「なんなのこの機械?」
「お前のお兄さんから渡されたんだよ。テストしてくれって依頼で」
部室にて皆が首を傾げる中、俺が情報を補足する。小突いた物は、金属音を響かせた。
「既に嫌な予感しかしないんだけどな...」
「じゃあ何で貰ってきたのよ」
「そりゃ俺だって断りたかったけど...」
春信さんも中身を知らなかったようで、とはいえ作った物をそのままお蔵入りするわけにもいかないらしい。あの人を仲介されるとこっちもお世話になってるから断りにくい。
(次からはないようにって言ったし、大丈夫だと思うけど...)
まぁ、どのみちやらなきゃいけないことは変わらない。
「ま、何にせよ勇者部に依頼って言うならささっとやりましょ」
「風...助かる」
俺の顔から読み取ったのか、風が続きを促してくれた。
「それで、これ何するの?」
「この説明書に書かれてたのは、中に入ってる精霊を使って何かを再現するんだって」
「そ、それって大丈夫なんですか?牛鬼の友達がここに囚われてるってことじゃ...」
「俺も気になったんだが、そんな野蛮な感じじゃないんだと。俺達が心配することは何もないって」
最初こそ俺達に対して勇者システムについて秘匿していた大赦だが、それはあくまで勇者のことを思ってのこと。基本的に騙したりする必要はないため、信用はしていいだろう。
「ふーん...椿、使い方は?」
「二人でそれぞれついてるボタンを押すんだけ」
「成る程...園子!」
「あいあいさー!」
銀が園子を召喚し、何の躊躇いもなくボタンを押した。
「おい、それじゃ...」
「およ?」
「おい椿ー。何も起きないじゃん」
銀の言う通り、二人が同時に押したものの何か変化が起きたわけじゃなかった。とはいえ、理由は分かっている。
「最後まで説明を聞いてくれ。そっちの黒い方は男子が押さなきゃダメなんだと」
「そうなの?何で?」
「知らん」
「んー...まぁいいや。じゃあ椿」
「ですよね」
部内で男子は俺だけなのだ。創設理由が理由だし、仕方ないことではあるのだが。
「はい」
「やるぞ?」
「あぁ」
「「せーのっ!?」」
「きゃっ!」
「なにこれぇ!」
ボタンを押した瞬間、煙と光が噴き出てきた。思わず目を閉じて咳き込む。
「けほっ、けほっ。これは......」
同時に感じたのは、膝の辺りにぶつかる衝撃だった。
「パパー!」
「へ?」
「かーわいぃ!」
「え、いつの間に!?」
長い黒髪を揺らす、愛らしい少女。周りの反応は驚いた感じだったが、俺は固まった。隣にいた銀だけが聞き取れたようで動揺している。
「...待て。待て待て」
突如現れた五歳くらいの少女と目線を同じ高さにして、肩を掴む。少女の発言のせいか、よく見ると知ってる顔を混ぜた印象を受ける。鏡で見てきた顔と、その次に見てきたと言っても過言ではない顔。
一呼吸置いて、俺は質問を口にした。
「今、パパって言った?」
「?パパはパパだよ?」
「聞き間違いじゃないんかい!」
「ママー、パパはどうしたの?」
「気にしなくていいよ。それより何して遊びたい?」
「んー...オセロ!!」
「わー知的。ゲームだけど...ホントにアタシの子か?」
「別にお前の子と決まったわけじゃ...いや、状況的にはそうなんだけどさぁ......」
言ってて辛くなった俺は頭を抱える。心配そうに「大丈夫ですか?」と聞いてきてくれる友奈が天使に見えた。
銀と俺がボタンを押して現れた少女は、俺をパパ呼ばわりし、銀をママ呼ばわりする。事前に受けてた説明と、さっき話した『名前...分かんない!』と言う少女の言葉から判断されることは__________
「『精霊により、スイッチを押した二人の子供を再現する装置』か。名前が分からないのはそこまで再現出来ないから...何を産み出そうとして作られたんだ、これ」
「真面目なことを言うのなら、勇者の子孫を産み出すことで勇者の戦力が増やせると考えているのではないでしょうか」
「......」
思うところはある。命の冒涜とまで言うつもりはないが、こうして精霊を使って子供を生むってのはどうなのか。
(生むというより、再現か。でも...)
「まぁまぁ。折角だし良いじゃん」
「銀...」
「試してって言われたなら色々やってみて、ダメなら怒ればいいさ。なー?」
深刻に考えているのは俺だけだったのか、少女の手を万歳させて遊んでいる銀を見たら、どこか肩に乗っていた重さが取れた。
「...そうだな」
「そうだ。偉い偉い」
「あー撫でるな、やめろ...」
「お?照れてるのか?うりうり」
「だーっ!照れてるって分かるだろうが!」
「ひなた!」
「お任せください!!」
突然シャッター音が響き、フラッシュが俺を照らす。
「ひなたっ!?」
「今度皆さんにお渡ししますね」
「おいやめろぉ!?ちょ、ひなたさん!」
「落ち着く落ち着くー。ほれほれー」
「くそっ、お前覚えとけよ...」
「ケンカはダメなの!!」
「「!」」
本気で喧嘩を始めるように見えたのか、女の子は俺と銀の間に立った。その顔は今にも泣きそうだ。
「パパもママもケンカしちゃメッ!!」
「い、いや。これは...別に、喧嘩ってわけじゃないんだ」
「そ、そうだよ!な?椿?」
「あぁ。じゃれあいみたいたもんよ」
小さい子を泣かせそうになるのは互いに嫌だと思ったのか、咄嗟に話を合わせる俺達。
「...ホント?」
「「ホントホント」」
「じゃあ仲直りのチューしなきゃ!」
「「ブッ!?」」
『チュー!?』
しかし、返ってきたのは容赦のないカウンターだった。全員が大声をあげて部室に反響する。
「うん!いつもパパとママしてるよ!」
「いつも!?」
「それホントにアタシと椿か!?バカップルじゃん!!」
「ケンカしたら仲直りするんだって!あと、いってきますの時も!」
「何その頻度...」
動揺のあまり咄嗟に少女から反らした瞳が、銀と重なる。ふと、その口元に目がいく。
「ッ!!」
「!~っ!」
「ねぇねぇ、チューしないの?」
「いや、その...」
詰め寄られ、しどろもどろになる俺。銀は顔を林檎みたいに真っ赤にして、動かなくなってしまった。
(いや、俺も似たようなもんだろうけど...!)
あまりにも目の前の子の瞳が純粋すぎて__________
「椿さんっ!」
「え、あ、おいっ!」
突然腕を引っ張ってきたのは意外と言うべきなのか、杏だった。俺の手をさっき触れた機械のボタンに押し込み、彼女自身もボタンを押す。さっきと同じように出てきた煙を直に受け、少し咳き込んだ。
「こほっ、杏、何を...!」
煙がなくなって見えたのは、さっきの子より少し背の高い女の子。髪は長めで、なによりその色、そして顔は_____
「お母さん!」
「わっとと...」
「てことは、やっぱり...」
見た目や言葉からして、杏に抱きついた子は、俺と杏の娘を再現したものなのだろう。
「あれ、アタシと椿の子は!?」
「...そういうことか」
「はい。思った通りでした。似たような精霊が沢山いるとも思えなかったので」
杏がふふんと良い笑顔をする。
つまり、この装置で再現出来る子供の数は一人だということに気づいた杏は、自分と俺の子供を再現することでピンチを助けてくれたのだ。
「いや助かったよ杏」
「いえ。私も体が勝手に動いただけと言いますか...でもよかったです」
あんなノリでキスするなんてのは銀に対しても失礼だし、娘の泣く姿も見なくてよくなった。
「お母さん、お父さん。私本読みたい!」
「...あーうん。いいぞ。何読む?」
「え、椿。アタシの時は」
「お前が色々やってみろって言ったんだろ?」
「......確かに。運が悪かったなー。最初じゃなければ」
「何の運だ?」
「別に何でもないです!!」
「えぇ...」
「ねぇお父さんー!」
「あぁごめん。それで、何が読みたい?絵本は結構あるぞ」
幼稚園で読む用の紙芝居なんかを部室でいくつか保管してるから、この子くらいなら楽しんで貰えるかも__________
「んーん!お母さんが作ったお話の続きが読みたい!!友奈お姉ちゃんと千景お姉ちゃんは仲直りのチューした後どうなったの!?」
『!?』
「お前なんてもん作ってんだぁぁぁ!?」
「椿さんどうして読ませてるんですかぁぁぁぁ!?」
「「ビュオォォォ!!!」」
約二名の歓喜の声を除き、再び部室は驚きの悲鳴に包まれた。
「ぁー...」
恐らく、俺の目は死んでるんだろう。
既に春信さんに担当者の呼び出しメールは送っといた。絶対今度説教する。『勇者に逆らったらどうなるか分かってるんだろうな』と脅すことも辞さない。そのくらい疲れていた。
あの後。10歳くらいだった芽吹との子は黙々とプラモを作るだけで微笑ましかったのだが、『設備が足りない』と言い出して色々ネット注文しようとしていたので止め。
球子との子はすばしっこく外に飛び出して隠れたので探し回ったり。
歌野と棗との子供は、それぞれ畑と海から離れようとしなくて。
園子との子供は言わずもがな引っ掻き回され(母親である園子まで赤面していた)。
正直、疲れた。
(まぁ...さ)
息子でも娘でも可愛い子ばかりで、お母さんの方の血をしっかり引き継いでるのは分かるし、どの子も幸せそうだった。
幸せな家族としてなってるのは、良い夢見心地というか、嬉しいというか、なんというか。
(あぁいうの、俺も実現できたらな...まずは家族になりたいと思ってくれる人を作るところからか)
「つっきー」
「ん?」
「私達の子供、消えちゃった...」
「ぇ...あぁ。時間切れかエネルギー切れじゃないか?確かそんなことが説明書に...お、あったあった」
ペラペラ捲れば、エネルギー切れでしばらく使えなくなることが書いてある。機械側で示すメモリーも最低値になっていて、回復までは時間がかかりそうだ。
(精霊の力を利用してるなら、回復時間はいるだろうな...)
「じゃあまた後で一緒にしようね?」
「いや。もう暗くなってきたし、解散だろ」
最近は日がくれるのも早くなり、今から家に帰る頃には辺りが真っ暗になるだろう。
「あ、そっか。じゃあまた明日」
「いや。明日はやらないぞ?」
『え?』
「?」
そこに反応してきたのは、園子だけでなくひなたや風、東郷と言った何人かのメンバー_________まだこれを試してないメンバーだ。
「だって、もう十分試したし。これは後で俺が春信さんの所まで返してくるし」
「もうやらないんですか!?」
「やる必要ないだろ?え、あるか?」
(もしかして、遊びたかったとか...?でもなぁ)
楽しかったこともあるが、流石に明日も明後日もやりたいとは思わない。普通に恥ずかしいし。
「じゃあこれで解散で」
「椿さん」
「ひなた?...えーと、何でしょうか?」
ずいと寄ってきたひなたが近すぎて、機械を両手に持ったまま一歩下がる。
「まだ試さなくてはいけませんよね?」
「いや、別に」
「いけませんよね??」
「...あの、どうしてそんなに前のめりなのでしょう......?」
「椿先輩!!私もまだやってません!!やりたいです!!」
「友奈、おまえも...?」
「はい!!」
「......」
長考し、俺の出した答えは。
「...分かった。一応なくなってら大変だし持って帰るけど、明日も持ってくるよ」
『!!』
いつものように、断れない自分を作り出すだけだった。
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「お疲れー。って、どういう状況?これ」
「夏凜、良いところに来たね」
雪花がいる安全地帯に移動してから、もう一度部室の角を見る。そこには数人に追い詰められてる椿がいた。
「放課後すぐにこんな状態なんて...」
「いやー昨日の装置あったでしょ?子供作るやつ」
「あぁ、あれね...成る程」
椿が折れて今日も持ってくると言っていた機械は、机を見ても見当たらない。
「忘れたの?」
「昨日大赦の人が強制的に回収しに来たんだって」
「成る程、椿は悪くないけどってことね...」
まぁ確かに、ひなた辺りが持ってたら強制だと言われても一日くらいは死守しそうでもある。
「夏凜!?来てたのか!?ちょっと助けて!!!」
「...」
あんな場所には行きたくないし、皆の気持ちも少し分かる。私が選んだのはサムズアップするだけという行動だった。
「さ!依頼を見ましょうか。雪花」
「そうだねー」
「何でだよぉ!?!?」
「椿さん」
「椿君!!」
「俺悪くないじゃんかぁ!!」
今日も今日とて、いつも通り、勇者部は仲良く平和である。