古雪椿は勇者である   作:メレク

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ゆゆゆのキャラソンで一番好きなのは祈りの歌です。異論は全然認める。


二十三話 樹の祈り

今日は散々だった。

 

朝は三ノ輪家で調理を失敗し、昼はテストで凡ミスして悲惨な点数を取った。風がお弁当を忘れて昼飯はなかった(お金は渡したけど)。

 

そして、東郷の家に呼び出された友奈、風、俺は勇者システムについてよくしった。最も、最悪に近い方へだけど。

 

東郷はここ数日で自殺を試みたらしい。切腹に始まり、首吊り、焼身、一酸化炭素中毒_______そのどれもが失敗に終わった。

 

理由は勇者システム。精霊達は勇者を守るのではなく、勇者を死なせないようにするための装置。

 

こうして、先代勇者の言っていることは真実。私達は供物として捧げられた存在だ__________と主張した。

 

俺自身は園子の話を聞いて、疑うこともなかった為特に何か思うことはなかったが、他の二人は違う。

 

「そんな...私達の後遺症が治らないことも...樹の声はもう......」

「風...」

「知らなかったの...私が勇者部に入れたせいで......」

 

いつものように自信に満ちた、明るい風はどこにもいない。

 

「風先輩...」

 

その日は、何も出来ずに解散となった。

 

(せっかく、元の勇者部に戻ってきたのにな)

 

体に異常はあれど、夏休み後半は間違いなく楽しい勇者部だった。バーテックスの生き残りがいて、戦って、真実を確認するまでは。

 

「...風」

 

ポツリと呟いた。このままだと風は危ない。分かっていても、散華が治らないことを知っている身としては、なんと声をかけるのがいいのか__________

 

その時、スマホが鳴った。届いたのはメール。差出人は樹。

 

『少し、相談に乗ってくれませんか? 』本文はそれだけだった。

 

 

 

 

 

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今日は風と私以外用事があると言って部活に参加できず、「あたしたちだけでもあれね」ということで解散になった。

 

最近は全員が集まって部活することが少なくなっている気がする。

 

「全く...しっかりしなさいよ。部長」

 

昼頃、大赦から届いたメールには、私以外の勇者が精神的に不安定であるため、導いてあげなさいと書かれていた。

 

顕著なのは風で、数日前から死んだような顔をしている。一時期酷かった椿と同じかそれ以上か。

 

「心配かけさせるんじゃないわよ...バカ」

 

 

 

 

 

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「早速だけど本題に入ろう」

 

うどん屋ではなく、その辺にあるファストフード店。学校帰りの俺と樹は席を二つ埋めた。

 

「風が心配で、どうしたらいいか分からない。みたいな感じか?」

 

簡単な問いに、樹は首を縦に振った。

 

『お姉ちゃん。最近元気ないし、私のことも少し避けてるみたいなんです』

「あの風が?」

『はい』

 

樹を愛する風がその妹を避けるなんて、偽物かを疑うくらいにはありえない。

 

『心当たりはあります』

「?」

『古雪先輩がお姉ちゃんと友奈さん、東郷先輩と一緒に隠していることです』

「...どういうことだ」

『そんな顔しないでください♪』

 

どうやら顔が固かったらしい。ぐにぐにと表情を弄ってから向き直る。

 

「......それで、そんなこと言うならわかってるんだよな?」

『ここ数日よく見ると...お姉ちゃんはよく声のことを気にしてます。前からですけど最近特に。もしかして満開の後遺症って...私の声ってもう治らないんじゃないですか?』

「......」

 

ここで言わないとすれば、樹を信じてないことになるだろう。自力で真相にたどり着いた彼女の目が絶望に染まっていれば黙っていたかもしれない。

 

だがその目は、お姉ちゃんの助けになりたい。と語っていた。

 

「...正解だよ。俺と友奈、東郷はこの前のバーテックス戦の後、先代勇者に会ったんだ」

『先代勇者?』

「大赦で祀られている少女さ。樹の一つ上...彼女の体はほぼ全身に包帯が巻かれていた。満開を繰り返し、その代償を払った結果だ」

『そんな人が!?』

「いた。それを風には話した。だから気にしてたんだよ...樹になんて声をかければいいのか分からないって言ってた」

 

妹の声を間接的にとはいえ奪ってしまったと後悔する姉。兄弟に似た子達の世話をしている身としては、辛い感情がある程度わかる。

 

「そんで昨日。東郷が先代勇者の言っていたことが真実なのか検証して、間違いないとなった。俺はそんなことしなくても本当だろうと思ってたけど...樹がこれを聞いて受け入れられるかわからないから、皆黙ってたんだよ」

『悪気がないのはわかっています』

 

樹はせっせとスケッチブックに文字を書いていくが、書ききったのか新しい物を取り出した。これも自分の声が治らないと知って買いだめしたのだとしたら、心が痛む。

 

『私、夢があったんです』

「夢?」

『夏休み前の歌のテストで、歌手になりたいと思いました』

「っ...」

『先日、お姉ちゃんに内緒で受けたボーカルオーディションの一次審査突破の報告が家に届いて嬉しかったです』

 

黙る俺に、樹はある本を取り出した。

 

タイトルは、『声の仕組み』『喉を健康にするには!?』の二つ。

 

「これって!?」

『古雪先輩から頂いた本です。ネットにあった喉を治す方法も試しましたけど効果はありませんでした』

 

いつか聞いた樹の歌を思い出す。けれど、それはもう聞けない。

 

改まって確認された絶望は、どうしようもなく歌手になりたいという夢を打ち砕く。

 

『満開の後遺症が治らないなら納得です』

「樹は...樹は、お姉ちゃんや俺を恨んでいるか?自分を勇者にしたことを、勇者部に入れたことを」

『......お姉ちゃんも古雪先輩も、きっと気にすると思います。先輩には歌手になりたかったってここで言いましたし♪』

「心臓に悪すぎるからそれ...心折れるぞ」

 

まだ聞けているのは、樹の顔がずっと優しいからだ。

 

『ちょっとからかいたくなって。すいません(笑)』

 

微笑む樹はペンを止めない。

 

『でも...勇者部に入らなければ、たくさんの楽しい思い出は作れなかった。歌を歌いたいと思うこともなかった。だから、お姉ちゃんや古雪先輩に誘われて勇者部に入ってよかったです!』

「そっか...そっか」

 

思わず涙が出そうになるが、ぐっとこらえる。せめてもの先輩の意地だ。

 

「樹は強いな」

『ありがとうございます』

「その気持ち、風にそのまま伝えてあげてくれ。きっと風はそれだけで元気になる」

 

その時には、並んで、支えあって笑顔で生活する二人が見れるだろうから__________と言いかけたところで、スマホが震えた。

 

「メール?」

 

様子を見ると樹にもきたらしい。一言断ってから中身を確認する。

 

「......!!!」

『先輩、』

「わかってる!」

 

荷物を持って大慌てでファストフード店を出る。

 

「このタイミングだと...きっと、声をかけられるのは樹だけだな」

『少し時間頂けませんか!?』

「わかった!任せろ!!」

 

樹と別れてから人気のないところまで走り、勇者の装束に身を包む。

 

「あのバカは...」

 

届いたメール。差出人は大赦。

 

『現在、勇者犬吠埼風が暴走中。勇者各員はこれを止めるよう力を尽くしてください』

 

「大赦なんかに言われてやっと気づくとか情けない!!」

 

勇者アプリを見ると、かなり遠くに風と夏凜の反応が確認できた。

 

(かなり距離があるな...)

 

一つ思い出して、バッグに入れていた物を取り出し、人気のない近場のロッカーにぶちこんでから跳躍する。

 

(事と次第によっては...向かうべきは大赦本部か)

 

わざわざ接触してきた彼女の真意が予想通りなら、そんなことはしない。だがもし、万一のことがあれば______

 

(死ぬ気でかからなきゃな)

 

耳にイヤホンをさしながら、スイッチを入れた。

 


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