古雪椿は勇者である   作:メレク

232 / 336
短編 秋原雪花は■■■■

今日も今日とて、鐘を鳴らす。どこまでも遠くに届くよう、自分の複雑に混ざった感情も乗せるつもりで。

 

(それで頭空っぽに出来るなら...な)

 

数回繰り返すだけで、わらわらと白い奴等が下から見えた。屋上から見る光景は、地面から生えてきたような印象すらうける。

 

相変わらず大きく憎たらしい口を睨みながら、別の思考が冷静にいつもの仕事をこなす。

 

「三体だ!!」

 

遠くで待機する彼女に向けて数を伝えて、俺は奴等に背中を向けた。

 

「来いよ!化け物!!!」

 

奴等にとって、丸腰の人間など餌でしかない。屋上から階段を伝って逃げる俺を、奴等は一斉に追いかけてくる。

 

(何でバカみたいに正直なのが多いんだ...いやいや。切り替えろ)

 

相変わらず壁を突き破ってくるなんてことはせず、一体ずつ、細い道に体を擦らせながら迫ってくる奴等へ疑問はあるものの、今の俺には関係なかった。奴等は俺より速いため、気を抜けば命はない。

 

(分かってる、筈なんだがな...っ!)

 

それでも、俺は無意識に笑顔だった。安心感が違うから。いつも通りやれば、平気だって分かってるから。

 

走り続けた俺は、建物内部の十字路までたどり着く。追いかけてくる奴等との距離を調節して右折し、足元に張ってあるワイヤートラップを引いた。

 

直後、曲がった道の先________俺がさっきまで走ってきた場所が光を放ち、けたたましく爆音を響かせる。

 

東京近くからきたとされる噂だと現代兵器は殆ど効かないと言われるが、俺達が分かっているのは、実弾等は全く効かず、逆に騒音や光、人間で言う五感に衝撃を与えると少し怯む。というのはこれまでのことで分かっていた。

 

そうなれば、俺の出来る仕事は殆ど終わっている__________

 

「雪花ぁ!!!」

 

十字路の先。怯んだ化け物を真正面に迎える方から、一筋の光が走った。

 

それは、まさしく闇夜を照らす光。

 

更に二本放たれた後、明るい方から聞こえる化け物のうめき声と、電気もついてない道の先から少し気の抜けた声がした。

 

「終わったよー」

「よし!じゃあまた掃除からしないとな」

 

これが俺と彼女の日常。そして、今の世界の日常。

 

西暦2019年。俺達は命を繋ぐため、戦っている。

 

 

 

 

 

「いやー、掃除は面倒だ...」

「雑巾がけとかしてこなかったの?お坊さんってそんなイメージ強いんだけど」

「するけど、お寺の廊下に爆竹のゴミなんてないよ」

 

唯一明かりのついた部屋で____正確には行き止まりの倉庫なんだけど_____でご飯を食べる。最近最後の火力発電所が奴等の襲撃にあったという話は聞いたけど、電気は変わらず使用できていた。彼女に力を与えてるらしいゆるキャラみたいな精霊によると、 この土地の神様が支援をしてくれているらしい。

 

そんな話を聞いて、元修行僧としては失礼かもしれないが、神様ってちゃんといるんだなと実感した。

 

「でも、掃除はしたし、仕掛けは作り直したし、これでOK」

「最初の頃は汚れた床も掃除しようとしてた人間が、すっかり染まっちゃって...」

「ネットであれこれ教えてきたのはそっちだろ。爆竹なんて初めて知ったし、もし五年前の自分にこんなことしてるって言っても信じないだろうな...」

 

今では強烈な光を放つライト、爆音を上げる爆竹を愛用しているものの、昔の愛用品は箒だった人間である。

 

「あ、そういえば最近、いくつかトラップの所になんか見慣れない袋も設置されてるよね...あれなに?」

「秘密。完成したら言うかも」

「かもなんかい」

「まぁまぁ。少なくとも今は使えないから」

「じゃあ楽しみにしてましょう...それにしても、大丈夫?」

「何が?」

 

目の前でレトルトカレーを食べる彼女は、俺のことをじっと見てくる。

 

「それ。今日で何日連続?」

「あぁこれ?美味しいよ」

「いやそうじゃなくて。飽きてこない?」

「そうでもない。修行してた頃思い出すくらいかな」

「えー...食べる?」

 

すっと伸ばされるスプーン。綺麗にお米とカレーが半々くらいに乗っているそれを、俺は突き返した。

 

「いや。人類の英雄である秋原雪花様は俺達の最後の希望。しっかり栄養をつけて、健康的な生活をしてもらわなきゃ困る。あるものでバランスは考えてるし」

「...はぁ。分かった。しっかり頂きます」

 

再び自分の口にスプーンを運ぶ彼女を見て、俺も袋から開けたレーションを口にいれた。

 

(あ、はずれだ)

 

記載されていた賞味期限を彼女にバレないよう確認すると、やはり切れていた。

 

 

 

 

 

西暦2015年。空から絶望が降ってきた。

 

白く蠢き、人間より大きな体を不自然にくねらせ、口のようなものを開いた未知の生物が、群れを成して人類に襲いかかってきたのだ。

 

口元を人の血で濡らし、次の獲物を求めて値踏みするように見てくる姿は、人間の恐怖心を煽るのに十二分過ぎるほど。

 

はじめは包丁なんかで立ち向かう人もいたが、基礎能力が違うのか、白い肌に刺さった包丁は抜けず、そのまま餌になった人間もいる。そんな化け物が突如として現れれば、混乱するのは当然。

 

しかもここ北海道だけではなく、本州の各地にも出たとなれば、どこにも逃げ場がないことは悟ってしまった。今では本州との連絡が出来ず、移動する手段も限りなくゼロ。

 

しかし、そんな絶望の中で、一人の少女が現れた。名前を、秋原雪花という。

 

特徴的な装束を纏い、化け物を一撃で屠る槍を投げる勇者様。彼女の活躍により、混乱の最中にあった最初の数日から死者が激減した。

 

だが、そこに喜ぶ暇はない。勝ち目のなかった化け物を倒せる少女を近くに置いときたいというのは、生存本能のある人間なら当然のことであり。

 

『秋原君、私の家に住むといい』

『いや、私の所に。親御さんも亡くなられたのだ。大変だろう』

 

毎日そんな声を聞いた俺は耐えられなかった。その後、そいつらに喧嘩を吹っ掛けたり、当の秋原雪花と話をしたり。

 

以来、俺と彼女はこの五階建ての大型ショッピングモールを拠点とし、日々生活している。必要以上の日用品や食料は初めのうちに周りの住民に吐き出しているため、わざわざ危険地帯となったここへ寄ってくる人はいなかった。

 

 

 

 

 

(あれから随分変わったなぁ)

 

気づけば化け物の襲来からもうすぐ四年。現状や俺達の関係はそれなりに変わった。

 

最初はただ健康的な食事をしてもらえるように用意していただけの俺は、このショッピングモール内に限れば戦闘のアシストを出来るようになった。

 

始まりは、実家にあった寺の鐘が化け物を引き寄せる効果があると分かってから。単に煩いと思うのか、奴等が反応する特別な理由があるのかは分からないが、結果があればいい。

 

それを生かし、このショッピングモールの屋上で鐘を鳴らし、近辺に現れた化け物を呼び寄せ、俺自身を囮とする作戦を立てた。

 

雪花自身もパトロールはしているし、そんなことしなくても敵を倒す力を持っているが、慣れた今ではただ戦わせるより相当負担を減らせている自信がある。ワイヤートラップはその過程で産み出したものだ。この連携で一日に十体くらいは倒している。

 

後は、初めの頃は名字呼びだったのが名前呼びになったり。

 

「椿さーん!」

「うん!?何!?」

「何じゃないよ。ぼーっとして、どうかした?」

「...いや、何でもない」

「ふーん...あ、もしかしてこれ想像してた?」

「ブーッ!?」

 

飲んでいた水を吹き出した。彼女が持っているのはなんてことのありすぎる本。

 

「まぁまぁ。椿先輩も年頃の男の子ですしぃ?分からなくもないですが...」

「おまっ、それはダメだって!!」

「『眼鏡女子を無理矢理拘束して○○してみた』...へー」

「ワーッ!!ワーッ!!!」

「あっ」

 

取り上げた本を持っていたライターで燃やしていく。黒煙は彼女に入らないよう外側へはたいた。

 

「なんでライターなんか」

「何もなかった。いいな?」

「いや、その反応でそれは...」

「な、に、も、なかった!!OK!?」

「...仕方がないにゃ~」

「よしよし...それで、ライター持ってる理由か?実は試してみてさ」

 

ポケットにいれていたのは、奴等の破片。

 

「これは?」

「この前倒した化け物の欠片。何故か全部消えてなくて...今日の昼間熱してたんだが、あいつら耐熱性は高いみたい。逆に押すと柔らかい感じするから、横から衝撃で押し潰したりすれば、雪花の槍を使わなくても倒せるかなーなんて」

「そんな強い衝撃どうやって与えるの?大砲?」

「そんなのないぞ...まぁでも、人の力より大きな物があればチャンスはあるよな」

「そんな適当な...えー、それならさ、ないの?」

「何が?」

「椿のお寺の鐘が奴等に効果あるんでしょ?だったらそこに飾られてた武器とかないの?もしかしたら効くかもしれないじゃん」

「あ、確かに!!ちょっと実家行ってみるか」

 

他愛のない雑談、有限だがしっかりした食事、でも、それが狂った生活を続けている俺達にとって人らしさを感じられる数少ないことだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「すー、すー......」

 

殆どの人が寝静まっている夜。毛布にくるまって寝てる一つ年上の男の子を起こさないよう、静かに離れた。

 

(にしても、これ使えるのかな...)

 

左手に握っているのは、今日の昼に椿が実家から取ってきたという刀。本人もよくわかってなかったけど、儀式用に用意されたアイヌの宝刀の残りだとかなんとか。

 

『昔聞いた話と掠れた昔の文字からの情報だから、本当にその通りか分からないけど...名前もないみたいだしな。よかったらつけてくれ』

 

そういう彼の手はかなり荒れていた。理由は分かる。あるかどうかも分からない刀をボロボロになったお寺で探したからだ。

 

あの白い化け物は人を最優先で狙うものの、あまり興味のない建物の中では神社やお寺を破壊することが多かった。今では荒らされてない場所が無いほどなのでそういったことはないが__________

 

(......そのせいで、死んだんだよね)

 

椿はお寺の住職さんの息子だったらしく、自分も修行僧と呼ばれる身だったらしい。

 

だから、奴等が現れた時も御両親はお寺にいて、すぐに殺されてしまったとか。

 

『俺はその時買い物を頼まれててな。無事だったわけだ。ラッキーな話だよ』

 

軽い感じで言えてたのは、実際にそれがあってからいくらか経ったからだと思う。そうでなければ狂ってるとしか言えないのだ。小学六年生で両親が死に、生き残った自分はラッキーだったと言えるなんて。

 

それに、すっぱり割りきってなければお寺から鐘を持ち出したり、刀を取ってきたりしない。

 

(そう...だよね?)

 

寝ている彼の顔を見ても、何も分かることはなかった。

 

「っと、そんな暇もないか」

 

 

 

 

 

古雪椿という人間との出会いは、私が勇者になってすぐのことだった。

 

私の両親が白い化け物に殺され、私が勇者として行動を初めてから少し。私の力を恐れていた周囲の大人が、声をかけるようになった。

 

『秋原君、私の家に住むといい』

『いや、私の所に。親御さんも亡くなられたのだ。大変だろう』

 

それは、うわべだけの甘い言葉。両親が亡くなった私を気遣った同情的なものに聞こえる建前。しかし、化け物に対抗出来る人間を手元に置きたいという本音が丸見えの言葉だった。

 

最初から断り続けていたが、あの人達も保身に必死。平行線だった話が終わるきっかけを作ってくれたのがあの人。

 

『いい加減にしてください!!困ってるじゃないですか!!』

『君は、古雪さんの所の...』

『恥ずかしくないのですか!日々私達を守ってくれている女の子に労いの言葉一つかけられず、自分の保身に走るなど!!』

『なんだと!!』

『子供の癖に!!』

 

それから数日、大人達と椿の言い争いが起こった。私としては狙われないぶん早く帰って寝たり、穴を掘ったりできたから嬉しかったけど、さらに数日して、椿に声をかけられた。

 

『秋原さん』

『...なんですか?』

『お話があるんです。聞いてくれませんか?』

 

椿の話の内容は、今自分が住んでいるショッピングモールに来ないかというもの。今はもう誰もいない自宅を根城にしている私にとって、食事を用意してくれる人は貴重で魅力的な提案ではあった。

 

『...人が大勢亡くなり、全てのお店がもうやってないショッピングモールです』

『え、今そこにいるんですか?』

『はい。家は雨宿りも厳しくなってしまったので...自分はうちに来いと誘われることもないですし。それで、どうでしょう?』

『...でも、そんなことしたら怒られません?多分古雪さん一人だからバレなかっただけで、二人、しかも私だって分かったら......』

『分かっています。対策も準備はしています』

 

(この人も自分を守って欲しいだけなのかな)

 

当時の私は、こんなことを思ってた気がする。そして驚くことに、それでもOKしてしまった。

 

理由の一つめは、大人の言い方とは違う、プラスの感情を感じたから。少なくとも保身のためだけにやってないことは分かる。

 

_______本来ならばそこを疑うのがいつもの私ではあるのだが__________

 

もう一つは、それでも他の人よりマシかなと、どこか諦めてたから。これからもしつこく誘われるくらいなら、妥協した方が良い。精神的にもきつい時期だったため、ちょっと雑だった感じはする。

でも、彼の動きは想像以上だった。

 

『これだけ出します。どうせもうこのお店が数日間で復活することはありません。でしたら有効活用し、勇者様にゆっくり休んで貰う場所が必要で、しっかり栄養をとってもらう必要もあります』

 

周りの大人を言いくるめ、次の日にはショッピングモールの殆どのシャッターを閉め、要塞に近い印象を受けるものにした。

 

更に文句を言ってきた大人は、私という力の独占や、食材、資源の独占を恐れていた人が殆どで、私が周辺警戒をしたり、必要最低限の食材を残してほぼ全てを渡して対応していた。

 

『結局、二人で食べていっては腐らせてしまうものばかりでしたから。少なくとも二人で五年暮らせるだけの食料は隠しましたし、大丈夫だと思います』

 

そうして始まった生活も、あっという間に四年近くが経っている。いつの間にか名前で呼びあい、敬語は抜けて、同じ部屋で寝ている。

 

精神が荒れていた私に、瞑想の仕方や落ち着き方、バランスの取れた食事を用意してくれた彼。

 

電子機器に殆ど触れてこなかった彼に、アニメやドラマ、ゲームといったネットの娯楽を教え、その知識で修行僧の面影をなくさせた私。

 

このショッピングモールを使った仕掛けを考えたのも、恐らくそういった影響があり、私が今それなりに安定しているのも、そのお陰だろう。実際走り回って戦うのと槍を投げるだけでは、疲労感は全然違う。

 

周囲の人は、はじめは離れていたものの、私達がここら辺の敵を誘い込み、迎え撃つことがあることを知ってから、少しずつこの辺に住む人も増えた。守ってくれる人がいる場所が固定化されたんだから、そこに近づくのは当然かもしれない。

 

でも、最初から私の味方でいてくれたのは、両親を除けばあの人だけだった。

 

『...なんで色々やってくれたの?』

 

いつだか、聞いたことがある。

 

『......あの時は親が死んで色々混乱してたから必死だっただけ...まぁ、今だからこそ言うが、保身もあったんだろうな。死にたくないって......でも、俺と同じように親を亡くして、それでも一生懸命戦うお前の手助けをしたいって思いが、俺を動かしてた。ってところかな』

 

その後恥ずかしくなったのか、しばらく椿は顔をこっちに向けなかった。

 

でも、それでも、私はそのお陰で_______________

 

 

 

 

 

「いやー。掘るのも勇者の力があれば楽勝だねぇ」

 

精霊に叩き起こされて徘徊していた化け物を切ってから、しばらく。私の槍でも椿の刀でもなく、スコップを握っている私はそんなことを口にした。

 

ここは、かなり前から一人で掘り進めている洞窟。吹雪で視界が悪い時なんかは勿論、良い時でもなかなか見つけにくい。そして、既に水等も幾らか備蓄が済んでいて、ようやく避難所として使えそうになってきた。

 

『この洞窟、他の人に教えてあげないの?』

「ん?これ?」

 

日本語は喋れないが、言葉を伝えて来ることが出来る私の精霊が、そう聞いてきた。

 

「それじゃ人の気配が増えて、あいつらに見つかっちゃう。私は勇者だけど、同時に人間だからね。生き残ろうと必死なんだ」

 

数年前、突然力を得たことを除けば、私はただの人間。

 

「勇者の力、折角なら有効活用しないとね。頑張るだけ頑張って、後はここに逃げる!」

『じゃあ、あの子には?』

「それは......」

 

精霊が誰のことを指してるかなんて分かりきっている。でも、私はすぐに返事を返せない。

 

この洞窟は、椿にも伝えていなかった。暇な夜だったり、昼のパトロール中にやったりと、バレないように少しずつ進めたもの。

 

何でバレないように作っているのかは、自分でも分かってなかった。

 

(いや...違うのかな)

 

あの人は一番近い他人というだけで、私は信用していない、信用出来ていない。そういう意味でもとれてしまう。

 

感じるのは、戸惑いと罪悪感。

 

(悪く思うなら言えばいいのに、言わない。でも丸っきり信用してないってわけでも...)

 

自分の気持ちが曖昧で、たまにどう接したら良いのかも分からなくなってしまう。

 

「......あー!こんな時は寝るに限る!!」

 

詰まった私は、スコップを放り投げた。ものの数分で拠点にしているショッピングモールに帰る。

 

(一応、起こさないようにしないとな...)

 

夜も深く、迷惑をかけないようにそっと倉庫部屋の扉を開けて_____

 

「雪花っ!!」

「え、うわっ!?」

 

寝てると思い込んでた椿は勢いよくこっちへ来て、私は避けることも出来ずに抱きしめられた。

 

「どこいってたんだ!こんな時間に!!」

「え、えっと...あ、あいつらが出たって言うから......ちょっと外に、ね」

「起きたらいないから心配したんだぞ!!」

 

目の前に見える彼の瞳は、涙を流していた。

 

「泣くこと!?」

「それだけ心配したんだよっ!!勇者だからって無理して良い訳じゃないんだぞ!!」

「あ、ぁー、ごめん......でも、離してくれない?流石にちょっと恥ずかしいというか...」

「ん...あ」

 

無自覚だったのか、それだけでバッと離れてくれる。触れていた部分が一気に寒くなった。

 

「ごめん...でも、次夜に出かける時は声かけてくれ」

「いいの?ゆっくり寝た方が良いんじゃない?」

「突然いなくなられてる方が心臓に悪い」

「...分かった。じゃあ次からそうする」

「あぁ...じゃ、寝るかー」

「あ、寝る前に話あるんだけどさ、この刀使ってきてみたんだけど__________」

 

結局、もう一度寝たのはかれこれ一時間くらいしてからだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「じゃあ行ってくるね」

「あぁ。行ってらっしゃい」

 

(なんかこれだと、夫の出勤を見送る妻みたいだな......逆だが)

 

どうでも良いことを思いながら、出ていく雪花を見送る。広域レーダーとも言える精霊が敵を見つけたみたいで、彼女も駆け足気味だった。

 

「さて。俺もやることやりますか」

 

最近は俺が刀の扱いに慣れてきたのもあって、なんとか雪花の力を借りなくても奴等を倒せるようになった。神社でその武器が手に入ったことはもう周知させているため、ここ数日は同じように武器を手に入れようとしてる人も多く、外が活発だ。

 

そういったこともあって、雪花が外で警戒してる時間も増えた。

 

(見映え的にはそっちのが良いもんな...)

 

守って貰えてると実感することが多ければ、その分批判も減って余計な体力消費を抑えられる。彼女が疲れて帰ってきても、最悪俺一人で相手出来る数ならずっと休ませてあげられる。

 

(かといって、何しよっかな)

 

つい先日、全てのトラップを仕掛け終えた。昨日使ったのも修復済み。刀の手入れもネットから得た知識を使って殆ど済ませている。

 

(...在庫確認でもしとくかー)

 

やることがないのは違和感を覚えてしまうため、足早に食用品を閉まっている場所まで向かった。

 

(そうだ。今日は雪花の好きなラーメンにしよう。インスタントだけど。後は野菜ジュースと...もうちょっと栄養考えないと......)

 

今でも野菜は育つし、漁業も細々とやっている。だが、それが俺達の元へ来ることはないため、新鮮さに関してはかなり酷い状況だろう。

 

(仕方ないことではあるが...)

 

二人ともやることがあり、ここに食料調達という仕事は増やせない。かといって手にいれた食料を譲ってもらう程周りに余裕があるわけでもない。寧ろここにある残りの食料を狙っているというのは、薄々感じているのだから。

 

こっちからちょっかいをかけ、燻っていた火に油を注ぐなんてことは避けたい。

 

(必要以上の物は殆ど吐き出したんだがな...そもそも、もう残りも少ない)

 

インスタントなんかも、数が心許なくなってきている。もしこんな状況が続く中生きていくなら、北海道から抜け出すことも考えなければならない。

 

(日本で一番北なわけだし、南下一択。問題は...)

 

雪花の力は、山の神、カムイから借りている力であると聞いた。山なんて日本全国に沢山あるが、北海道から出たとしてもその力を貸し続けてくれるのか。

 

しかも、南下したからといって安全な場所がある保証はない。

 

それにもう一つ。

 

(どれだけの人間が賛同するか...)

 

危ない橋を渡らざるを得ない状況で、今生きている人間がどれだけそれに従うか。ただ反対するだけならいい。狂った人間がどんな行動をするかなんて分からない。俺が考えられることなんて大して多くないのだ。

 

いっそのこと切り捨ててしまえば楽なのだが__________

 

(雪花だからな......ま、こうやって色々考えられるのを学べたのがアニメやドラマってのがまた変なところだが...)

 

「!!」

 

叫び声が聞こえて、反射的に屋上まで走る。

 

「くそっ、さっき出掛けたばかりだぞ。タイミング悪い」

 

眼下では、白く蠢く化け物が三体見えた。

 

(...三体ならやれるか?)

 

一度でもミスは許されない世界。慢心を抜いて考える。

 

「......よし」

 

高速で雪花宛のメールを投げながら、鐘を鳴らした。普段通り下を這っていた化け物は上昇してきた。

 

きっと、彼女なら見逃さないから。

「雪花に連絡はしたが、あいつが戻ってくる前に倒してみせるさ...」

 

しっかりした重さのある刀を引き抜く。銀の刀身は日の光を反射した。

 

「さぁ、こっちだ!!」

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「今日はやたら数が多いっ!!」

 

三体纏めて串刺しにしてから、手元に新たな槍を呼ぶ。投げ飛ばしたそれは白い化け物の顔に深く刺さった。

 

「でもこれで!!終わりっ!!」

 

恐らく40体目くらいの敵を倒して、私は無意識に止めていた息を吐き出した。

 

「はーっ...疲れるなぁ」

『あっちからまた来る。今の三倍以上』

「三倍!?」

 

精霊が伝えてくる情報に立ち眩みが起きそうだった。もしそうなら、単純計算で100体を越える敵が襲ってくるのだ。

 

「それは...」

 

私の脳裏に、秘密裏に掘り進めている洞窟が浮かんできた。

 

(もう流石に無理かな...私の手には追えない。洞窟に避難......するとして)

『あぁ。行ってらっしゃい』

 

同時に、さっき笑顔で送り出してくれた人のことも。

 

(一度伝えるために戻る?連れていく?それとも......見捨てる?)

 

まだ備蓄は十分とは言えない。一人が二人になったら、消費量は倍になってしまう。

 

「......」

「ふぁぁぁ!!助けとくれぇ!!!」

 

足を洞窟に向けた瞬間、その反対から__________多くの敵がいるという方向から聞こえた悲鳴で止まってしまった。

 

(......)

 

『勇者だからって無理して良い訳じゃないんだぞ!!』

 

「......あぁもう!!!」

 

誰に対してなのか分からない感情を声に出して、反対を向く。走り出してしまえば、敵を見つけるのはすぐだった。

 

「てぇぇやっ!!」

「おぉ、勇者様!!」

「大丈夫ですか!?」

 

追われていたのは、おばあちゃんと孫だと思われる女の子。

 

「いくら勇者様でもこの数は...孫と一緒に逃げてくだされ!!」

「おばあちゃん!!やだ!!そんなのヤダ!!」

「そうですよお婆ちゃん!!諦めちゃだめ!!」

 

(何を言ってるんだろう。私は)

 

さっきまで諦めてそうになってた人が、他人を励ますなんて。

 

(でも、それでも私は)

 

槍を構え直して、目だけで辺りを確認する。開けた場所だから、私の武器(槍投げ)がしやすい、理想のフィールド。

 

「二人とも、私が守りますから!!」

 

『勇者だから』

 

脳裏によぎったその言葉は、誰が言ったのか分からなかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ハァ、ハァ...!」

 

座り込み、壁にもたれて息を整える。滑り止めにつけていたゴルフグローブも外し、手を振った。

 

(汗で滑りかねん...!)

 

奴等が現れた頃から、夏にも雪が降ったりと、気象が荒れるようになった。今日は割りと良い天気だったが、気温はかなり低く。

 

そんな中、俺は全身から汗を流していた。

 

「なんだってこんな...!」

 

悪態をつきつつ、手鏡で自分の目だけでは見えない通路も顔を出さずに確認する。グローブもそうだが、刀で戦えるようなってからの必需品の一部だ。

 

雪花がいない時に戦闘になった場合、隠れながら奴等の背後を取り、トラップで動揺させた後切り刻む。そこそこに通用してきた手段だった。

 

だが、今回はそれではすまなかった。初めは数体だったのに、今はもう両手で数えきれない程の敵を相手にしたし、それでも尚敵がここにいる。流石にこんな数が一度に来るのは、雪花がいる時でもしたことがない。

 

(せめてあいつの槍が使えれば...)

 

彼女の武器は投げて使い捨てることを前提としているのか、何個も同時に出すことが出来る。しかし、彼女の手元を離れた武器は数分で消えてしまう。

 

とはいえ、ここで奴等を一撃で屠れる投擲武器と、何度も切りつけてようやく倒せる近接武器を比べてしまうのは、仕方ないところである。

 

(っと、邪念を捨てろ。死ぬぞ)

 

力を持たない自分の正義感で奴等を呼び寄せたのは、他でもない俺である。それに、今更逃がしてくれる筈もない。

 

(でも、こんなのまるで...っ!!)

 

手鏡にうつった白い化け物を確認して、息を殺した。通路を真っ直ぐ進んでいく二体と、こっちに曲がってくる一体。

 

(落ち着け。いける。やれる)

 

左手にグローブをはめ直して、刀を握った。鞘はもうどこかに投げている。

 

(そうだ。もっと近づいてこい)

 

奴等は正面の大きな口が特徴だが、正面全体が顔で、目もあるように動くのは随分前から知っていた。つまり、人と同じく死角が存在する。というのは前々から知っている。

 

奴は小さくなっていた俺に気づかず、真っ直ぐ進んだ。

 

(ここで!!!)

 

足のバネを全力で使い、振り向きかけた奴の横腹に刀を突き刺す。

 

「う、おぉっ!!!」

 

横凪ぎに払うも、それじゃあ奴等を倒すには足りない。もっと傷を与えなければならない。

 

だからこそ俺は、すぐさま逃げ出した。白い化け物は体を震わせ追いかけてくる。

 

「そうだ!こっちに来い!」

 

こっちは全力でのダッシュ、向こうは海を悠々泳ぐかのような動きだが、それでも速度は敵わない。

 

(そんなこと何年も前から知っている!!)

 

十字路を右に曲がった俺は、すぐさまワイヤーを蹴り飛ばした。緩く固定されていたそれはすぐに抜け、トラップを作動させる。

爆竹の音が鳴り終わる頃には、俺は動きの鈍った奴に再び刀を突き刺した。弱めの個体だったのか、今回は二回でやられてくれた。

 

「はぁ、うっ...助かった...」

 

嗚咽を溢しながらも、なんとか立ち上がった。正直もう動きたくないくらいには体力、集中力を使っている。

 

(だけど...まだ)

 

「!!くそっ!!」

 

音を出した場所からすぐ動けなかったせいで、角を曲がってきた化け物と目があった。体に鞭をうち走り続ける。

 

(まだ...この場所を守れるんだ。雪花が来るまで持ちこたえればっ!?)

 

鼓舞していた自分に動揺が走る。一本道で化け物に終われてる状況で、道の先に新たな奴を見つけてしまったから。

 

(運が悪すぎるだろ...けどなぁ!!)

 

「終わらせねぇ!!!」

 

目が合い、こちらに向かってきた奴に向け、俺は足を止めなかった。

 

「ハァァァァ!!!」

 

気合一閃。限界まで跳び、人で言うと脳天であろう場所に刀を刺し、支点として体を回した。三メートル近くある奴の上を越えたところで刀を離し、バランスを崩しながら地面に転がり込む。

 

吐きそうな感覚を押し戻しながらも、なんとか挟み撃ちの状況を脱した。刀を拾い直す必要はあるが________

 

(でも、まだ...?)

 

刀を刺した方は、そのまま地面に倒れ、淡い光を放ちながら溶けていった。疑問を浮かべたのは追っかけてきていたもう一体。

 

気にせず俺を追いかけ来るのかと思ったら、反対を向き、泳ぐように離れていく。こんな見逃されるような動きはされたことがない。何の目的が__________

 

(......待て)

 

「おい」

 

自分がどういった道を通ってきたかを思い返し、結論と奴が曲がった道が重なった瞬間、俺は刀を拾い走りだした。

 

「お前が、お前らが」

 

その先は行き止まり。しかし、ただの行き止まりじゃない。

 

「入っていいわけないだろうがぁ!!!」

 

俺の方を向きもしない化け物を後ろから切り続け、倒す。とはいえその時には、行き止まりにある一室に入ってしまった。

 

すなわち、俺と雪花が普段寝泊まりをしている場所へ。

 

そして、化け物が消え見えるようになった部屋の中を見て、荒かった息を整えもせず聞いた。

 

 

 

 

 

「......何してるんですか。及川さん」

 

敬語が出せたのは、奇跡か昔の習慣の賜物だろう。

 

及川亮一。生き残った大人の中では権力が高く、実質的な指揮者だった。

 

『困るな。指導者である私を優先的に助けてもらわねば』

 

『食料の分配は使える人間からわける。当然のことだろう?』

時間が経つにつれ、過激な言動が増えた人。

 

『秋原君、私の家に住むといい』

 

そして、雪花を自身のものに取り込もうと熱心に勧誘していた人。

 

そんな人が、俺と雪花の居場所を荒らしていた。

 

「何をしているだと!?それはこっちの台詞だ!!これはなんだ!?こんなに多くの食料を隠し持っていて!!!」

 

一昔前の泥棒が持ってそうな風呂敷を広げると、二人でなら数日持つくらいの食料。

 

「......盗もうとしたんですか。鐘の音を聞いて、俺が敵と戦ってる隙をついて」

「そんなことは関係ない!!答えろ!!お前達は力のない一般人を助ける義務があるだろう!!」

 

噛み合わない、平行線な話。それでもすぐ理解できた。

 

(盗もうとしたのは本当で、化け物にも俺にも見つかって誤魔化している)

 

俺は勇者じゃない。ただ武器を持った一般人だ。

 

そもそも、勇者に、雪花に、皆を助ける『義務』などない。

 

刀を握る右手を振り上げないようとする気持ちと、抑えなきゃいけないという気持ちがぶつかって、右腕が震える。

 

だから、怒りと失望に飲まれた俺は、今自分がどんな状況だったのかを忘れてしまっていた。

 

「ひっ!!」

「!」

 

はっとなったのは、皮肉にも及川さんの悲鳴。振り向くと、三体の化け物が俺を見ていた。

 

(...あぁ。やっぱりそうなんだな)

 

この状況において割りとどうでもいいこと。だが、思ってしまった。

 

こいつらはバカじゃない。俺というしぶとい奴より、抵抗しない、抵抗出来ない人間を優先的に潰す。端に追い詰め、数で圧倒する。

 

いや、今この瞬間までも、仕組まれたものかもしれない。戦力が増えたのを厄介だと考え、分断して足止めし、弱い方を潰す。

 

これまでの経験からなのか、生まれもって考えられたものの、人間の行動を観察するためにバカを演じてきたのか。俺には分からない。

 

だが__________こいつらは、知性ある生物だ。まるで、全能な神々が人間に試練として召喚したかのような。

 

「おい!さっさと倒せ!!どうにかしろ!!」

「...あんたに出来るのは、俺と一緒に死ぬか、俺の邪魔をしないよう黙って祈るだけだ。耳障りなんだよ」

「何ぃ!?」

といっても、もう選択肢なんてなかった。

 

今まで色々やってきて一体ずつ倒してきた相手を、正面から、三体同時に戦う。

 

(無理だ)

 

とっくに心は折れている。折れているが_____やることがないわけじゃない。

 

(ごめん。雪花)

 

左手を素早く動かし、ポケットに入れていたスイッチの一つを押す。瞬間、辺りが爆音で満たされた。化け物の動きが止まる。セットしたもので考えて、約二秒。

 

(お前の場所。守れそうにないや)

 

これまでより明らかに早い段階で立ち直った奴等は、俺の方へ向かってきた。

 

(でも、こいつらだけは連れていく)

 

爆発によって広がっているのは、各所に仕掛けた小麦粉、石炭の粉。全体に広がったそれに加え、密閉空間のショッピングモール。ならば後は火をつけるだけで、アニメで見た爆発が________粉塵爆発が完成する。

 

やつらに効くかもしれない最終手段は、心中すること。

 

(...神様。どうかお許しください。そして、お願いいたします)

 

どうか、成功するように。

 

「化け物ども......見せてやる!これがっ!!人間の悪あがきだぁぁぁぁ!!!!」

 

俺は、もう一つのボタンを押し、辺りにセットした着火装置をつけた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「これで、終わり...はぁ......」

 

急に天候が悪くなって、冷たい北風と吹雪が吹き荒れる。視界も悪くなったものの、最後の一匹を倒した私は、口から白い息を吐いた。

 

「勇者様...本当にありがとうございます。なんとお礼を言ったらよいか...」

「ぁー...いいんですいいんです。勇者の務めですから」

 

嘘をついた。勇者の肩書きがあるからやったわけじゃない。自分が勇者らしいとは思わない。

 

「それより、いつまたここが危険になるかも分からないので、家にいてください。あいつら隠れてる家に突っ込んだりすることはそうないので...」

「分かりました...」

「送りますか?」

「いえ、勇者様には勇者様のやるべきことがあるでしょうから...改めて、ありがとうございました」

 

深々とお礼をしてくれるお婆ちゃん。一方、女の子の方は動かなかった。

 

「どうかした?どこか怪我しちゃった?」

「んーん...勇者様、ありがとう!これあげる!!」

 

渡されたのは、ちょっと袋がくしゃくしゃになってる飴。どうやらバッグの中を探してたらしい。

 

(...あぁ、そうだね)

 

「美味しいから元気になるよ!」

「...んにゃ。お菓子は大丈夫。貴女がとっときなさい。私は料理を作ってくれる人がいるから」

「そうなのー!?」

「そうなのだー。だからお家で静かにしてて。私も頑張るから」

「うん!!」

 

満面の笑みを浮かべる女の子。

 

(私は、守りたい人がいるから戦う)

 

諦めるのは、もう少し頑張ってからでいい。こうしてありがとうって言ってくれる人が間は、私を気にかけてくれる人がいる間は。

 

「...まだ、頑張れるから」

小さく呟いたのは、吹雪にかき消された。

 

 

 

 

 

「何これ...」

 

あの後、椿から連絡が来てるのに気づき、なるべく早く戻ってきた。屋上から中に入った私は、辺りを見てそう言ってしまう。

 

やたら床が白っぽくなってて、空気中にも何かが舞っている。

 

(何が起きたの、椿は...!?)

変な汗をかきながら、椿の姿を探す。でも、なかなか見当たらない。

 

五体目くらいの敵に槍を投げてから、私の目は一点に注目した。してしまった。

 

それは、私と椿が普段生活している場所。そこに数体の白い化け物がたむろっている。

 

(まさか!?)

 

「離れなさいっ!!」

 

一体貫いたところで、違和感は最高潮になった。

 

残りの数体が、道を開けるように左右に別れたのだ。

 

「!!!!」

 

そして、見てしまった。最奥にいた一体の振り返った姿を。口元を赤くして、歯ぎしりからぐちゅりと音を鳴らす姿を。

 

気づいたらそいつの上にいて、槍を刺していた。倒れた化け物は消えて、床に着地する。

 

赤い血溜まりのある、床に。

 

「...やだ、やだ。やだやだやだヤダヤダヤダヤダ!!ヤダッ!!!!」

 

嘘だ。冗談に決まってる。こんなの何かの間違いだ。現実を受け入れたくない。

 

そう、こんな状態だったら、椿だなんて分からない。別の人かもしれない。

 

だから私は、叫んだ。

 

「どこにいるのっ!!椿っ!!!」

 

 

 

 

 

「はいよ...」

「!!!!」

 

幻聴なんかじゃなく、声が聞こえる。涙でぼやけた視界が、壁際にいる椿を見つけた。

 

「椿!!無事だったんだ!!」

「雪花か...?」

「それ以外誰に見えるの!私に決まって......」

 

どうしても声が喜びを隠せない中、椿の元へ近寄って________息が、うまく出来なくなった。

 

「っ、ぁ...」

「悪い...目が上手く開かなくて、耳も遠くなっちまったんだ......もう少し大きく喋ってくれるか?」

 

絶え絶えにそう言う椿の目は、しっかり開いている。耳は、片方赤く濡れている。足は、左足が途中からない。

 

つまり、話せてるのも奇跡なくらいの状態なのだと、気づいてしまった。何も見えないほど視力が落ちていて、片耳や片足が引きちぎられて、それ以外にも、至るところが血だらけで。

 

「嘘...こんなのって......!!」

「雪花...ごめんな。お前の場所、守れなかった」

「そんなことっ!!」

 

私は、洞窟なんて掘って、ここから全部捨てて逃げようと考えていたくらいで。

 

「せめて、道連れにしようと...うっ、したんだけど......アニメのようにはいかねぇや」

「...まさか」

 

『小麦粉で爆発ってするんだなー』

『何見てるの?』

『ん?このシーン。これならここでも出来るんじゃない?』

『出来るわけないでしょ。全部纏めてドカンで死ぬよ?』

 

懐かしさすらある話で出ていた、あれを実行しようとしていたのか。

 

「何やってるの!!そんなこと、どうして!?」

「...もうこれ以上、失うのは嫌だから。まして、好きな奴との場所すら守れないなんて、な」

「そんな...そんなの...ッ!!」

 

場所なんてよかった。ただ側にいてくれるだけで、毎日話し相手になってくれるだけで、生きてくれているだけで、十分だったのに。

 

(たったそれだけで、私はあんなに嬉しかったのに...!!)

 

自分の気持ちに今更気づいても、もう遅い。

 

「椿。お願い。死なないで...お願いだから......」

「いいか、雪花。大事なことだからよく聞けよ。あいつらはな」

「そんなのいいっ!!貴方以上に大事なことなんてっ!!」

「くっ...あいつらはただのバカじゃない。ちゃんと考える力が、あって、強くて......」

「椿ッ!!!」

 

もう声も届かないのか、会話が噛み合わない。そのうち、会話のテンポが離れていく。私は速く、彼は遅く。

 

「お願い!!私を一人にしないで!!側にいてよ!!」

「でも...雪花、なら、大丈夫。だって、勇者だから」

「違うっ!!私は勇者なんかじゃない!!大事な人も守れないなんて、勇者じゃない!!」

「...お前はそうやって、否定する。でも」

「!!」

 

見えてない筈なのに、私の頭に手をのせて、ゆっくり撫でられた。

 

「ぁ...」

「そんなことはない。例え怖くて、逃げ出したくなっても、自分が危ない目にあっても、お前は今、ここにいる。誰かを、思って、ここに帰ってきてくれる。だからお前は...勇者だよ。例えお前が否定しても、俺が、肯定するから。うけいれるから......」

 

絞り出すように紡がれる言葉は、そこで区切られた。

 

「だから...どうか、おれのぶんまで、生きてくれ」

「!」

「いままで、ありがとう...大好き......」

「......ねぇ」

 

(あ、あぁ)

 

耳鳴りがする。頭痛がする。

 

「つ、椿。起きてよ...そ、そんな体勢で寝たら、体痛くしちゃうから。ね?」

 

焦点の合ってない椿の目からは、光が完全に消える。頭にあった手が、だらりと下がる。口からは、今まで溜めていたのか、赤い唾液が溢れる。

 

(あぁ、ああぁ...)

 

「起きて。起きてよ」

 

目は瞬きをしない。口は半開き。

 

「椿、つばき......」

 

(ぁ_____________)

 

 

 

 

 

視界の端に映っていた白い化け物が、急に震えた。まるで喜んでるみたいに、何体も同じ動きをしている。

 

こいつらが知性がない生物だとは思えなかった。単純なら、人をいたぶった上、死ぬまで放置、私が来ても襲わずに待つなんてことする筈がない。

 

ただ餌のように食べるより、死に際を見ることを優先したのだ__________

 

奴らを睨み付けても、何も変わらない。彼を見つめても変えられない。私は彼を見殺しにした。

 

避難先を用意したのに、その存在すら言わず。連絡が来ていたのに反応せず。最後は無力に冷たくなった体を抱きしめることしか出来ない。

 

好きと伝えることすら許されない仕打ちをしてから、自分の気持ちに気づいて。

 

「......ぅぅあ」

 

(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい...)

 

助けられなくてごめんなさい。守れなくてごめんなさい。一緒にいれなくてごめんなさい。貴方の勇者になれなくてごめんなさい。

 

体と心が引き裂かれるような感覚の中で、私は化け物に目を向けた。

 

 

 

 

 

「アァァァァァァァァアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

涙に濡れた声で吠えながら。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

日本の北部、北海道の地で、少女の叫び声が響き渡った。

 

時が戻れば。全能の力があれば。少女の願いが叶うことはなく、世界はなにも変わらない。

 

時は2019年。天の神により、四国以外の土地が炎に包まれる数時間前のことである_______________

 

 

 

 

 

 




秋原雪花は救えない 設定集

秋原雪花(あきはら せっか)
勇者になるより前はほぼ原作通り。椿とショッピングモールで生活することになってからは、周辺パトロールをする傍らで避難先として使う洞窟を作っていた。
椿が好きだったものの、人間らしい保身の考えと勇者らしい善意に隠されていたため気づくことはなかった。
椿より一つ年下だが、月日が経つにつれ敬語は使わなくなった。
武器は槍(用途は主に投擲)

古雪椿(ふるゆき つばき)
とある寺の一人息子で修行僧だった。
雪花と生活を初めてからはショッピングモールに残ってた物で料理をしたり、娯楽を楽しんだり、敵に対抗する術を考え実行に移した。
道連れ用に作っていた粉塵爆発が不発に終わってからは、星屑三体を刀だけで倒してみせたものの、足を噛みちぎられ、体当たりを受けて致命傷を負い、最後は雪花に抱かれながら死亡した。
武器は主に刀。雪花(勇者)が触れたことにより奴らへの攻撃力を有した。

及川亮一(おいかわ りょういち)
原作では名字のみ登場していた。
死にたくないという理由から雪花を養子として迎えようとしたり、権力者であることをひけらかして守ってもらおうとした。
次第におかしな言動が増え、最後は二人が戦ってる間に食料を盗もうとした故に襲われ、死亡している。





後書き(飛ばして大丈夫)

雪花さんの地元を舞台に、いわゆるバッドエンドを書いてみました。ちゃんとバッドを書き上げたのは人生で初めてなんじゃないかな...

年明けから雪花さんの誕生日をどうしようか考えてた時にこのアイデアが浮かび、これだけ書いてますし、一話くらいこういうのがあってもいいかなと思い、気づいたらそれ以外やめてずっと書いてました。書き上げてから、誕生日にする内容じゃないよ...と思い、誕生日短編は別で仕上げるという。

折角書いたので引き込まれてくれてたら嬉しいです。また、原作アプリの方を見てないという方いたらそちらの方も是非。辛くなったら前話を振り返ってください。

これ以上は話すと長くなりそうなのでこのくらいにします。見てくださった方々ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。