「うーむ...」
俺の家から数分圏内にある最寄りのスーパー。その店の中で俺は一人、誰にも聞こえないような声で唸っていた。
(どうしよーかね...)
右手で足りなかった調味料を選び取りながら、意識は左手で握られた買い物カゴにぶち込まれたあるものに向けられている。
特段珍しい物は入ってない。よくある野菜だ。問題は量。
(流石に人数が少ないなぁ...)
タイムセールで手に入れたお徳用野菜詰め合わせ(戦利品)は、安さに目を引かれて一先ずカゴに入れたものの、ぶっちゃけ余る量だった。
かといって戦争を勝ち抜いて手に入れた物を後から戻すのも気が引ける。まぁ冷蔵庫に入れとけば良い話なんだが、いかんせん我が家の冷蔵庫は買ってきた物を多く詰め込めるスペースはない。
まず今日の目的が調味料の補充だった為、仕方ないことではあったのだが。
(隣の家に持ってくか、作らせてもらうかなー...昼飯ついでに)
自分の中で意見が一纏まりしたところで、見知った顔が俺の目の前を通りすぎた。
「棗?」
「?あぁ、椿か...驚いた」
あまり驚いて無さそうに見える顔をした棗の左手にも、買い物カゴが握られていた。
「珍しいな。こんなところに一人なんて」
「寮の近くにあったスーパーが休みでな...それに、一人じゃない」
「あれ?椿さんじゃないですか」
彼女が指差した先を見ると、雪花、歌野、水都、そしてしずくがいた。
「これまた珍しい組み合わせ」
「たまたま寮に残ってたのがこのメンバーでして。そしたら私達だけで買い物して、ご飯作っちゃおうかと」
「食べに行くのも考えたんですけどね」
「成る程な」
「あー、椿さんそれ手に入れたんですね!見せてもらっても良いですか?」
俺のカゴに食いついてきたのは歌野。
「えっ...あぁ、そういうことね。はい」
農業王は野菜を詰め合わせをまじまじと見て、角度を変えてはうんうん頷いている。
「これ程の物をこの安さで...私も見習わなくちゃならないわ」
「中学生が経営の話をするとはな」
「いえ、うたのん、今日はお休みしてる商店街の八百屋さんに、ホワイトスワン農場って名前で野菜渡してたりしてて」
「え、既にやってんの?」
初耳な水都の話に、歌野の行動力なら割とやりかねないことも分かっていても驚くしかなかった。
「殆どは福祉施設に渡したり、土地を借りてくれてる大赦に渡してますけどね...はい。ありがとうございます椿さん」
「お、おう...なんなら持ってくか?取りはしたが保存きく量じゃなくてな」
「うーん...悩ましいところではありますが、椿さんが手に入れた物ですし」
「まぁ、確かにそうなんだが...あ、そうじゃん。お前らもこれから飯なんだろ?うちで食べてかないか?」
「え、良いんですかそんなこと言って?」
「まぁ平気だろ。寧ろ俺としては助かる」
野菜を痛ませることなく使いきれるなら、良いことだろう。料理の負担は一人分を作ろうとしてる時点で大して変わらない。
「...私は嬉しい」
「古雪さんが平気なら、ですけど...あ、私もお手伝いしますし」
「みーちゃんだけでなく私もやりますよ!」
「皆がそう言うなら、お言葉に甘えますかね」
「ん、楽しみ」
「決まりだな。そうすると...」
家に残ってるだろう物を思いだし、幾つか候補を出す。
(一応聞いてみるか...)
「お前ら、何か食べたいのあるか?」
「蕎麦で!」
「ラーメン」
「ラーメンかにゃー」
「沖縄そば」
『......』
「ぁわわわわ...」
「......」
これだけ早く聞かなきゃよかったと後悔するのも珍しい。
(そうか、こいつら...)
慌てている水都も基本は蕎麦派のため、この場にいる全員がそれぞれ好きな麺類がある_______ みかん好きの俺と加賀城さん、鰹好きの弥勒を除いた大派閥であるうどん派と違う麺が好物なのだ。
普段からうどん派と争ってるからか、己の意思を貫く力が強い。
「皆、よく考えて。このネギ!蕎麦の上に盛り付けるには最高よ!」
「...ラーメンの上にもネギは出来るし、他の野菜も使える」
「そーそー。この際私は徳島ラーメンでも構わないし。第一今日のご飯は野菜を沢山使うためのでしょ?」
「かき揚げにすれば良いのよ!野菜かき揚げに!!」
「......沖縄そば」
意見を纏めるどころか開戦しそうな雰囲気にため息をつく。せめてこっちに飛び火がこなければほっとくだけで________
「二票でラーメン」
「甘いわね。みーちゃんをトゥギャザーして二票よ!」
「私は...椿を取り込もう」
「俺を巻き込むな!?」
思っていた矢先にこれである。
(全員それぞれのリクエストを作るのは流石になぁ...)
「それなら私達が取り込んで蕎麦三票に!」
「...ラーメンに来てもらう」
「てか、しずくだけじゃなく俺を入れればもう三票なんだよ!相手が悪かったな!」
「なっ!?シズクさんはズルいわよ!」
「ナイッスしずシズコンビ!」
「......うん。はじめに聞いた俺が悪かったから。お前らこれ以上このお店で騒ぐな!!」
店員さんと他の客の目に耐えられなくなった俺は、急いでレジへ向かった。
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「残り物もこれでよし...」
「椿さん!野菜切り終わりました!」
「おう、ありがとう...流石だな歌野。めっちゃ綺麗に切られてる」
「野菜に関しては誰にも負けませんので!」
農業王を名乗る者として、野菜の扱いは何においても負けるつもりはない。
「栽培して配って自分で扱えて...農業王は伊達じゃないな」
椿さんはそんなことを言いながら、鍋に野菜を加えていく。
結局、お昼ご飯は焼きそばになった。
『うちで焼きそば作ります。家にあるし野菜も沢山あるので。異論は認めません』
椿さんが好きな料理にしたというよりは、私達の言い争いを止めるために提案(命令)したって感じだった。文句は誰からも出ず、そのまま決定。
一応全員が希望していた麺類ではあるし、まず彼は好きなのがみかんで得意料理が焼きそばって感じなこともあったと思う。
「蕎麦も余ってたことは、言わない方がいいだろうなぁ...」
「今蕎麦って言いました!?」
「言ってないから落ち着け。あと雪花、悪いんだけどテーブル片付けといてくれない?しずくはレンジにある奴運んでもらって、水都はそこにあるので拭いて、棗は椅子を頼む」
「お任せを!」
「分かった」
「わ、分かりました」
「了解」
人数が多すぎて調理場に立てないメンバーが準備してるのを見て、私はお皿を用意し始めた。
「椿さん、どの食器使います?」
「右上の楕円深皿。後左側にあるタッパーも頼む」
「はーい」
『流石に六人前を一度に作れるフライパンはないから二回に分けるけど、それはそれで余るからな。隣にお裾分けする。冷蔵庫の残りも出すから量も十分だし、俺も買いすぎた物を減らせるし、一石三鳥くらいだろ』
さっき言っていたことを思い出して、恐らく隣に届ける用であろうタッパーも取り出した。
「皿はテーブルに。フライパンごと持ってくから。そしたら皆と一緒に待っててくれ」
「洗い物しときますよ?」
「......じゃあお願いするわ」
「?」
「あぁ、いや...我が家で料理する奴って少ないから新鮮だなって」
「園子さんとか銀さんとかはしないんですか?」
「俺があっちに行くことが多いからさ。あいつらの家とか、犬吠埼姉妹の家とか」
(女の子の家に通されて料理していく男性...)
変ではないけど、珍しい部類だとは思う。農業王(私)が言うことでもないかもしれないけど。
他に話すこともなく、洗い物してる私には水の音とかき消されて聞こえにくい皆の声だけがなんとか届いてくる。隣の椿さんは何も言わない。
(でもこの感じ、悪くないわね)
二人でいるには少し手狭なキッチンで、料理と後片付け。よくある家庭はこんな感じなんじゃないだろうか。
「はい完成。全員席につけー」
『はーい』
テーブルに布の鍋置きが置かれ、その上にフライパンが乗る。
「鰹節、青海苔はお好みでっと...じゃ、ちゃちゃっと隣に届けてくる。急ぐけど取り分けたら先食っててくれていいからな!」
そのまま、椿さんは焼きそばの入ったタッパーを持って家を出ていってしまった。
「......そこは、急ぐから取り分けたら食べずに待っててくれ。じゃないのね」
「古雪さんらしいというか、なんというか...」
「...これで先に食べる人、います?」
「ううん」
「いないだろう」
全員の意見が一致したところで、とりあえず取り皿には移しておく。
「椿さんのぶん、どのくらいにします?」
「...多目?」
「それなりには食べるんじゃないか?」
「じゃあこのくらいで」
「雪花さん、もう一盛りしましょう!椿さんならノープログレム!」
「あいよー」
後はそれぞれが食べられそうな量を入れてくと、フライパンの中身は殆ど無くなった。
「...椿さんのお皿を!」
「このくらいなら誤差ですよね誤差!!」
「なんだか二人、テンション高い」
「気持ちは分かる。美味しそうだからな」
「ただいまー...ってなんだその量!?」
「椿さんのぶんですよ」
「!?!?」
いつの間にか山になった焼きそばに「マジかよ...」と呟きながらも、大人しく席に座る椿さん。
「てか、食べててくれて良かったんだぞ?」
「そういうわけにもいきませんから!」
「そうだ。作ってくれた人を待たずにどうする」
「お、おう、なんか悪いな......え、えーと。じゃあ冷める前に食べますか」
『頂きます!』
----------------
「けふっ...」
周りに聞こえないよう配慮しながら、口から空気を抜いていく。
(いや、流石に食い過ぎだって......)
残したぶんは冷蔵庫へ。と思っていたのだが、皿に盛られたのを食べきってしまった。まぁ、ギリギリ食べきれる範囲だったからこそ残す気にもならなかったのだが。
(...喜んで貰えたし、よしとするか)
麺類戦争を回避し、平和に昼を食べれた。皆が口を揃えて美味しいと言ってくれた。
(いや、わざわざ好きじゃないみたいな言い方する奴はここにいないだろくけど)
お世辞で言ってきてるとは少しも思ってないが、お世辞で言われても嬉しいものなのだ。このメンバーから言われて嬉しくない筈がない。
「...さて、お前らこれからどうすんだ?」
ここで洗い物の話をすると、皆が気遣ってくるからしない。
「お昼以外の予定入れてなかったんですよね~」
「お昼も予定が入ってたとは言いにくい...」
「だねー。どうしよっか...棗さん何かあります?」
「...そう言う雪花は?」
「特に無いですねー」
「...ゲーム」
「しずく?」
「このまま家で、ゲームは、どう?」
しずくのゆったりした口調で言われる提案に、全員が顔を見合わせる。
「良いわねしずくさん!それにしましょう!」
「椿、何かあるか?」
「勿論あるぞ。六人で遊べる奴だとトランプとかボードゲームとかか?」
「んじゃまずそれで!」
「分かった。取ってくるわ」
物置部屋に入れてたボードゲームやらトランプやらを取り出して、リビングまで戻る。皆はお行儀よくテーブルを囲っていた。
(あー、でも洗い物どうしよ...)
「椿さん早くやりましょう!ここ座れますから!」
(......後でいっか)
皆の顔を見たら、自然と座っていた。
「まず何やる?」
「定番のババ抜きしましょう!」
「お?私強いぞ~?」
「こっちにはみーちゃんがいるわ!」
「あれ?私そんなに強くないよ...?」
「てかまずチーム戦じゃないんじゃ...?」
カードをシャッフルして配りながらも、和気藹々とした会話は続く。
「うーん...どうせなら優勝賞品とか決めません?」
「いいだろう」
「何にします?」
「...今日の夜、好きなのを指定する」
『!!』
バッと全員が俺の顔を見た。
「...あ、夕飯もうちで食うか?」
「椿さんが迷惑じゃなければ」
「迷惑なんて思わな.....い、ぞ」
言葉の途中でまた麺類戦争に巻き込まれてしまったことに気づくも、時既に遅し。発した言葉は戻らないので、もう諦めた。
「...じゃあ、勝者は今日の夕飯の献立決定権な。始めるぞ」
「負けられない戦いが!」
「ここにある...」
「絶対」
「勝っちゃいますよ!」
「あ、あはは...」
全員がカードを持って________ほんのちょっとだけ、追加で買い物に行かなくて良いから蕎麦派が勝たないかな。なんて思いつつ________熱くも和やかな午後の一時が始まった。