「調査表を作る?」
「はい。ご協力して頂けますか?」
ある日の放課後。いつも通り勇者部の活動として幼稚園の手伝いをした帰り道、ひなたがそんなことを言ってきた。簡単に纏めれば、大赦に提出するための書類作成だ。
最初にこの世界へ召喚されたこともあって、今いる巫女の中で代表のような形であるひなたへ大赦から依頼がくるのは理解できるし、それを(勇者かどうかはともかく)勇者の一員として活動している俺へお願いしてくるのも分かる。ただ。
「いや、俺に断る理由はないが...もう俺はとっくの昔に大赦へ情報渡してるぞ?春信さんともよく会ってるし、装備の調整とかでちょくちょくサイズは計測してもらってるし」
「今回は事務的なことではなく、普段の生活等についてですね。自然体でいて欲しいということで私へ頼んできたのだと...」
「んー......それならまず、この時代でのデータが少なそうな若葉とかからじゃ」
「若葉ちゃんのは私が既に提出していますし、他の西暦の方々は基本的にもう済ませているんです」
(...ツッコミしたら負け。ツッコミしたら負け......)
確かに、もうこの世界もそれなりに長い期間が過ぎているわけで、情報が少ない彼女達からやるのは当然とも言えた。ひなたが言った前半部分の違和感は気にしないでいく。
「それから、今回は高校へあがった方の環境変化を報告するもので...つまり、椿さんと風さんだけなんです」
「あー...」
防人や小学生組、そして俺達勇者部の初期メンバーは、過去のデータであれば十分情報を取っているのだろう。
(俺が高校にいる期間も、もう大分長い筈なんだが...まぁいいや)
「風さんは水都さんが担当してくれるそうなので、私が椿さんをという流れになりまして...」
「成る程...分かった。それなら協力する」
「!ありがとうございます!」
「いいよ。寧ろお仕事お疲れ様...それで、俺は何かする必要はあるのか?」
「特に何も必要ありません。強いて言うなら、私の見える場所で生活してくだされば」
「そのくらいは...ん?そしたら高校はどうするんだ?」
ひなたは中学生、一方俺は高校生である。通ってる場所が同じでない以上、観察は難しい筈で__________
「そこに関しては計画を立てていますから、大丈夫です」
しかし、ひなたが自信ありげにそう言ってきたため、俺がそれ以上続けることはなかった。
「詳しい日時は後日連絡しますので、改めて、よろしくお願いしますね」
それから数日。予想外の行動に驚く俺がいた。
「上里ひなたです。大赦からの依頼で今日一日こちらでお世話になります、よろしくお願いいたします」
「ふ、藤森水都です!よろしくお願いします!」
『讃州高校』にあるクラスで、二人の声が響いた。
----------------
「朝から来るって分かってても、普段通りの時間に起きて大丈夫ですよって言ったじゃないですか」
「いや、そういうわけにもいかんだろ...」
お隣の三ノ輪家の朝食を作る時、椿さんはかなり早く起きると言っていた。その時間を考慮した上で寝顔を見れるよう動いた私は、着替えまで済ませていた椿さんに少し後悔した。
(これなら、いつ行うか伝えなければ良かったかもしれません...)
「ま、この時間に起きても今日は隣にいく必要ないんたけどな」
「尚更早起きしただけじゃないですか」
「目的はちゃんと別にあるから...ま、入ってくれ」
そう言った椿さんは私を家の中へ招き入れる。この期間で様変わりすることもなく、少し見慣れたリビングが私の目に飛び込んできた。
「その辺でくつろいでてくれ」
「椿さんは?」
「俺は折角だし弁当作ろっかなって。昨日のうちに風には連絡したし...ついでにお前の分もな」
「!それなら私もお手伝いします!!」
「ゆっくりしててくれれば...分かった。じゃあ手伝って貰うから」
私の顔を見て察したのか、椿さんがあっさり折れた。二人で並ぶには少し狭いスペースのキッチンで、それぞれ作業を進める。
「ちょっと懐かしいな」
「こうしてるのがですか?」
「あぁ。西暦の時もあっただろ」
「...そうですね」
思い出すのは、お花見をする時のこと。確かにあの時も朝早かったし、二人で料理を作った。
(てっきり、銀さんとの思い出かと...)
「朝は何がいい?米なら弁当用のと一緒に炊いちゃうけど。パンなら食パンな」
「椿さんはどちらにします?」
「昨日の焼きそば」
「私それがいいです」
「マジ?まぁひなたがそう言うなら...じゃあパンにしよ」
「おはよう...ん?あぁ昨日言ってた子?」
「そうそう。おはよう父さん」
話してる間に、リビングへ男性が入ってきた。勿論知らない人等ではなく、椿さんのお父様。
初対面という訳ではないけど、御両親と話せるのはそうない機会。しっかりシミュレーションもしてきた私は、聞きとりやすいだろう声で言った。
「おはようございます。お父様。お邪魔しています」
椿さんが作った焼きそばをパンに挟んだ焼きそばパンを椿さんの御家族と食べて、同じ家から出て、同じ通学路を歩く。勇者部で帰りは同じことが少なくないものの、登校が一緒というのは珍しくて少し緊張した。
(普通であれば学校敷地の違う中学生と高校生なんて、帰りすらいつものようにはいかないですもんね...)
折角なのでこの機会を生かして腕を組んでも、椿さんは振りほどこうとしなかった。
『断っても構わずしてくるだろ...俺も、別に、嬉しくないわけじゃないし......』
最後の方は消え入りそうな感じで言ってたものの、ちゃんと聞き取れた。
慣れたような返しもちょっと残念ではあるものの、反らした顔が赤くなってるのはすぐ分かったので寧ろ可愛く思えてしまう。
「上里ひなたです。大赦からの依頼で今日一日こちらでお世話になります、よろしくお願いいたします」
「ふ、藤森水都です!よろしくお願いします!」
でも、そんな椿さんも私が高校まで一緒についてきた上に、一日クラスメイトになることは予期してなかったらしい。
「うちの高校まで何しに来たのかと思ったら...そういうことかよ」
「あたしも驚いたわ。水都も言ってくれればよかったのに」
「あはは...どうせならちょっとしたサプライズにしようって話になったので」
「確かに驚いたな...今日だけなのか?」
「はい!よろしくお願いしますね?」
「任せろ。困ったことがあったら言ってくれ」
「私(わたくし)もお手伝いしますわ」
棗さんの言葉に弥勒さんが同意して、風さんが更に乗り、弥勒さんと風さんが小言を言い合う。それを見ている椿さん。
(普段からこんな感じなんでしょうね...)
やり取りが自然で、日常的にこんなことをしてるんだろうなと感じる瞬間だった。
「おい椿!」
「うおっ」
「どういうことだよ!大赦からの依頼って!」
「別に俺が受けたわけじゃないんだが...」
「その子も勇者部だろうが!見たことあるぞ!」
「えーと...」
椿さんに突っかかる男性は、ぐりぐりと椿さんの頬を弄る。ちょっと混ざりたいなと思いながらも、なんとか態度は冷静を保つ。
「そちらの方は?」
「あぁ。倉橋」
「倉橋裕翔です!よろしく!」
「...まぁ、そういう名前だ。顔は見たことあるんじゃないかな」
「何となくですが...」
「こんな美少女に顔を覚えられてるなんて...ありがとな椿。縁を作ってくれて」
「なんかその笑顔殴りたくなるな」
実際に椿さんは握り拳を作る。
(勇者部だと、あまり見ない光景ですね...)
男の人同士というか、気の良い関係なのはすぐに察することが出来た。
「分かった。やめるから構えないで...えと、上里...ちゃんでいいかな?」
「構いませんよ」
「じゃあ上里ちゃん、大赦からの依頼ってなんなの?周りも気になってると思うんだ」
「具体的なことはあまり言えないのですが、同年代からの学校観察を目的としています。年は一つ違いますが近かったので、大赦が私に」
「へー...おい椿、どうなってんだよ?」
「何が?」
ひそひそ声のつもりでよく聞こえる大きさで喋っている倉橋先輩に、普通に喋っている椿さん。
「大赦から指示がくる上里って、絶対あの上里家の人じゃん。お前乃木家のお嬢様からも弁当貰ってるのに上里家にも手を出してんのかよ」
「手を出すとか言うな...大体こいつは大赦と繋がりがある上里の遠い親戚みたいなもんだし。今の上里家にいるっていう子は年も知らなきゃ会ったこともないよ」
「へー...」
「...いいのひなた?あんな適当なこと言わせてて」
今度はちゃんとしたひそひそ声で、私にしか聞こえないようにしながら風さんが聞いてくる。
「はい。椿さんと登校中に話してた設定なので。例え話のていで話してたんですけどね」
実際に私はこの時代の上里家の人間ではないものの、過去から来ましたなんて説明も出来ない。かといって家として有名過ぎるが故に取った対策だった。
「成る程...ならいいわ」
「じゃあじゃあ、そっちの藤森ちゃんは?」
「わ、私ですか!?」
「うん」
「え、えと、私は...」
「勇者部に依頼が来たってんで、こっちで用意したんだよ。自校の観察にならないよう讃州中学の方からな」
「は、はい!」
「そうなのかー...」
「てか、お前らこいつとの長話に付き合ってる暇あるのか?」
『へ?』
倉橋さんと女子の数名がきょとんとする中、椿さんが時計を親指で示す。
「次の体育、着替え、担当教師」
「あっ」
「不味いですわ!私次遅れると説教ですの!!」
「それは先週あんたが更衣室で長話してたからでしょ!!てか行くわよ二人とも!!」
「は、わわっ!」
「では椿さん。後程」
「あぁ」
----------------
「いや、後程とは言ったが...」
「いけませんか?」
「そんなことは......まぁ、ないが」
女子がいなくなった教室で着替えを済ませ、当番制でやってた体育館からの野球道具出しをするため移動した先に、ついさっき別れたひなたがいた。
(確かにこの動きも朝話してたが...)
「でもいいのか?」
「私は椿さんの観察が目的なので」
「表の理由は男子体育の視察か」
「はい♪許可も取ってます」
「...ま、それならいいか。どうせなら出すの手伝ってくれ」
「分かりました」
体育館の倉庫にあったボール、バット、グローブなんかをスーパーにありそうなカートに載せ、校庭へ向かう。今日は試合形式でやるのでボールは少なめだ。
「そういえば、さっきの咄嗟に答えたやつ、あれでよかったか?」
「えぇ。ちゃんと話していたことを思い出してくれて嬉しかったです」
「流石にこういう目的だとは思わなかったけどな...っと、どうかした?」
ひなたの顔が思い詰めているようで、動きを止めて聞いてみる。
「いえ...似てたな。と思いまして」
「え?何が...って、郡か」
「はい」
郡彩夏。性格は確かに違うが、見た目、というか顔のパーツは千景そっくりである。髪の長さや髪型を寄せればパッと見では分かりにくいだろう。
何年も一緒に生活してきたひなたとしては、俺より思うことがあるのかもしれない。
「よく似ていました......」
「...ひなた?」
「......いえ、若葉ちゃんも子孫である園子さんがいるんですし、分かっていたんですけどね」
「?」
感想の意図が読めず、けれども再び始めた歩く速度は緩めない。
「私の子孫とおぼしき人が今を生きているなら、私は結婚し、子をなしている...ということです」
「あぁ、そういうことか」
合点がいけば整理も早かった。
「ひなたみたいな美少女なら大赦の肩書きがなくても引く手数多だろうからな。ていうか大赦がある程度選別しそうだし、そいつも悪い奴じゃないだろ...ま、一番は自分の好きな人が見つかるといいんだが」
「!!」
「え、大丈夫か!?」
突然抱えていた数本のバットを落としたひなたは、顔を真っ赤にしていた。
「どうした!?熱か!?」
「椿さん!!!」
「はいっ!?んっ!?」
きつく抱きしめられた俺は、腹の辺りにあった空気が押し出されていくのを感じると同時に、柔らかい感触と熱に動揺が止まらなくなる。
それから声をかけるタイミングを失った俺は、数秒間きつく抱きつかれたままだった。
(何これ。どんな状況!?)
「ひ、ひなた?大丈夫か?」
「椿さんは...」
「ぇ?」
「椿さんは、羨ましいと思いますか?その、私と結婚する男性が」
突拍子もない質問に答えあぐねていると、少しずつ腹と胸の間あたりが絞められていく。俺は何も考えられないまま口を開いた。
「え、えっと...羨ましいとは思うよ。相手ひなただし。若葉や大赦に認められるくらいの存在だろうしな」
しどろもどろになりながら、手を何処に置けば良いのか分からずわたわた宙で動かしながら答えてから少しして、ひなたがすっと離れる。ちょっと名残惜しいなんて思って__________
「もういいです」
「だ、大丈夫なのか...?」
「はい...んっ」
「?」
一瞬だった。ほっとした頃には彼女がもう目の前にいて、背伸びをされ。その分近づいた顔は俺の視界から外れ、耳たぶを甘噛みされている。
異常な熱を持った耳たぶは、そのまま舌でなめられた。耳から水音が鳴らされてようやくことの異常性に気づいた俺は。
(!?!?!?)
「ひ、ひなた...っ!?」
俺は何も出来なかった。体が満開した後のように言うことを聞かなくなり、思考回路がショートする__________
「はい。じゃあ行きましょう」
「......へ?」
「おーい椿!遅いぞ!!」
「すみません。今行きますね」
「上里ちゃん!?何で?」
「私も向かいますから」
「マジか!じゃあ良いとこ見せないとな...て、椿、どうした?」
「え、は?」
「おーい。椿ー?」
「倉橋さん。この台車お願いできますか?」
「あ、うん...」
「...椿さん。行きますよ?」
俺は完全にぶっ壊れたまま、ひなたに引っ張られていった。
----------------
学校のカリキュラムとしては、今は授業中。ただ、今私達がいるクラスは他の迷惑にならない程度に談笑していた。内容はグループによって違うものの、どれも勉強に関するものじゃない。
『次は自習だから、大したことはしない』
そう言った椿さんは、事前に用意されていた自習時間にやるプリントを机に出し、そのまま寝てしまった。自習で必要なノルマは達成しているとはいえ本来誉められたものではない態度だが、私はそれをとやかく言う気力が起きなかった。
(原因、私ですもんね...)
朝早起きしていたというのもあるだろう。ただ、それ以上に午前中に行われた体育前のことが原因だろう。
『ひなたみたいな美人なら大赦の肩書きがなくても引く手数多だろうからな。ていうか大赦がある程度選別しそうだし、そいつも悪い奴じゃないだろ...ま、一番は自分の好きな人が見つかるといいんだが』
千景さんに凄く似ていた郡さんの存在を目の当たりにして思ったことを言って、椿さんの返事に動揺してしまうのは仕方のないことだろう。
だって、今の私はただ一人しか好きな男性がいなくて、その人は大赦に認められるられない以前に、生まれた時代すら違うのだから。
そして、その返事にまるでその人のことが_____椿さん自身のことが入っていないような発言に捉えてしまえたから。
『え、えっと...羨ましいとは思うよ。相手ひなただし。若葉や大赦に認められるくらいの存在だろうしな』
だから動揺したまま危ない質問をして、返ってきたのは想像以上のもので。実質嫉妬していることを告げてきて。
(分かってはいるのですが...!!)
椿さんは自分を低く見積もることが多いからか、勇者部の恋愛相手に自分を入れることはほとんどない。だからこの発言も『自分はそう思うこともおこがましい』なんて言いそうで、真意は読めない。
ただ、言われた言葉を真正面から受け取った私は、自分の衝動を抑えられなかった。無意識にキスしそうになったのを軌道変更して、耳(弱点)を攻める。
『おいどうした古雪!!』
『上里ちゃんの前だからっていいとこ見せようとしてんじゃねぇぞ!!前みたいなバントで繋げ!!』
結果は、体育の時間中、驚くほど集中力に欠けていた。前回と体育では椿さんはバントを多用していたらしく_____恐らく普段若葉ちゃんや夏凜さんと木刀でやっているから、タイミングが必要なフルスイングでなければバットを狙ってぶつける動体視力がついたのだろう_____今回は構えすら取らないということで、同じメンバーから色々言われていた。
『うるせぇ!!!集中出来ないだろうが!!!!』
________一度、 物凄い剣幕でホームランを打ったのだが。
そして、この授業が始まる前のお昼にも。
『何で上里ちゃんも椿の弁当丸っきり同じなんだ?』
『ひなたと今日の朝会う約束してたからな』
『何それ...てか、それでお前風からの弁当蹴ったの?』
『別に蹴ってない。今日だけ自分で作っただけだ。ひなたもいたしな』
椿さん、倉橋さん、風さん、棗さん、弥勒さん、水都さん、そして郡さんと一緒にお昼ご飯を食べたものの、椿さんは私と目を合わせようとはしなかった。そして、決まって頬が少し赤くなる。
そこまで反応されてしまうと、私も意識してしまって何も出来なかった。
(はしたない人だと思われなければ良いのですが...)
若葉ちゃんなら考えていることも分かるけれど、椿さんは少し不安になってしまう。そのくらい、まだまだ発見があるのだから。
今更考えてもしょうがないのは分かっていつつ、考えはぐるぐる回り、視線は変わらず椿さんを見ている。
でも、こんなに考えて、胸を高鳴らせてくる人とは違う人と結婚する可能性が高い。そう考えると、より思考に霧がかかっていくようだった。
(...椿さん以外の方と、結婚)
本来であれば交わることのなかった私達。当然私が妻となる相手は、私達が暮らす時代の方可能性が高い。椿さんとは、それこそ椿さんがもう一度過去に来るなどしなければ__________
(考えても仕方のないことではありますが...)
まだ会ったこともない人かもしれない。もう会ってる人かもしれない。それでも、今の私には想像できなかった。
「おーい、椿ー」
「んっ...」
「寝てるところ悪い。答え確認させてくれ。ちょっと不安で...」
「......好きに見ろ。合ってる保証はないけど」
「助かる」
今も、色々動揺した疲れからか眠そうにしている_________というか突っ伏して寝てしまった人を見つめるだけでこんな気持ちになってしまうのに。それ以上の恋をするのか、それとも大赦としての政略を絡めたものなのか。今の私には考えられない。
(いっそ、未来の私が来て教えてくれないですかね...あとは、椿さんが分裂したりとか)
この世界ならば、あるいは。
(もしくは...っ)
思考がいきすぎたところまで辿り着いてしまい、思わず硬直した。
(......)
「...というか椿。上里ちゃんお前のことじっと見てるぞ。うちの評価的に大丈夫なのか?」
「......ひなたなら見逃してくれる」
「ホントに?」
「ん。ほっとけほっとけ」
(......)
私は無言で懐から取り出したカメラを使い、寝ぼけ眼な椿さんを撮った。
「ほら、めっちゃ撮られてるてててて!?」
「うるせぇ...寝れねぇだろうが」
----------------
「今回の依頼、春信さんが出してたんですね。意外でした」
「僕も意外だったよ。まさか普段会うことが多いからと回されるとは思ってもなかった」
いつものファミレスに集まった俺と春信さんは、ドリンクバーと適当なデザートを注文した。前々からちょっと気になってたローズヒップティーを淹れてみると、濃いピンク色が容器を満たす。
「ちょっと長いことパック浸けすぎたか」
「そのくらいが丁度良いと思うよ」
「そうなんですか?...ホントだ。美味しい」
「よかった。それで本題いいかい?」
「あぁ、はい」
春信さんに促され、俺はバックの中からクリアファイルを出した。
「こっちが藤森水都が作成した犬吠埼風の調査書類です」
「ありがとう......うん、大丈夫そうだね」
「よくそんなすぐ分かりますね」
「さらっと内容読んだだけだよ」
「全体を流し見したんじゃないから凄いって言ってるんだよなぁ...」
かけた時間に対して内容把握量が尋常ではない。その上、対面に座る相手にそう感じさせることが凄かった。
「ページ数も少ないしね。それで...そっちが?」
「あぁ、はい。これが上里ひなた作成の俺、古雪椿に関する報告書です」
「厚いね」
「これでも減らしたんで...」
「減らした?」
春信さんが珍しく首を傾げた理由が、ひなたに頼まれていた依頼の報告を俺がしている理由でもある。一番はひなたが大赦にいく用事がなかったからなんだが。
「その、ひなたが作ったのが凄かったので...自分で再編集しました。というか内容抜粋かな」
「あぁ、だから自分で」
「はい...」
「でも、これより多いのか...」
流石に春信さんもペラペラページを捲るだけだったが、それも仕方ないだろう。水都が作ったのは四枚、対してひなたのは減らして九枚だ。
「これが原本です」
「え?...あぁ、成る程」
俺がクリアファイルから更に出した紙に春信さんは困惑する。出した紙はたった一枚だったから_________まぁ、すぐに察していたが。
「見てもいい?」
「どうぞ。流石に見られてヤバいことはなかったです...まぁ、他人に見られて嬉しいもんでもないですけど」
そう言って、スマホを取り出す春信さん。
ひなたから渡されたこの紙には、QRコードが刻まれていた。後は言わなくても分かるだろう。ちなみにページ数は27である。
「......これは、編集して正解かもね」
「えぇ...」
中身はこの前の一日での行動を写真つきで事細かく書かれた記録に始まり、普段の部活での生活態度、性格、仕草、癖とおぼしき行動、周りからの評価、若葉たちと行う特訓風景、その他ひなた目線での情報が大量に入っていた。
普段からよく見てくれてることは嬉しいが、正直に言って最初見たときはちょっと怖かった。
「まぁ、大赦にこれをそのまま出すわけにはいかんだろうと...」
「ここの『得意なゲームジャンル』とか、別にいらないからね」
「俺は後のインタビュー欄で、親からいつ聞いたのって思いましたよ」
聞いた話だと朝飯を食べてから家を出る間に聞かれたらしいのだが、そんな暇があったかはもうよく覚えていない。
「でもまぁ、これはこれでありかもな...僕個人でコピー貰ってもいいかい?」
「えぇ...」
「そんな顔しないでくれるかなぁ。僕としては寧ろこの辺りとかのパーソナルデータは参考にしたいんだ。設計とかに使えそうだからね」
「......まぁ、悪用はしないでしょうし、言われる可能性もあったのでコピーは済ませてますけど。なるべくばらまかないでくださいね?」
「分かってるよ」
春信さんから言質を取り、小さく息を吐いた。この人がわざわざ嘘をつくことはないだろう。後はいつも通り近況報告というか、ただの雑談だ。
(にしても...)
適当な会話をしながら思い出したのは、ひなたが作ってきた資料で唯一赤線を引かれていた箇所。
『特徴 全体の行動をよく見ており、人 の行動や気持ちに敏感。ただし、勘違いに気づかない、急に鈍くなることがある』
(あれは結局何だったんだ?)
自分のことなのでひなたに確認が取りにくいのもあるが、わざわざ赤線を引いたのだから意味があるのだろう。彼女に限って間違えたのをそのままということはないだろうし。
じゃあ書かれてることがひなたの感じていることだとして、敏感であり鈍感っていうのはどういう意味なのかが分からない。
(なんか勘違いさせてることあったっけかなぁ...)
結局俺は、その結論を纏める前に内容を忘れていた。
----------------
(あぁぁ......っ!!)
寮にある自分の部屋で、私はベッドにうつ伏せで悶えていた。
(私はなんてものを...!!)
ちらりと見たのは机の上に置かれているパソコン。開いたファイルは椿さんに送信してしまったQRコードと、その中身が表示されている。
私が作った資料は三種類あった。大赦に提出する用の簡易的なものに、自分の保存用に書いた詳細資料。そして、自分の気持ちも書き込んである完全版。
『大赦に行く予定ないなら、俺が今度春信さんと話す時に渡すよ』
そう言ってくれた椿さんに甘え、一つ目の資料を渡したつもりだった私は、ついさっき二つ目の資料を渡していたことに気づいてしまった。
(あれを本人に見られてしまった...!!)
『流石に長過ぎたんで、ちょっと編集したのを大赦には出したけど、よかったか?』
急いでとった確認メールに対しての返事がこうであるなら、私はもう『ありがとうございます』以外に返事が思いつかない。何せ一番見られると困る本人には既に全て読まれてるのだから。
「はぁぁ...」
重く苦しいため息は部屋中に広がったようで、空気まで重苦しくなったように感じた。
夜なべして_____俗に言う深夜テンションで_____作ったものを見返そうとしたらこれだ。
(流石にこんなものを見たら、距離を置いてくるに決まってます...?)
負の循環に陥りそうになった私を止めたのは、スマホの振動だった。相手は件の椿さん。
『正直ちょっとびっくり...というか怖かったけど、俺のことよく見てくれてるんだなって嬉しかったぞ。こっちこそありがとな』
「......」
思わず開いた口が塞がらない。だって、だってこれは。
(これで、どうしてそんなこと言えるんですか)
正直引いたものの私への言い方に配慮しているなら怖いという言葉は入れてない筈で、その言葉を入れつつ嬉しかったと続いているということは__________本心からちょっと怖かったけど、それ以上に嬉しかったと伝えてきていて。
椿さんをずっと見てきたから、この返事に対する解釈はそう違わないのだと分かってしまって。
「......」
ボフンと顔を枕に埋める。何処にやれば良いのか分からない動揺を枕に擦り付ける。
「...全く!貴方はどこまで優しいんですか!」
こんな言い方されてしまえば、より好きになってしまう。
「...ぁ~!!」
一通り悶えた私は、再び電池が切れたように突っ伏す。今度ちらりと見たのはパソコンではなくカメラ。
中には、この世界に連れてこられた時に使っていたsdカード_________先日書いた完全版の資料が入っている。
突然この世界から帰る時、記録を持ち帰れた場合に読み直せるようにするために。
(......未来の私。私は一体誰と...)
疑問は解けないまま、私は椿さんへのメールを返信する。
少なくとも今は、この人以外あり得ないと思いつつ。