「またいらしてください。勇者様の来訪を心からお待ちしております」
「はい。ありがとうございます」
ずっしりとした鞄の重さを確かめながら、行きに通ってきた道を歩く。日は僅かに傾きかけたくらいだろうか。
(これでまた一冊...)
密かに隠し持った本は、本来持ち出しを禁止されている物。いけないことなのは十分わかっている。でも、私はこうして繰り返している。
(神世紀200年の本...中身はどうなっているのかな)
大赦が管轄する、図書館と言うのがしっくりくるだろう本の保管室で、私は何回か本を借りることがあった。はじめは、この世界に来る前にも読む機会があった精霊や伝承の本を読むことで、何か役に立つ力が手に入るかもしれないという淡い期待。
でも、何回か利用することで私の目的は変わった。
大赦が一般人には勿論、私達勇者にも情報を秘匿することがあるのは椿さんからも聞かされている。私が利用する際に、読むこと許可されない物があることも知った。
じゃあ、大赦が秘匿する本はどんな内容なのか。そこにこの世界の真理や、今敵対している赤嶺さんのことは記載されてないのか。気になるのは当たり前だった。
答えとしては、今のところNOだ。過保護と言うべきなのか、私が見た本にはわざわざ秘匿するほどの重要性があるようには感じられない。あのくらいなら大社の頃に見たこともある。
(大昔の歴史の本で戦術を学ぶのとか、確かに今は戦いがないならいらないし、余計なものは見せない方がいいとは思うけど...)
『見てろよ銀。これが俺の考えた必殺の陣形!』
『!?マジかこれ!?こんなので!?』
『裏ボス攻略まで余裕でした』
この前二人がやっていた戦略ゲームなんかが世に出てるのなら、意味が無いように思えた。
(...まぁ、いっか)
『ハァァァッ!!!』
「?」
思い出していた人の声が聞こえた気がして、ふと立ち止まる。
(今のは...もしかして幻聴?私そんなに危ない人だったっけ?)
『もう終わりかい?』
『まだまだぁ!!』
(違う...こっちから)
導かれるように歩き出した私の目には、すぐに答えが見えた。
至るところが黄色くなってる椿さんと、頬に黄色い線の跡を残した人。
「椿さん!?」
「!?」
「隙だらけだ!」
「うぼっ」
「あっ!!」
私の声に振り向いてしまった椿さんの顔に、相手の持っていた黄色い棒の先端が叩きつけられた。
「す、すいません...」
「いや、あれは反応しちゃった俺が悪いし...あの人も言ってたが、杏が負い目を感じる必要は全くないから。うん。寧ろ完全に俺が悪い」
黄色い跡________すぐに落とせる絵の具だった_______を洗い流して、運動着から讃州高校の制服を着替えた椿さんは、自動販売機からみかんジュースを買って私の隣に座った。ベンチはそれなりに横長で、私達の間にはもう一人くらい入れそうな隙間がある。
「んっ、んっ...っはー!運動してシャワー浴びた後のみかんは一段と良いもんだ」
「普段からあんなことを?えっと...あの方、夏凜さんのお兄さんですよね?」
「あぁ。春信さんな...始めたのは結構最近だし、お互いスケジュールが合わないからまだ二回目だ」
二人が行っていたのは、ゴム製の武器を使った手合わせだった。椿さんは普段使っている短刀の形、三好春信さんは薙刀の形をした柔らかい武器に、絵の具をつけて当てた箇所を見易くするというもの。
「それこそ初回は俺が優勢だったんだがな。俺の動きに慣れてからはこっちが不利になってる...ホント、凄い対応力だよ」
「椿さんがそこまで言うなんて...昔何かやってたんですか?」
「俺はそんな強い自信ないけど......夏凜を守るために色々鍛えてたんだと。薙刀が一番得意ってのは知らなかったが...」
そこで一度言葉を切って、椿さんはみかんジュースを飲む。缶ジュースで中身は見れないけれど、ベンチに置いた音で中身がほとんどないのがなんとなく分かった。
「勇者の力を使ったら流石に卑怯だし差がつきすぎるしでやらないが、ただ戦うだけだときっついわ...良い練習にはなるけどさ」
「若葉さん達とはしないんですか?」
「するけど、もうお互い大体の動きが分かってるからな。相手のレパートリーを増やしたかったんだ。あっちもこのところデスクワークばかりで運動不足を解消したかったらしいし」
「...信頼してるんですね?」
「何だよ急に」
「いえ、なんとなくですけど...そうなんだろうなって」
大赦の話を初めて聞いたのは私達の時代にいた頃であまり良い感情を持ってないことを言っていたし、この世界に訪れてからもどことなく感じるものがあった。
私としても住むのに困らない点には感謝しているけれど、大社に似た情報統制を行っている点がある以上、必要以上の信頼は出来ていない。
「......ま、それなりに長い付き合いだし、尊敬出来るのも確かだからな...やることなすこと凄いから、重度のシスコンなことを除けばあの人は俺の目標だよ」
「椿さん...」
「あ、本人には内緒な?恥ずかしいし」
はにかむ椿さんは、「ほぅ」と息をついた。
「あの人が勇者になってたら、もう少し色々スムーズにやれてたんじゃないかな。神世紀のことも、西暦のことも」
「...私はあの人のこと、全然知りません。椿さんが尊敬する理由ももっと沢山あるのかもしれない。でも!」
気づいたら、私は口を動かしていた。目を真っ直ぐ椿さんに向ける。
こうして少し驚いてる顔も、さっきのように優しく微笑むような顔も。
『悪い、先にシャワー浴びさせてくれ』
拭えない量の汗を流して、明らかに疲れ果てていて、それでもまだ戦う為の気迫と鋭さを瞳に宿していた真剣な顔も、全部この人だから。この人だったからだ。
「私は過去に来てくれたのが、一緒に戦ってくれたのが他でもない貴方でよかったと思ってます!!私だけじゃなく皆も!!だから...そんなこと、言わないでください」
「杏...」
言い過ぎた気がして私は咄嗟に顔を反らしたものの、その頭に手が触れる。
「悪い、軽いたられば話をしただけなんだ...それに、別に俺の代わりにとは思ってないしな。寧ろ譲るつもりなんて更々ない」
「ぇ...?」
「俺だって、確かに苦しいことは多かったし、なんなら腹が消滅したことだってあったけど...胸の痛みの分だけ、今の平穏を味わえてるからな」
もう一度椿さんを見る。そこにあるのは純粋な笑顔だけ。
「何より、杏にもそこまで言われて、代わりに誰かが行けばよかったなんてカッコ悪いこと言えるかよ」
「椿...さん」
「今勇者部にいるのは、今お前の隣にいるのは俺だ。ここは譲らん」
「...はい!」
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「あ、そうだ。これ一応内緒で頼む」
「これ?」
「わざわざ大赦に来て特訓してること。やっぱり快く思えない奴も少なくないからさ。悪いことをしてる訳じゃないが...かといって見られに来ても放置しちゃうだけだし」
「...分かりました」
「ありがと。そういや杏はどうして大赦に?」
大体大赦へ訪れるのは、ひなたをはじめとする巫女と、園子がメインだった筈。
「私は大赦から資料を借りに」
「資料?って言うと...あれか。大社の時にもあった精霊に関する資料とかってことか?」
「はい...それだけじゃないんですけどね?」
「?」
意味深な発言に首を傾げると、杏が辺りを見てから鞄を開ける。
「もう何回か来ていて、いつも何冊か借りてるんです。ただ、中には読むなと言われた本もあって...でも、私達に隠すものって、私達にとって良くないものなんじゃないかって思って。椿さんの話も聞いてきましたし、大社でも情報操作はしていましたから」
「...だから、そうして持ち出して見てると?」
「はい」
杏が見せてくれた本のタイトルを見ながら、俺は顎に手を当てた。
「椿さん?」
「......確かに大赦が情報を隠蔽してきたとか、そういったことを言ってきたのは俺だから強く言えないが...しなくてもいいと思う」
「...どうしてです?」
「この世界に来てからの大赦は、お前達別時間から来たメンバーの寮をすぐ用意したり、衣食住を不自由ないようにしてくれた。毎月余るくらいの金も小遣いとしてくれる...俺自身完全に信用するのは難しいが、ある程度の恩がある」
「......」
「その組織が読む必要ないって言ってるんだから、まぁいいんじゃないかなって。それに」
杏の本を指差す。タイトルから察するに、神世紀200年前後の歴史書だろう。
「その時代のことを知っても、何か出来るわけでもないしな。俺だって過去に行けたのは狙ってのことじゃないし...例えば大赦が隠蔽している内容が杏の心を傷つけるような出来事だったら、大赦に怒るに怒れないしな」
読むなと止めていたのは大赦で、非があるのは注意を無視した杏ということになれば、俺は何も言えなくなる。そこで怒るのは余りにも理不尽だ。
(...過去に行く前に西暦の詳細を知ったら、辛くなることもあったかもしれないしな)
実際に過去に行かなければこんなに共感することもなかっただろうが、今の俺としてはそう考えてしまう。
「...確かに、そうですね」
杏も俺の話に納得してくれたみたいで、二回頷いてくれた。
「じゃあ、今度こっそり返しとけ」
「はい...じゃあ私、そろそろ帰りますね。椿さんは」
「送ってくよ。バイクある」
「...はい!」
「それで、この前のは返したんですか?」
「この前の?」
「伊与島杏様の」
「げっ...聞いてたんですかあれ」
翌週。春信さんから渡されたみかんジュースを飲みながら、俺は露骨に嫌な顔をした。
「その部分だけ偶然。前後には仕事が入ったので連絡しようとしたんだけど、そんな空気でもなかったから」
「いや、それは...それより、杏が本を借りてる人には言ったんですか?」
「言ってない。本来であればまんまと出し抜かれてる方が責任問題だし...もうしないだろう?」
「......昨日、バレずに返したって言ってましたよ」
踏み込まず、停滞とも取れる案。だが、進んだ先が良くなるとも限らないから。
(...進む道ばかり取ってきた俺が、言える立場なのかは分からないけど)
誰に対しても踏み込んで、歩み寄ってばかりだった気がする。
(踏み込まなかったのは...あぁ、そっか)
大切な人を失ったのが最初で、それからは突っ込むように動いて。
『私、銀ちゃんのこと何も知りません...でも、椿先輩が苦しむことを望んでるとは思いませんよ』
『だから話してください。少しでもあなたのことを教えてください』
俺が止まった時は、彼女達が助けてくれたんだ。
「椿君?」
「あ、すいません。ぼーっとしてました」
「...なら、せめてにやけるのは止めてくれ。目の前でやられると驚く」
「せめて微笑むって言ってくれませんか?」
言いながら、俺はさっき話題にあがったばかりの彼女を思い返した。
(...ありがと)
心の中で感謝の言葉を口にしつつ。
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「じゃあ、今日はこれで」
古雪椿とは、もうそれなりの付き合いになる。夏凜との接点を増やしてくれたことや、定期的に夏凜の話や写真をくれることはこの身を捧げる程に感謝しているものの、そこは置いとくとして。
一個人として彼と付き合いを持って抱いた感想は、大人っぽいのか子供っぽいのか分からないといったとこだろう。
普段の態度は確かに高校生よりかは年上に見えるものの、所々が年相応に見えるというか。
『今度こそ...決めるッ!!』
今日だって、僕を敵とした時の眼差しは嘗て出ていた武道等の大会で感じたことはない、肌がひりつくようなものだった。それこそ、何度も死線を潜り抜けてきた猛者の目。
『え、これを?いやあいつらには言いませんよ...自分から言って特訓風景見せるのなんて流石にカッコ悪いじゃないですか。いや偶然にせよ見せたからってあいつらが俺を格好いい、素敵!みたいになるとは思いませんけど』
かと思えば、そんな発言を素知らぬ顔でする。そこから生まれるアンバランスさが少し心配になる。
(でも、だからかな。応援したくなる)
ある意味、彼女達の知らない、彼女達の為に努力してる姿を知っているから。
「椿君」
「はい?」
「...何かあれば頼ってくれて構わないからね」
「何言ってるんですか。割と春信さんには頼ってますよ。というかいきなりらしくないこと言わないでください」
「らしくなくはないんじゃないかな」
「貴方らしいのはシスコン関連って頭に刻まれてるので」
「なんだって?」
「何でもないですではまた!!」
「...はぁ」
走り去っていく彼が居なくなってから、空を見上げる。
(大人として、勇者をサポートする大赦の一員として、ね)
「三好さん」
「ん?」
「疑似満開機能について、お話が」
「聞こう。会議室でいいか?」
「はい」
日向から隠れるように、僕達は移動した。
(さて、しっかりとした場に出るならまた着替えないとね)
最後に、頂いたイラストの紹介です!『モンハンのスラアク装備の椿見たい』なんてツイートをしたところ、祈願花さんが椿を書いてくださりました!!リンクは下記に貼りますので是非!エラーがなければ表示される筈...(予定していた公開法ではエラー表示になった為、ツイッターにて公開しました。下記リンクからアクセス出来ます)
https://mobile.twitter.com/mereku817/status/1297508339069288452
椿ちゃんは以前カスタムキャストで頂いたことがありましたが、椿は今回初!本当に嬉しいです!!改めてありがとうございます!!