「椿様ー!宿題見せてくれ!!」
「はいよ。丸写しはするなよ」
「サンキュー!」
皆さんこんにちは。俺の名前は倉橋裕翔って言う。今回は俺の親友、今宿題を貸してくれてる古雪椿について語ろうと思う。
本格的に俺達が話すようになったのは中学二年から三年になるくらいの時だ。一応初めての出会いは小学校の廊下になる。卒アルで確認したんだが、同じ小学校だったらしい。クラスは別だったから知らなかった。
『小学校の時と今はだいぶ違うからな...』
本人曰くだが、昔は今よりやんちゃだったとか。
頭がかなり良く、運動神経も悪くない。小さい頃から料理もやってて焼きそばを貰ったことがあったが滅茶苦茶旨かった。かといって鼻につくような態度もなく、特に女子に優しい。高校になってからは俺が煽ったせいもあってか人気の奴になってる。
一般的な女子なら、彼氏にしたい人の典型例みたいな奴だろう。だが、案外こいつに告白するなんて奴は少ない。というか俺の知る限りゼロ。
「おっはよー椿、裕翔」
「おはよう風。なんか機嫌いいな」
「朝卵割ったら黄身が二つあってね。こりゃラッキーデーですわ~って!」
理由は言わなくても分かっていた。競争率が半端なく高いのだ。
まず、中学からの友人、犬吠埼風。
「あぁ、はい。これ今日のぶんね」
「ありがと」
弁当を椿が貰う光景は、うちのクラスにとって何ら不思議なことじゃない。最初は冷やかしてた奴等も今では何も言わなくなった。
なんなら俺は中学から見たりしてるから、大して何か思うところはない。今でも二日に一度渡している姿を見る。
ちなみに別の二日に一度は、別の人が作ってくれたのを朝受け取っているらしい。
「今日はどうするの?確か用事あるんだったわよね」
「春信さんのことか?それなら昨日電話だけして終わったから、勇者部行けるぞ」
まぁ、嫌な言い方をあえてするなら、風だけなら蹴散らせば良い。それが出来ない理由が、こいつらの所属する部活、勇者部だ。
中学にある、ボランティア委員会の部活版みたいな所。なんとそこの部員は最近20人を越えたらしいのに、椿以外全員女子なのだ。椿本人も高校生になったのに入り浸ってるわ、部室には風と同じかそれ以上の奴等が沢山いるわで、椿の攻略が無理ゲーだと感じる人が少ない筈もない。
「今日の依頼は?」
「大きいのはないわね。週末幼稚園でやる人形劇に向けての練習がメインかしら」
「音源は揃えたぞ」
「流石音響担当!!」
「今回全員女子役なのに、俺が出る必要もないからな」
(......)
ここまで話して、ふと疑問に思うことがあった。
「?裕翔?」
「あぁはい何でしょう」
「いや、何でしょうじゃないんだが...もうすぐホームルーム始まるけど、写し終わったか?」
「もうちょーっと待っててくださいね!」
全てを忘れて、一先ず作業を終わらせるためシャーペンを走らせた。
「あー楽しかった!!」
「久々に走り込んだわ...」
午後の時間の体育は急遽鬼ごっこになり、久々に小さい子供みたいに楽しんだ。
「よくあんなに追われてて捕まらなかったな?」
「追いかけてくる人から逃げるのは慣れてるから...」
どこか遠い目をした椿は、雑念を振り払うように頭を振ってさっさと着替え始める。本人曰くそれなりに鍛えてる体が露になった。
「......」
「なんだよ」
「なんでもないわ」
「ふーん...朝もそんなだったよな?なんか悩みごとか?」
「え、えーと...」
「?」
本人に言うのは恥ずかしいが、言わなきゃ多分心配してくる。仕方なく、覚悟を決めた。
「いや、なんでお前は俺と仲が良いのかなーって」
「は?」
「だってさ?あんま似てる所もないし、俺はお前ほど優秀でもないのに、何でお前は俺の相手してくれるのかなーと...」
「なんだそれ」
「お前バカか?」とでも続きそうな言い方をしてくるこいつに、俺は一瞬押し黙った。
「まず俺、自分をそんな優秀だと思ってないし。能力おばけなら近くにいるんでな...相手してるのは、お前から来るからじゃん」
「た、確かに......」
「ま、それも嫌じゃないけどさ。仲良いことに理由なんているか」
ぶっきらぼうに言うこいつの言葉に、俺はちょっと感動した。
(これが勇者部を落とす無自覚テクか...)
「それに、お前にも良いとこあるの、俺含め何人も知ってるし...」
「つ~ば~きぃ~!!」
「やめろ引っ付くな着替えろ!」
結局その後は何もなく、普段通り下校時間になった。朝からモヤッとしてた部分はきれいさっぱり無くなったけど。
(いやー気分が良い。今日は帰ってゲームするかぁ...)
宿題もやろうかなーなんて、帰った後の予定を立てながら鞄を_________
「...ん?」
よく見ると、鞄のサイドポケットに何か入っていた。俺は普段何も入れない場所だから目につく。
適当にそれを取りだし________叫んだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
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「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「うるせぇよ!!!」
ついさっき別れの挨拶を済ませた奴の絶叫に、反射的に文句を言う。教室に響き渡る声は実際マジでうるさい。
「全く...常に冷静に、優雅である必要がありましてよ?」
「あんた椿の声でちょっとびくついてたじゃない?」
「うぐっ...」
「あ、ごめん弥勒」
「べ、別に気にしてませんわ!私(わたくし)驚いてませんので!」
「つぅぅばぁぁきぃぃぃぃ!!!」
「うぉお!?」
勇者部四人で固まっていた所、俺だけ裕翔に連れ去られる。廊下から男子トイレの近くまで無理矢理やられたところで、俺はこいつを振り払った。
「なにすんだよ」
「こ、こここ、これ...」
「ん?」
渡されたのは、白い紙。
「...手紙?」
中からもう一枚の紙を取り出せば、尖った感じの文字でこう書いてある。
『果たし状。明日、放課後、屋上にて待つ』
「...なにこれ、決闘の申し込み?」
「ラブレターだろ!?これ!?」
「えぇ...」
とてもそうには思えない文面を見るが、当の本人はにやけていた。
「きっとラブレターって思われるのが恥ずかしくてこんな文で送ってきたんだよ...可愛くない?」
「いや、これは普通に」
「ついに俺にも春が...青い春が...」
「......」
多分俺を連れ出した理由は、これをラブレターだと確認して欲しかったんだろう。だが俺はそうは思わないし、こいつはこいつで聞く耳を失ってしまった。
「やったぜ......」
(...ま、いっか)
それでも強く言わなかったのは、というより言えなかったのは、親友と呼べるこいつが凄く喜んでいたから。だろう。
この手紙の意味が何であれ、今俺が何か言う気は起きない。
「あ、それでだな椿!」
「ん?」
「なんか告白を受ける上で注意することってあるか?」
「いや、何で俺に聞くし...」
「だって椿じゃん!頼む!!」
「...はぁ。分かった。取り敢えずバッグ取ってくるわ」
「よっしゃあ!!」
仕方ない感じを出しながら、ひとまず教室に戻る。待っててくれてた皆に事情を軽く説明すると、揃って許可が出た。勇者部への依頼として受け取ったんだろう。
「あいつから椿にそんな依頼なんて珍しいんじゃない?」
「俺もそう思う」
ただ、例えあれが告白するための手紙だったとして、俺はあまり不思議には思わなかった。たまにウザくうるさいことを除けば、友人ひいきしなくても好きに思う人がいてもおかしくないと感じるのだ。
(寧ろああいった人が好きってのも普通にいるだろうし...)
俺を頼ってきた理由は分からないが、普段から依頼され慣れてる勇者部だからとか、そんなところだろう。まぁ俺としても嬉しいことだし、何かしらアドバイス出来れば__________
(にしてもあの文字、どっかで見たことあったような...?)
「どうした椿?難しそうな顔をして」
「棗...いや、別に......あ」
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「......」
一歩一歩ゆっくり階段を歩く。ゆっくりなのはあまり体が動かないからだ。
それでも階段の段数には限りがあって、あっという間に屋上へついてしまう。
「...」
唾を飲み込む音がやけに響きながら、その扉を開けた。
「来ましたか」
開けた先には、一人の女の子だった。確か二つくらい隣のクラスだった気がする。話したことは全然ない。
ただ、それが全く気にならないほどに、俺は緊張していた。
「え、えっと...これ送ってくれたのは、君かな?」
どことなく椿の真似が出来ないか試しながら、手紙を見せる。手を自分の後ろに回してる彼女は、それに頷いた。
「あってるよ。それを送りつけたのは私」
「そ、そっか...じゃ、じゃあ、話って何かな?」
思ってた以上に回らない口を悔やみつつ、緊張でどうにかなりそうな心臓を抑えて返事を_________
「は?話なんてないけど」
「......へ?」
そう言った彼女は、手を前に持ってきて______握っていた竹刀を俺に向けた。
「!?」
「さぁ、覚悟して」
「え、え!?ちょっと待って!?あれラブレターじゃないの!?」
「はぁ?そんなわけないでしょう。ちゃんと果たし状を送ったはず」
「いや確かに果たし状だったけど!?照れ隠しとかじゃ!?」
俺の言葉が琴線に触れたのか、明らかに彼女はイラついた。当てられる覇気に思わず声をあげてしまう。
「照れ隠し...?憎悪こそあれ、照れることなどない!!覚悟しろ!!」
「何でぇ!?」
「はぁぁぁぁ!!!」
「いやぁぁぁ!?」
突如襲ってきた彼女を背に、俺は屋上から階段へ走っていく。さっきまでのドキドキは全く別のものに変わっていた。
「どうなってんのぉぉぉぉ!?」
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「ファンクラブ?」
「あぁ。それなりに人数もいるらしいぞ」
あいつが屋上で色々やってそうな______というかやられてそうな時間。部室にいる風とそんな話をしていた。ちなみにファンクラブの対象、棗はここにいない。
「棗みたいなタイプは女子にも人気が出るんだろ。具体的な数とかトップが誰かとか知らんが、あの学校にそういう団体がいるのは確かだ」
「へー...で、それに目をつけられたってこと?」
「だろうな」
心当たりがあるとすれば、この前あいつが消しゴムを忘れた時、棗が貸すだけじゃなくそのままあげたことだろうか。それ以外にもやってるのかもしれないが、俺には分からない。
(プレゼントなんて、普段なかなかしないもんな...)
風に海産物を渡してる棗だが、学校ではそんなこと出来ないし、知ってる人は少ない。
俺がファンクラブの存在を知ってるのは、一度話したことがあるからだ。果たし状を見た時の既視感は、自分も似た文字を貰ったことがあったからだった。
『一度だけで良いんです!!私達に棗様とお近づきになるチャンスを頂けないでしょうか!?』
あの時は何人の相手をしなきゃいけないのか分からず、全部のセッティングとか面倒すぎるので『棗はそういうの気づくぞ。仲良くなりたきゃ自分で頑張りな』と言ってあしらったのだ。
その数日後、棗の机に可愛いラッピングがされたプレゼントが大量に置いてあったのは覚えてる。
「ま、とにかくあいつが期待してるようなものにはならないだろ」
「言ってあげなかったの?」
「言える雰囲気じゃなかったんだよ」
昨日の放課後から今日の放課後直前まで、とても言える雰囲気ではなかった。
「ま、明日になれば話してくるだろ」
『よくも棗様からぁぁぁぁ!!!』
『やめてぇぇぇぇぇぇ!!!!』
聞こえた気がした叫びを無視して、俺はくすりと笑った。
(仲良い理由は、あいつの周りにいて飽きないから、なんて理由もあるのかもな)