古雪椿は勇者である   作:メレク

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やっぱり長いことやってるとネタかぶりがしやすくなってきて、四苦八苦しながら書くことが増えてきました。先月と比べると自由に使える時間が六割くらい減ったのもありますが。遅くなりがちで申し訳ないです。

四時間の睡眠で満足出来る体になりたい。


ゆゆゆい編 62話

「セットはこれで完了っと。そっちはどうだ?」

「バッチリいけます!!」

 

ゲームに出てきそうな勇者の格好をさせたパペットを手に被せた友奈が反対の手でガッツポーズを作ってみせた。自信満々の顔にこっちまで微笑んでしまう。

 

その思いを全力で支援するため、俺はもう一度機材を確認した。

 

(セットはよし。音源は東郷と杏がやってくれてる。照明は若葉と歌野)

 

それぞれを確認すると、どちらも余裕の様子だった。特に何か手伝うこともないだろう。

 

「見てなさい椿!ちゃんとやってみせるんだから!」

「元から期待してるさ...じゃ、呼んでくる」

 

魔王のパペットをつけた風に言うだけ言って、俺は外で園児達と遊んでいる樹達に声をかけに行った。

 

 

 

 

 

『やめるんだ魔王!!そんなことをしても誰の為にもならない!!』

『私は誰かの為にしているのではない!!私を仲間はずれにした者達に復讐する為に世界を壊すのだ!!貴様も抵抗するのをやめろ!!』

 

暗くされた部屋で照明の光に照らされた二体の人形が口と手を動かす。見ている皆もその声と動きにあてられたのか、緊張した様子だった。

 

『嫌だ!僕は苦しんでいる人を助けたいんだ!!』

『貴様も私を除け者扱いするのか!!』

 

各地を冒険した勇者が世界を荒らしている魔王の元へたどり着き、口論と戦闘の末に和解。世界に平和が訪れる。

 

王道が故に外れることも少ないだろう脚本だった。昔のやったもののリメイクだし受けが良いのは察しがつくが、このリメイクを作った人間のことを考えると意外ではある。

 

『どうかした?』

『いや、もっと色々変わるものかと...』

『つっきー分かってないなぁ。元の良さを引き出さないと改編の良さが薄まってしまうんよ。私はこれでも全力で書いたのさ』

 

まぁ、件(くだん)の脚本家がそう言うのだから間違いはあるまい。

 

(にしても...)

 

これは勇者部が五人になってすぐの________元祖勇者部とでも言えばいいのだろうか。そうなってすぐに行った人形劇のリメイクである。

 

それの台本がこの間部室掃除をした時に見つかり、丁度幼稚園での活動依頼が来ていたため準備を始めたものだ。

 

劇を演じる二人は変わらないが、脚色は園子によって変わり、人形に着せる衣装は雪花をはじめとした何人かで新しく生まれ変わっている。そもそも準備が終わるまで園児と遊んどく係なんて生まれなかったし、俺もこうして後ろでただ見てるなんてこともなかった。

 

(人数が多くなったからな...)

 

この世界限定だが、人数が増え、部室がかなり狭く感じることも多くなった。それを元祖勇者部がやってたことと重ねると、感慨深く思う部分もある。

 

「何黄昏てんの?」

「別にそんなんじゃない」

「そ」

 

隣に寄ってきた園児と遊ぶ係だった夏凜と、劇の邪魔にならないよう小さく言い合い、改めて前を向く。物語はほとんどエンディングだ。

 

『勇者...私が悪かった。許してくれないだろうか...?』

『魔王...僕は許すよ。これからは僕達友達だ!』

『こうして勇者と魔王は友達となり、魔王が苦しめた人達へ謝りに向かう旅を一緒にすることになりました。やがて皆と仲良くなった魔王は、多くの部下と一緒に人間の町に住み、お互い仲良く暮らしましたとさ...めでたしめでたし』

 

幼稚園児の皆から拍手が鳴らされる中、俺も手を叩き成功を祝う。

 

舞台セットの裏で見える筈はないが、二人が喜んでる姿は容易に想像できた。

 

 

 

 

 

「持ち帰りの荷物はこれでいいのな?」

「えぇ、他は後日全員揃った時で良いって言ってくださってるし。任せてもいい?」

「了解」

 

(こういう時の男手だよな)

 

ノートパソコン等の貴重品だけリュックに積めた俺は、園長さんに一言告げて幼稚園を出た。風は今日別の依頼でいない部長の代わりに色々話すだろうし、他のメンバーもまだ外や室内で園児と遊んでいる。恐らく夕方まで遊んで部室に戻ることもないだろう。

 

(これならバイクで来れば良かったかもな...)

 

「椿先輩!」

「?」

 

中学校に停めてある愛車に思いを馳せながら歩いていると、後ろから呼び止める声がする。もう間違えはしないと決めた声。

 

「友奈?」

「部室に行くんですか?」

「まぁな。家持って帰って明日運んでもいいんだが、バイク置きっぱなしだし」

「じゃあ私も行きます!忘れ物しちゃって...」

 

乾いた笑いを浮かべる友奈は、そう言って俺の隣に並んだ。止まっている必要も無いため歩調を合わせて歩いていく。

 

「俺が行くって気づいたならメール入れといてくれれば良かったのに」

「...明日までの宿題を少々......」

「成る程。それはメールじゃダメだな?」

「ぅー...そ、それより!!今日は大成功でしたね!!」

「あぁ。皆喜んでくれてたし。お疲れ様」

「椿先輩こそ色々駆け回ってましたよね?お疲れ様です!」

 

ビシッと敬礼してくる彼女に敬礼を返す。とはいえ、演者には演技に集中して貰うため負担をかけないようにするのは当然のことで、別段大変だったこともない。

 

「駆け回るって犬か...大したことはしてないしな。各役割への連絡とか、幼稚園側の人と話してただけで」

「立派なお仕事ですよ」

「...ありがと。友奈もよかったよ。声に力が籠ってたし、あの人形もよく動かせてた」

「えへへ、せっちゃんが中まで手を入れて色々動かしやすくしてくれたんです」

「そんなことまでしてたのか...」

 

気づかなかった雪花の功績に驚いていると、ふと彼女の顔が目に入った。夕暮れに彩られた彼女の微笑みは、心臓のリズムを狂わせる。

 

(本当、楽しそうに笑って...)

 

「椿先輩?」

「いや、ほんとよかったな。前はセット倒すくらいだったし」

「あぁ!?それ大分前じゃないですか!!今言わないでくださいよ」

「いやまぁほら、あの時もなんだかんだ成功してたし__________」

 

話を続けるものの、内心は照れを隠せてほっとしている自分がいた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

「施錠もよし。帰るか」

「はい!」

 

荷物を戻して宿題を回収してから部室の扉を閉めた私達は、その足で職員室に鍵を返して帰路につく。廊下からの夕日がちょっと眩しく感じた。

 

「俺はバイクなんだが...乗って」

「乗っていってもいいですか?」

「...うん。全然いいぞ。確かヘルメットも入れっぱなしだった筈だしな」

 

そう話す椿先輩の後をついていくと、すぐにいつものバイクが目に見えた。

 

「あそこじゃ狭いか。取ってくる」

「はい。いってらっしゃ......」

 

こっちを向いて、手をあげている椿先輩。特に何でもない動作に私の心は激しく震えた。

 

(!!!)

 

思い出したのはもう数年前の思い出になっていること。

 

『......あの、実は、この前東郷さんを...!!』

 

同じような夕暮れ、校舎裏で風先輩と二人きりで話した時。天の神によって私が呪われて、話をしようとした風先輩にも紋章が浮かび上がって。

 

そんな光景が、よく似たこの状況によってフラッシュバックした。

 

「友奈...?」

「......」

 

椿先輩の服の袖を掴む。戸惑ったような声をかけてくれるけど、そっちを見れなかった。

 

(大丈夫...分かってる筈なのに)

 

今椿先輩の方を見たら、かつて私に刻まれた紋章が浮かび上がっている。そんなことあるわけないと分かっていても、私は下を向くことしか出来なかった。

 

「...少しだけ、こうさせてください......」

 

か細く言えたのはそれだけ。手先が震えてしまって、迷惑かけなくないのに止まらない。さっきまであった劇の思い出や、嬉しい気持ちが凍っていくようで怖い。

 

(何も怖いことなんてない。大丈夫なのに...!)

 

息が浅く、胸が苦しくなってきた私は__________

 

 

 

 

 

「全く」

「...へ?」

 

突然温もりに包まれて、変な声をあげた。

 

「今度は何抱え込んでるんだ?」

「椿先輩...」

「そんな苦しそうにすんなよ。ほら、よしよし」

 

私より大きい手で頭を撫でられる。それを受けて顔を上げれば、目の前に椿先輩がいた。当然紋章なんてない。

 

「...ごめん、流石に子供扱いし過ぎたか」

「やめないでください」

「食いぎみ...いいのか?」

「はい」

「じゃあ失礼して...それで、どうした?」

 

優しい声で聞いてくる椿先輩に、私はハッキリした声で答える。

 

「もう、何でもありません!!」

 

だって、怖さなんて一瞬でなくなったから。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「すみません。突然お邪魔した上にご馳走になって」

「いいのよ。寧ろ感謝したいくらいなんだから。来てくれた上に友奈の勉強見てくれているのだもの。それに、いつも話してる椿先輩だものね?」

「お、お母さん!!」

 

友奈が隣の席から対角にいるお母さんへ手を伸ばすも、席から離れた友奈のお母さんに触れることはなかった。

 

「皿洗いくらいはさせてください」

「いいのいいの。寧ろ友奈と一緒に勉強してあげて?」

「ですが、何もしないわけにも...」

「これは私からのお願いよ?」

「......分かりました。じゃあ帰るまでは」

 

お礼をしたい相手がそう言ってくるのであれば、俺は何も言わない。せめてもの意思で自分の食器だけキッチンに運んでから、部屋を出た。

 

『...あー、折角だしさっきの宿題教えようか?量も多そうだったしな』

 

駐車場の手前で袖を掴んできた友奈はすぐにいつもの調子に戻ったのだが、突然あぁなったので不安が過った俺はそんなことを口にした。場所は無難に喫茶店辺りにするつもりだったが、友奈の家に決定。

 

一区切りついた頃に友奈のお母さんに呼ばれれば、あれよあれよという間に夕飯をご馳走になっていた。

 

(まぁ、心配だしな...何かとヤバイことは抱え込むし)

 

自分のことを棚にあげてることは気にせず、さっきまでいた友奈の部屋に戻った。

 

(...うん。緊張することは何もないから)

 

「じゃあ友奈。何かやりたいのあるか?」

「えーと...そしたら数学を!」

「はいよ」

 

夕食前に宿題はけりをつけている。新しく数学の教科書を見せてくる友奈を見て俺は頷いた。

 

「今は何してるんだ?」

「確率の問題を...」

 

この世界では同じ学年を皆が違和感なく過ごしているが、記憶がずっとある俺達勇者部は基本的に同じカリキュラムを繰り返している。友奈が悩んでいる問題もそれ相応にかなりハイレベルだが、一年上の俺が解説出来ない訳じゃない。

 

「...とまぁ、こんな感じかな。一番の敵はケアレスミスだよ」

「そうでしたね...」

「まぁでも、ちゃんと解き方はあってるし落ち込むことはないさ」

「椿先輩...ありがとうございます」

「どういたしまして。まだ何かあるか?」

 

聞いてみると友奈はくすりと笑うだけだった。

 

「どうした?」

「いえ、家庭教師みたいだなって」

「まぁ、他にも教えたりしてるしな。上手く出来てるかは分からないけど」

「上手ですよ!私すぐ分かりますもん!」

「それなら良かった」

 

友奈の言葉なら全幅の信頼を寄せられる。何か特殊な事情でもない限り嘘なんてつかない子だから。

 

「......」

「......じゃ、じゃあ、他のあるか?」

 

沈黙が続くのはきつく、少し詰まりながらも聞いてみる。正直ちょっと緊張するのだ。

 

女の子特有の甘い香りのする部屋。普段明るく、さっき悲しげな顔を見せたほっとけない友奈と二人きり。そして、来た時から若干近い距離。男子高校生には刺激が強いと言っていいだろう。

 

とはいえ、それは相手に分からない。相手は友奈だし。

 

「...そしたら私、ご褒美が欲しいです」

「ご褒美?」

「椿先輩がいなくても問題にチャレンジ出来るけど、いないとご褒美は貰えないですから...」

 

肩に、少し重い感覚がする。

 

「さ、さっきみたいに、撫でてくれませんか?」

 

小首を傾げてそう聞いてくる友奈に、俺は無意識に頷いていた。

 

 

 

 

 

頭を撫でると、面白いくらい良い反応をしてくれる。

 

「えへ...」

 

ふにゃふにゃになった笑顔は、信じられないくらい可愛らしい。

 

(...もっと撫でたくなる)

 

「椿せんぱい、気持ちいい...もっと撫でてください」

「いいよ。おいで」

 

彼女のお願いは叶えたくなる。俺の返事は決まっていた。胸元にすっぽり収まった彼女の頭を撫でると、猫みたいに甘えてきた彼女はすりすりと顔を動かした。

 

「もっと、もっと......」

「しょうがないな...これでどうだ?」

 

背中に回した腕を寄せて、彼女とより密着した。甘い香りが俺を襲う。嫌悪感はない。寧ろもっとこの甘さに浸っていたい、溺れていたい。

 

彼女は周りの人の気持ちを変えるのだ。プラスの方であれマイナスの方であれ、その影響は大きい。近くにいると、その影響をモロに受けてしまう。

 

「友奈...」

「椿先輩...」

 

とろんとした目と見つめ合う。感覚が研ぎ澄まされる。手の平が重なりあう。

 

視界に見えるのは彼女だけ。今、俺のことをその瞳で見ている友奈は、ゆっくり俺へと近づいて__________

 

 

 

 

 

「椿君、時間大丈夫?」

「あ、はい。そろそろ帰りま...」

 

お母さんへ返事をすると、ずれていた『正常』が元に戻り、俺の動きは固まった。

 

(あ、れ?)

 

目と鼻の先にいる、俺の視界いっぱいに写っている友奈。その頬は朱に染まっていて、どこか幸せそうな顔になっている。

 

「あら...お邪魔だったかしら」

 

(待て。待て待て)

 

「あっ...」

 

俺はその顔を見て、急いで彼女を引き剥がした。多少痛かったかもしれないが許して欲しい。

 

「いえ、お母さんありがとうございました。俺はこれで失礼しますね」

 

思考が纏まらないまま、俺はお母さんへ一言告げて家を出た。乱雑にスマホをバイクに嵌め込み起動。

 

(うん。記憶はしっかりあるな...あるな!!)

 

寧ろある方が問題なのだ。俺はいつの間にか友奈とじゃれあっていて、バッチリ記憶がある。

 

だが、さっきの距離は部の先輩後輩等では全くない。寧ろ彼女でもない友奈と、彼氏と彼女のような__________

 

(俺は...俺はぁ!?)

 

これは、優しい彼女を誑かしたみたいではないか。

 

「ハアァァァァァッ!?!?」

 

恥ずかしさやら嬉しさやら、処理しきれない感情が声になり、俺は頭を覚ますべく一陣の風になった。

 

 

 

 

 

「そういえば椿、昨日奇声をあげながら爆走するバイクがこの近くを通ったんですって」

 

「...へー」

 

「あんたも変なのに絡まれないよう気をつけてよね」

 

「あぁ...大丈夫じゃねぇかな。俺そんな奴見たことないし」

 

「そう......ねぇ、聞いてもいい?」

 

「どうした?風」

 

「いや何であんたそんなに疲れてんの!?だらけ具合とんでもないわよ!?隈も出来てるしバッグもないし!!」

 

「あ、うん...何でもないんだ。何でも」

 

「そんなことないでしょ!?」

 

「ところでさ。焼き土下座と市中引き回し、どっちなら東郷やってくれっかな?」

 

「ホントにどうしちゃったの!?ちょ、椿!?」

 

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『昨日は悪かった。懺悔の方法を確認しておく』

 

椿先輩から届いたメールは、かなり短かった。元々そんなに長文を送る人じゃないし、顔文字なんかも送られたら珍しく思うくらいだ。

 

でも、椿先輩のメールはまるで本人が目の前で話してる時の返事がされてるようで、これだけでも昨日私の部屋から出る前に見た混乱した様子そのままに送ったのかなというのが簡単に想像出来る。

 

だから私も、まだ落ち着けてはないものの返事は返せた。目の前にいないぶんそこまで変にはならない。

 

『悪くなんてないですから、懺悔とか気にしないでください。それより昨日私の部屋に忘れていった鞄、今日取りに来ますよね?早めに帰ります』

 

(でも...)

 

「友奈ちゃんどうしたの?顔が赤いわ」

「東郷さん...えへへ、ちょっと良いコトがあったんだ」

「そう...でも大丈夫?」

「うん。大丈夫大丈夫。えへ」

 

(あの感じ...)

 

私自身私を止められなくて、でももっと素敵な椿先輩を引き出してくれる私。気持ちがポカポカするため行動してくれる私。

 

「にやけが隠せないゆーゆ...これは事件の香りがするんよ」

「事件!?一体誰が友奈ちゃんをこんな眼福な状態にさせたの!?そのっち写真を撮ってから調査するわよ!」

 

(また、あんな風になれるかな...)

 

私は昨日のことを思い出して、またこれから出来そうなことを想像して、笑みを浮かべた。不安なんて全然ない。

 

(椿先輩...楽しみにしてますね)

 

「東郷、本音がまるで隠せてないわよ......というか、こんなの候補が一人しかいないというか...」

「!?誰!?誰なの夏凜ちゃん!!」

「あがががっ!?東郷揺するなぁ!!!」

 

 


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