気を取り直して...今回はバレンタイン短編です。遅れて申し訳ない...『慣れない二人』を書いたものですから思ったより時間がかかってしまった。
誰かはすぐに分かります。それではどうぞ。
時刻は午前六時。扉をノックするものの、いつも通り向こうからの返事はない。
「はぁ...入るぞー」
躊躇うことなく合鍵を差し込んで扉を動かすも、やはり反応はなし。カーテンが閉まった薄暗い部屋を俺は進む。
「ほら、朝だぞっ」
目的地は数歩先にあるベッド。部屋の主である彼女を揺らすと、ごろんと寝返りを打った。
普段の凜とした姿はなく、自堕落という言葉が似合いそうな少女。それでいて美少女なのは一目で分かるから目線に困る。
「んっ...」
「むぐっ」
見惚れてた俺は自覚するより早く首に腕を回され、ベッドへ向けて引き込まれた。とてもじゃないが対応できる速さじゃない。
布団とは別の柔らかさと、理性を狂わせてくる香りが同時に襲ってくる。
「寝てるわ...」
「バカ言え。起きてるだろうが」
「...つまらないわね」
「その速度で来られれば分かるっての......早く離してくれ」
「...嫌よ」
恐らくノックの音で起きていた彼女は、より力を込めて俺を自身の胸元へ誘うように抱きしめてきた。誘惑に耐える訓練としては朝から最高級のメニューだが、普通に理性が辛い。
「早くしろ!飯作ってくれ!」
「...仕方ないわね」
やっと解放されて彼女の顔を見ると、普段通りの顔に戻っていた。やはり眠そうにしていたのは演技だったのだろう。
てきぱきと布団を整え始めたのを見て、俺は改めて口にした。
「はぁ...頼むわ、レン」
「分かっているわ。この弥勒に任せなさい」
『最強』とは、 読んで字の如く最も強いことを指す。どんな分野であれ、最強は他より秀でており、その畏怖や敬意を込めて呼ばれるものであろう。
では、俺にとって分かりやすい最強はなんだろうか。答えを率直に言うならば、俺自身には最強と誇れることがない。しかし、多くの分野で最強である人物が側にいるのですぐ分かる。と言ったところだろうか。
そう思えるくらいには、彼女は__________弥勒蓮華(みろく れんげ)は凄かった。
どんな状況でも目に止まるであろう綺麗な肌、自らの手で着飾っているとは思えない艶やかな髪、他者を魅了してやまない容姿。
鏑矢(かぶらや)として鍛え上げられた肉体は仕上がっており、勉学に関しても高成績を取り続けている。
更に家事は万能。器用貧乏ではなく、料理、洗濯、掃除、どれも高水準で纏まっている。器用万能とでも言えば良いのだろうか。
(まぁ最後のは比較対象が俺達三人と俺の母親しかいないから微妙なところだが)
今朝食を作っているのは彼女が望んでいるからでもあるが、作るのがメンバー内で一番上手いからでもあった。
『体は全てにおいての資本。その己の体に入れる食べ物には、どれだけこだわってもいいのよ』
それは、彼女がいつだか言った言葉。気持ちは分かるし、俺も彼女の料理を食べ初めてから体が元気になった気がする。
まさしく非の打ち所のない、弱点など何もない彼女だったが__________俺の知る中で唯一、増えた弱点がある。
「おうツキ、ロックは起こしたんか?」
「あぁ。もうすぐ料理が出来るだろうから待ってくれ」
「了解や」
椅子に座っていたのは桐生静(きりゅう しずか)。灰色の髪をアップで纏め、配給された制服に自分で買った上着を着ている同級生の少女である。
話を戻して、彼女に増えた弱点は朝自分から起きなくなったことだった。朝食を担当するにも関わらず放っておくと誰よりも起きない。そんな厄介なことになった原因はより特殊、というか理解不能で、なんとも言えなかった。
「にしても、今から夫婦みたいやな。結婚式はウチがスピーチしたるで」
「えぇ...やめてくれ、俺とあいつはそんな関係じゃないから」
「毎朝やることやっといて信じると思うか?」
「ただ起こしてるだけだから...」
「ツキがいなければロックがこんな遅起きにもならへんかったし。ていうか乙女よな~?」
「乙女...か?あの行動が?」
静の言うことが理解出来ないまま返事だけはする。正直乙女なら男に寝てる姿を見せようとはしないと感じてしまった。
『私、これからは椿に起こしてもらうわ。このくらい聞いてくれるわよね?』
そう言った次の日から、彼女はぱったり自力で起きなくなった。そのせいでほぼ毎日俺が起こすようになったし、レンが抱きついてきたりしてくるようになった。
「...静」
「んー?」
「何であいつ、俺に頼んできたんだろ」
「またそれかいな。聞き飽きたわ」
「だって...」
タイミングを逃しがちで今も聞けていないが、とてつもなく優秀な彼女が何でそんな非効率なことを言ってきたのか、未だに謎だったりする。
「ウチが男ならそんなこと気にせんで。美少女が起こしてーって言ってくるの嬉しいやろ?それでいいんとちゃうの?」
「チッ......」
静の言い方が気にくわず、思わず舌打ちをした。こうして弄ってくるネタを提供し過ぎているところは感じているものの、聞かないと分からないことも多くどうしようもない。
「おはようー...」
「おうアカナ、おはようさん」
「朝飯はもう少し待っててくれ」
「レンちは起きたんですか?」
「起こしたから俺がここにいる」
「そっか...じゃあ待とうかな」
部屋に入ってきたのは、レンと同じ鏑矢である赤嶺友奈。ピンクに近い髪を結びながら現れた少女は、小さくしたあくびを噛み殺す。
弥勒蓮華、赤嶺友奈、桐生静、そして俺、古雪椿。この四人が現在この寮に住むメンバーである。各個室にリビングとして使える広間、他にはキッチン等々。
男である俺が混ざってたり、たった四人にしては大きな寮の使用というのには当然意図的なものがある。
神世紀元年__________いや、西暦の末辺りと言った方が正しいだろう。人間に害をもたらす妖魔が現れ、それらから人類を救う勇者様が現れた。
それから約70年。終末戦争と呼ばれるようになったあの時代に巻き戻るような事件が、平和になった今、起きようとしていた。今度は妖魔の仕業ではなく、人間の手によって。
より簡単に言うならば、無差別テロと言ってもいいだろう。それを止める神事は、普通の無病息災や五穀豊穣のものではない。神樹様に選ばれた無垢な少女によって行使する超常的な力によって厄を祓う必要があるのだ。
その力を使う者を大赦によって呼称されたのが、鏑矢。つまり、レンと友奈である。
今はまだ修行中の身である二人と、二人のサポートをする巫女として派遣された静。これで三人。
そして俺は、大赦から派遣された鏑矢の教育担当兼護衛担当である。待遇の良さ、男一人なら護衛としてつかせるにせよ距離は離した方が良いという判断でこんな寮染みたシェアハウス状態になっている。
(ま、もう名ばかりだけどな)
最初の方こそレンと友奈に指導していた立場だが、流石は神に選ばれし者と言えば良いのか、最近はレベルが明らかに違っていた。俺ではなく大赦本部に赴きかの勇者様に見て貰いに行くほどには。
お陰で最近の俺はただレンを起こしたり暇な時間に買い出しに出たりするだけである。一度大赦の指示で追い出されそうになったが、レンをはじめ三人が怒って止めた。
「あ、そうやツキ」
「え?」
「はいこれ」
すっと渡されたのは、有名な棒状お菓子の箱。先にチョコがついてる奴だ。確か最近出たばかりの苺味。
「どうした?手にいれたぞって自慢か?」
「アホか。今日が何日か忘れたんか?」
「今日なんて別に...あぁ、そういうこと」
先週は俺の誕生日を祝ってもらったが、今日は世間で言うバレンタインデーである。
「じゃああれか?いつも通りくれるのか?」
「そうや。義理やけどな。ありがたく受け取り」
「あぁ。ありがと」
「じゃあツキ先輩、私もあげますね」
友奈のポケットから渡されたのは、丁寧に包装されたピンクの箱だった。
「いいのか?こんな凄そうなの」
「中身は私の手作りですよ」
「尚更嬉しいよ。ありがと、大事に食べさせて貰うな」
「はい!」
「ウチのと反応が全然違うなー?え~?」
「お前は新鮮味がないしな。ここ数年毎年貰ってるし」
俺と静だけは部署的な問題もあって、以前から交流があった。それだからか、毎年変わらず同じようなのを貰っているし、俺も毎年同じようなものをあげている。
「まぁでも、嬉しいよ。ありがとな」
「分かればええんや。いつもの期待しとるで?」
「はいはい」
「皆、料理が出来たわ」
「待ってたよレンち!!」
「運ぶの手伝うぞ」
「そうね。じゃあ椿、ついてきなさい」
レンの指示に従って、俺は部屋を出ていった。
「なぁアカナ。勝負せぇへん?」
「勝負?」
「ロックが今日成功するか」
「えー、すると思いますけど?」
「でも相手はツキやで?恋人までにはいかない気がするんやけど」
「レンちの性格的に成功させるまで動かないと思うんですよねー...」
「じゃあ決まりな。ウチは成功しないというか進展なし、アカナは進展ありで。これでえぇ?」
「500円玉...いいですよ」
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「待たせたわね」
「稽古なんだから仕方ないだろ。ていうかお疲れ様」
「...」
「...」
「......」
「...はぁ。分かった」
動こうとしないレンの頭を撫でると、満足げに手を腰に当てた。
「それでいいのよ。最初からしなさい」
「と、言われてもなぁ...」
いつだかから要求されるようになったが、俺は未だに慣れない。
「弥勒からお願いしてるのよ。遠慮はいらないわ」
「....ま、そのうちな。そんで今日はどうだった?」
「露骨な話題変更ね...まぁいいわ」
そう言うと、レンの顔は一瞬で真面目なものになる。
「と言っても特に普段と変わることはなかったわ...相変わらず、あの方が全盛期だった時代が怖く感じるくらいね」
「いつも思うが、お前がそこまで言うって珍しいよな」
「同年代だったら弥勒の威光が少し薄くなったかも」
「それそれ」
何度か聞いてきたフレーズを初めて耳にした時は、正直衝撃をうけた。俺は直接見れるような立場じゃないため、比較することも何か言うことも出来ない。
「でも、それなら尚更俺の必要性ってどこにあったのって話だな...」
「初めからあの人に教わってたら、友奈と弥勒は潰れてたかもしれないわ。そして、大赦としても弥勒達の成長が想定外だったのでしょう。それはつまり、貴方の教えが良かったからに他ならないわ」
「......ありがと」
流れるようなフォローに返せた言葉はそれだけだった。間違いなく赤い顔を見せまいとレンの反対側を向く。
「で、これから何するんだ?」
「弥勒にその質問をするのかしら?」
「いや、お前に呼ばれて来たんだが...」
「全く...どうしてこれで気づかないのかしら」
「へ?」
「...何でもないわ。とりあえずついてきなさい」
「あ、おい!」
レンに手を掴まれた俺は、少し引きずられるように歩きだした。
「ここよ」
「ここは...」
レンに連れてこられたのは、ショッピングモールの一角だった。壁に張られたバルーンで『Happy Valentine!!』と描かれている。
「今日はバレンタインデー。知ってるでしょ?」
「そりゃ...でも、 ちょっと意外だ」
「何が?」
「レンが俺だけ連れて来るなんて」
クリスマスやハロウィン等、イベントには積極的ではないにせよ参加してる彼女だが、大体は四人で動いてきたため俺だけ呼ばれるのが意外ではあった。
「静や友奈にあげる用か?」
「......そうね。それも買うわ。でも貴方を呼んだのは別の目的があるのよ」
「別の?」
「男性が好きなチョコというのを弥勒に教えて貰えるかしら?」
「!」
一瞬ドキッとしたが、すぐに平静を保つ。レンはこうした動揺にすぐ気づくし、理由を聞いてくることも多い。
『自分に貰えるかも』なんて考えは、読み取られない方が良いに決まってるのだ。
(二人にあげて俺だけくれないのは見てくれも悪いだろうし、普通にくれはするだろうけど...)
一人だけ呼び出して好みを聞いてくるのを勘ぐらずにはいられない。
(それとも...他の誰かなのかな)
小さな違和感が俺を襲ってきたが、構わず口を開いた。
「俺の意見でいいのか?」
「いいのよ。一意見として聞きたいだけだから」
「成る程...今日渡すのか?」
「明日には回さないでしょうね。呼ばなくても会えるし」
「そっか」
(レンは誰かと会って......?)
さっきの違和感が強くなった気がして、俺は胸の辺りを静かに抑えた。
________最近のレンの交遊関係で男はいなかった。しかし、物事に絶対はない。きっと、大赦本部にいる人とか、お世話になった人だろう。
別に何も不思議なことはなく、寧ろ予想できること。レンが笑顔で誰かにチョコをあげている姿_________
(じゃあ、何で俺は......)
想像することすらどこか抵抗を覚えている自分がいる。そのことに俺は戸惑っていた。
「椿?」
「!な、何だ?」
「何だ。ではなく、教えてくれる?」
「あ、あぁ...」
「はぁ...」
手で抱えた冷たい水を躊躇うことなく顔に当てたると、体の芯からぐっと冷えた気がした。
(何やってんだか。俺は)
感情や状況を整理すれば、これが『嫉妬』だというのはすぐ分かった。
(好き...とは違うのかな。憧れを取られたことへのもの...独占欲?)
だけど、俺にそんな権利はない。別にレンは俺の彼女じゃないし、そうなることはないだろう。俺なんかが『最強』の隣にいるのは似合わない。
(とりあえず迷ってる暇はないか。待たせてるし)
「...っし!」
気合いを入れ直し、顔をタオルで拭いてからトイレから出た。レンは今頃買い物を済ませて__________
「!」
見えたのは、彼女と喋る知らない男性だった。
(あぁ、じゃああれが...)
買ってすぐ行動というのは、思いきりの良い彼女らしいと言えるだろう。折角整えた感情が揺れているのを自覚しながらも、俺は邪魔しないよう少し離れ__________
「何度も言わせないで。弥勒は貴方のような人間と話す価値を感じないわ」
「そんなこと言わずにさ?お、チョコも沢山買ってるね...友達にかな?一つくれない?」
「だから貴方とは」
「つれないこと言うなよ~。ね?ちょっとくらい...!」
「!」
(弱点は肩の柔軟性)
気づいた時には体が動いていた。彼女へ伸ばされていた手を掴み、見極めた相手にとって痛みを感じやすい捻り方をする。
「いでででっ!?」
「さっさとここから離れろ。これ以上は肩が外れかねないぞ」
バッと離してやれば、文句を垂らしながら男は逃げていった。
「助かったわ椿」
「いや、寧ろ遅れて悪かった。本来こういうのが俺の仕事だからな...」
最も、今なら静以外の二人はあの程度完封出来るに決まってるのだが。
「買いたいものは買えたか?」
「えぇ。完璧よ」
見せてくれた袋には、さっき俺が言ったガトーショコラは入っていなかった。
(...いや別に、参考にするって言ってただけだし)
「貴方を待ってたところにあの輩が寄ってきたの」
「もう呼んだかと思って驚いたぞ...」
「呼んだ?誰を呼ぶの?」
「?買ったやつ渡さないのか?てっきり大赦辺りの人に渡すのを聞いてきたんだと」
「......はぁーっ...」
「何その深いため息」
びっくりするくらい大きく長いため息をついたレンは、ギリギリ聞こえるくらい小さな声で「そうよね...無理よね」と言った気がした。
「レン?」
「ひとまずいいわ。椿、帰るわよ」
「え、またこれ!?」
行きと同じように手を掴まれた俺は、ずるずると引きずられるように帰路についた。
「いいわよ。入って」
「あ、あぁ...」
自宅まで帰って来た俺達は、レンの指示で自分の部屋にいた。数分待てば彼女がやって来て、今度は自分の部屋に来いと言ってくる。
朝以外に彼女の部屋に入るのは久々のため、窓から入ってくるオレンジの光にどこか緊張した。
「...」
「もっと中に入りなさい」
「うん...ん!?」
押し込まれた挙げ句、後から入ってきたレンは部屋の鍵を閉めた。
「レン?」
「最初から性には合わないと思っていたの。ただ、二人に言われたし、試してみるのも良いかもって思って」
「へ?何の話だ?」
「でもダメだったわ。相手の反応を伺った後で行動するなんてやはり弥勒には合わないわね」
「いやだから、何の話だよ」
「だから、弥勒らしくいくということよ」
そう言うと、レンは置いてあったお皿を取った。皿の上に乗っているのは一目で美味しそうだと分かるガトーショコラ。
「椿。私からのバレンタインよ。受け取ってもらえる?」
「!!い、いいのか?」
「その為に作ったのだけど...あ、あと一つ。これは本命よ」
「!?!?」
立て続けに言われたことに動揺が隠せない。レンは嘘をつくようなタイプじゃないと知っているから尚更。
「折角告白したわけだし、返事を聞いてから渡そうかしら」
「い、いやちょっと待て!!本命!?告白!?」
「そうよ。弥勒は椿のことが好きなの」
「いやいや...俺はただの凡人だぞ。そんな俺がお前の恋人なんて」
「貴方は弥勒のことが好きなの?好きかか嫌いかで答えなさい」
「そ、そりゃ好きだけど...」
「なら余計なことは考えず、この弥勒に快い返事をしなさい」
「え、っと......」
「...はぁ。ま、普段のアピールが効かない時点でこうなることは予測できたわ。ヘタレみたいだし」
「ヘタレってお前ひど...うおっ!?」
ベッドに倒された俺に、スプリングの音が響いた。立ち上がる暇もなくレンが乗っかって来て、ガトーショコラを口に含ませてきた。
彼女が食べたガトーショコラを、俺の口へ。
「!?!?!?」
「んっ...ちゅ...」
目を見開けばくっついている彼女がいて、生温かく己の意思とは関係なしに動くものが口に入ってきたことに固まってしまった。
人間の本能的に呼吸はしようとするも、口は空気を吸うことが出来ず流し込まれてきたガトーショコラをひたすら飲み込むだけだった。たまにざらっとした感覚のものが舌を走る。
体の動きも封じられてしまい、為す術なくされるがままだった。
「...ぷはっ」
「はっ、はあっ...れ、レン!?お前......!!」
「分かったかしら?これが弥勒の覚悟よ」
どことなく嬉しそうなレンに、俺の思考は完全に停止した。
「まさか、少なくとも嫌いではない相手にここまでされて、付き合わないという選択はしないわよね?」
「い、いや、それとこれとは話が違うような...」
「しないわよね??」
「......ハイ」
眼力に屈服する。こんなところで彼女の新たな強い所を知りたくなかった。
「よろしい...ではこれからよろしくね?椿」
「お、ツキ。ロックから貰ったんか?」
「静、友奈...」
テーブルに寄ってくる二人のうち、静が指をさした。指先は俺の目の前をさしていて、俺と一緒にレンの部屋から出たガトーショコラが置いてある。
『じゃあ椿。貴方はこれを持って部屋を出なさい。私は色々やってから夕飯を作るから、二人にはその時言いましょう』
あの後、早口なレンに追い出された俺は、広間でひたすら呆けていた。ガトーショコラにも手をつけておらず、少し欠けた状態のままだ。
というか、今日一日で色んなことがありすぎたせいで、完全にキャパシティをオーバーしている。俺にはすぐ動くなんて無理だ。
「どうかしました?疲れてそうですけど」
「あー...なんというか、色々あったというか......」
「「!!」」
「ま、まさか...いや、後でロックに確認や。こんなだらけたツキ見たことないから聞いても無駄やろ」
「そ、そうですね...」
「聞こえてるぞお前ら。何を確認するんだ?」
「い、いや、あははー...そ、それよりそれ!!どうやった!?美味しかったか!?」
「昨日私とレンちで作ってたんですよ。それはレンちだけで一生懸命作ってましたけど」
友奈の言葉を聞いて、ガトーショコラを見つめる。お店で売られてても文句なしであろうレベルを作れる辺り、流石だろう。
「まぁ、美味かったしな...」
「なんや、パッとしない返事やな。もっとこう具体性はないんか?」
「具体性...」
思い返されるのはチョコの味ではなく、チョコを食べた時のこと。言うならあのチョコは__________
「キスの味がしたな」
「「......はぁ!?」」
「......!?!?いや待て!?違うぞ!?!?」
ボケたままの頭が失敗をしたことに気づいた俺だったが、その先はどうしようもなかった。
数日後になってやっと、俺にとっての最強に弱点が一つ増えたことを知るが、それはまた別の話。
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(してしまったわ...はしたないと思われてなければ良いのだけど)
実行に移すまでは一切なかった羞恥心に突然襲われ、早口で言いたいことだけ言ってから椿を部屋から追い出してしまった私は、思わずベッドに飛び込んだ。
「はぁ...」
事前調査で得た椿のチョコの好み、それを作ったのは完璧。当日念のために確認するまでもスムーズ。
しかし、普通ではないチョコの渡し方、なかなか強引な告白の了承。どれも先日二人と会話したプランには入っていなかった。
(でも、椿が悪いのよ...)
普段から抱きしめたり頭を撫でてもらったりとそれなりのアピールはしてたのに、それ以上の進展はなし。であれば私から攻めるしかない。多少強引な手ではあったかもしれないけど__________
『俺にとって最強はお前だよ』
以前、そんなことを言われたことがある。彼の言う通り私が最強であるならば、彼はなんなのか。
『友奈と比べると足回りが弱いぞ』
最初は別に、何も思わず、実力もすぐに追い抜いた。弥勒蓮華にとって見所が多かったわけでもなく、何一つ障害ではない。
『ふーん...お、今日のカレー美味いな』
でも、気づいた時には目で追うことが増え、近くにいることも増えた。
『かの勇者様だろ?どうだった?』
同時に、心が揺れることが多くなった。 はっきりした出来事はない。それでも、確実に。
『レン、起きろよ』
弥勒蓮華は最強。私自身も強くあれと生きてきた。であれば古雪椿の隣は、私が最強でなくなってしまう場所。
これまでの人生に嘘偽りがあったわけではないが、理解しやすく表現するならば、彼の隣が心地よく、自分をさらけ出しやすい場所。
(...寧ろ、私が私らしくなくなってしまう場所。でも、それが嬉しく、喜ばしく感じでしまう場所)
そして、気づけば__________愛しくなってしまった。告白し、彼女という枠を取りたくなってしまうほどには。
(私が最強なら...貴方は最恐よ。椿)
そう思いながら、私はゆっくり目を閉じた。
夕飯の支度をしなければならないが、今だけは感情の整理をしたい。
ずっと渦巻いていた喜びや嬉しさの興奮を沈めるためにも。
(...とりあえず、体が冷えるまでは......ね)
それまでは、『最恐』の温もりが残ったベッドにいたかった。
設定資料
古雪椿
家が大赦系列であり、自身も幼い頃から大赦に勤めている16歳。年が近く観察能力に長けている点、大赦の訓練により運動能力が高くなった点(本編の椿よりかなりスペックが高い)を考慮され、鏑矢の教育担当になった。一年ずっと対応する予定だったが、鏑矢の成長が著しく勇者様の時間を割くことになった。
この椿が恋愛に疎いのは、単純に今まで恋の経験がなかったから。
ちなみに弥勒蓮華をレンと呼ぶのは、自己紹介で『げ』を聞き逃したから。しばらくして愛称として呼ぶことになる。
弥勒蓮華
鏑矢の15歳。いつの間にか椿のことが好きになっていて、自分の気持ちを確かめるためにも朝起こしてもらったりしていた。結果は少しわがままになった。
自分の信念を強く信じるが、今回は他の二人に相談し、ねじ曲げてまで演技をしようとした。結果は無駄だった。
桐生静
巫女の16歳。エセ大阪弁で喋る。椿とは大赦本部で会う機会も多かった。二人の状況を一番楽しんでいる。
赤嶺友奈
鏑矢の15歳。四人の中での癒し枠。一番年下というのもあって可愛がられがち。筋トレが趣味。
後書き
今回神世紀72年を舞台に、初めて蓮華と静を出してみました。万が一原作アニメと自分の作品しか見てなくて、誰?という方がいましたら、原作(ゆゆゆいアプリ)の方を調べてみてください。まぁそこまで詳しい設定はまだまだ出てないと思ってますが...