「は?」
時が止まった。と言えばいいんだろうか。周りから聞こえていたノートをとる音は消え、チョークを刻む音も消え、石化したかのように動かなくなる。
「...どうなって」
「あんた動けるの!?」
「風?」
唯一、近くの席で授業を受けていた風だけが俺以外で動いていた。
「やっぱり...ついてきて。あとスマホ忘れないでね!」
「?...どうなってんだホント...」
わけのわからない状況の中、銀が呟く。
『樹海化...!』
----------------
銀が『勇者』というお役目を務め、死んで、俺の中に入り込んでから、俺は銀のやっていたことを聞いた。
『アタシ死んだらしいし時効?だろ?』
確かに死んだやつから聞きました。と言えば大赦につれてかれてもそのまま病院送りだろう。
曰く、四国以外の世界を滅ぼしたのはバーテックスなる異形の怪物。そいつらに対抗するため、神樹様と大赦は勇者システムを開発し、バーテックスと戦う力を得た。
勇者システムというのは神樹様から力を受けとるらしく、人間離れした力で外から神樹様に迫るバーテックスを追い払う。というのが、お役目らしい。
その時世界に直接的影響を及ぼさないよう神樹様は時を止め、特殊な世界を作る。これが樹海化。
(...つまり、迫るバーテックスを止めなきゃ四国滅亡。止められるのは選ばれた勇者のみ...ゲームかよ)
「お姉ちゃん!」
「樹!よかった...」
「大丈夫か?」
「古雪先輩も!?皆が固まっちゃって、それで...」
「よく聞いて。アタシたちが当たりだった」
その時、辺りが白く光る。瞬きした後には、一面が樹木に覆われ、おとぎ話にでもでてきそうな空間が広がっていた。
「...なんだここは」
「椿も樹も、疑問はあるでしょうけど...まずは友奈と東郷と合流しましょ」
スマホを見つめて動く風についていくと、二人を無事に見つけることができた。
「風先輩!?皆!」
「一体何が...」
「ふぅ...皆よく聞いて。勇者部の部員にダウンロードしてもらったアプリ。その隠し機能は、この事態が起きた時に作動するようになってる」
「隠し機能...風先輩は何か知っているのですか?」
「アタシは...大赦から派遣された人間なの」
「大赦って...神樹様を奉ってるあの?」
(全員の頭に疑問マークがついてそうだな)
俺は前から銀の話を聞いていて、なんとか普段の冷静さを保ててはいるが、他は無理もないだろう。
「ここは神樹様の作り出した世界?」
「バーテックスを倒さないと世界が終わる?」
「そう。世界の恵みである神樹様の元にバーテックスがたどり着けば、世界は滅ぶ」
「っ...」
(...!)
風達の話には一切入らず辺りを見ていると、異形の怪物が姿を見せた。
「なんだありゃぁ...」
(あれがバーテックスだよ!)
「へぇ...」
「あんなの...どうして私達が...戦えと言われても無理よ!」
「戦う意志を示せば、アプリの機能がアンロックされて、勇者になれる」
「勇者...?」
突然バーテックスが動きだし、地面を揺らした。
『キャー!』
「無理よ...あんなのと戦うなんて」
東郷が始めに弱音を吐く。
(俺も、異常なことが起きすぎて逆に冷静になってるだけだがなぁ...)
勇者部に入ったとき入れたアプリを開くと、確かに以前は見なかったボタンがでかでかと表示された。
(...これで、勇者になれるのか?)
(前のとはちょっと違うけど、間違いないよ!)
先代勇者からのお墨付きは得た。あとは勇者となるかどうか。
(...なるに決まってんだろ)
(椿?)
「友奈は東郷と樹を連れて逃げて!」
「は、はい!」
「お姉ちゃん!私は一緒に行くよ!」
「樹...」
「何があっても一緒に...」
「っ...椿は?アンタは」
「なるよ。勇者。ここで動けてるってことは、俺にも素質があるってことだろ?」
「え、えぇ...男の勇者なんて聞いたことないけど」
「...よしっ」
一呼吸して、アプリのボタンを押した。
辺りがさっき見たように白く光る。中学の制服から、燃えるような赤い装束に変えられる。
光が弾けて消えた時には、俺は見たこともない衣装に身を包んでいた。同じく風は黄色、樹は黄緑の衣装に身を包んでいる。
(うぉー!これアタシが使ってた奴じゃん!)
「どうやったらあれ、外に追い返せるんだ?」
「追いかさなくていい。この場で倒せばいいのよ。ダメージを与えればバーテックスは御霊を吐き出す。それを破壊するのよ」
(アタシ達の時は追い返すことしか出来なかったけどなぁ...倒せるようになったのか!!)
「今は精霊が力を貸してくれる...行くわよ!」
風はどこからともなく大剣と犬の様なゆるキャラを作り出し、切り込んでいく。樹も後から続いた。
(...落ち着け。落ち着け)
「フォローくらいしろっての...結城、東郷、安全な場所まで連れていくぞ...といっても、どこが安全なのかはわからないけど」
「古雪先輩、私のことはいいから友奈ちゃんを守ってあげてください」
「東郷さん!?」
「車椅子の私はご迷惑に...あたっ」
「アホ言ってる暇あったらさっさと逃げるぞ。見捨てるくらいなら肉壁になった方がましだ」
「っ...」
「そうだよ東郷さん!」
一応樹海の中でもバーテックスから影になっている場所まで連れていく。
「じゃあそこで待ってろ。俺も前に出る」
「先輩...」
何か言おうとしている結城を置いてひたすらバーテックスに向かう。
「俺の武器は...」
念じると、手元に二つの斧が出てきた。武骨なそれは確かに強そうだ。
『アタシの武器じゃん!もうこれアタシのなんじゃね?』
「お前にはやらん!精霊は...いないのか」
『アタシの時もあんなゆるキャラいなかったなぁ...新しいシステムなのかも?』
「へぇ...まぁいいや」
全力で動いていたからか、風達が慎重に進んでたのか。あっという間に風達の元にたどり着く。
(ここまできたら...もういいよな)
「椿!」
「あのバーテックスを倒せばいいんだろ?周りの白いのは?」
「バーテックスが吐き出した取り巻きよ。初めてだし慎重に__________」
「了解」
「あ、ちょっと!」
「古雪先輩!?」
----------------
『なぁ椿、アタシの方が慣れてるし代わるぞ?』
「いいから黙ってろ。銀」
バーテックスを見た瞬間、ある希望が見えた。勇者になった瞬間、それは現実となった。
「よぉ。バーテックス」
異形の怪物に挨拶する。勿論返事はない。
ある種の興奮、ある種の希望。
この力があれば______銀の敵が討てる。
「お前を許すつもりはない」
弟思いで、友達思いで、トラブル体質で、優しくて、綺麗で、かっこよくて、かわいくて、好きだった銀はもういない。
確かに俺の元には今、銀の人格が存在する。だが『三ノ輪銀』という一人の少女の人生は終わってしまった。神と化け物の戦いに巻き込まれたせいで。
「さっさと死ね」
だから俺は、敵をぶちのめせることに笑顔を作りながら__________両手の斧を振り回した。
ゆゆゆシリーズはヒロイン力高いキャラが多くて誰の話を書こうか悩みます。