「三ノ輪銀を覚えているか?」
かつて彼女が身につけていた勇者服で、かつて彼女が共に戦った親友に質問した。
「......覚えてないわけ、ないじゃん...ミノさん、三ノ輪銀。私達の大切な友達...」
大粒の涙をこぼす彼女の頭を撫でる。銀のよくやっていたことだ。
泣かせるつもりはなかったが、名前を出すだけで涙を溢されるとは思わなかった。少しでも気持ちを和らげて欲しい願いで撫でていく。
「うぅ...」
「今は我慢しなくていい。俺しかいないから普段よりいいだろ?」
「っ...うわぁぁぁぁぁ!!」
絶叫する乃木をひたすら撫でた。
抜け出したと言っていた彼女。すぐさま来た大赦。
体が動かなくなってから最長で二年。小学生から奉られた彼女の気持ちなんてわからないけど、きっと想像できる限界を越えて辛いことだろう。
(せめて今は...思いを吐き出して欲しい)
そう思って宥めると、すっかり夜を迎えていた。夏場なので寒くはない。
「落ち着いたか?」
「......優しいね。ミノさんみたいな手で...でも違う」
「そりゃな。銀のお墨付きだからそれなりに自信あるんだよ」
「ふふっ...つっきー」
「え?」
「ううん、古雪さん...」
「別にいいよ。つっきーで」
「なら私も園子で」
わっしーとかミノさんとかつけている辺り、あだ名をつけるのが好きなのだろう。
「つっきー...ミノさんに聞いてたんだ。アタシと全然違う幼なじみがいるんだーって。遠足終わったら紹介してくれるって...」
「俺も聞いてたよ。仲の良い友達が二人もできたって...まさか、こんな形で出会うとは思わなかったけどな」
俺達にある共通の話題は銀と勇者であることだけ。
「なぁ。教えてくれよ。神樹館にいたときの銀についてさ」
「私も小さい頃のミノさん、知りたいな」
「任せろ」
満点の星空が空を覆う中で、俺達は他愛もない_____それでも大切な思いでたちを語っていく。
「小五の銀の誕生日はサプライズでやってさ。弟二人は絵を描いて、俺はジェラート奢った」
「ミノさんらしいねー」
「醤油ジェラートの良さはわからなかったな...」
俺が小さい頃の銀との思い出を語れば、
「遠足の時、ミノさん焼きそば作ったんだよ。すっごくすっごく美味しかった~」
「あいつ家事もできるんだよ。立派な嫁になれたのにな」
「将来の夢はお嫁さんだったよ」
「なにそれ聞いたことない」
「恥ずかしかったんよ~」
園子が学校での銀を語る。
真夜中になっても話すことは底を尽きず、夢中で語り尽くした。
「東郷はやっぱり鷲尾なんだな」
「わっしーは記憶を無くしたんだ...両足も。どっちも散華の影響だよ」
「...園子は何回満開したんだ?」
「覚えてないな~」
「...ごめん」
「気にしないで」
話はそのうち勇者のことに変わり、銀が死んでから今の精霊システム、満開システムが追加されたこと。散華のことは知らされなかったことが話された。
「わっしーの武器あるでしょ?狙撃銃?だっけ?」
「あるな。スナイパー東郷だから」
「あれの名前『白銀(シロガネ)』って言うんだ」
「お、銀からとったんだな」
「うん。わっしーミノさんのこと大好きだったから。私も好きだったけど~」
わかったのは、三人が三人とも友達を大好きだったということ。
二人を庇って三体のバーテックスに立ち向かい、散っていった銀を助けられなかったことを後悔していることだった。
「...銀はよかったって言ってたぞ。お前らを守れたって」
世界のため、家族のため、友達のために銀は二度命を散らした。一度目の後、感想は聞いていた。
『アタシだけでバーテックスが帰ってくれてよかったよ。須美も園子も重症だったからな』
死ぬほどの怪我______というか死んだ人間が他人を気にするというのはそうそう出来ることじゃない。
「...ねぇ。つっきーはなんでそれを知ってるの?ミノさんが勇者だったことも秘密なはずなのに...」
「......今から言うことは、全部真実だ」
当たり前の疑問に答えるため、俺はこの二年間を話始めた。
突然銀と一緒になったこと。勇者部として、勇者として過ごしたこと。その時勇者として過ごした三ノ輪銀について聞いたこと。そして、満開の後で消えたこと。
一人になった俺が自暴自棄になったこと。友奈が、風が、勇者部の皆が、三ノ輪銀の弟達が救ってくれたこと。
「そんなことが...」
「信じるか?こんな話」
「......信じられないけど、信じるよ。つっきーが一生懸命話してくれたんだもん」
「ありがとな」
園子の頭を撫でると、少しだけ笑みをこぼした気がした。実際は包帯に隠れて分からない。
(俺の周りはいいやつばかりだな)
だから甘えてしまう。ここの居心地がいいから。
「でも...それなら、もっと前に会ってれば...ミノさんに頭、撫でてもらえたのかぁ」
「俺より銀の方がいいだろうからな」
「ううん。そんなことない...誰かに撫でてもらうなんて、もうないと思ってたから...嬉しいよ」
涙をこぼしながら、しゃくりをあげながら話す園子。
「あ...朝日」
気づいた時には朝日が昇ってきた。まだ姿は見えないが、空が明るくなってきている。
(そうだ)
「園子。目を閉じて」
「え?」
「いいから」
「う、うん...」
目を閉じた園子に、ちょっと細工をする。
「...終わり!」
「うん...なにしたの?」
「秘密だ」
「園子様。古雪様。お時間です」
「俺も様呼びなのね...勇者だからか」
朝日が顔を出した途端に現れた大赦の面々は、昨日の三倍近くいる。
(そんなに連れ戻したいか...こんな子を)
「ここまで、だな...園子」
「なにかな~?」
「話せてよかった。また話そう。約束だ」
「......うん」
「よし。またな!」
「...つっきー、またね」
今度こそ大赦の車に乗り込む。 園子の姿はすぐに見えなくなった。
「ご自宅までお送りします」
「あぁ。それ以外に送りつけるなよ」
未だに勇者の装束を解かない俺は、胸に手を当てた。
(銀の魂はここにある。俺にも、園子にも、東郷にも)
だから、俺は供物だとしても、銀の意識が戻らないとしても諦めない__________守りたいもののために。
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翌日。俺は学校を見事に遅刻した。睡眠が足りないに決まってる。
(園子に悪いことしたなぁ...)
出席したときには最後の授業で、担当教師からはこっぴどく怒られた。それで授業終わらせるのはどうかと思いますけど先生。
無事解散、いざ部室に向かおうというとき、動かない風が視界に映った。
「風?」
「...」
普段なら「遅刻なんてして!しかも最後だけ!?」なんて言ってきそうなものなのに、ぼーっとしている。
「ふーうー?」
「わっ!?なんだ椿か...」
「悪かったな俺で」
この会話だけで、普段の元気がないことはすぐにわかった。
「なんか悩み事か?」
話して欲しいと思った。俺を助けてくれた時のように、辛いことは分かち合いたい。
「っ...うぅん」
風の返事は微妙なものだった。
「犬吠埼さん」
「あ、はい。ちょっと用事あるから。部活今日は行かないからよろしくね」
立ち上がって呼ばれた先生の元へ向かう風の手を掴む。
「ちょ、椿?」
「勇者部五箇条。悩んだら相談。なんてな」
「っ...」
「メール待ってる」
それだけ言って俺も教室を出た。部室に直行すると、俺と風を除いた全員が揃っていた。
「早いなー」
「椿先輩!」
『古雪先輩連絡ないから心配しました!ジュースを望みます!』
「椿!あんたねぇ!昨日いきなり消えたと思ったら連絡もないし!」
それぞれの反応だが、どれも怒っていた。
「...ジュースとにぼし買ってきます」
「なんで私だけにぼしなのよ!私もジュース寄越しなさい!」
「はい!」
ジュースを自販機で六本買って戻る。流石に持ちにくいというか、諦めて自分の一本はズボンと腰の間に差し込んだ。
「お待ちどー」
各員にジュースを配っていく。
「あの、私は...」
「こいつらだけ買って東郷には買わない。なんてことするかよ。あと今日の報酬だと思ってくれればいいから」
「報酬?」
「用事で風は部活休み、俺もこのあと抜けるから部長代理よろしくな」
「...わかりました」
「頑張って国防に励んでくれ」
「国防...はい!!」
こう言っとけば東郷は大体スパルタの鬼軍曹となるので、仕事をきっちりこなしてくれるだろう。みんなで。
「椿先輩...」
『鬼!悪魔!』
「なんとでも言え。こっちは財布空っぽなんだよ...じゃあ後よろしくな」
風からのメールを確認して、俺は部室を飛び出した。
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「飲むか?」
「...ありがと」
子供達が遊んでいる公園のベンチで、椿の持ってきたジュースに口をつける。
「それで、なんかあったか?」
「...あんたも昨日、友奈と一緒にいたんだよね」
「そういうことか」
昼休みに聞いた。満開の本当の意味。
「体を供物にして戦う勇者...体は元に戻らない」
「......」
「樹と夏凜にはまだ話さないでって言ったけど...」
「それがいいだろうな」
「...これ」
声を上ずらせながら見せたのはスマホのメール画面。
「......大赦は満開の代償を隠してる」
内容は、身体異常についてなにか分かったかというあたしの質問に対し、現在調査中と返してきた大赦のやりとり。
それを見て、椿は顔を変えずに言ってきた。
「大赦なりの思いやりだって、昨日聞いたよ」
「先代勇者ってやつでしょ...?」
「あぁ」
「......あたし。どうしたらいいのか分からない」
さっき呼び出されたのは、樹が音楽の授業で付いていけないということ。声が出せないのだから当たり前なのに__________
この前も、『カラオケ好きの友達に誘われたから、断っちゃった』と言っていた。自分がいてはカラオケを遠慮するからと。
「樹になんて声を掛けたらいいのか、分からないよ...」
「...」
勇者に誘わなければ、こんなことにはならなかった。大切な妹を巻き込んでしまった罪悪感で死にたくなる。
椿は黙って頭を撫でてくれた。優しくて、あたしより少し大きい手。
「満開の後遺症をどうこうできるかは、俺にも分からない」
「...」
「提案できるのは、その辛い気持ちを樹に伝えてあげたらってだけだ」
「え...」
「元から過保護なのは知ってるが、そろそろ妹って枠だけじゃなく、同じ家族として頼ってみろよ。樹がそんなことを言われた程度で潰れるとは思えないし」
にこやかに微笑む椿に、私は息が詰まった。
「......」
「話せるうちに話してみろよ。悪い方にはいかないだろうしさ」
「っ!」
椿は、銀という子をもう失ってる。話せなかったことを後悔してる彼の前で、あたしは話せることを隠そうとしていた。
「...わかった」
「流石お姉ちゃん」
「あんたの姉になった覚えはないわよ!」
「痛い痛い!」
「...ぁりがと」
「ん?」
「なんでもない!!」
そこから買い物も手伝ってくれて、家に帰って。
「樹ー、ご飯よ」
「演劇、そろそろ本格的に始めないとね」
「大丈夫!声も文化祭までには治るよ!!舞台裏やらなくても平気だから!主役にしちゃうわよ?」
結局、何も話せなかった。
樹に、両親が死んだ時のような絶望した目をしてほしくない。
(悪いことなにもしてないじゃない...絶対治る)
「大丈夫...よね」
先代勇者のでたらめかもしれない。人間が死ねないなんてありえない。
『話せるうちに話してみろよ。悪い方にはいかないだろうしさ』
「怖い...怖いよ...」
あたしの左目は、暗いままだった。
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お姉ちゃんは最近無理してる。
ここ数日、気の使い方が凄くなって、私に対して少し怯えるようになった。
なにかある。でもわからない。
お姉ちゃんはいつも私のために行動してくれた。だから、今度は私がしたい。
夜。私は一通のメールを送った。
『少し、相談に乗ってくれませんか?』