「三ノ輪銀!ただいま到着しました!」
ヘルメットを二つ脇に抱えてバイクに寄りかかってると、自分の部屋から銀ちゃんが飛び出してきて、俺の目の前で敬礼した。
「あぁ、うん...そんな態度じゃなくていいんだけどね?」
「いえいえ!今日の運転手さんですから!」
「さささ」と言って小さいヘルメットを受け取る彼女。つけ方に戸惑っているのを見て、俺は手を伸ばした。
「動くなよ」
「は、はい...ありがとうございます」
「どういたしまして...折角だし、早速行こうか」
「はい!!」
バイクには結構な頻度で乗ってるため、起動までの動きはスムーズだ。銀ちゃんも後ろに座って、少しずつ前にずれてくる。
「しっかり掴まりました!!」
「...そんながっちりでなくてもいいぞ?落ちないから」
「うーん...ちょっと怖いのでこれで」
「......分かった。じゃ、行くぞ」
「はーい!しゅっぱーつ!!」
銀ちゃんの元気な声を聞いて、バイクが唸りをあげた。
銀と銀ちゃんの誕生日、毎度の如く何かしてあげられないかを考える勇者部員だが、今回銀ちゃんから俺にお願いするものは決まっていた。というのも、その話は夏休みが終わるくらいから聞いていたから。
『園子いーなー。椿さんとドライブとか、アタシもしたい』
園子ちゃんの誕生日で、俺は彼女を喜ばせるために色んな所へ連れていった。その一部はバイクで向かったのだが________どうやら銀ちゃんは、それが羨ましかったようで。
(まぁ、風の勢いとかはジェットコースターみたいなもんだし、アトラクション感覚で言ってきたのかもしれないな)
目的のないドライブがご所望だというが、それがプレゼントとして成立するのかはともかく、互いに内容は分かっていたからこそ、誕生日とは被らないちょっと早めの日に丸々一日使う予定を立てた。
「どうだ?」
「気持ちいぃですー!!」
後ろで興奮気味の彼女の声を聞けば、まぁこれでいいのかとも思う。とはいえ目的もなくひたすらさまようのも味気ない。
「ルートは俺に任せるんだよな?」
「はい!どこへでも...え、もしかして考えてきてくれたんですか?」
「まぁな」
「何も考えなくてもいいって言ったのに...」
「俺が勝手にしたことだし、気にすんな。寧ろありがたく受け取ってくれ」
「うーん...そういうことなら!凄く楽しみにしてます!!」
「一瞬でハードル上がったな......」
彼女のハードルを越えられるようなものになればいいなと思いつつ、バイクはひたすら風を切る。数分もしないうちに、俺達の視界はかなり暗くなった。
「おぉ」
「トンネルってだけだぞ」
「わ、分かってますよー...見えてましたし」
「そりゃそうか...はい、右手にご注目」
「?」
喋ってる間にトンネルを抜けた。一気に明るくなった視界に広がるのは__________
「!!」
後ろから回されている腕に力がこもった。運転に支障が出ないレベルで少し右側を見れば、綺麗な海が見えた。
(おぉ、絶景スポットに認定されてるだけあるな)
『彼女を連れてくドライブルート 香川編』なんて本を読んだ成果はあったらしい。
「椿さん!椿さん!!海ですよ!!見てください!!」
「いや俺運転中だから。そんながっつり見てたら事故るから!」
その後も適当にぶらつきながら、おすすめされた箇所を巡った。天候が良くないと微妙なのが多かったため、晴天で助かっている。曇りの時は別の場所に行こうとは考えていたが。
「よかったのか?」
「落ち着きませんよ。確かに興味はありますけど...あぁいうお洒落な場所は、おっきいアタシを今度連れていってあげてください」
そしてお昼時、ルート上にあった、以前銀ちゃんが見ていた料理店に行こうとしたが、結局普段とは別店舗のイネスのフードコートでうどんと骨付き鳥を食べていた。
「そうか...」
「それより椿さん、そっちのひなの鳥食べたいです」
「ん?いいぞ」
手でかぶりついていたのを皿に置いて、まだ手をつけてない箇所をナイフとフォークで切ろうとするも、銀ちゃんの行動がそれを止めた。
「ぁー」
「...」
「ぁー...」
「......はい」
「はふっ...ん!んー!旨い!!」
小鳥のように口を開けて待ってた彼女に骨付き鳥(ひな)を持っていってやると、勢いよくかじりついて喜んでいた。
(ひながひな食っとる...)
「ありがとうございます」
「あ、うん...」
アホなことを考えているうちに帰ってきた肉は、真ん中になるにつれへこんでいっていた。
(...ま、気にするだけ無駄か)
時代が違うとはいえ、幼少期に散々やりあった相手だ。今更どうこう言うはずもなく、骨付き鳥を食いきった。
「でも、本当に綺麗でした!全然見慣れなくて、キラキラしてて...特にあの池!!紅葉を綺麗に反射してて...なんかもう、凄かったです!!」
銀ちゃん自身がキラキラした目で語り、興奮した様子でスマホを見返す。恐らくさっき撮ったものを見てるんだろう。
「食い終わって帰りのルートも用意してるし、もう少し遠くまでいってもいいよう調べてきてはいるぞ。ここで色々買い物するもよし」
「えー!?どうしよっかなー...」
「うぇぇぇーん!!」
「?」
銀ちゃんが顎に手を当てて悩みだした時、泣き叫ぶ声がフードコートに広がった。当然目の前の銀ちゃんではなく、辺りを見れば小さな男の子が泣いている。
「ママー!!どこなのー!!」
「迷子か。どうするぎ...」
銀ちゃんの方を向けば、既にそこに彼女の姿はない。
「どうした?迷子か?」
「ママー!!」
「あーあー。アタシはママじゃないけどさ。泣き止んでくれ...おーよしよし」
「やぁー!!」
「あらら...」
男の子は銀ちゃんも怖いのか、ただお母さんの姿がなくて寂しいのか、ずっと泣いたまま。
(通用するかな...)
話をするにも落ち着いて貰わないと困る。まだ幼稚園でやってないネタだが、この状況では適してるかもしれない。そう考えられれば、自然と体が動いていた。
「はいこれ見て」
「へ...ぐすっ」
「椿さん?」
大きめの声で言うと、一応泣き止んでこっちを向いてくれた。
「ここにあるのはお菓子が一杯買える500円玉です。これを右の手で強く握って、よーく振ります。しゃかしゃかしゃかしゃか......」
「...?」
「するとどうでしょう。いつの間にか手にあった500円玉は、綺麗さっぱり無くなりました」
「え!?」
「わぁー!!」
右手のひらを二人に見せれば、揃って驚いた声をあげる。
「さて。じゃあどこに行ったかな?」
「左手だ!」
「お前が答えるんかい...お姉ちゃんは左手だって。君は?」
「うーん...左手!」
「残念。はずれでーす」
「「えぇー!!」」
「正解は...」
銀ちゃんの髪に手を伸ばし、頬を撫でるように縦に動かす。髪の隙間から見えてきたのは、さっき無くなった筈の500円玉。
「お姉ちゃんのところでした」
「えっ!?いつの間に!?」
「すごーいっ!!!」
「これでお姉ちゃんと一緒にお菓子でも選んでな。お母さんを連れてきてあげるから」
「うんっ!!」
涙がすっかり引っ込んだ男の子の頭を撫でながら、俺は銀ちゃんに耳打ちした。
「じゃあ頼む。なるべくお菓子コーナーに張りつかせといてくれ。ホントに買わせるのもなるべく抑えて」
「え...わ、分かりました」
「ん。俺はセンター行ってみるわ」
インフォメーションセンターで迷子の呼び出しを頼んだところ、すぐにそのお母さんが駆けつけ、お菓子コーナーで物色していた男の子と合流できた。
「ありがとうございました」
「いえ。お礼は彼女に」
「え!?アタシは何も...!」
「謙遜すんなって」
「そうです。息子の面倒を見てくださってありがとうございました。本当に......」
「ぁ、その...」
「じゃーね!お兄さん!お姉ちゃん!!」
「...うん。じゃあね」
観念したように手を振る銀は、二人が見えなくなってから手を降ろした。
「すぐ合流出来てよかったな」
「そうですね...あの、椿さん。二つ質問してもいいですか?」
「ん?何かあった?」
「いえ...何であの子に最初、お菓子買わせないようにしろって言ったのかなって」
「あー」
「お金使いたくなかったんです?」
「そんなことじゃない」
確かに金銭面は大事なことたが、彼女にそう言った理由は別にある。
「あの子のアレルギーとか知らないし、親が食べさせない方針だったりしたら何かしら言われるかもしれないからな。かといって変に止めるとまた泣かれちゃう可能性もあったし」
「成る程ー...考えてるんですね」
「たまたま今回思いついただけ。で、もう一つは?」
「え、あぁ。こっちは割りとどうでもいいんですけど」
前置きしてから、銀ちゃんはこっちを見てくる。
「いつあんなマジック出来るようになったんですか!?アタシの髪から500円出すなんて!?」
「あー...最近テレビで見てな。見よう見まねでやってみただけだ」
「スゲー!!そんな簡単に出来るんですか!?」
「ま、まぁな...」
目を輝かせる彼女から、俺は少し目をそらす。
(簡単な視点誘導トリックだなんて言えない...)
夢を壊してしまうようで、口が開けなかった。
「でも、これで一件落着ってことで。改めてこれからどうしよう」
「あぁ!...うぅ」
「か...」
「決まりましたね」
「......だな」
「よし!おばあちゃん大丈夫ですかー!?」
「へっくし!!うー...寒くなりましたねー」
「もう年末が遠くないからな...」
言いながら上着を脱ぎ、寒さの割に薄着な銀ちゃんに被せた。
「え」
「着とけ。ぶかぶかだろうけど」
「椿さんが風邪ひいちゃいますよ!」
「お前に風邪ひかれる方が嫌だ」
「...分かりました。ありがとうございます」
「素直でよろしい」
俺はそれだけ言って、買っていたホットレモンを開けた。
「温かいみかんがないのは罪だ...」
「相変わらずですね」
「俺は毎年のように言ってるからな」
コンビニにそういった商品が並ぶのは珍しく、今俺達がバイクを止めているコンビニも例外じゃない。
俺の行動も決まっていて、毎年愚痴を言ってる気がした。
「...椿さん」
「?」
「すみません。午後の予定、ほとんど潰しちゃって...あはは......」
真剣に謝ってるわけじゃない。でも、本気で謝っていると分かる乾いた笑いを含めた言い方だった。どこか諦めがついているというか。
それがどういう意図なのか分かったからこそ、俺は口を開く。
「そういうことか」
「え?」
「あれだろ?お前がいたから色々起こしたと思ってるんだろ?」
「...昔から多いじゃん」
敬語が外れた彼女は、同じ頃過ごしてきた俺に問いかける。
「昔からトラブルメーカーだって自分でも言ってたもんな。最近のあいつそんなことないから久々に楽しかった」
「楽しかったって...」
一度生き死にをしたからか、銀はそのトラブル体質が減った気がする。嬉しいところではあるが、少し悲しいところでもあるところだ。
「折角用意してもらったのに」
「別にいいよ。嬉しいし」
「嬉しい?楽しいだけじゃなくてですか?」
「なんだか昔に戻った気がしてさ...」
目を瞑れば甦ってくる思い出。
「当時の俺は確かに予定が潰れたりして怒ったこともあったけどさ。今考えれば嬉しいんだ。だって、銀が大体そういうトラブルに巻き込まれる時って、誰かが大変な時が多いから」
見知らぬ誰か。通りすがりの猫。そのために自然と体が動いてしまう銀の凄さは、勇者部として活動して、あのころから精神が少し大人びた今なら分かる。
「今日だって、皆別れる時には笑顔でお礼を言ってきてくれた。それは、銀が凄いからだよ」
「そ、そんな!椿さんの対応の方が凄かったじゃないですか!」
「......一番最初に動くのはお前だ。いつだって」
銀が死んでから、後悔する瞬間になってからじゃ遅すぎるってことを学んでからは、色々出来ることは早めを意識してやって来たし、知識も広めにつけようとした。
でも、俺にそう決意させてくれたのは。最初に動いて、皆を笑顔に変えてきたのは__________
「俺は、そんな幼馴染みがいてくれることが、頑張る姿を見れるのが、すげぇ嬉しいんだよ」
「......椿、さん」
「...さ。帰るぞ!飲み終わったか!?」
「ま、まだです!待ってくださいよう!」
俺は照れて赤くなった顔を隠しながら、中身を飲み終わったペットボトルをゴミ箱にぶちこんだ。
----------------
「というわけで、こんな感じでした!」
『報告ご苦労であった。音源は』
「今度園子さんに渡しますね」
『やりぃ!ありがと』
椿さんに色んな場所へ連れてもらった夜。須美と園子も連れて四人でご飯を食べた後。アタシは大きいアタシと電話していた。
『でもいーなー。アタシ相手だと恥ずかしがって言わなさそう』
「えー、でも椿さんって椿ですよ?言いそうですけど。ていうか、だから頼んできたんじゃないですか」
『まぁねー』
朝出掛ける前に部屋に来たのは園子ズ。
『嫌じゃなければ、録音しといて欲しいんよ~』
『おっきいミノさんも欲しがっててさ~』
そう言ってきて、少し悩んだアタシは了承した。勿論園子ズのためだけならそんなことしない。
アタシは、アタシの恋を応援してるし、椿さんがアタシ(自分)に向けた声が聞きたいって気持ちも分かるから。アタシ自身だから抵抗がないのもある。
「それに、今日楽しんだ思い出はアタシだけのものですから」
『あーずるい...今度はアタシを祝って貰うもんね!』
「はーい。楽しんでくださーい」
その後適当に話をして、通話を切る。アタシはスマホを机に置いて、窓の外を見た。
「......」
『俺は、そんな幼馴染みがいてくれることが、頑張る姿を見れるのが、すげぇ嬉しいんだよ』
コンビニの前で椿さんに言われたことは、凄く嬉しく思った。それは、声だけじゃない。
ふっと微笑んで、ペットボトルを見つめてる表情が、椿の面影を残しているものの、昔の椿はしなさそうな顔だったから。
アタシの知らない_____いや、アタシがいずれ知る筈の顔を、また新しく見ることが出来た。あれと同じ顔は、大きなアタシも見れない。
「アタシも、大切な幼馴染みだと思ってるよ...」
アタシが知る、一つ年上の椿。この世界に来る前は勇者のお役目で少し会えない日も増えたけど、ずっとずっと長い間一緒に過ごしてきた大切な人。
巻きごみがちな幼馴染みが、未来の姿とは言え、そう言ってくれる。
そんな椿と、大きくなっても一緒にいる。そんな椿に、変わらず素敵な恋をしている。
「いいなぁ」
ふと、部屋に声が響いた。
アタシも、いずれ_________
「アタシも、あぁなれるといいな...なんてね」