そして、年内は最後の投稿になります(いつもの時間に投稿出来るか分からないのでこの時間の投稿)
この一年間見てくださった方々、最新話まで見てくださってる方々、本人にありがとうございます!今後も是非よろしくお願いします!良いお年を!
「椿さん!行きましょう!!」
「うん...」
「あら?元気ありませんね?プロブレムでもありました?」
「いや、なんていうか...信じられなくて」
今日は大晦日。元々一年の節目となる一日ではあるが、勇者部にはもう一つ、歌野の誕生日という記念日になっている。
流石にそんな日に学校は開いてないし、部室に入るのも迷惑がかかるので、現在水都の部屋を誕生日会用に装飾しているのだが__________何故か俺は、歌野に付き合えと指名されていた。
理由は分かる。大体こんな感じだ。
『今日は大晦日!!大晦日と言えば年越し!!年越しと言えば年越し蕎麦!!!アメイジング蕎麦!!!椿さん、一緒に最高な蕎麦を作りましょう!!!』
こうなるか、
『今日は大晦日!!明日には新年!!今年の感謝と来年の祈りを込めて、畑の整備をします!!手伝ってください!!!』
こんなところだ________その筈だった。というかそう思っていた。
『椿さん、私、イネスに行きたいです』
最初彼女がこう言ってきた時は、蕎麦の材料を買いに行くのかと思った。
「てっきり、蕎麦作りに必要な物の補充かと...」
「さっきも聞きましたよ。それ。今日はみーちゃんが蕎麦を作ってくれると言ってましたし、畑の整備なんて一昨日に終わらせてます。朝確認はしましたけど」
「まぁ、そうなんだけどさ...」
「椿さんからのイメージがどうしてこうなのか、全く不思議なところです」
「割りとイメージ通りだろうが。今日のが意外すぎるわ」
「んー...否定は出来ませんね」
からから笑う歌野の手には、みかんジュースの入ったプラスチックカップがあった。
『今日は椿さんの好きなみかんジュースのオススメを教えてもらいたいです!』
俺の予想を全て裏切った歌野の回答は、こんな感じだった。
理由としては、普段は蕎麦を勧めてるばかりだけど、みかんはあまり勧められないから。らしい。
確かに俺もみかんは好きだが、他人を強引に染めてやろうとは考えないため当然ではある。過激派組織そばうどん党とは違うのだ。
「今蕎麦のこと考えてました?」
「何その読心術。怖いんだが......にしても意外だ」
「まだ言いますか」
「いや、若葉じゃないんだなって」
「え?」
「言い争いまず若葉と始めるのがいつもだろ?だから、連れてくるもんだと」
俺と若葉が出会う前、西暦2017年頃にも、諏訪と四国での連絡でそんなことをしていたとか。
「うどんはなんだかんだ食べる機会がありますから」
「あぁ...確かにそうかもな」
「その点、椿さんはみかん勧めてきませんからね......そもそも、麺類勝負の時は焼きそば出してきますし」
「みかんは土俵が違うからって除外するだろ」
「えぇ?そんなことしませんよ?」
「...」
「な、なんですかその目は」
(人間、熱中して喋ってる時話してる詳細なんて忘れるよなぁ)
喉まで出かかった言葉を、みかんジュースと一緒に飲み込んだ。
「ぷはっ。なんでもない」
「むー、言いたいことはちゃんと言わないと伝わりませんよ?」
「世の中伝えて良いことばかりじゃないからな。お前のこと嫌いなんて面と向かって言わないだろ」
「え......」
「?...!!いや!別にホントにお前のことが嫌いなわけじゃないぞ!?」
解釈次第では最低な発言をしていることに今更気づき、慌てて弁解する。
(てか、涙目というか...泣いて!)
「本当ですか...?」
「本当!!」
「嫌いじゃないんですか...?」
「嫌いなわけない!」
「今度畑仕事手伝ってくれますか?」
「いくらでもやるから!!」
「じゃあよろしくお願いしますね!」
「嘘泣きかよお前ぇ!!」
実にテンポの良い切り返しにツッコミをいれると、一気に疲れが襲ってきた。
「来年頭に少し人手が欲しかったので、助かります!言質は既に取りましたからね?」
「はぁ...そんなの、わざわざこんなことしなくても頼めよ。断らないっての......ほら」
嘘泣きなのに本当に涙を流してる彼女を見てられず、タオルを取り出す。
(畑に行くと思って持ってきたのが役に立つとはな...)
「動くなよ...」
「い、いえっ!そんなの、やって貰わなくても大丈夫ですから!」
「あ...それもそうだな。はい」
「...手を伸ばすところまでやってからやめるんですね」
「お前が言ったんだろ?」
「それは、そうなんですけど...」
目元が少し赤くなってた彼女は、今度は頬が赤くなる。
「その...」
「......じゃあやるから動くなよ。ほら、顔だせ」
「んっ...あ、ありがとうございます」
「ん。じゃあ行くか」
行きたい場所はそれなりにある。タオルをしまった俺は、そのまま椅子から立ち上がった。
「折角歌野が珍しいことを言ってくれたんだ。頑張って紹介してみせるさ」
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「やっぱり季節上、秋と冬にしか並ばない商品が多いけど...この辺はそこらのスーパーやらコンビニやらでも買えて美味しいぞ」
「こっちのはどうなんですか?」
「甘味が強いんだよな。恐らく砂糖も入れられてる。好みもあるだろうが、俺としてはちょっとな」
イネスに来て始まった椿さんのみかん講座は、小さい頃からあるというフードコートにあるフルーツジュースを取り扱うお店、みかん専門店と続き、今は食料品ブースに来ていた。イネス以外でも買える、比較的安く買えるペットボトル系だ。
「後これはこっちの炭酸水で割っても美味しい」
「色々チャレンジしてるんですね」
「まぁな。伊達に立てない頃から通い詰めてない」
「立てない頃?」
「赤ん坊の頃からっことさ。ベビーカーの無料貸し出しやってたり、何かと便利らしいからな」
「へー...」
椿さんの話は、聞いていて分かりやすい。私や若葉はどうしても感情的に蕎麦、うどんの美味しさを伝えることが多いと思う。でも、椿さんはちょっと違った。
勿論感情的、個人的な好みの話もするけど、『これは毎年出す度にアンケート取って、来年に生かしてる』みたいな、他の人からの分かりやすい評価をメインに話すことが多いように感じた。
(私も真似してみようかしら...)
「歌野?どうかしたか?」
「椿さんって説明上手ですね」
「そうか?」
「えぇ。私でもしっかり分かりますもん。何かコツとかあるんですか?」
「んー...別にそんなこと言われることも少ないし、特に意識してることもなぁ...強いて言うならレポートか」
「レポート?」
「一時期春信さん...大赦向けに提出する書類を作ってた時期があってな。そこでお堅い文章というか、しっかり順序だてて説明する書き方とかは調べてやってた。後は受験の時の文章作りとかな」
「そんなことを...」
私は感心したけれど、椿さんは大したことには思ってないように続ける。
「ま、それなら風の方が凄いだろ。三年間勇者部の部長やってたわけだし、受験だって俺と同じ経験をしてる」
「風さんはそれ以上にハートで語ることが多いですから」
「...確かに」
「それに、私はそんな椿さんの話を聞いて、これを買いましたからね」
手に持っているのは、専門店の方で買ったみかんジュース。同じように説明されて、興味を持って買ったものだ。
「俺も張り切ってるんだよ。こうして話す機会って、案外ないからな」
「もっと普段から布教活動すれば良いのに...私と同じように頑張りましょうよ」
「歌野の諦めないところは尊敬するが...俺が言わなくても好きな人は好きだし」
「勿体ない」
「今日歌野が喜んでくれるだけで十分」
「っ......」
あまりの不意討ちに一瞬よろめいてしまった。
(流石に私も、心臓にヘビーなの来たわね...)
「?」
「椿さん...椿さんはどうして椿さん何ですか?」
「何突然。哲学?」
「いえ。やっぱりなんでもないです」
「そ、そうか...っと!」
「きゃっ!?」
突然腕を掴まれて椿さんに引っ張られる。何事かと思ったが、理由はすぐに分かった。
「あぁごめんなさい!」
「いえ。アイスは無事?」
「ぁ、はい...」
「なら良かった。でも、今度からは周りに気をつけるか、フードコートで食べな」
「はい...すみません!」
そそくさと、でも周りを気にしながら、同年代くらいの女の子は、カップのアイスを両手で持ちながらかけていった。道の先には恐らく友達の女の子が何人もいる。
「歌野、大丈夫か?強引に引っ張っちゃったけど」
「は、はい...すみません。ぶつかりそうになったのを助けてもらって」
「お互い見えてなさそうだったからな。でも何もないならよかった」
ほっとした顔が、私の目の前にあった。それどころか、至るところが密着してる。
「!!」
「あ、悪い」
腕を離してもらった私は、色々悩んだ結果。
「い、いえ...ありがとう、ございます」
小さくそう言うしか、出来なかった。
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(なんでこんなことに...?)
自分に聞いても、答えなんて返ってこない。答えてくれそうな相手は俺の膝の上で寝ている。
(さっきまでただイネスにいただけなんだがなぁ...張り切りすぎたんだろうか)
思い出すのは既に数時間前のこと。案外荷物が増えてしまった俺達は、荷物を歌野の部屋へ置くため、今の勇者部の大多数が住む寮に向かった。
隣の部屋である水都の部屋はまだ飾りつけなんかが済んでないらしく、ならば歌野の部屋で用意が出来るまで待てば良いということになり__________部屋を見た俺は、沈黙した。
(いや、部屋の前まで来てから歌野が挙動不審になるから、察してたところはあるが...)
見えたのは、一部の床と、本来ほぼ全体が見える筈の床を覆う紙。
『......』
『い、いやー...ここに来るまでは、こんなにプリント貰うことなかったので』
授業関係のプリント、期末テストの問題用紙、教科ごとになってたり、ファイルである程度纏められてたりするものの、それらが床に散乱していた。
『水都は?』
『みーちゃんは知りません...』
『去年はどうしてた?』
『みーちゃんと一緒に年末やりましたけど...今年は去年より畑仕事が多くて』
『......』
『......』
『やるぞ』
『......はい』
こうして手伝い、床に紙が散らばったない状態を作った。元々ファイルに入れてたりと整頓しようというやる気は見えていたからか、予想よりは時間がかからずに済んだのだが。
『ふぁーあ...』
『寝不足か?』
『まぁ、色々やることありましたから...』
『部屋の掃除はしてなかったのに』
『やめてください...』
『まぁいいや。それなら昼寝でもするか?準備が出来たら起こすから』
『じゃあ、それで......』
急に眠気が襲ってくることはたまにあるし、とやかく言うこともない。部屋の主をベッドへ向かわせ__________
(うん。ここまでは問題ないんだよな)
『...椿さん』
『ん?』
『ここに座ってくれませんか?』
『え、ここって...お前のベッドに?』
『はい』
『いや、邪魔になるだろ』
『いいですから。お願いします』
(やっぱここだよ)
『はい。これでどうする......おい』
『椿さん。私、枕は硬めが好きなんです』
『いや、そういうことが聞きたいんじゃなくて』
『ダメですか?』
『......好きにてくれ』
『はーい』
(あれか。頼まれると断れない俺が悪いのか)
俺の膝に頭を乗せ、ベッドに体を寝転がせた歌野は、数分経って寝息を立て始めてしまった。
(...ホントに硬めだな)
やることのなくなった俺は、更に数分間ぼーっとして、なんとなく歌野の枕を押してみた。確かに反発は強い。
(しかし、歌野はどうして...)
園子とかならまだ分かるが、歌野がこんなことを頼んでくるなんて今までなかった。確かに俺の膝枕は硬いだろうが、いつも通りの枕で十分なのは分かってる。
(何かあったのかな)
想像するのは自由だ。だからこそ、本人の思ってないことまで余計に考えてしまうこともある。ただの気まぐれか、それとも__________
「みー、ちゃん...そこはダメ......」
「......」
「そこは椿さんの、テリトリー...喰われるわ......」
(お前どんな夢見てんだよ)
ツッコミはなんとか心の中だけに留められた。
「みー...ちゃー」
「...はぁ」
しかし、俺の脇腹部分の服を掴んできた歌野の左手はかなり強くしがみついたまま。これには手を出さざるを得ない。
「流石にそこだけ延びるのも困るんでな......?」
独り言を呟き、指を開かせ、右手で握る。感じたのは小さな違和感というか、ちょっとした差。
(あ、そっか)
歌野の手は、他の勇者部員の皆より、少し硬かった。別にそれが悪い意味ではなく、寧ろ尊敬出来る努力の証。
所々にマメがあるのは、毎日毎日鍬を振るったりとした、畑仕事をしてきたからだろう。
農業王として、自分の好きなことを一生懸命してきた手だ。そして、勇者として、誰かのことを一生懸命守ってきた手だ。
(...諏訪の、勇者)
俺はその結末を直接見ている。その過程がどうであれ、諏訪の未来、そこに住んでいた勇者と巫女の未来を。
(......)
握った手を、絡ませる。指の隙間まで、彼女の熱を感じる。
(...大きいな)
物理的にじゃない。これを知っていたら頼りすぎてしまうかもしれないという、心理的な大きさ。
(歌野には水都がいる。あいつなら絶対大丈夫)
『星屑が現れた時は、うたのんが飛び出して行くから。星空は怖いだけじゃなくて、うたのんを思い出させてくれるから』
水都なら、歌野に頼りすぎることもない。それは間違いない。
だが__________それはそれとして。今は。
「今は水都だけじゃない。俺も、皆もいる。だから、頼ってくれよな。歌野......」
今日、みかんを説明してた時みたいに、頼ってくれることが増えたらいいな。なんて思いつつ、静まり返った彼女の部屋に俺の声が反響した。
「って、流石に恥ずかしいかな。誰もいなくてよかった」
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(ワッツ!?what!?どうしてこんなことに!?)
私の心は、とても穏やかではなかった。数秒前までは穏やかに寝てた筈なのに。
椿さんの膝の上で寝ようとしたのは、ちょっとした出来心だった。イネスで感じた熱が暖かかったから、もうちょっと味わいたいなと思って。誕生日だし、折角だからと。
結果は、みーちゃんとはちょっと違う、でも想像してたより心地よいもので、ちょっとゴロゴロするつもりが意識を保てないくらい寝てしまって________気づいたら、椿さんに左手を握られていた。
しかも、完全に恋人繋ぎで。
思考がフリーズした私は、椿さんが手をにぎにぎしてきたことで再始動する。
(!?!?!?)
変な悲鳴を出さなかったのは、女の子としての意地だったのか、それとも何か別の理由があったのか。
ただ、それで寝たフリを続けてしまったのはよくなかった。
「今は水都だけじゃない。俺も、皆もいる。だから、頼ってくれよな。歌野......」
(いや!?椿さん!?突然どうしたんですか!?何で!?ホワイ!?)
「って、流石に恥ずかしいかな。誰もいなくてよかった」
(起きてます!!私起きてます!!聞いちゃってますぅ!!!)
こんな調子で、完全に目覚める(フリをする)タイミングを逃してしまった。
(椿さん!手を離して!!顔が赤くなっちゃいますからぁ!!!)
結局私達は、みーちゃんが部屋に来るまで動かなかった。私は起きれなかった。
そのお陰か次の日はよく寝れたので、まぁ、よしとする。
(こうなったら、椿さんには農業王である私にとことん付き合ってもらいますからね!!)