そして、今日はそんな新情報にのせて解禁された赤嶺さんの誕生日。おめでとう!リクエストを半分くらい混ぜて作りました。間に合ってよかった...!
古雪椿という人間を語る上で、どのくらいから詳しいと言えるのか。
香川県に住む高校生。みかんが好き。勇者部に所属。そして_______世界の例外とも言える、男の勇者。神に見初められし乙女と共に戦う異色の戦士。
前者は彼と知りあいなら大体分かる。後者は同じ勇者でないと基本は分からない。必然的に彼について詳しいと言えるのは、日常も共にしている勇者部が最も適していると考えられる。
「あいつソシャゲはやらないんだよな。外で暇な時は本読んでる。『勇者部で遊ぶことが多いのに、外でゲームに夢中になるのはぁ...ゲーセンは目的をもってそこに行くわけだしノーカンで。本はすぐ栞挟めば良いし』なんだとさ」
だから、目の前の人の話は勇者部の仲間ではない私にとっては珍しい話だ_________ただ、それに興味のない私は、早く帰りたくて冷たいジャスミン茶をストローで飲んだ。
(失敗だったかなぁ...)
『あれ?友奈ちゃんだっけ?』
『えっ?』
色々見たいものがあって来たショッピングセンターで買い物をしていた時、ふと後ろから声をかけられた。
その声に動揺してしまったのは無理もないと思う。この世界では私のことを呼ぶ男の人の声は、『赤嶺』と呼んでくるあの人しかいないから。
『あ、やっぱりそうだ。ほら、椿の友達。覚えてないかな?』
その言葉で、この人があの人の友人で、私は勇者部の先輩(高嶋友奈)か後輩(結城友奈)に間違われてるんだとすぐに気づいた。
でも、それが分かったところでこの人の名前が分かるわけじゃない。
『えーと...』
『覚えてないかー...』
『す、すみません』
『いいよいいよ。俺は倉橋裕翔っていいます』
『ご丁寧に...倉橋先輩』
『うん、よろしくー。椿と一緒に買い物?』
『あの人は来てませんよ』
『あ、そうなんだ。じゃああいつ別の子と出かけてんのかよ...羨ましぃ』
別に話を合わせる必要はないけど、一度認めた以上言い直すのは面倒だし、私が勇者部じゃない友奈だと説明するのもめんどくさい。
それに、私にはちょっと考えがあった。
『...あの』
『ん?』
『この後、お時間ありますか?私の知らないあの人...椿さんの、お話が聞きたいな。と』
『!いいよ。暇だしな!』
トントン拍子で進んだ話に、私は密かにほくそ笑む。まだ戦う相手である以上、弱点を把握出来るならその機会は多い方が良い。
そういう訳で、手近な喫茶店に入り、話を始めたのだけど_______
「後は最近、本の傾向変わったぽくてさ。本人は否定してたけど恋愛小説読んで涙目になってた」
「なにそれおもし...勧めてる子の選び方が上手いんだと思います」
勇者部の一人を思い浮かべながら、本音を隠して言っておく。
当然だけど、私と違う友奈があの人のことを好きで話を聞いてることになってるのだから、わざわざ弱点なんて話になる筈がない。そのことに気づいたのは話始めて少ししてからだった。
(どうしようか.. .)
悩んでいたところに、ぴっかーんと閃いた。
「あの、倉橋さん。私、やっぱりあの人に特別に見られたくて...何かドキドキさせられるようなところってありますか?」
「え、あいつの?」
「はい」
「うーん...男子の視点から言えばいくらでもあるけど、相手は椿だもんな...そんぞょそこらの正攻法じゃ意味ないし、勇者部で鍛えられてるし」
(鍛えられてるって...あながち間違いじゃないかもしれないけど)
「周りの奴から一歩リードするには、かぁ...あ、じゃあこういうのはどう?」
----------------
「じゃあ、俺はこれで」
「また明日ね」
「すっかり礼儀正しくなって...昔は『じいさん!』なんて言ってたのが懐かしいよ」
「や、やめてくださいよ。流石に今の年でそんなこと言えませんから」
「うん...分かってはいるよ。寧ろ嬉しいさ。しっかりした高校生で。部活も頑張ってくれ」
「はい」
「じゃあねー!」
「またねー!」
「おう。またな...また明日来ますね」
前半は弟達に、後半は御両親に向けて言って、ゲームしていた三ノ輪家を後にする。といっても目的地である俺の家は隣なので、意識しなくても当然たどり着いた。
「ふぁーぁ...んっ」
(冷蔵庫何入ってたっけ...うどん食いに行ってもいいかなー)
あくびを噛み殺してポケットから鍵を取り出しながら、夕飯の献立を考える。
「たでーまー」
誰もいないのは知ってるので、適当な声で玄関を開けた。
「お帰りー。もう出来てるから手を洗って席についてね」
「ん、了解。荷物置いてくる」
持ってた鞄を部屋まで運んで、とりあえず床に置く。それから洗面所で手を洗う。なるべく早くついてやらないと__________
「...んん?」
あまりに自然で逃してしまった違和感が襲ってきて、今度は走ってリビングまで戻る。扉を開けた先には何故かフリフリのエプロンをつけた赤嶺がいた。
「お帰りなさい」
「いやなんでいんの!?」
「なんでって当然でしょ?旦那様の帰りを待ってるのは」
「旦那!?!?」
突然のカミングアウトについ大声で返してしまうが、当の赤嶺自身は気にもしないで机を軽く叩く。
「ほら、折角のうどんが伸びちゃうよ?座って座って」
「い、いや、あの...」
「ほーら!」
「え、おい!は!?」
背中を押され、半ば強引に席に座らされる。目の前には湯気のたったカレーうどんが暴力的な香りを漂わせていた。
「はい。頂きますして」
「えーっと...」
「はーやーくー」
「......い、頂きます」
ゲームであれば『はい』と言うまで進まないイベントのようで、俺は仕方なく手を合わせた。箸も普段俺が使ってる奴だったため、麺をとった。カレーの絡まったうどんは光っている。
「ふーっ、ふーっ...うまっ!!」
「本当?よかった」
目の前の彼女はそう言って微笑む。その姿を見るのが気恥ずかしくなった俺は、またうどんを食べた。
カレーの旨味だけでなくしっかり出汁もきいていて、お店を開けるのではないかと疑うレベル。
「こんな料理上手だったのか...赤嶺は食べないのか?」
「あなたのためだけに作ったから...それと私、赤嶺じゃないんだけどな?」
「?」
「...古雪、友奈なんだけど」
赤い顔をして、指をつつきあっている赤嶺。俺は既に思考を放棄し始めていた。
(なにこれ、どうなってんの)
「...えーと、ゆ、友奈...?」
「なにかな?あなた」
「あなっ!?...あー、俺達、結婚してるのか...?」
「......どうしたの?まるで全部忘れてるみたい」
「忘れてるというか、なんというか...」
「疲れてるのかな?食べさせてあげようか?」
ひったくるように箸を取られ、彼女がうどんを掴む。
「ふーっ。はい、あーん」
「いや俺、それは...」
「嫌?」
「い、嫌ってのは...あー分かった分かった!食べる!食べますから!」
(どうなってんだ。全く)
長く深い息をつきながら、天井を見上げる。返事が帰ってくる筈もないので、ただもう一回同じ事をした。
突然俺の奥さんになったと言う赤嶺は、美味しいカレーうどんを作るだけでなく、掃除しといたという風呂を勧めてきた。結局抵抗出来ずに入っているのは今更な話だし置いておくとして、俺の記憶には赤嶺と家族になった覚えがない。
(俺もあいつも見た目が変化してるわけじゃない。俺の記憶だけ抜け落ちてる?もしくは遊んでる間にまた別の世界に来たのか?)
俺と赤嶺が結婚した世界というのは________
『おじゃましま...!』
「ホントに来るとは...」
突然風呂の外から音がして、予期していた俺は少しだるくなる。
『ねぇ、何でしまってるの?』
洗面所で風呂のドアを開けようとしてる赤嶺が、不思議な口調で言ってきた。本来うちの風呂場に施錠機能などないからだ。
そんな相手に、俺は平然と告げた。
「そりゃ俺が閉めたからな。お前が入ってこないよう」
やったことは単純で、内側につっかえ棒を刺して開かないようにするだけだった。
「お前が俺を風呂に入れた後自分も入るかもと思ってな。ホントにしてくるとは」
『...なんでダメなの?今日のあなたは冷たいよ......』
(え、何そのしゅんとした声...)
「え、えーと...頼む、少し一人にさせてくれ」
『...分かった。相談出来ることだったら何でも言ってね』
塩らしい赤嶺の声に、少しだけ後悔の思いが出てくる。とはいえこうする他の選択肢は不味いわけで。
(まーじで、どうなってんのかなぁ...他の皆に電話すれば分かることあるかな)
自宅の風呂なのに全く落ち着けないまま、また天井を見た。
風呂上がりで体を拭いたタオルを首にまいたまま、俺は部屋へ戻った。スマホは鞄の中に入れっぱなしだった筈だ。
「えーっと...あれ?」
中を漁ってもスマホは出てくる気配がない。
(もしかして服のポケットに入れっぱなしだったか?いやでもそんなこと...)
「ねぇ」
「!」
気づいた時には彼女が後ろにいて、俺の部屋のドアを閉めていた。
「お前...」
「私、不安だよ。帰ってきたらそんな反応で...私のこと、嫌いになっちゃった?」
「い、いや、そんなことは」
「ならどうしてそんなよそよそしいの!」
「うわっ!?」
彼女にぶつかられた俺はバランスを崩してベッドに倒れ込む。その上から彼女が乗ってきた。普段ない二人分の重量にスプリングが軋む。
「ちょっ、お前!」
「...もしかして、浮気?答えてよ...」
「ダメだって...!!」
肩を掴んで引き離そうとするが、離れるどころか近づかれる。
(一先ずどうにかしないと!!夫の俺が赤嶺を避けてても違和感ない理由を何か...!!)
俺達の顔の距離がいよいよゼロになろうとした時、俺は叫んだ。
「だー!!分かった!!白状する!!」
「何?誰と夜な夜な遊んでるの?」
「そんなんじゃない!!あの、えと、あ...友奈、お前の誕生日プレゼント、考えてたんだよ」
「!!!」
「もうすぐだろ?何にするか悩んでたんだが...こんなに心配させるなら素直に吐いた方がいいから......?」
言い訳じみたことを言っていても、彼女からの反応はまるでない。顔を見れば、目を見開いて固まっていた。
「...どうして」
「え?」
「どうして、知ってるの?私の誕生日」
「あれ?確か前に言ってなかったっけ?」
確か彼女の誕生日は、十月の頭の方だった筈。
「大体、嫁の誕生日くらい分かってとうぜ......なぁ友奈」
俺は自分で言いながら、ふと浮かんできた考えをそのまま口にした。
「お前、何で俺がお前の誕生日を覚えてることに驚いてるんだ?」
「......」
「夫だったら妻の誕生日くらい覚えてて当然だよな?」
「......」
スッとそらされる目。うまく吹けてない口笛。俺はゆっくり、沢山の空気を吸い込んで、吐き出した。
「何やってきてんだよ赤嶺ェェェ!!!!」
----------------
「お疲れ...」
「おう椿!お疲れ様だ...ってどうした?凄い疲れてないか?」
「球子...まぁな」
結局、あの後赤嶺には逃げられた。色々振り回された疲れもあって、俺は他人から見て分かるくらいには疲弊しているらしい。
「どうしたんだよ?何かあったのか?」
「何かあったというか、何も起こさないために頑張ったというか...いや、何でもない」
「そっか。タマに出来ることなら手伝うから、何でも言ってくれタマえ!」
「頼りにしてるよ...で、そっちは何をやってるんだ?」
勇者部の部室に置かれている机の周りに、結構な人だかりが出来ていた。覗いて見ると、同じく部で使っているパソコンに集まっていた。
「何かよく分かんないんだけど、皆覚えのない物があったんだって」
「覚えのないもの?」
「USBがこの机に置いてあったんだ」
言葉を続けてきた銀が来る。「疲れてるけど体調は大丈夫そうだな」なんて言って、俺の手をとった。
(てか、そんなすぐに分かられるのかよ...)
「中は動画になってるみたいだから、折角だし見ようぜ」
「動機とか方法とか分かんないけど、ウイルスの可能性もあるんじゃないか?」
「そこは須美の確認済み。大丈夫だってさ」
「ふーん...」
危険でないなら、見るくらいは良いだろう。外側にいた俺達は、皆の輪に混ざる。
「椿さんも見ますか?」
「あぁ。よく分かってないままだけどな」
「では、少し音量をあげて...皆さん、流しますね」
ひなたのクリックで、動画が始まる。十何秒経っても黒いままで、皆が疑問を持ち始めた頃_________
『やっほー、皆。赤嶺友奈です』
画面には、赤嶺が映っていた。ある事実に気づいた俺は足を部室の扉に向かわせたが、左手をがっつり銀に掴まれる。
「離して」
「ダメ」
「何で」
「お前が逃げようとしてるから」
「醤油豆ジェラート」
「うっ...でも大赦に頼めばお金貰えるし」
「大赦ぁ...!!」
皆に浪費癖がついたら絶対許さない。そして俺が脱出できない理由を作ったのも絶対許さない。今心に誓うも、それは全く意味を成さなかった。
『今日はあの人にドッキリを仕掛けようと思いまーす。事前に撮ってるから分からないけど、面白くなるんじゃないかな?』
「ドッキリ?」
「あれ?この部屋...」
銀以外にもちらほら気づいた奴が現れ、ちらちら俺の方を見てくる。
そう、赤嶺が動画を撮っている部屋は、まさしく俺の部屋なのだ。
『ドッキリの内容はー...突然私があの人のお嫁さんになってたらどんな反応するだろう?だよ』
『!!』
『じゃあ、スタート』
場面は転換し、恐らく隠しカメラの映像が流される。
『たでーまー』
そして、何も知らない俺が間抜けに入ってきた。
(あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?)
不味い。全体的に色々と不味い。というか恥ずかしい。
赤嶺自身にもカメラをつけていたようで、切り替わった映像は俺を正面に捉えている。
『お帰りなさい』
『いやなんでいんの!?』
『なんでって当然でしょ?旦那様の帰りを待ってるのは』
『旦那!?!?』
馬鹿みたいに焦ってる俺を映像で見て、俺自身も焦る。周りは大勢いるとは思えないくらい静まり返っている。
『...えーと、ゆ、友奈...?』
『なにかな?あなた』
「友奈って呼ぶんですね...私だけ、だったのに」
「えーと...な?友奈。俺この時色々慌ててたし、その...」
振り向いて凄い目を向けてきた友奈に、言い訳になってるのか分からないことを呟き続ける。その間にもあーんのシーンが映ったりと、どんどん俺の精神が削れていくので、俺は何も聞こえないよう耳を塞いだ。
「椿さんは、こういうのが理想なんでしょうか」
「古雪先輩の...」
「ねぇ、この距離じゃ聞こえてるんじゃないの?」
「耳塞いでるし大丈夫なはずですわ。存分にどうぞ」
「いや、そういうつもりは...」
『ねぇ』
『!お前...』
『私、不安だよ。帰ってきたらそんな反応で...私のこと、嫌いになっちゃった?』
『い、いや、そんなことは』
『ならどうしてそんなよそよそしいの!』
『うわっ!?』
そんなことをしてる間に、問題のシーンに入ってしまった。至近距離に映る俺の顔。頬を赤くして目線を少しそらしてる。こんな自分の姿を何故見なきゃいけないのか。
「あぁもう、離せっ...!!」
耳から手をどけて銀の手を離そうとするも、いつの間にか銀だけでなく友奈も掴んできていた。
「椿先輩...私のこと」
「っ...」
『...もしかして、浮気?答えてよ...』
『ダメだって...!!』
「ふんっ!!」
「あぁ!?」
一瞬映像に気を取られてる隙をついて二人を振りほどき、真っ先に外へ向かう。
「椿先輩!!」
「友奈!今度謝るから!!」
「あら、動画も終わってしまいました...」
「ということは...」
「追え追えー!椿を引っ捕らえて尋問じゃー!!」
「つっきーのメモが捗るけど...でも、聞いた方が良いことも多そうだね」
「お前らぁぁぁぁ!!!」
(恥ずかしい思いしてるのは俺だろうがっ!!!)
「赤嶺、あんのやろぉぉぉ!!」
いない人に向けて叫んでも意味はなく、結局俺は捕まった。
----------------
「あはは!!...はー、面白い」
必死な顔で逃げてる時の顔も、彼女達に捕まって死んだ目をしたまま部室に連れ込まれていく時の顔も、十分に面白かった。
『いっそのこと、椿に奥さんと思わせるような行動するとか。あいつ狼狽えそうじゃないか?』
あの先輩のアイデアは確かにあの人を動揺させるには十分だったし、勇者部を弄るネタの確保にもなった。
『友奈、お前の誕生日プレゼント、考えてたんだよ。もうすぐだろ?何にするか悩んでたんだが...』
________突然予想外のことを言われた部分は、編集してカットしたけど。
(まさか、私自身いつ言ったか覚えてないことを言ってくるなんて...)
あの瞬間は、ドキッとした。動揺してあの人にすぐバレたし。そんな姿を見せる必要はない。
「......ふふっ。あの人を弄るのは楽しいね」
でも、私はその動揺した心を隠したまま、笑った。弄るのが楽しいと。
それが私にとって今まで感じたことない感情だということにも気づかないまま。
「さ、次は何をしてみよっかなー」
私はくすくす笑いながら、立ち上がった。
もう少し、あの人に詳しくなったらもっと面白くなるだろうと思いつつ。