「お、お邪魔します...」
「へいへいつっきー。そんなに固くならなくてもいいんだぜ?」
「いや、改めて見たらちょっとな...」
学校よりも広大な敷地を見えなくする玄関という名の門。大赦の一番お偉いさんの家なわけだし当たり前ではあるのだが、緊張感を拭うことは出来ない。
(今の園子は銀と一緒に別のマンションで生活してるし...この家だったら流石に足がすくむからよかったかも)
「そうですよつっきー先輩。ご先祖様も」
「あ、あぁ...見る度に、未来の私は何をしたのか気になるな」
「世界の勇者、若葉ちゃんですもん。このくらい当然ですよ」
「そういうひなたも、上里家として有名だろう...」
それにしても、歴史的も有名な家系のご令嬢二人に、その礎を作りし先祖。更に同じくらい有名な家系の先祖。
(...このメンバーに挟まれてる俺って、家柄的に場違いな気がする......)
ごくごく普通の家系である俺は、微妙なところだ。
「ささ、どうぞ~」
今更感じたところでどうしようもないことを思っていた間に皆が門をくぐってしまい、俺は置いてかれないように後へ続いた。
今日園子の家、しかも乃木家が使用している方に俺達が来たのには、ちょっとした理由があった。
『乃木家の家系図が見つかった?』
部室で若葉と園子が話していたことを要約すると、部屋の掃除をしていた園子が家系図を発見、それに興味を持った若葉が見たいと言った。
乃木家以外の俺とひなたは、片や園子に来てと言われ、片や若葉ちゃんのことは何でも知りたいと言い。
「ひっろ...」
「さ、流石に落ち着かない広さですね...」
応接室とやらに通された俺達が来た理由は、そんなもんだった。
「じゃあ私の部屋にする?この前綺麗にしたばかりだし...」
「うん、そうしよう!つっきー、皆、こっちこっち!」
「おい園子、引っ張らなくても大丈夫だから...」
俺の言葉に聞く耳持たない様子の園子に手を引っ張られ、俺は歩く速度を揃えた。元々普段が周りに合わせた速度なだけで、このくらいなら速いということもない。
「やはり園子さんが最大の...いえ、銀さん?結城さん?」
「ひなた?何をしている?」
「あぁすみません若葉ちゃん。今行きますね」
後ろもついてきたようで、家の広さの割にはあまり歩かずに目的地についた。
「はい、どうぞ~」
「お、おう...おじゃま、します」
園子の部屋_____家の外観からは想像できない可愛さが、壁紙やベッド、その上に乗った人形で表現されている_____を見て、今更女子の部屋へ通されたことに気づいた。
(最近住んでないとはいえ、園子の部屋なんだよな...これならさっきの場所でもよかったかも......)
女子の部屋に入ることはよくあることだが、ここまで女の子らしさを出してるのはそうない。油断しきっていた俺は静かに唾を飲み込んだ。
「随分可愛らしい部屋だな」
「園子さんらしいです」
「「えっへへ~」」
二人の園子は揃えて笑えば、揃えて何かに気づいたようで「あ!」と声を出す。
「じゃあ私、飲み物取ってきます!」
「私もちょっと準備~」
「じゃあ手伝うよ」
「あぁ。椿の言うとおりだ。客人が何もしないのもな」
「客人だからこそ、ですよ~。待っててくださいね!」
「あ、おい!」
目にも止まらぬ速さで部屋から消えていく二人。俺と若葉は追おうとするが、既に角を曲がっていた。
(追う...のは無理か)
通いなれない広大な家、二人の案内がなければ迷子になりかねない。大体あぁなった園子達は良からぬことを考えてることが多いが__________
「...はぁ。仕方ない。大人しく待つか」
「それしかないだろう。だが幸先が良かったかもしれない」
「ん?」
若葉の言い方を疑問に思うが、次の瞬間には解消され、同時に声をあげた。
「何してんだお前」
「園子のメモを探している」
言いながらも、ベッドの下を覗き込む彼女。
「元々今日来た目的の半分はこれだった。椿もよくやられているだろう?最近は私をよくネタにしていると本人から聞いてな。一度お灸を据えなければと...」
「いや、だからってお前...」
確かに俺も、何度も何度も小説のネタにされているし、メモに俺の想像以上のことが書かれてるだろうことは否定しない。まぁいいかと思う反面、自分の中でいい加減やめてくれと思う時があるのも。
しかし、部屋の主がいない間に探すのも怪しいラインだ。何より__________
「...止めないのか?」
「昨日もお話したんですけどね。若葉ちゃん、最近凄いことをやってしまったみたいで...聞く耳持って下さらないんです」
「そ、そうか...」
「ひなたにはすまないと思う。だが私は...椿も一緒にどうだ?」
「......いや、やめとくよ」
今の園子はここを使ってないため最近のメモがあるとは思えないし、メモ帳を奪ったくらいで反省する奴でもなければ、パソコンなりUSBなりに保存はしてるだろう。若葉のしていることは言ってしまえば『無駄』の一言なのだが__________本人の鬼気迫る顔で何も言えなかった。
ひなたに助けを求めても、結果は同じ。
(一体園子の前で何やらかしたんだよ...)
「でも、ほどほどにしとけよ。お前だって他の人に物色されてらやだろ?第一もしヤバいのが見つかったら...!!!」
俺は思わず目を見開く。脳が処理した情報は、俺を色んな意味で壊すのに十分だった。
----------------
「何でそんなにフラグ回収すぐなんだよ!?えぇ!?」
椿が怒るのはかなり珍しい。普段は落ち着いているし、からかうことはあっても優しく、大声を出す時は困った時や指示を出す時だ。銀曰く『一人でゲームやってる時は口が悪くなる』らしいが。
後は、怒るときは大体、自分じゃなくて周りの人のことに対して。それが私の知る椿だ。
「いいか!?この際俺のことはどうだっていい!!今回見られて嫌な思いをするのは自分じゃなくて園子なんだから、もう少し考えろ!」
目の前で仁王立ちする今の椿は、間違いなく怒っていた。困っているから。なのかもしれないが、怒られている立場である私には、それをとやかく言える権利などない。
「以上!!終わり!!」
「すまなかった...」
「はぁ...謝るのは俺じゃないだろ?掘り返すというか、知らない本人に言うのも気まずいけどな......」
すぐにいつものように戻った椿に、少しだけほっとする。多少なりとも怖いと思うのは、椿が年上の先輩なんだと感じたからなのか。正座したまま見上げると、怒鳴っていたからか、頬を赤くした彼がいた。
私は園子がメモ帳を隠していそうな隅っこを漁り__________すぐに見つけた。メモ帳ではなく、下着を。手にとってしまったが最後、それは私を嗜めていた二人も見てしまったわけで。
(素直に申し訳ない...)
「お待たせしました~」
「した~」
「「!?」」
「あら」
当然、考えている間時間が止まる筈もなく、園子達が入ってきてしまった。
何故か、メイド服と呼ばれる格好で。
「そ、園子?なんで急にその格好...二人してサイズぴったりだし」
「この前掃除してたら見つけたんだ~。似合うかな?」
「......あ、あぁ...」
「つっきー先輩聞こえませんよ?もっと大きな声で」
「...二人とも可愛いよ!これでいいか!?」
「ありがとう。嬉しいよ~」
「ったく、こっちはもう手一杯だってのに...」
「つっきー?」
「...若葉」
「あぁ......」
だいぶ疲れている椿に指示されて、私は正座のまま頭を下げて説明した。
包み隠さず全てを話終えても反応がなく、上を見上げると________頬を赤く染めて膨らましている園子がいた。小さい方は普通にしている。
「そ、園子...」
「私のだけど、私のじゃないですし~」
「......つっきーにも、見えたんだね?」
「はい」
「...若葉さん、嫌い」
「ぐはっ!?」
普段はご先祖様と言って慕っていてくれる彼女がわざわざ別称で突っぱねた対応をしてくるのは、私自身が思っていた以上に心に響いた。
「...俺すげぇ気まずいんだけど。自分のせいじゃないのに園子が嫌がってるのは俺の責任だし。ひなた帰らない?」
「今は大人しくしていてください」
「はい」
(聞こえているぞ二人とも!!)
中学生園子はそれどころじゃないようで、小学生園子の顔色は変わらない。
「そ、園子、許してはくれないだろうか?」
「...若葉さんは何でこれを見つけたんですか?掃除して見つけられなかった場所から」
「それは...お前のメモを奪おうとして」
「......」
彼女は服のポケットからメモを取る。それはまさしく私が欲した物だ。
「これ新品ですけど、毎日その日にあった私の喜びそうな出来事を書いて私に渡してください。いいですか?」
「え、いや、これ30枚は」
「これでも少ない方ですよ。いいですか?」
「...はい」
有無を言わさぬ園子に、私は完全に屈伏した。
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「ホントはあーんとかするつもりだったのに...くぅ」
(もう寝たいなぁ...)
若葉が地味にキツそうな罰を了承した後、園子はいつも通りになった。あの反応を見るに今回のことは狙ってのことではなかったんだろう。
(ヤバい。無心、無心...)
さっきまでのことを思い出さないようにするには、なかなか刺激が強く。それでも抑えなきゃいけないのはなかなかに精神的負荷が高かった。
何故かメイド服姿の園子が右腕をがっちり掴んでいれば尚更。
「あの、園子...?」
「何?」
「......何でもない、です」
園子のなんとも表現しにくい顔を見て、俺は口を塞ぐしかなかった。普通に気まずい。あと可愛い。
「それで、これが若葉ちゃん達の家系図ですか...」
「うん。私達もまだちょっとしか中身は見てないんだ。それですぐ呼んだから、ちゃんと見てないよ」
これからやっと今日の目的だというのだから、尚更気は重かった。
(にしても、若葉は見たいんだろうか...)
「どうした?」
「いや、何でもない」
将来自分が誰と結婚するか、子供は何人いるのかなんて知りたいだろうか。
(...怖いのか、俺)
詳しいことは分からなくても、過去の歴史をねじ曲げた俺だからこそなのかもしれない。これを見ることで若葉に影響があって________最悪、園子という存在もなくなるかもしれない。なんて考えてしまうのは。
記憶は失くなるとはいえ、どうなのか。
(俺だったらどうするだろうか...)
「じゃあ、オープン!」
思考に耽っていたところで園子が開く。割りと真新しく見える紙が開かれていて、そこには__________
「ここが園子さんですね」
「あぁ。親御さんに、その親、最後は......」
「これは...」
全員が固まる。園子ちゃんが代表して『乃木園子』と書かれた場所から指を当てていき、そして。
「ご先祖様の名前じゃない?」
「というか、途中で切られているようですね...長く見積もっても150年前の代くらいまででしょうか」
ひなたの言うとおり、伸びている線は300年続いているとは思えない。理由はなんとなく察しがついた。
「どうりでな」
「椿?」
「これ、本物をコピーした奴だろ。やけに紙新しいし」
自分の家系図なんて見たことないが、こういうのは古い紙に書かれてるイメージだ。昔からの名家の重要書類ならなおのこと。
「第一園子が存在を忘れてるくらい小さい頃に貰って、放置されてた奴だぞ?そんな子供に本物を渡すとは思えない」
「あー...」
「言われてみればー...」
園子ズがそのことに気づかなかったのは意外だが、興味ないことは雰囲気通りふわふわしてるからと思い直す。
「じゃあ、見れないのだな...」
「......見たけりゃ見れるだろ?」
「椿?」
「これがコピーなら本物を見せてもらえばいい。園子の両親に頼んでさ。それに乃木家なら大赦が保管しててもおかしくない」
「確かに、そうだな...」
それこそ春信さん辺りに頼めば、上里家とセットで渡してくれるだろう。
「で、どうするんだ?」
「ひなたは自分の家系図見たいか?」
背中からの柔らかい感触を意識しないようにしながら、安全第一でバイクを動かす。
「見たくはないですね。将来どなたと巡り会うかというのを今知りたいとは思いません。見てしまったら意識して、それが変わるかもしれませんから」
「そっか...」
(若葉もそう思い直したのかな)
『私は、やはり見ないことにする』
若葉はそう言った。あっちの乃木家グループは今頃何を話しているのか_________
「それに...」
「ひなたさん?それ以上くっつかれると...」
「未来から来る。なんてこともあるかもしれませんから」
「へ?」
「なんでもありませんよ」
「!」
二人乗りだから仕方ないところはあっても、彼女はいつも以上に腹に巻いている腕をきつくしめる。その分俺達の隙間はなくなる。
おまけに、見えてはいないが、恐らく口を俺の服につけていた。むず痒さが背中を一気に駆け巡る。
「今は、貴方のことを考えるだけで一杯ですから」
もごもご動かされた口は、何を言ってるのかまるで分からなかった。
----------------
乃木家の家系図が見つかったという話を聞いた時は、園子以外自分の子孫がどんな名を継いでいったのか純粋に興味があった。継いでいったのは乃木の家名であるため、正確には名前は違うわけだが。
しかし、一度家系図を見ようとした時、なんとなく嫌な感じがした。なければいいな。なんて思った。
理由は分からない筈だったのだが________
『で、どうするんだ?』
椿から大赦に行けば分かると言われて、ちくりと胸が痛んだ。
(椿は知りたかったのだろうか...私の、相手を)
自分の未来を見ることなんて基本は出来ない。もし時代の異なる椿が気になるのだとしたら。
「つっきーのこと考えてた?」
「あぁ...っ!?園子っ!?」
「そんな驚くことないよ~。一緒に帰ってるんだもん」
「ご先祖様ぼーっとしてるから~」
園子ズは両側から私を見てくる。大赦に用があるひなたと、それを送った椿以外のメンバーで帰っているのだから当然だ。
「そんなことより、私がいつ椿のことを...」
「顔に出やすいから」
「何!?」
「その反応も証拠になっちゃってますけどね~」
「っ!」
既に失策だったことに気づいた私は、大人しく項垂れる。
「......自分の気持ちに折り合いがつかないんだ」
「「え?」」
「椿を見たら、自分の今後を見たくないと思ってしまった。どんな歴史を歩んだのか興味があったはずなのに...」
「...私から言えるのは何もないかな」
「園子?」
「今日の私は御先祖様に冷たいのです」
そのまま園子は一歩前へ出る。後ろ姿からはその言葉の真意が分からない。
「私も、ご先祖様自身が気づいた方が良いと思いますから~...園子先輩はつっきー先輩のこと大好きなんですよ?」
「!」
「?何故いきなりその話になる?」
「あとは自分で考えてください」
「そのっち、あれ言う必要あった?」
「だってそうですよね?」
「...今日はやられてばかりだよ」
ベッドに寝転がって、スマホを見上げる。このまま寝てしまえば顔に衝撃が走るだろう。
最も、今眠いと感じることはないが。
(園子は、椿を......)
夕飯も入浴も勉学も済ませたため、普段ならもう睡眠を取っていてもおかしくない。だが、私は未だにスマホを動かしている。
(......)
気づけば私は電話をかけていた。
『もしもし』
「や、夜分遅くにすまない。忙しかっただろうか」
『いや、ちょっと調べものしてたから平気だぞ』
「そうか...」
その言葉は私を気づかったものなのか、ただの事実か。
『それにしてもどうした?悩みごとか?』
「いや、そういうのとは、なんというか...」
『お前にしては歯切れが悪いな。なんか意外だ』
「え?」
『そういう時の若葉って、大体ひなたに相談してるから』
「ぁ...」
言われて気づく。どこか不安な時は、いつもひなたが側にいてくれた。だが今日はひなたを頼ろうともしていない。
「なぜだろうな...椿のことを考えていたからだろうか」
『へ?』
「......!!!いや!違うぞ!?別にそういう意味じゃない!!!忘れろ!!!」
『あ、あぁ...』
(くぅぅぅ~...!!)
戦いの後のように心臓がうるさい。今は通話だけだが、明日からどんな顔をして椿に会えばいいのか分からない。
『えっと...』
「なんだ!」
『お、怒らないでくれ...それで、何か話があったんじゃないのか?』
「......」
『今度は黙らんでくれ』
「ぅ...あのだな、その...ダメか?」
『何が?』
「...椿の声が、聞きたかった。用もないのに電話をかけるのは、ダメだったか...?」
『......どうした若葉、情緒不安定か?どうしたら直前の言葉からそれが言えるんだよ』
「じょ、情緒不安定等ではない。私は...」
言いたいことが全然纏まらず、口が塞がってしまう。
『...ふぅ。いいよ。たまにはそんな時もあるだろ。ここは先輩らしく寛大な心で』
「別に、お前のことを先輩だとは普段あまり思わないがな」
『今日の若葉おかしいぞ!?酒でも飲んでんのか!?』
電話越しでも慌てている様子がわかる椿の声を聞いて、私は笑った。
それ以上に、ふんわりと柔らかい安心感が、私を包み込んでいった。
(そうだな。私が聞きたかったのは...)
それから約30分程、二人だけで話をした。内容は大したものじゃない。
しかし、眠くなかった私の意識は、もの凄く微睡んでいた。
_________この感情を理解しきるのは、まだ、時間がかかりそうだ。