそれだけでかなり近い。

 

(おい、まさか)

 

「えいっ!」

「!」

 

反応が遅れ、友奈に抱きつかれた。顔が数センチだけ離れ、雑誌で見たような距離になる。

 

ただ、抱く感情は雑誌の物とは違いすぎた。

 

「ど、どうですか...ドキドキ、します?」

「するに決まってんだろ...!?」

 

若干声が上擦って、頭がのぼせそうになる。それでも彼女は止まらない。

 

「そうですか...よかった」

「!!」

 

その、赤らめた表情で見せる微笑みは、俺の理性を簡単に狂わせる。

 

(いや、耐えろ耐えろ...!!)

 

きっと肩を押せば彼女はベッドに逆戻りするだろう。離したいならそうすればいい。

 

だが、離したいとは欠片も思ってなくて_______多分、ベッドに押し倒したら戻れなくなることも理解している。

 

「ほ、ほら友奈。俺汗かいてるから離れてくれ」

「え、そんなの...しませんよ?」

 

自力ではどうしようもなくて頼んでみるが、寧ろ首筋に鼻を近づけられて大変なことになる。声をあげなかった自分を誉めてやりたい。

 

(すんすんするなぁ...!)

 

甘えてくる子犬のような動きに追従して、明らかに柔軟剤じゃない甘い匂いが_______これまで何度も嗅いできた友奈の匂いが広がってくる。

 

(ダメだ...っ!!)

 

もっと感じたい。貪りたい。ぐずぐずに溶かされた理性が働く筈もなく、俺は彼女に________

 

 

 

 

 

「ぐえっ」

「あっ...」

 

後ろに引っ張られた俺は、無理やり友奈から離される。友奈は少し切なそうな声を出した。

 

しかし、冷静さを取り戻した俺は、引っ張った張本人に感謝するしかない。

 

「悪い、助かった千景...」

「......」

「?」

 

首根っこを掴んでいる千景は、俺を持ったまま離さない。

 

「千景、どうしたっ!?」

 

顔を後ろに向けようとしたら、半回転するよう勢いよく引っ張られ、前になった千景に抱きつかれた。

 

胸元に籠っていた熱は再び熱さを取り戻し、さっきとは違う香りが俺の鼻をくすぐる。

 

「...ずるいわよ。結城さんばかり」

「いや千景!?何が!?」

「うるさい!黙ってやられてなさい!!」

「いででで!!」

 

背中に回された腕がこれ以上にないくらいきつく狭くなり、情けない声が上がる。香りも一層強くなる上に、身長的に千景の頭に鼻がぶつかって強制的に嗅がされる。

 

(...あぁ、そっか)

 

千景はなんてことない赤と黒をベースにした私服。可愛いが露出は少ないし、見たことのあるものだ。でもこうしてドキドキ_______いや、興奮している。

 

つまり、俺は_______どんな服であれ、勇者部の皆に、大事に思う女の子に寄られるとダメなのだ。

 

(でも、こんな風に流されるのはダメだろ...!!)

 

「耳が弱いの、知ってるんだから...」

「っ!?」

「そうなんですか...どーですか?」

「!?!?」

 

後ろから耳元で囁いた友奈の声が、こしょこしょと囁かれたものが、どうしようもなく心を揺さぶってくる。

 

(でも、これは...こんなんじゃ...)

 

「...堕ちなさい」

「あっ」

 

千景の言葉に、俺は。

 

「ダメだぁぁぁぁぁ!!!!」

「あっ」

「椿先輩!?」

 

暴走した理性が、宛のない走りをさせた。乱暴に二人を振り切り友奈の家から飛び出して走り続ける。

 

「可愛いんだから自重しろぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

 

 

「と、いうことがこの前あったんだが...助けて」

「地獄に落ちろ」

「なんでだよ」

 

裕翔はそう言って、俺の話を一蹴した。

 

「よく流されなかったな」

「頑張ったわ...」

「流されて全然良いのにね」

「へ?」

「いや完全に本番秒読みじゃん。据え膳じゃん。寧ろ一周回ってお前が欲望を持って男として正常だったことに嬉しささえ感じるよ」

「えーと...よくわからんがその後の話もあるんだよ。あれからあの二人目が合うとすぐそっぽ向くようになってさ、最近やっとそれが直ってきて...特に千景の方は最初罵倒してきたのに、最近は友奈より近くにいる感じしてさ。本能抑えるためにどうにか手を打ちたいんだが...」

「本能抑える必要ある?」

「あるだろ?あんな可愛い奴らに迷惑かけるわけにはいかないんだから」

「迷惑だと思ってないだろうね。うん。やっぱお前地獄行け」

「なんでだよ!」

 

 

 




以前の東郷さんとひなたのが気になった方は、20話にありますので...

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