というわけで、いつものように短編です。
(あ、弥勒さん)
放課後のチャイムが鳴る高校。下校時間が近くなってきたので、図書室から荷物を持って帰ろうという時、廊下の奥から弥勒さんが見えた。
「わたー!?」
「あーあぁ......」
自分の視界を塞ぐくらいに高くなってるプリントを運んでいた彼女は、予想通りぶちまけた。見過ごせる筈もなく側へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「古雪さん...大丈夫ですわ。この程度私(わたくし)には造作もないこと...今日勇者部は?」
「俺は休み。数学でちょっと分かんない所があったから詰めといた。あっちに行くと園子が教えてくれるけど自力でやりたかったからな。そういう弥勒さんは?」
「私は先生からこれを頼まれまして...」
話ながらプリントを拾って整えていく。その過程で見た資料は、生徒会からの学内アンケートのようだ。
(まさか、全校生徒分か...?)
「これを一人で?」
「コピー機を弄って運ぶだけですわ。大した仕事ではありません。一度に持って行こうとしたのは失敗でしたが」
「...じゃ、半分持ってくよ。どこまでだ?」
「いえ!私だけで......生徒会室までお願いいたしますので、そんな睨まないでくださいまし」
ざっくり半分くらい纏めたプリントを抱え、廊下を二人で歩く。放課後ということもあり、遠巻きに聞こえる運動部の声以外は静かなものだ。
「女子一人に頼む量じゃないよなぁ」
「そんなことありません。何より弥勒家の名の再興は、こうした小さな仕事をコツコツした先にあるものですから」
「.......弥勒家、か」
弥勒さんがことあるごとに言っている自分の家名。彼女は家名をあげることをかなり大切な部分に置いている。
「古雪さん?どうかしまして?」
「あぁ、いや....弥勒さんにとって名をあげることが大事なのは知ってるけどさ、俺は今一共感出来ないから」
俺なんて、よくある普通の家庭の生まれだ。家柄なんてものを気にしたことはないし、『古雪』という名字に特殊なこだわりもない。この普通じゃない状況になったのは、俺ではなく俺の隣に住んでた奴が普通じゃなかったからだ。
だから、園子みたいな家柄の苦悩、弥勒さんみたいな名声を高めようとすることが、本人にとって大切であることは分かっていても、理解しきれない。
「では古雪さんにも弥勒家の歴史について」
「いやそれは間に合ってる」
「何でですの!?」
「もう三回くらいは聞いてるし...そうやってすらすら自分の家のことを語れるのも凄いと思うけど」
「当然のたしなみですわ」
「...何でそこまで出来るんだ?」
俺の問いに、弥勒さんはうーんと唸る。
「なかなか難しい質問ですわね...幼い頃からなので、詳しい理由があるかと言われれば......」
「悪い、そんな気にしなくていいから」
「いえ。私もしっかりさせときたいので」
しばらく唸った彼女は、答えを得たのか口を開いた。
「私は、弥勒家の人間であることに誇りを持っています。なので、その大切な誇りを通し続けるために。でしょう。後は弥勒家の歴史をより後世に残すため。というのもありますね」
「いや、本当凄いな。そう思えるのって」
「古雪さんも大赦から戦衣を用意して貰うくらいには、勇者部の方々と一緒に戦いたかったのでしょう?そうやって守りたいと思うことは、十分誇って良いことだと思いますわ」
「...誇り、かぁ」
俺はやりたいと思ったことをしていただけで、それが誇りだと言われると違和感しかない。
「うーん...ピンとはこないわ」
「では、勇者部の活動や、今こうして私の手伝いをしてくれていること。古雪さんが自分で誇りに思うことはなくても、奉仕活動は素晴らしことでしてよ?」
「......奉仕してるって感覚じゃねぇし。弥勒さんだってそうだろ?」
家の名を上げるためとは言っても、この人が純粋な損得だけを考えてやってるわけではないと思う。それはこれまで関わっていれば分かることだ。
「ていうか、俺はある程度のリスクリターンは考えてるし」
「本当に無茶な時は命を投げ出さんとしますのに?」
「それは...」
「私だって皆さんから聞いてるんですわよ?貴方のこと」
「くっ......」
声に詰まるのも仕方ないことだった。思い当たることが多すぎる。
「お、俺だって芽吹から聞いたぞ。防人隊の殿をしてたあいつに無理やり付き合ってきたって」
「シズクさんや雀さんもいましたし、他の方々だって迎撃はしましたわ!それに貴方の特攻なら千景さんからも聞きましたわよ!」
「うぐっ」
西暦時代まで入れられたら勝ち目はない。
「...降参だ降参」
「ふふふ...その降参、受け入れてあげますわ」
「ありがとうございます...っと、ついたな」
片手片足を駆使して扉を開ける。生徒会室なんて初めて入ったが、書類が多いくらいで大して変わらない_______
(いや、何で冷蔵庫...?)
「んー!」
「?何やってんだ?」
俺が冷蔵庫に気を引かれているうちに、弥勒さんはプリントを置いて背伸びをしていた。自分の身長にプラスしてまで伸ばしている手の先は、一面の壁に詰め込まれているフォルダの一つを取ろうとしていた。
「あれに一枚入れといてくれと頼まれたのですが、届かなくて...!!」
しかし、あと一歩の所で指が届いていない。
(よりによって最上段とか...てか、頼んだなら出しといてやれよ)
「ちょっと動くなよ」
弥勒さんのすぐ後ろに立ち、手を伸ばす。男子からすれば高いとは言えないくらいの俺の身長だが、何とかフォルダを手に取ることができた。
「ほい。取れたぞ」
「あ、あの...」
「!」
弥勒さんの方を向いて、ようやく俺は自分の失態に気づいた。
弥勒さんが動く前に俺はフォルダを取る作業に入ってしまい、壁と俺の間に弥勒さんが入った状態になっている。加えて、俺は壁に寄りかかるため左手を壁に伸ばしている。
客観的に見れば______迫っている、もしくは襲ってるようにしか見えない。
「悪い!気づかなかった!」
急いで離れて、フォルダを雑に机に置いた。変な汗もぶわっと出てきている。
「き、気にしなくて結構です...」
彼女も彼女でぎこちない感じを隠さずにプリントを入れる。
「これで頼まれていた作業は終了です」
「お、おう...そのままでいいだろ。帰ろうぜ」
荷物を持って、学校から出ていく。生徒会室であったことの緊張感も少し抜けてきていた。
「にしても、すっかり遅くなっちゃったな...弥勒さん、バイク乗ってくか?送ってくぞ」
「いいんですの...?」
「暗いしな。女子一人をそのまま帰らせるわけにはいかん」
「いえ、そうではなくて...さっきのこと気にしてるのは私だけでしょうか......?」
「ん?」
「......では、お言葉に甘えますわ」
「分かった」
バイクを置いてある場所まで移動して、座席の下からヘルメットを二つ出す。基本は俺一人だが、もう癖で二つ入れっぱなしだ。
「自分だけでつけれるか?」
「平気でしてよ」
「んじゃはい」
ヘルメットをつけてもらってる間に、こっちでバイクを起動させる。
(ライトも必須だなー)
夕焼けが見えてた筈が、もう真っ暗。四月ならこんなもんだろうが__________
「あ」
「どうかしまして?」
「あ、えと、うん......なんでも」
確か、四月の末近くに隣を歩く彼女の誕生日があったはずだ。以前芽吹から聞いた。
(どうしようか...ついでに何か聞いてみるか?)
まだ勇者部ではどういう誕生日パーティーにするか決めていなかった筈なので、サプライズにすることも考慮して慎重に聞かなければならない。
(自然な話題を...あるじゃん)
記憶を巡って不自然にならないよう会話を広げる構想を立てる。
「そういや、さっき弥勒さん家の名を大切にしてるって言ってたじゃん?」
「え?えぇ」
「それ以外に大切にしてるもの...とか、これは欲しいものとかってないのか?あんま弥勒さんから聞いたことないなと思って」
「.......基本ないですわね。こう買うと決めたものはその場ですぐ買ってしまうので」
「直感派かー」
難しそうだと感じながら、二人分の重さを乗せたバイクを走らせる。
「あ、私、古雪さんにして欲しいことならありますわね」
「.......アルフレッド?」
「アルフレッドではありません!」
「他に弥勒さんが俺にして欲しいこと...」
「それですわ!」
「?」
「なぜ『弥勒さん』なんですの!?」
「んー...?」
確かに前から弥勒さんと呼んでいるが、別に何か理由があるわけじゃない。最初は皆名字で呼ぶし、さんをつけてるのは何となくだ。
「同学年ですし、弥勒で良いんですのよ?」
「お前がそれで良いなら...弥勒。これでいいか?」
「はい。完璧です」
「はは...」
高校から勇者の住む寮はバイクであれば、夜道に気をつけてもそれなりに早くつく。
(別に、弥勒って呼ばなくてもいいんだわな)
弥勒さん_____弥勒は、ちょっとからかいたくなる。反応が面白いから。
「ほい到着」
「ありがとうございます」
ヘルメットを外す彼女から受け取って、バイクの中にしまった。
それから、バイクのアクセルをつけながら。
「じゃあな。夕海子」
「はぅわ!?」
捨て台詞を告げながら、その場を離れた。
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『...ってな感じで、結局誕生日何が良いか聞けなかったんだが......芽吹はなんか良いの知ってる?』
「はぁ...」
風呂上がりに入っていた椿さんのメールに従って電話をかけてみれば、そんな言葉で締められた。
『一応そのあと弥勒から連絡来たんだけどさ。さっき言った最後のセリフのせいで話振れる感じじゃなくて』
一応どんな形で二人のメールが続いたのか見たいと言うと、スクリーンショットを送ってきてくれた。
『古雪さん!!私のことは弥勒で良いので!!弥勒家の名を刻んでください!!』
『悪かった悪かった。でも、夕海子だって御両親がつけてくれた大切な名前だろ?しかも、それはお前だけを表すものだ。どっちも大事にしてけよな』
それから、弥勒さんの返信はないらしい。
(いや、それは...)
こんなことを言われれば、普通に恥ずかしいだろう。弥勒さんが自分の名を大切にしているのは、防人の隊長としても、仲間としても知っている。いや、それを抜きにしても恥ずかしい。
椿さんも、こういう事は本気で言う人だと分かっているし。
「椿さん、弥勒さんのことはよくからかいますね」
『え?あぁ...勇者部であそこまで気軽にからかえる上にオーバーリアクションな奴はいないからな。珍しくて楽しんでるのかもしれん。夏凜は昔やり過ぎて蹴られたこともあるし、他の奴は報復とかありそうで......ちゃんと努力してたり、根は真面目なのも知ってるけどさ』
「そうですね...でも、ひとまず椿さん、それ勇者部の他の人がいるなかで言わないでくださいね」
『え?なんで?』
「椿さんを思ってのことです」
『?ま、まぁ分かった』
きっとその事を言えば、聞いていた人の半分くらいは椿さんにからかわれるために色々やるだろう。もしくはからかってくるか。
悪いことだとは思わないけれど、その時の椿さんの心労は私の予想なんて軽く越えていく筈。
だから一応、やめておいた方が良いと釘をさしといた。後は本人の責任だ。
『それで、本題なんだが...』
「うーん...確か以前、新しい紅茶の茶葉が欲しいと言っていたような気がします」
『芽吹はそれ買う予定か?』
「いえ。椿さんがよければそれを用意してもらって大丈夫ですよ」
『お、じゃあそうするか。サンキュー芽吹』
その後、軽く話して通話を切る。
「はい、はい...おやすみなさい......ふぅ」
(弥勒さん...お疲れさまでした)
きっとまだあわあわしてるであろう先輩を思い、私は寝る準備を始めた。
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(あーもう!!なんなんですの!なんなんですの!?)
スマホに見える、一つの文面。
『悪かった悪かった。でも、夕海子だって御両親がつけてくれた大切な名前だろ?しかも、それはお前だけを表すものだ。どっちも大事にしてけよな』
(くぅぅぅ...!!)
顔が無性に熱い。今まで弥勒という家名を誇りとしてきた私は、名前も大切だなんて言われ慣れてないから_______
(絶対あの方はなんの動揺もなく返信してるに違いないですわ!!うぐぐぐぐ......)
返信画面は、未だに真っ白いままだった。
「本当に、あの人は...!!」
弥勒呼びに他意は特にない。同学年の他の方々と比べてもさんづけされてる方がいないから軽い気持ちで言っただけだ。
なのに、突然名前で呼ばれるわ、その前は生徒会室で_________
「ぬわーっ!!」
後日。普通に『弥勒』呼びしてくる古雪さんを見て、どこか落ち着いてる自分がいた。
だから、誕生日プレゼントと言って紅茶セットを渡すときだけ『夕海子』と言うのは本当に心臓に悪いからやめてほしかった。