今年はもう一話、うたのんの誕生日短編はあげたいなと思ってます。
「食べないのかい?」
「......」
春信さんが目の前の料理を取り分け渡してくるも、俺は箸まで手を伸ばすことなく黙っていた。
「ウマー!!」
「はい、つっきー。あーん」
左隣の奴は凄まじい勢いで食べ進めてるし、右隣の奴は俺に蓮華(れんげ)を向けている。
「大丈夫だよ?ちゃんとふーふーしたから」
「......いや、そうじゃなくてな」
小籠包を園子の方へ戻した俺は、春信さんを見た。
「一体どういう用件なんですか。春信さん」
『話がある』と言われて呼ばれた俺達は、いつものファミレス_______ではなく、七階建てビルの最上階にある中華屋へ訪れていた。一品の値段はどれも四桁ばかり、中には五桁も見える超高級メニューを見て戦慄し、運ばれてくる料理にも恐怖が先行した。
おまけに、今日は一人じゃない。両隣に座る園子と銀は、気にもせず食べ進めている。そのこと自体は微笑ましいだけなのだが_________問題は、何故俺達が呼ばれたのか。
大赦のトップである乃木家の令嬢と、特殊な出自で対バーテックス能力は勇者部最強と言っても過言ではない少女。異例の勇者であり最もコンタクトを取ってきた俺。
その三人をこんな高級な場所に連れてくる_____相応の話をされる可能性を疑わない方がおかしい。
「とっても重要な話だ」
春信さんは取り繕うことなく、あっさり認めた。その顔はいつになく真剣で、唾で喉を鳴らしてしまう。
「なんなんですか?」
「...実はね」
ジャスミン茶を一口含んだ春信さんは、こう言った。
「夏凜成分が足りない」
「そのまま朽ち果てろっ!!!」
俺は置かれていた箸をぶん投げた。
「おかわりっ!!!」
「はい。ど~ぞ~」
「さ、流石に食べ過ぎじゃないかな...?」
「あ、椿。アタシこれも食べたい」
「追加注文しておけ。どうせこいつが払う」
あれから数分して、俺は馬鹿みたいに食べ進めていた。
「旨いなぁ。春信さんの金で食う料理は」
「絶対わざと口にしたろう?」
人生そう何度も食べれるものじゃないから感動しているというのもあるが、無駄に演出されてたシリアスな雰囲気がなくなった為、好き放題やらせてもらっていた。
「文句は言わせないぞ。人が不安に感じてた癖にこの仕打ちなんだから...マジで俺の心配とシリアスな空気返せ」
「いや、そういわれても僕にとっては死活問題で」
「あ、すいません。フカヒレスープと北京ダック追加で」
「...相当怒ってるみたいだね......まぁ、元々僕払いのつもりだったけど、これは財布が心許なくなるな...」
大事な話ではあった。シスコンである春信さんにとって。
高級店に行く理由もあった。春信さんにとって大事なことを頼む上、絶対周りに知り合いがいない個室を取りたかったから。
園子を呼んだ理由もあった。普段皆のネタをメモ書きしてるから。
銀を呼んだ理由もあった。俺にとっての妹みたいなもんなので、同情を誘うため。最も俺はほとんど年の差を感じてないためあまりその効果はないが。
「で、成分が足りないからなんなんだよ」
「勇者部としての近さを利用して写真なりなんなりをください」
「凄く嫌なんだが...」
「だって一人暮らししてるから滅多に会わないし、かといって会いに行って過保護だと思われたくないし...」
「十分過保護だしそう言って代わりの策がこれなのも気持ち悪い」
「君は勇者部として過ごしてるからそうやって何でもないように言えるんだ...考えてみなよ。他の勇者部員と二ヶ月三ヶ月も会えない、連絡も取れない、そんな状況に耐えられるのかい?」
「うっ...」
そう言われると、少しくるものがあった。否応なく数年前のことがフラッシュバックする。
「大丈夫だよ椿。どっかに行ったりしないから」
「銀...」
「うんうん。つっきーの側にずっといるからね」
「園子...」
「別にそういうのが見たかったわけじゃないんだけど」
「ちょっと黙れよバカ」
敬語とか目上の存在とか一切関係なく罵倒して、流石にちょっと抑えようと一度咳をした。
「で、依頼は夏凜の写真なりなんなり、俺達がやれる範囲でってことでいいですか?」
「そうだね。勇者部として依頼を受けない場合はお金も積むので個人として受けて欲しい」
「必死過ぎるだろ...」
「必死にもなる。このところ仕事も落ち着かなくて」
(この人、あいつが勇者になる前後はどうやって生きてたんだ...)
ふとしたことが気になったものの、どうせ録な返事は返ってこないと予想できるためやめた。
「......」
園子はメモを取るジェスチャーをしている。
「......」
銀はなんでもいいって顔をしている。
「......はぁ。分かりました。この三人で適当に用意します」
「そうかい!?本当に助かるよ!!!」
「助けたくなかったですけどね...はぁ」
俺は、わざと深いため息をついた。
「でも意外」
「何が?」
「断ると思ってたから。あのお願い」
「流石に俺が頼んだ料理だけで二万も消し飛ばしたら、良心の呵責は生まれるさ...」
普段日常を過ごしてる俺なら、まず行こうとはしない店である。そういう意味では人生にあるかないかの貴重な経験をさせてもらったと言えるだろう。
「後は...」
「後は?」
「......いや、なんでもない。それでどうする?何か作戦あるか?」
「作戦って程もないんじゃない?写真撮って終わりで良いと思う」
「甘い。甘いよミノさん、つっきー」
「「?」」
腕組みして悪い笑みを浮かべているのは園子。
「やるからには徹底的に。想像以上の物をぶつけて驚かせるのはどうかな~?」
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「よ、夏凜。早いな」
思ったより早く着いてしまい、何となく髪を弄ってたら、やって来た椿が片手を上げた。
「時間を守るのは基本よ」
「初めての時は時間通りどころか来なかったのに...」
「なっ!?あ、あれは!」
「冗談だって。まぁ行こうぜ?」
「...そうね」
そう言って、私達は歩きだす。目的地は事前に決まっていた。
「何か調べてきた?」
「一応今どこが注目されてるのかと、イルミネーションのライトアップ時間は」
「流石ね」
「そういう夏凜は?」
「私は何も調べてきてないわ!」
「自信満々かよ」
「だって、絶対椿が教えてくれるもの」
「......お前どこでそんなあざとい言葉覚えてきたんだ?」
「別にあざとくなんて...ないわよ」
最後の方は小さく、そっぽを向いて言ってしまう。元から少し恥ずかしかったのに、椿にそう言われたら顔が赤くなるのは当然だ。
(調子狂いっぱなしよ。全く...!)
『じゃあ夏凜、行こうぜ』
始まりは勇者部への依頼。新しくオープンしたというショッピングモールがデートスポットとして使えるのか調べるという、中学生が頼んできそうで風の目が輝きそうな話に、銀と園子が私の名をあげた。
そして、男女で行くなら勇者部の相手は確定している。椿も二人に言われたからか、即諾していた。
色々と思うところはあったけど、基本的には二人で遊ぶだけ。とはいえがっつりとしたデートともとれるわけで__________
(いやいや椿にその気があるわけないし!私も別にそんなつもりじゃ...!)
「何やってんだ?そんな顔振って」
「何でもないわよ!!」
「いやお前...」
「いいから!行くわよ!」
「うぇ、あ、ちょ」
私はこれ以上考えないよう、椿の声も聞かずに歩きだした。
繋いだ手から確かな熱が伝わってくるのを感じながら。
「にしても、結構大きなゲーセンだなぁ...ここだけでも遊ぶのに困らなさそう」
「そう?この辺は学校の近くにあるのと変わらないかも」
目の前に広がっている光景は、メダルゲームやらエアホッケーやらが沢山ある。確かに種類は多いけど、学校近くのでもそれなりにある。
「クレーンゲームは種類が多い方が欲しいもの見つけやすいし...そうでなくても十分遊べそうだしな?」
「そんな目を向けられても...」
間違いなく、さっきエアホッケーではしゃいでた私について言いたいのであろう。
「大体、椿だってはしゃいでたじゃない」
「俺はお前と遊ぶの楽しんでるからいいの」
「私だってあんたと遊ぶの楽しんでるわよ!はしゃいだっていいでしょ!!」
「ぁ...うん。すまん」
「!!」
しゅぼっと一瞬で顔が熱くなった。
「ち、違うわよ!?別にアレよ!?ホッケーが楽しかっただけで!!」
「うん、最初にそういうツンデレっぽいのが返ってくると思ってたんだが......」
「ッ!?ぅ...」
「......」
「......」
「...ん、んんっ!!」
お互い顔が合わせられなくて、ちらりと見ては目線が重なって離す。そうしていると、椿が大きく咳払いをした。
「ぁー、そうだ。そろそろ昼だし、飯にするか」
「そっ、そうね!食べましょ!」
「よし決まり。じゃあどっか良さそうな場所を探して...」
「?」
途中で途切れた言葉が気になって椿の顔を覗くと、その目が一直線に伸びていた。目線を追うと、焦げ茶色の木をあしらった料理屋さんがある。
「...あそこがいいの?」
「そんな行きたい顔してたか?」
「気になるって顔だったわね」
「うーん...折角だし、どうだ?」
「いいわよ。あそこにしましょ」
「ありがと」
並んでいるサンプルを見るに、オムライスが有名そうだった。
「並んでもなさそうだし、ラッキーだな」
「そうね。美味しそうじゃない...」
「いらっしゃいませ~。二名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「かしこまりました。あちらの奥から二番目の席をご利用ください」
「分かりました」
手早く席についてメニューを広げてみると、結構な数の書かれていた。
「さて、どれにしよっかな...」
「あれ?古雪君」
「ん?あ」
「?」
二人で椿のことを呼んだ人を見たら、店員さんの格好をした人が水を持ってきていた。でも、私は見たことがない。
「知り合い?」
「クラスメイト。バイトか?」
「そうそう。時給良くてさー...もしかして、彼女さん?」
「いや、後輩だよ」
「......」
「そ、そうなんだ...あ、それって勇者部の!?」
私が目を細めたからか、慌てた様子で話題を変える先輩。
「あぁ」
「そうだったんだー...そうだ!勇者部って、依頼を受けてくれるんだよね?」
「まぁな。ボランティアみたいなもんだ」
「そしたらさ、一つ頼まれてくれないかな?風ちゃんには内緒にしとくから!」
「別に内緒にしなくても...てか、あいつ勇者部の元部長だし、言ってくれて構わないが」
「あ、そ、そっかー!あははー...言ったら気まずくなりそうだし、デートをバラしていいのかな」
「なんて?」
「なんでもないなんでもない!えーと、それで、受けてくれる?」
「今か?」
「うん。そっちの子にも」
「内容はなんですか?」
私も、恐らく椿も既に断るつもりなんてないけど、一応内容は聞いておきたかった。
「あのね、うちのメニューの最初にある...そうそう。このカップルセットを頼んでほしいの。まだ頼んでくれたお客さんが少なくて、感想とかのポップが作れてないんだ。協力してくれると嬉しいんだけど...」
「......結構セット割引されてるみたいだし、そのくらいなら、まぁ...」
「私もいいわよ」
椿の視線を感じて、私も同意した。
(精々同じ料理が届くとか、味の違いを出してるとかでしょ)
私の考えは、数分後に甘かったと教えられることになる。
「「はぁ......」」
二人揃ってため息をつく。依頼に失敗したわけではないが、それとは別の理由があった。
「まさか、あそこまでだとは...」
カップルセットと呼ばれていたメニューの最初は、大きなジョッキだった。二つのストローでハートを描いている、一つのジョッキ。
『夏凜、お前飲んでいいぞ。俺は水でいい』
『い、いや。これみかんでしょ?椿飲んでいいわよ?』
『二人で飲んでください!』
次に出されたのはハンバーグ。これはなんの変な所もない。ライスもついてたし。
『......あの、フォークとナイフ、もう一セット欲しいんだけど』
『ないです』
『.......』
『ないです』
互いにあーんを強制させる以外は普通のハンバーグだから。そして最後は、
『...いや、でけぇ』
これがメインだと言わんばかりのパフェ。正直ハンバーグがなくても満腹感は得られそうなくらいあった。
極めつけは、これら全てで写真を撮られているという事実だった。
結果として、昼食後に予定してた洋服屋さんなんかは中止して、帰ろうと思うくらいには体力を消費する内容だった。
『色々思う所はあるが、名前をバカップルセットにすれば、間違ってはないと思う』
椿は料理について質問したり、みかんジュースに関して指摘したりしながら、最後はそんな一言で締めていた。私は正直それどころじゃなくて何も言えなかったけど。
「夏凜」
「何よ?」
「いや、大丈夫かと思って。さっきから黙り込んじゃってるからさ」
「大丈夫じゃないからもう帰ってるんでしょ」
「それもそうか...悪かったな」
「え?」
「安請け合いしちゃって。断っとけばよかっただろ?最初に妥協したのは俺だから...嫌だっただろうし」
「!」
その言葉にちょっと体が震えた。恐らく椿は、私が椿とそんなことをしたのが嫌だったと思って__________
(確かに疲れたけど...!)
「ほら、これだって耳まで真っ赤で」
「そ、そんなことないわよ!!」
「そうか?でも...」
「でもも何もない!別に嫌だったわけじゃないから!」
「おう...おう?」
「!!!」
今日だけで何回目か分からない体の熱さ。本格的に冬が始まったとはとても思えないくらいには熱くて、ドキドキする。
「~...っ!」
「えー...っと、その」
「!!じゃあ私、こっちだから!また明日!」
都合の良いタイミングで別れ道で、私は手を振った。ここから家は別方向だから、送ると言われる前に逃げれば良い。
(今はとにかく、一回冷静にならないと...!!)
こんなのじゃ、まともに判断なんて出来ない。
(前はそうでもなかった筈なのに...っ!!)
「夏凜!!」
「っ!? 」
「あ、えっと...いや、何でもない。気をつけて帰れよ!」
振り向いた先に見えた、珍しい椿の顔。いい淀んだ末に手をあげたあいつは、そのまま別方向に歩きだした。
「...あんたもね!」
私はそれだけ返して、帰ろうとして________歩く方向を、逆にした。
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「ん...もしもし」
『つっきー。首尾はどう?』
「ぁー...もう夏凜とは別れたよ」
『はやっ!』
「色々あったんだよ...」
『で、なんかゲット出来たのか?』
「まぁ、したにはしたが...とても春信さんに渡せるもんじゃないな」
鞄から写真を取り出す。計五枚のそれは、昼ご飯を食べてる間に撮られたものだ。
二人でハートになったストローでみかんジュースを飲んでたり、あーんしてたり。クラスメイトに撮られた物である。
(確かに可愛いし珍しいけど、セットで俺が写ってるのなんて渡したら消される。確実に)
『お昼のはつっきーだけの物?』
「そうだよ。なんなら春信さんに見つからないよう隠さないといけないまで...おい」
『あ』
『あちゃー...園子。さよなら』
「お前もだろ銀!!さてはつけてたな!!」
『...ひゅ~』
「口笛下手くそか!」
電話越し以外で口笛擬きが聞こえないか辺りを見渡すも、周りには挙動不審な俺の動きを変な目で見る親子しかいなかった。一度咳払いをしてから、スマホを耳にあてる。
「はぁ...銀も誤魔化しやがって...」
『あっはは~...そんで、自分で撮らなかったのか?昨日はそんなこと言ってたじゃん』
「開き直るなよ...撮ろうとはしたんだけどな」
事実、何回か撮れるチャンスはあったし、別れ際にも言おうとした。結果はなにもしてないのだが。
『じゃあなんで?』
「......いやだったから。かな」
『嫌だった?』
「...あいつ、あんなに楽しそうにしてたのに、利用してるみたいで嫌だった」
順番は前後するし、全員そういう解釈をしていないことは分かっているが、今回のことは『夏凜をダシにしてうまい飯を食べ、こっちの目的の為に利用した』と捉えても仕方ないと思う。
確かに夏凜に限らず出掛けた時、相手に楽しんで欲しいって気持ちはあるが、それ自体が目標でありその先はない筈なのだ。
『また明日!』
なにより、あの笑顔を利用するのは__________
(...恥ずかしくて言えんな)
「まぁ、つけてたってことはどうせ幾らか撮ってるんだろ?そこから渡せば良いだろ」
『それもそうだな。じゃ、また明日』
『またね~つっきー』
「あぁ」
どっちからともなく通話を切る。
「......さて。今日は夕飯作ってくれるらしいし、これから何しよっかねー」
翌日。俺は一通のメールの着信で目覚めた。
『御託はいいから、今日のお昼一番食べたいものだけ返信しなさい』
メールの文面なのに感じる圧から逃れようと、まだ寝ぼけてる頭を使って一分程度で返信する。
『寿司かな。最近食べてないから』
その後、『昼の準備はしないで、家にいなさい』とだけ追加のメールが飛んできた。何が起きるのかは大体察しがつくが、その理由が分からない。
(夏凜は何を企んでるんだか...とりあえず連絡しとくか)
忘れないうちに銀への通話ボタンを押す。思ってた通りすぐにでてくれた。
『もしもし?椿?』
「あぁ。悪いんだけどさ、今日お前の家行くの午後でもいいか?なんか夏凜が家にいてくれって言うんだよ」
『あ、あー...うん。大丈夫。ていうか来なくて大丈夫だから』
「え?いいのか?」
今日の目的は、春信さんに渡す写真を選ぶことだ。
(まだ依頼を達成出来てない以上、やるべきことは...)
『そうなの。春信さんの依頼はもう終わったから』
「昨日の今日でか?」
『うん...そろそろ制限時間だから切るね。とりあえず来なくていいから!あと園子もだけど、今日はメールにも出ないから!』
「え、制限時間?おい」
『そのうち分かるから!じゃ!!』
「銀、おい...なんだってんだ?」
ぶつ切りにされた通話には、違和感しかない。とはいえ、銀が必要なくそんなことを言ってくる必要があるとも思えない。
少し迷った末に、俺は春信さんのメールアドレスを表示させた。
「......よしっと」
聞きたいことだけ書いたメールを送信すると、数分で返ってきた。
『椿君。ありがとう。ただしばらく連絡しないでいてくれると助かる』
「いや、質問の答えになってないが...」
普段はなんだかんだ優秀な春信さんがこうなってるということは、これ以上調べようとしても無駄なんだろう。
(にしてもどうしたんだ?銀も園子もダメ、春信さんもよく分からない。何が原因で...最近あったことなんて、それこそ夏凜との......)
「あっ」
----------------
「いやー、よかったの?私もなんて」
「いいのよ。一人くらいなら大したことないわ。寧ろ私だけじゃこんなに持てなかったから助かってるわよ」
たまたま部屋に来ていた雪花と二人、細い道路を歩いていく。通学路でもない椿の家への道は、最近やっと見慣れてきた。
「それにしてもびっくりしたにゃー。夏凜があんな大金持ってたなんて。おまけにそれを椿さんと食べるという...勇者部のレベル的に、食による懐柔は難しいと思うけど?」
「別にそんなんじゃないわよ...って、ついたわね」
喋ってれば道中なんてあっという間で、目の前に椿の家が見えた。躊躇することなくインターホンを鳴らすと、数秒で椿が出た。
『はーいって夏凜!?』
「お昼、持ってきたわよ」
『わ、わかった...すぐ開ける』
「そう言えば、親御さんは?」
「いないみたいよ。いてもこの量なら大丈夫でしょ」
「た、確かに...」
「い、いらっしゃい。夏凜...雪花も一緒だったのか」
「あ、邪魔でした?」
「そんなことないよ。寧ろ助かるというか...」
「?」
「いや。何でもない。とにかく入りな。今日も寒いしな」
(これは気づいてるわね)
インターホン越しの声も少し上擦ってるように感じたけど、実際に会って確信した。これなら話も早いだろう。
「お邪魔しまーす...あったか~!」
「来るの分かってたからな。それで...お昼がそれか?」
「そうですよ椿さん!回らない寿司屋で買ってきました!!」
「そ、そっか...」
「雪花、ちょっと用意しといてくれる?椿と話があるから」
「ん...了解了解。私は空気が読めるからね」
「その発言、空気読めてないわよ...じゃ、行くわよ椿」
「お、おう...」
リビングから廊下に出ると、暖かい空気が冷えた空気に変わった。椿も少し震えている。
(なんか、新鮮ね...)
普段私の方があたふたさせられることが多いと感じるから、珍しさがある。
「折角だし少し長めにしようかしら」
「何が?」
「何でもないわよ...それより、気づいてるわよね?」
それだけで、椿が一歩たじろいた。
「えーっと......」
「私から言う?」
「...春信さんからの依頼、気づいてたんだな。いつからだ?」
「昨日あんたと別れた後よ」
「成る程...それで、俺以外には制裁済みと」
「そういうこと。もう園子と銀からはデータを全て押収して縄で拘束したわ」
便乗した二人は徹底的に説教した。恥ずかしいったらありゃしない。
「春信さんは...」
「説教してから私と兄貴のツーショット写真を撮ったわ。さっきのお寿司は兄貴からの後払い報酬よ」
「...へ?」
「っ!」
(その顔は反則っ...!!)
「ぷっ...あははっ!」
「え、えー...」
予想はしていたが、それ以上に戸惑った顔を間近で見てしまったせいで、笑いが耐えられなかった。
「はーっ......」
「ちょ、何で笑ってんだ?」
「そりゃ...どーせあれでしょ?兄貴をぼっこぼこにしてお金を奪ってきたとか思ったんでしょ?」
「いやそこまでは思ってないが...てっきり春信さんを説教して、最後に冥土の土産持ってきて俺の首を狩りに来たのかと」
「私のイメージそんななの...?」
「いやそんなことはないが!!...というか、すまなかった。昨日出掛けようって誘った『目的』は、お前の写真を撮るためで......」
真面目に頭を下げる椿。ただ、私は自分の頬を赤くしないよう適当にあしらうことしか出来ない。
「はいはいもういいわよ...でもそうね。一つ命令を聞いてもらおうかしら」
「あぁ。何だ?」
「これから私と雪花と三人で、買ってきたお寿司をちゃんと食べなさい」
「え」
「あと午後は一緒に遊ぶわよ」
「二つじゃん...てか、それだけ?」
「そうよ。じゃあほら、早速行くわよ」
「いや、あ、おい!」
「...言えるわけないでしょ」
昨日も握った自分より大きな手。そこから想像以上の熱を感じて、ぽろっと余計なことを言ってしまう。
(絶対、言えるわけないじゃない...)
今椿の頭の中は疑問で一杯だろうけど、私が教える筈もないし、きっと数日後に忘れざるを得ない不思議になるだろう。
(だって...)
園子から没収した写真で見れる私が、びっくりする位の笑顔で。
『...あいつ、あんなに楽しそうにしてたのに、利用してるみたいで嫌だった』
自分をそんな風にしてくれる相手がこんなことを言うのなら、許せない筈がないのだから。
「ほら、食べるわよ!」
「...じゃあ、ご馳走になります」