原作だと安芸さんが一番そういう立場だと思うけど、大赦の内情とかそっち側の視点はもっと深く見たいなと感じます。
「そわそわ。そわそわ」
「......」
「そわそわ。そわそわ」
隣に座る少女がそわそわして、というか口に出して言っているのはちょっと面白いし小動物みたいで可愛いところもあるのだが、これがかれこれ30分同じ状態だと話は別だ。
(疲れないのかな...)
「亜耶ちゃん、亜耶ちゃん?」
「はい、なんでしょう?」
「疲れない?ずっとそわそわしてるの」
「あ、すみません...でも、こうして何もしないのは落ち着かなくて」
「あぁ...」
確かに普段から皆のために色んなことをしている彼女にとって、この状況が珍しく、慣れないものであるのは分かってる。
(その認識も、元々少しおかしい気もするけどな...亜耶ちゃんが来てから部室が隅々まで綺麗になったし、何かと物が足りないとかってなること少ないし)
本日はこの国土亜耶ちゃんの誕生日になる。他の勇者部員は今、部室を誕生日パーティー用にデコレーションしていることだろう。近くの公園のベンチに座っているのは、亜耶ちゃんと見守りの俺だけ。
『私は亜耶ちゃんのために全力を尽くさねばなりません。後はお願いします』
一番この役に向いてそうな芽吹は、それだけ言ってどこかへ行ってしまった。
「そわそわ。そわそわ...」
(またそわそわし始めちゃったしこの子...)
まぁ、幼い頃から大赦に属し、友達から誕生日を祝われるという機会が少なかった彼女にとって、こうして大々的に祝われることに違和感を覚えるのは仕方のないことかもしれない。
(とはいえ、どうしたもんか...)
このままでも悪影響はないが、ずっとこの状態だと疲れちゃいそうだし、俺も落ち着かない。
パッと思いつく打開方法は二つ。普段に近いことをさせてあげるか、話をして紛らわせるか。
前者は、最近掃除をしてなかった俺の部屋へ通せば良いだけだが_______今日の主役に掃除なんてさせられないし、バレた日には比喩表現ではなく命がない。かといって、何か話題はあるだろうか。
(あんま俺が喋り倒すのもなぁ...かといって亜耶ちゃんのメインの話題って何なのか知らないし、共通だって分かってる話題は防人とか勇者部とか...)
「そわそゎ...」
「あー、亜耶ちゃん?」
「はい?」
「どっか行きたい場所あるか?今なら誰にも内緒で連れてってやるよ」
結局俺が捻り出したのはそんなことだった。
「結構あるんじゃないか?大赦に制限されてた場所とか、芽吹からあんま行かない方が良いってとこ。もし行きたければ」
「芽吹先輩に止められた所...ぁ、で、でもそんなこと」
「候補はあるみたいだな。言うだけ言うだけ」
「......この前話をしていたのですが__________」
それから、俺と亜耶ちゃんは二人で一つの民家を訪れていた。まぁ率直に言うと俺の家である。
亜耶ちゃんが行ってみたいと言ったのはここではなく、ゲームセンターだった。
『芽吹先輩と雀先輩に止められて...この前はこちらの方で遊んだのですが』
『......』
指差したのは、小さい子向けのゲームやクレーンゲーム、プリクラにメダルコーナー。止められた場所はそれを抜けた先。
『あーざっけんな!!』
『お前が悪いんだろバーカ!!』
柄の悪そう(実際そんなことはないのかもしれないが)な中高生が多く集まる格ゲーなんかアーケードコーナーだった。大人も多いのか、タバコの臭いもかすかにする。
(...芽吹。悪かった)
『...ごめん亜耶ちゃん。確かにあそこは止めといた方が良いかもしれない......』
『そうなのですね。あぁ、そんな顔しないでください!椿先輩も私のことを気にして止めてくれてるんだと知っていますから』
『悪いな...』
いくら本人のお願いと言えど、純真無垢な彼女をあそこに連れていく訳にはいかない。
『あ、でもあそこにあるのと同じゲームなら俺の家にあるぞ』
『本当ですか!?』
『あぁ...行くか?』
『是非!でも椿先輩凄いですね。こんなに大きなゲームセンターにあるゲームが御自宅にあるなんて』
『家庭用のだけどな』
というわけで、俺達は進路を俺の家へ取った。
(なんだかんだ、亜耶ちゃんだけを家に通すのは初めてか...?)
記憶を掘り返しながらも部屋から取ってきたゲームのセッティングを済ませる。亜耶ちゃんはソファーに正座して説明書を読んでいた。
「もっとリラックスしてていいんだぞ?それも読んでなくたって後でちゃんと教えるし」
「ありがとうございます...難しいですね。操作方法が多くて...」
「慣れればそうでもないが、逆に慣れるまでは大変だよな」
接続を終わらせた俺は、起動したコントローラーを渡して隣に座る。テレビ画面に映るのは千景とオンライン対戦したりするゲームだ。
「でも、これでいいんだな?」
「はい!」
今日の目的はもうちょっと単純なパーティーゲームじゃない。師匠(千景)直伝の技を見せる時。
(元を辿れば俺が言い出しっぺだしな)
「ん、じゃあ時間の限り教えるよ」
「よろしくお願いします!」
軽く一時間二人で遊んだが、亜耶ちゃんの飲み込みは意外でしかなかった。
「いや本当上手いな...」
『目を休ませなければなりません!』という彼女の注意の元画面を一度消して休んでいるが、衝撃的過ぎて簡単に思い出せる。
「そんなことありませんよ。でも...もしそうだとしたら、椿先輩が優しく教えてくれたからですね」
謙遜するものの、彼女は上手かった。確かにコンボは出来なかったり荒さが目立つ所も多かったり、強いかと聞かれると違うかもしれない。しかし、教えた基本的動作はほぼ完璧に行ってくる。しっかりした回避行動は集中しないとなかなか隙を取れなかった上、カウンターで攻撃される回数も少なくなかった。
初めて触ってこれならはっきり言って異常なレベル。
(普通にあと数日やらせたら、勝てるのか...いや、千景と良い勝負かもしれない)
攻撃型プレイヤーである千景と、防御が上手い亜耶ちゃん。普通に見たい。
(...良からぬ道に連れ込んだと芽吹に絞められないだろうか)
「でも、意外だわ...」
「私もです。皆さんとやるゲームも楽しいですが、こうしてがっつりした対戦ゲームもこんなに楽しいなんて...!」
「小さい頃は...大赦にいたら知らない世界か」
「そうですね。幼い頃こうしたものに触れたことはありませんでした」
「はい」
「あ、ありがとうございます!頂きます...んっ、ん...美味しいです!」
冷蔵庫から出したみかんジュースを美味しそうに飲む亜耶ちゃんの笑顔を見てると、こっちも自然に笑顔になる感じがした。
「よかったよかった...でも、そういや知らないな」
「?」
「大赦のそうした部分って知らないなって思って。結構お世話になってて四国一有名な組織と言っても過言じゃないのに、秘匿されてることが多かったから」
夏凜や芽吹のように勇者の選定を行ったり、亜耶ちゃんのような巫女を育てる組織なのは分かるし、春信さんを通して内情もそれなりに知っている。
ただ、そこの詳しい話は聞く機会もなかったし、数年前の大赦について知らないことも多い。
「巫女を育てる環境ってどうだったのか...亜耶ちゃんはどうやって過ごして来たんだ?」
「そう大きく皆さんと違うところはないと思いますよ...えーと、幼い頃から神樹様に祈りを捧げて、勉学に励みました」
「確かにその辺は近いな」
幼い頃なら、幼稚園とかの教えも似たようなもんだからそう変わらないだろう。色々あったせいで、今はもう神を崇拝なんて心からしたいと思わないが。
「違う所は、それを学校ではなく大赦の施設で行ってたことと、巫女としての特訓があったくらいでしょうか」
「巫女としての特訓って、滝に打たれたりとか?」
「それもしていました。でも、絶対に必要ってわけでもないんです。より神樹様のお告げを聞きやすくする為と言いますか...」
「まぁ、具体的に何をするとどうなるってもんじゃないだろうしな」
気まぐれなものに合わせるのはいくら頑張っても限界がある。
「辛かったこととかあったか?」
「辛いことなんてありません。どれも大切なことばかりですから。素敵な学舎を用意してくださったことに感謝するばかりです」
「......すごいな」
「?」
「いや...」
俺はそんなことすらりと言えない。本人が全くそれを自覚してないのも含めて凄いと思う。
「じゃあ、俺も感謝しないとな」
「え?」
「亜耶ちゃんをこんな良い子に育ててくれたのにさ」
大赦に育てられた巫女が全員こうだとは思わない。彼女自身の素養もあるだろう。でも、大赦が幼い頃の彼女を育ててきたのも事実。神樹様という存在が彼女の精神的骨子を作ったのも事実。
(というか、こうして色々巻き込まれなければ、特に疑問に思うことなく過ごしてただろうし...)
「椿先輩...す、少し恥ずかしいです」
「あぁ悪い」
珍しい表情の亜耶ちゃんは、『そう言えば』と話を切り出す。
「椿先輩は、幼い頃どんな風に過ごしてきたのですか?」
「俺?」
「はい。私は大赦にいたので、他の幼稚園や小学校がどうなっているのか知りませんから...」
「成る程な...まぁ、うちが一般的かどうかは分からんが、そう言うことなら。ちょっと待っててくれ」
自分の部屋まで戻って、棚から二冊の本を取ろうとして_____一冊にした。
(幼稚園のとか、俺も気まずいし...)
何を思って行動してたか覚えてない時期のなんて、見せても説明が難しい。並べてある卒アルから小学生の時のだけ取り出した俺は、床に纏めてあるプリントを踏まないようにしながら部屋を出て、リビングへ戻った。
(てか、流石に汚くしすぎたな...明日にでも掃除しよ)
「お待たせ」
「それは...?」
「卒業アルバム。うちのな」
開いた最初ページから、名簿や顔写真、各クラスの集合写真、そして、六年間の思い出の写真が並んでいる。
「わぁー...!」
「大赦はこういうの作りそうな組織じゃないか」
(安芸さん個人なら作りそうだけど)
「確かに初めて見ますけど、皆さん楽しそうで...」
「まぁ、楽しいイベントの時の写真だしな。林間学校とか」
「あ、椿先輩もいました!」
指差した箇所には、弁当の中身を口いっぱいに入れてピースしてる俺の姿。
「あー...」
「この頃からご自分でお弁当を作ってたんですか?」
「今も昼の弁当は作ってないよ。園子と風がかわりばんこに作るって譲らないからな...ま、この頃は元々料理してなかったし」
確かこれは小四の時の写真だ。その頃俺は家事なんて手伝ってない。精々バーベキューの時に手伝うとか、そんなもんだ。
「いつ頃から始めたんですか?」
「小学校卒業前くらい、かな。俺が食べるためじゃなくて、銀やその弟の面倒を見るためって感じ」
料理はレシピを見ながら作りって徐々に体と頭に覚えさせ、掃除機とか洗濯機とかも一応やろうと思えば出来るようにした。その目的は勇者で忙しくなった銀をはじめとした三ノ輪家のためのものだ。
「そう言えば、銀先輩が見えませんね...」
「そりゃ学校が違うからな。あいつとは」
「え、そうなんですか?」
「あれ、知らなかったの?」
「はい...てっきり同じ小学校かと」
「あいつは神樹館の所だよ。放課後はほぼ毎日一緒に遊んでたからあんま変わらんけど」
そういう意味では、隣の家でなければここまで深い関係になれなかったのかもしれない。
「そうだったのですか...とっても素敵な日々だったんですね?」
「へ?なんだよ突然」
「だって、そんな風に微笑んでいたら分かります」
その彼女の柔和な笑みは、俺の心をくすぐって。
(てか俺、そんな分かりやすい顔してたのか!?)
「え、や、あの...やめてくれ。恥ずかしい...」
「どうしてですか?とっても素敵なことじゃないですか!」
「う、ぁ...」
まさか亜耶ちゃんからこんなことを言われるなんて思ってもいなかっただけに、聖母のような少女の無自覚な攻めは俺に効く。
「椿先輩?」
「っ、ぎ、銀とのアルバムもとってあるから持ってくる!」
リビングから飛び出し、自分の部屋に入り込む。
「はぁ...」
ふと見た鏡に映る俺の頬は赤い。
「まさか、あの子に...」
優しすぎるが故、他の人が恥ずかしがりそうなことを当然のことだと言う。無自覚な故、相手の対応に気づかない。
大人になるにつれ忘れてしまいそうな心を、彼女は未だに持ってるのだ。子供っぽいと言われるかもしれないが、それがどれだけ凄いことなのかは、俺の口から具体的に言うことは出来ない。
(守ってやんなきゃ、とは思うなぁ...)
でも、芯が強いことは今までのことで分かってる。普段の日常では感じられないだけで__________
「......そろそろ戻らない」
「椿先輩。このお部屋はなんですか?」
「と...」
錆び付いた機械のように、首を回す。彼女は小柄ながらに仁王立ちして、威圧感を放っていた。
俺の部屋(普段より紙やらなんやらが散乱している)を見て、彼女(掃除の鬼)は何処からともなくはたきを取り出す。
「!?」
「お掃除、しましょう?」
まるで獲物を見つけた肉食動物のように、生き生きとした顔で部屋に入ってくる亜耶ちゃんを見て、俺が思ったのはただ一つ。
(人間色んな顔出来るけど、やっぱ可愛い子は笑顔が似合うなー)
ひなたのカメラがあればよかったと思いつつ。俺は亜耶ちゃん(本日誕生日の年下)に部屋を差し出した。
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『お疲れ芽吹。まさかあんなクオリティの丸亀城作るなんて思わなかったぞ』
『亜耶ちゃんがこの前好きなお城について話していて。なんとか間に合わせられました』
『そっか。よかったよかっ......あの』
『すんすん』
『え、あの芽吹??』
『さっき亜耶ちゃんから聞いたんですが。椿さん。亜耶ちゃんが今日誕生日にも関わらず自分の部屋を掃除させたそうですね?』
『......』
『沈黙ですか』
『どっから出したその木刀。いや、俺は別に掃除させるつもりなんてなくて...!』
『つまりさせたんですね』
『どっちみち詰み!?』
『それに今確認しましたが、二人にうっすらタバコの臭いがします...』
『お前警察犬か!?』
『答えなさいっ!!亜耶ちゃんを何処に連れてったんですか!!!椿さんっ!!!!』
『うえっ!答える!!答えるから胸ぐらつかかっ!!揺らすなぁ!!』
『椿さんっっ!!!!』
「園子ー、もうすぐご飯出来るからー」
「はーい!ミノさんにも後で面白いもの見せてあげるね~」
「何々?何か撮れたの?」
「修羅場が撮れたのさ~♪」
後日つっきーはこう言った。
『亜耶ちゃんは俺が見守らなくても絶対大丈夫。絶対。理由?......優秀なボディーガードがいるから。ですかね』