古雪椿は勇者である   作:メレク

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緊急事態宣言が全国レベルになったりどんどん色んな界隈で延期、中止が発表されストレスが蓄積されていく毎日ですが、こんな時こそ勇者部のような思いやりの心を持てるようになりたいですね。

それから、皆さん感想、誤字報告ありがとうございます!改めてお礼を。


ゆゆゆい編 59話

「すーっ...はーっ......」

 

波の音がすぐ近くにあるが、一呼吸、また一呼吸としていく度に聞こえなくなっていく。暗闇の中、必要のない邪念だけが消え去り、必要な外界の情報だけが入ってくる。

 

「......!!!」

 

完全に集中した瞬間、まさしく刹那の間に、目を見開き抜刀した刀を振るった。砂浜を踏みしめる大きな音と、刀が風を切る音だけが放たれる。

 

「......」

 

切り下ろした状態から納刀までして、やっと息をついた。

 

「はぁ...」

「来てたのか。若葉」

「!」

 

ばっと振り返ると、いたのは勇者部で唯一の男子である彼がいる。

 

「いたのか...」

「いや今来たところ」

 

いつものように鉛を貼って重さを調節してある木刀を持つ椿は、もう片方の手で何かを投げてきた。受け取った物を見ると、有名なスポーツドリンクだ。

 

「タオルもいるか?」

「いや、そこまでじゃない」

「じゃないって、お前なぁ...まだそんな暑くない時期にそれだけ汗かいてたら、長くやってた証拠だろうが。飲むだけと言わず休憩いれろ」

「......相変わらず、よく見ているな。タオルは自分で持ってきたから取ってくる」

 

自分でも気づかなかったが、確かに汗はそれなりにかいていた。わざわざ忠告を無視する必要などないため、素直にその場から歩きだす。

 

乗ってきた自転車にはいつものバイクが横付けされていてが、気にすることなくタオルだけを取った。ちらりとスマホの画面を表示させると、一時間半はぶっ続けでやっていたらしい。

 

(そんなに激しく動いたつもりはなかったのだが...)

 

やっていたのは、抜刀から切り上げ、即座に切り下ろすだけの行為。有名なものでは燕返しがよい例だろう。

 

言葉で言うにはただそれだけだが、自身の中で描いた軌跡をなぞらせた上で速さを追求していくと、どうしても満足いくものにはならなかった。

 

その結果、心身ともに結構な疲労をかけてたみたいだが。ここ最近はどうしても自己管理が抜けてる所がある。

 

(...あれでは、椿に防がれるだろうがな)

 

「おかえり。やるのか?」

「いや。しばらくは椿を見ることにした」

「それはそれで緊張するな...」

 

椿は二本の木刀を砂浜に差し、空き缶を砂浜に並べていく。それが銃の精度を上げるためだというのは以前から知っていた。

 

「そういえばひなたは?」

「今日は芽吹と出かけてるそうだ」

「へぇ、そりゃまた珍しい組み合わせだな」

「球子と杏も一緒らしいがな」

 

詳しい話は聞かなかったが、買い物に行く目的が噛み合ったらしい。

 

「芽吹が来ないなら、ここもすいてるかと思ってな」

「確かにな。メインで使ってるのは四人だし」

 

私、芽吹、椿、そして夏凜。この四人は自主訓練時にここを訪れることが多いメンバーである。

 

というか、他の皆はあまり特訓、訓練をしないと言った方が正しいか。

 

「でも、夏場だったら倒れかねないぞ。ひなたに報告しとくからな」

「待ってくれ椿すまなかった」

「必死過ぎるって...近い近い」

 

詰め寄り過ぎ「今回は何も言わないよ」と言われたのもあって、距離を離して砂浜に座った。体育座りでも砂だからお尻が痛くなることはない。

 

「最近は時間の流れがあっという間でな」

「あれだけ集中してればなぁ...遠目から見ても凄いと思ったよ」

「そうか...?」

「あぁ。太刀筋が霞んで見えた。どんだけ速く振ってんだお前」

「いや。私はもっと頑張らなければな」

「ふーん...」

 

空き缶を並べ終わった椿は、腰につけていた銃に手を伸ばした。当然本物ではなく、BB弾使用のおもちゃだ。

 

「椿が言いたいことも分かる」

「?」

「皆いるんだから一人で無理するな。なんて言うだろう。無理して体を壊したらひなた辺りが黙っちゃいないぞと」

「......そりゃ、な」

「分かっている。当然自己管理には気を使ってるつもりだ」

 

さっきのことも、数年前の私であれば椿に注意されても聞かなかっただろうし、そもそも椿が来るまでに倒れていた可能性すらある。

 

「さっきので...?」

「あれでも治ってきてるほうだ...ともかく、いざという時、私は協力出来る仲間を知っている。だから平気だ...だが一方で、二人分の仕事はすると誓ったからな」

「二人分?」

「あぁ」

 

二発目缶を一本吹き飛ばし、こちらを見てきた彼に、私は手につけているミサンガを見せた。

 

「このミサンガに誓ってな」

 

西暦にいるのは六人でも、共に戦ってきた仲間は七人なのだから。

 

「...そっか」

 

椿は私の込めた意味を理解しているのかいないのか読み取れない表情で再び銃を構える。

 

鳴り響いた甲高い音は、吹き飛んでいく缶の勢いと同じく大きかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「......」

 

心頭滅却。基本的に心が無の境地に至っていることを表す四字熟語は、今の彼女に似合っているどころか、彼女の為に作られたのではないかとすら錯覚してしまう程だった。

 

俺が納得できるレベルで空き缶を撃ち、砂浜に転がした缶とBB弾を拾った後(プラモデルの塗装技術を学び、弾は見易い色に塗装しているため全部拾えるようになった)、彼女は再び刀を構える。

 

「......」

 

眉一つ動かさず、ピタリと止まった姿は、彼女だけ時が止まったのかと思う。

 

それでも、次の瞬間には。

 

「シッ!!!!」

 

鞘から抜き放たれた刀がブレて見える程速く動かし、前を向けて止めた。

 

若葉は西暦の頃から抜刀術を得意としているように見えた。

 

基本的に、抜刀術、居合というのは剣を出さないことで間合いを見せない、相手よりより速く剣を届かせる、体に隠し、その見せ方によっては刀そのものを相手に見せない。なんてメリットがある。

 

ただし、相手が既に抜刀時だった場合には後手に回りやすい、両手で構えるよりはパワーが落ちる、相手より遅ければ何もせずにやられることすらある。といったデメリットもある。

 

語弊を覚悟で言うならば、刀を抜いている相手に抜刀術で対応することそのものがデメリットとも言えるのだ。

 

(まぁ、若葉に色々聞いた話とか、本で見た話だけど)

 

更に、勇者であれば基本的に相手するのはバーテックス。人間同士の駆け引きとは違う要素が必要となる相手であり、抜刀術が有効とは正直言えない。

 

あれだけの時間_________相手が抜刀するには十分過ぎる時間________をかけて集中し、バーテックス相手に通じにくい技術を磨く。なのに________いや、だからこそ、俺は彼女から目が離せなかった。

 

その理由は単純。彼女が、乃木若葉が強いから。

 

鞘から抜き放たれた刀は、絶対に相手の動きを読んで攻撃を弾くと確信できて、返す二撃目で確実にカウンターされると思ってしまう程には速く、力強い。

 

それほど洗練された技術だと、俺はずっと前から思っていた。こと居合の技術だけなら、絶対に勇者部の中でも最強だと断言出来るほどに。

 

(まぁ、皆鞘から抜く武器じゃないってものあるが...)

 

一番似た武器を使っているだろう夏凜も、あの刀の鞘というのは見たことがない。というか、たまに鞘も使うとはいえ夏凜や芽吹といった二刀流相手に手数で押されて負けることはそうないのだから、それだけでも強さは分かることだろう。

 

それに、恐らく俺だけが思ってることだが__________

 

(...凄く、速くなった)

 

俺が西暦から戻り、この世界に呼び出されるまでの期間は約半年だった。とひなた達から聞いている。

 

あの戦いから半年、戦いは少しの期間なくなった頃から呼び出された彼女達だったが、この世界での初戦闘時、若葉だけが明らかに腕を上げていた。球子達はずっと見てたからか『前からあんなもんじゃないか?』なんて言ってたが。

 

そして、今も。

 

「すーっ...はーっ...」

 

目を閉じ、構え、呼吸を整える。

 

「......ッッ!!!」

 

今度は溜め込んでいた力が一気に解放されたかのような連撃を繰り出し、最後は鞘に戻した。

 

(...すげぇ)

 

その姿は、この世界に来たばかりの頃より、腕を上げているように見えた。

 

相手が抜刀しているなら、その有利などを圧倒的に越える速度を。両手で振ってくるなら、それをも上回りねじ伏せる力を。

 

ただ練習してるだけで、 そう思わせてくる。ビリビリと伝わってくる。

 

(......いや、ホントに凄いな)

 

ここに、バーテックスとの色んな状況で戦っている柔軟性、仲間を頼る協調性もあるのだから恐れ入る。

 

もし今戦ったら、勝てないと思う。取った対策も潰されそうだ。

 

「どうした椿?何か私の顔についているか?」

「いや、何でもない...でも凄い鍛えてるなって」

「......努力してない、なんて謙遜は出来ないな」

「そりゃ言わなくていいだろ。お前が頑張ってるのは知ってる」

「ありがとう」

「元の世界でも、俺がいなくなってからそうやってたのか?」

「あの後、色々落ち着いてから大赦経由で剣の道に詳しい人と話をさせて頂いてな。色々メニューを組み立ててやってる」

「へー...」

「いつバーテックスがまた現れるか分からない。未来がどんな形で進むか分からない。ならば、私に出来ることがあるなら...私が守りたいものをより強固に、広く守るために、研鑽は惜しまない」

「...」

 

『皆を守るために戦う上で必要だから。じゃないですか?』

『...まぁ、俺がやってる理由はそうだな』

 

その決意は、どこか俺と似てるようで。

 

「...かっこいいな」

 

その言葉に、若葉が顔を上げる。

 

「だろう?私がかっこいいと思う奴の真似みたいなものだがな」

 

その顔は、くすりと笑っていた。

 

 

 

 

 

気づけば、日は傾き夜空になりつつあった。

 

「そろそろ帰るか...」

「そうだな。どうせなら椿と一度剣を交えたかったが」

「今の若葉に勝てると思えねぇな...」

「そうか?また新しく何か策を用意して勝ちを狙ってくるのかと」

「そりゃ勝ちを狙うぞ?でも、そんなパッと作戦が浮かぶわけでもないしな...っと」

 

荷物をバイクに積み、スマホを嵌め込む。その度に春信さんの謎技術を疑うのだが、自分でバラしても中身を理解出来る筈もないのでやめている。

 

「若葉、乗ってくか?」

「そうだな...近くのうどん屋でいいぞ。今日は元々そこで食べる予定だったからな」

「あ、じゃあ一緒に食べてもいいか?」

「構わないさ。では行こう」

 

あっさり後ろに乗った若葉は、背中の服の裾をつまんだ。抱きつかれると緊張するが、これはこれで安定して乗れているのか不安ではあった。

 

「落ちるなよ?」

「分かっている」

 

安全運転でバイクを走らせる。お互い何か話すわけでもないが、居心地はよかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「美味しいな」

「あぁ。流石香川だ...」

 

釜玉うどんの大盛を食べ終えた椿は、一口水を飲んだ。

 

「そういえば、椿は食事中はみかんジュースを飲まないな」

「いや、みかん好きの自覚はあるがさ。食事中はそこまで飲まん。お茶とか水とかでいい」

「そうなのか...」

 

聞いてからなんとなく手持ちぶたさで、骨付き肉を食べきった。照り焼きのタレと肉の柔らかさに舌鼓を打つ。

 

「今日はひなか。親じゃないんだな」

「美味しいぞ?」

「知ってる。前食べたからな」

「美味しかっただろ?」

「まぁな。あとここは海老天もよし」

 

そう言った直後「すいませーん、海老天一つ!」とオーダーの声を響かせた。

 

「ふぅ...俺の方こそちょっと意外だったというか、なんというか」

「何がだ?」

「うどん狂いの奴は食べてる間そんなに話したっけかなって」

「椿の方こそ私を何だと思ってる!?」

「うどん狂いの一角」

「風さんはどうなるんだ!?」

「あいつは一会話ごとにうどん食べきってるから...あ、ありがとうございます」

「...はぁ」

 

文句の一つも言いたくなったが、海老天が届いて一瞬空気が変わった。それだけで私の感情は呆れに変わり、ため息しか出せなくなる。

 

「ん?食べるか?」

「いや、そういうつもりでは...」

「目は食べたそうにしてるぞ。全く...しょうがない奴め」

 

サクサクっと良い音を立てて、海老天が半分に切られた。

 

「こっちをやろう」

 

私の器に渡されたのは、尻尾のない、プリプリの身だけで作られている方。

 

「いや!それでは椿が頼んだのに」

「いいんだよ、俺がそうしたいだけだし。なんならうどん狂いって扱いしたお詫びだと思ってくれ」

「別に詫びだとは...」

 

自分自身、勇者部内でもそれなりに重度のうどん好きというのは分かっているつもりである。だが、それでも椿は止まらなかった。

 

何故か箸は私の器まで伸ばされ、ついさっき離された海老天が挟まれる。

 

「いいから。ほら」

「っ、べ、別に食べさせてもらわなくていい!」

「こうでもしないと一生食べなさそうじゃん。ほら、口開けろ」

「~ッ!!」

「あっ」

本来マナー違反ではあるものの、私の箸で椿の箸から海老天を奪い取り、勢い良く口に入れた。まさかこんな形で鍛えた動体視力を使うとは思わなかったのだが。

 

(...美味しい。美味しいが)

 

「行儀良くないぞ...ま、食べてくれてよかったよかった」

 

(お前がやったことも行儀良くとは言えないだろう...!!)

 

何事もなかったように笑みを浮かべる椿を見て、この煩い心臓を鎮めるためには、怒るべきなのかお礼を言うべきなのか、はたまた笑顔を浮かべれば良いのかまるで分からなかった。

 

そして、その瞬間だけ、ひなたの顔が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

後日。

 

「だーれーがうどん狂いですって!?!?」

「そんなのお前いや待て何で知ってる」

「うどん屋の店員さんに言われたのよ!!!大声であたしの話題出してたらしいわね!?部員はともかく知らない人にまで聞かれてるってどういうことよ!?」

「別に間違ってないだだだだだ!?」

「反省しなさい!!」

「アイアンクローはやめろぉぉ!!!」

 

部室でそんな二人の会話を聞いた時は、別の意味で心臓が煩くなり、そっと離れようと動いている私がいた。

 

「大体、風の名前を出したのは若葉だし!!」

「......わ~か~ば~?」

「風さんお疲れ様でした。ではっ!!」

「待ちなさいっ!!」

「もう離せぇぇぇぇ!!!!」

 

 

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