ゆさゆさと体を揺らされる。
「......もう少し...」
眠たい俺は転がって布団から出た。
(...あれ)
俺は普段ベッドで寝ている。布団から転がったら床への転落が待っているはずで__________それはなかった。
「...あー」
ぼけ~っとしながらまぶたを開けると、太陽の光と樹の顔が見える。
「おはよ...樹」
『おはようございます』
「うーん...樹!?」
ガバッと起きると、見知らぬ部屋で寝ていた。
(...いや違う。旅行中じゃん)
思い返せば昨日から訪れている旅館だった。
『今九時です』
「もしかして起こしてくれたのか?」
『はい。皆はもう海に行ってます。私が起こす係りに任命されました(^^ゞ』
ペラペラとスケッチブックを捲るだけなので、この時間には起こすよう決め、必要なことを書いといたのだろう。
『ご飯はここに用意してもらいました。顔洗ってパパっと食べちゃってください』
「わかった。ありがとな」
注文通りさっさと顔を洗い、ついでに浴衣から着替えて水着も履いておく。
「いただきます」
そうして飯を掻き込んでいった。樹をあまり待たせるわけにはいかない。
『お姉ちゃんから聞きました。元気になったみたいでよかったです!』
「みんなに心配かけたんだな...本当悪いことをした」
『古雪先輩、私は歌のテストの時みんなに助けられました。私じゃ頼りないかもしれないですが...次からはちゃんと言ってくださいね』
「頼りないとは思ってなかったよ...でも、ごめん」
普通はありえないあんな話を信じてくれるとは思わなかった。自分が吐露するところまでいけてなかった。
(結局信じられてなかっただけか...みんなに申し訳ない)
「樹はなんだかんだしっかりしてるしな」
『ホントですか!?』
「風の悪いところをカバーして、良いところを増してる印象だな...ご馳走さま!お待たせ。行こうか?」
『はい!中に水着着てるのでそのまま行けます!』
「俺も。さっさと行かないと怒られるもんな」
----------------
「友奈ー!東郷ー!スイカ持ってきたぞー!」
「あ、椿先輩!樹ちゃん!」
古雪先輩と樹ちゃんは旅館の方からスイカを持ってきていた。
「旅館の人がくれてな。せっかくだからスイカ割りでもしようぜ」
『お姉ちゃんと夏凜ちゃんはどこですか?』
「二人ならあっちで競泳しに行ったよ」
「じゃあ呼んでくるか。皆は待っててくれ」
スイカだけ置いて歩いていく古雪先輩を見て、私は息をついた。
「先輩、本当によくなったわね」
『ですね♪』
「やっぱり楽しいのが一番!」
昨日、知らない間に友奈ちゃんは古雪先輩のお部屋に行ったらしい。話をして、結果先輩は昨日までとは別人のようだ。
(友奈ちゃんは凄いな...)
「連れてきたぞー」
スイカ割りに挑戦するのは樹ちゃん。友奈ちゃんも古雪先輩も風先輩もそれに声をあげている。
「樹ちゃん右ー!」
「あはは、なにその構え!」
「お前の真似だろ」
「え、あたしあんなん?」
そっちを眺めていると、夏凜ちゃんが静かに私の隣まで来ていた。
「なんだか、気にかけてて損した気分だわ」
「夏凜ちゃん、凄く心配してたものね」
「な、わ、私は別に心配なんて...!」
相変わらず夏凜ちゃんは分かりやすくて面白い。
(友奈ちゃん...)
勇者部の中心で笑う彼女の親友であることが嬉しくて誇らしい。
「今度はあんたが遠い目してるわよ。東郷」
「...なんでもないわ」
「夏凜ちゃーん!東郷さーん!スイカ食べれるよー!」
「行きましょうか」
「そうね」
----------------
海で遊んで、露天風呂に入って、ご飯を食べて。全部昨日と似たことな筈なのに、全てが違って感じた。嬉しいし楽しい。
(銀も、どっかから見て楽しいって思っててくれればいいな)
「......」
ただ。
「あたしここね」
「ジャンケンじゃないの?」
(忘れてたー!)
二日目の夜は他の部員と同じ部屋で寝ることを完全に忘れていた。俺の部屋に置いていた荷物は全てがこっちの部屋に移されていて、全員浴衣に着替えた現在布団の敷く場所を決めている。
「いやあの、俺は押し入れの中に...」
「椿はここね!」
せめてもの抵抗として誰とも近寄らなくてすむ押し入れに逃げ込もうとするが、布団に押し倒された。
「お前らホントにいいのか?なんか間違いあったらどうするつもりだ?」
「椿がそんなことするはずないでしょ」
あっけらかんと言う風に対し、俺の心は晴れないままだった。
(俺だって男子なんだが...信頼されてるって言われれば嬉しいけど、複雑な気分...)
「大人しくしなさい。わ、私は椿を見張るから隣にするわね」
「部長として右に同じ」
「...あーもー好きにしてくれ」
『お姉ちゃんがすいません』とスケッチブックを向けてくる樹に迷惑をかけまいと「大丈夫だよ」と口パクした。
結局布団三枚を横並べにし、それが二列。左から順に、風 俺 夏凜と、樹 友奈 東郷になった。
「中学生が集まって旅の夜どんな話するか分かるわね?」
「辛かった修行の体験談とか?」
「ふっ...痛っ」
素で返す夏凜に思わず笑ってしまったが、すぐさま蹴られて顔をしかめた。足は出さないでほしい。
『コイバナ...?』
「流石樹!というわけで我こそはという人挙手!」
結果は無言だった。
「意外だな。皆かわいいからあるかと思った」
夏凜は勇者として頑張っていたから外すとして、友奈_______は東郷と互いにずっと一緒だから近寄れる男子がいないのだろう。犬吠埼姉妹は分からない。
(そういえば風は...)
「あ、あははー」
「素でこういうこと言うんだよな...椿は」
『...』
「誰もないのー?」
「そういうあんたはどうなのよ」
「ふふふ...聞きたい?」
「え、あるの!?」
「風先輩あるんですか!?」
(寝るか)
「あたしチア部の助っ人した時、汗をほとばしらせ、長い髪を揺らしたあたしのチア姿に惚れた人がいてさ!『デートしないか』なんて誘われたもんよ!」
「へー...本当なの椿?」
「全く信じられてない!?」
「疑う気持ちもわかるが真実だよ。当時は部活で集まる度に進捗言われたんだから」
「あんたも災難ね...」
この話はもう何十回と話しているため慣れた。だから裏事情に関してもすらすら言葉が出てくる。
「でも一年生だった当時部活は俺と風の二人きりでな。その男子はデートより勇者部の活動を優先してた風を見て、俺と風が付き合ってるんじゃないかと思って諦めたらしいぞ」
「そこまでいっちゃうのあんた!?」
「風先輩は自分のことより勇者としての活動を選んだんですね」
「風先輩すごーい!」
「あぁ、うん...そ、そうよ!」
『お姉ちゃん...素直になろうよ。絶対お姉ちゃんの望む形にはならないから』
「うー...」
何故か唸りだした風は、標的を俺に定めた。
「そういう椿はどうなのよ!あんただって勇者部に出てたじゃない!」
「俺?俺は...」
ここで望まれているのは勇者部にいた期間。それで浮いた話は__________
「あるぞ、中一の時告白されてる」
『!?』
全員が言葉にならない驚きを隠せないでいた。
「え、嘘、聞いてないんだけど!?」
「もしかして椿先輩って付き合ってるんですか!?」
「あんま話すことでもないしな...付き合ってたらこの部屋にいないだろ。流石に」
話すには少しトラウマが抉られる内容だが、皆興味津々そうなので口を開いた。
「えー...中一の時は男子でかなり人気な女子だったな」
「どうしてお断りしたんですか?」
「関わったことないのによく話したことになってて、紙に書いてたこと読んでたから。大方罰ゲームで皆が作った文を読む。そんな感じだったんだろ」
「うわぁ...いるのねそういうの」
『災難でしたね』
「実際そのせいで部活遅れて風に怒られるし酷かったわ」
「あたしより酷いじゃないのよ」
「ネタ出せって言うからだろ...」
『じゃあ椿先輩、もし勇者部の誰かと付き合うなら誰がいいですか?』
「へ?」
その文字を見て、周りが固まった。主に前と左から息を飲む音が聞こえてくる。
「えーと...ノーコメントで」
『えー』
「いや...これからも一緒にいたい奴等と気まずくなってもなぁ」
『なら許します』
どうやら尋問は終わったらしい。
「樹...」
『まぁまぁ』
「はぁ...次友奈!なんか際どいやつ!」
「えぇ!?そんな無茶ぶりを...」
「際どい話なら任せてください!」
目を爛々と輝かせた東郷から聞かされたのは怪談で、そう時間を置かずに寝ることにした。二名ほど気絶で就寝していたが。
(東郷の話は怖すぎる...)
俺も怪談話で目が覚めてしまい、夜だというのに眠気は全くない。
(昨日寝すぎたのもあるか...)
うとうとしたりぼーっとしてると、衣擦れの音が聞こえた。
「んー、東郷さん...」
「ごめんね友奈ちゃん、起こしちゃった?」
(東郷と友奈か。幽霊でも出たかと思った...)
「肌身離さずだね、そのリボン」
「事故で記憶を無くしたとき、握りしめていたんだって。誰のものか分からないけど...とても大切なもの...そんな気がして」
「そっか...」
そのリボンの正体を、恐らく俺は知っている。だが真実は知らないから、何も言うことはできない。
「と、東郷さん!?何で泣いてるの!?」
「...私ね、怖いんだ。無くしてしまった記憶がすごく大切だった筈なのに思い出せない...そして、同じくらい大切な友奈ちゃんたちとの記憶も消えちゃうんじゃないかって」
誰も起こさないよう静かに、東郷の声が部屋に響く。
「勇者部が毎日楽しいと思えば思うほど凄く怖いの」
「東郷さん」
「っ...ごめんね。一人でいるとつい悪い方向に考えちゃって」
「勇者パンチ!」
「あうっ」
割りと痛そうな音が聞こえて、俺は目を開いて少しだけ様子を伺った。
(なにやってるんだ)
「今考えてもしょうがないし、水臭いよ東郷さん。そういうときはいつでも私を頼ってほしい」
「っ!」
「笑えるときはいっぱい笑おう。泣きたいときは一緒に泣こう。例え忘れても...また一緒に思い出を作ろう」
「友奈ちゃん...」
「私は、みんなはいつでもそばにいるから!」
きっと、この話を盗み聞きするのは良くないだろう。今さらながらにそう思って、目を閉じる。
(そのみんなの中に、俺も入れていればいいな)
そんなことを願いながら。
----------------
朝起きたら風に抱きつかれてて驚き、起きた風に殴られて嘆いた。
二泊三日の旅行が終わり、既に全員と別れて帰路についている。
『部屋に帰るまで携帯見るの禁止!!』
突然言われたお達しに疑問を浮かべながら帰るとすぐ家についた。両親は仕事でいない。
「ただいま」
かなり長い間この家から出ていた気がして挨拶してから入る。
(髪切らないとな...)
長くなった黒髪も今さらながらに気になって、床屋の予定を立てながら部屋へ。
「...?」
部屋に入ると、銀との写真が飾られているだけの机に見知らぬ封筒が置いてあった。
「なんだこれ...俺宛?」
裏に『椿へ』とだけ書かれた封筒をあける。
「っ!!」
読み終わってからスマホを確認。『ありがとう』だけ送ってから家を飛び出た。
視界がぼやけながら向かうのはもう一つの俺の家。
「お邪魔します!...お前ら!」
「にーちゃ...ぐぇ」
三ノ輪兄弟を見つけて、俺は涙を流しながら抱き締めた。
「ありがとう...ありがとう」
「にーちゃん苦しい」
「にーに...」
封筒の中身は、勇者部と兄弟が俺に書いた手紙だった。旅行でいない間に二人が置いたであろう物をみて、いてもたってもいられなかった。
(銀、お前の兄弟にも救われたよ)
いつか舎弟にしてやると可愛がっていたあいつがこれを見れば、成長したと泣くだろうか。
(勇者部のみんなにも救われた...お前ともっと一緒にいたかったけど、離れてしまったなら見ていてくれ)
俺とあいつは『魂』で繋がっている。そう確信して、もう一度二人を抱き締めた。
(お前が「椿の体差し出せばよかった!」って駄々こねるくらいには、羨ましい生活してやるよ!)
椿復活!ということで旅行編でした。
次は短編か本編か...どうしよう。早くあの子を出したいな...