古雪椿は勇者である   作:メレク

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二十四話 園子の決意

「園子様。現勇者の犬吠埼風が暴走しております」

「そうみたいだね」

 

二年近く見続けてきた部屋。寝台。そこで、私の周りにはたくさんの人が頭を下げていた。

 

(神様みたいだな)

 

満開を繰り返した存在は神に近くなり、神樹様を信仰する大赦では崇拝の対象となる。

 

最も、それだけではないけれど。

 

「さらに、東郷美森にも怪しげな動向があり...貴女様の御力を御貸しして頂きたく、参りました」

 

差し出されたのは一つの端末。暴走されるリスクを抑えるため回収されたそれを返して貰えば、私はまた勇者になれる。

 

勇者になって、戦うこととなる。

 

「これで変身して、犬吠埼風さんを止めればいいんだよね」

 

変身すれば、どれだけ体が動かなくなろうと精霊がサポートしてくれる。その力は、今生きるどの勇者よりも強い。

 

私は満開を20回していた。満開の度に精霊は増えるため、合計21。バーテックスはともかく、はっきり言って今の勇者に負ける要素が全くない。

 

「わっしーにも勝てちゃうかな。犬吠埼さんも最近戦いに慣れてきたばかりみたいだしね」

「は。園子様に敵う相手ではございません」

「成り行きを見守ろうかな」

「......」

 

大赦の人は私の答えが予想外だったらしい。少し慌てている。

 

「園子様。このままでは大赦の危機、ひいては神樹様の...」

「世界の大ピンチだね~」

「それでは、これまでの勇者の行いが無駄になってしまいます。先代勇者、三ノ輪銀様の努力も全て」

「っ...」

 

大人は汚い。こんな風に言えば、私が動くと考えているから。

 

(ミノさんも、わっしーも、私も。何も知らずに戦わされてたのに。こんな私にも遠回りに脅してくるなんて)

 

でも、答えは決まっていた。

 

「そうなったら、ミノさんやご先祖様、みんなにごめんね~っていっぱい謝まるよ」

「...え」

「だって、犬吠埼さんもわっしーも、おかしいのは私のせいだからね~」

「な、なんですと?」

「私が教えてあげたんだよ。満開して散華することの本当の意味を」

 

大赦は私と勇者がどんな話をしたかしらない。つっきーと話していたのは、ほとんどミノさんについてだったけど。

 

「なぜそのようなことを!?それでは勇者が戦いに出向く筈がありません!」

「私みたくなって欲しくないからだよ。なにも知らずに世界を守って、あとで犠牲を払わされるなんて酷いでしょ?」

 

この前初めて会ったつっきー_______古雪椿さん。ミノさんがよく話していた人で、遠足の後に会わせてやるよ。といっていた人。

 

あの人を『自慢の幼なじみなんだ!』と語るミノさんは色んな意味でキラキラしてて、私も会ってみたかった。

 

そんな彼は、この間までミノさんと一緒だったという。散華の影響でいなくなってしまったと。

 

二度もミノさんがいなくなった悲しみは、一度で泣きわめいた私には想像もできない。だから、そんな思いをさせてしまうことを黙っていた大赦が許せない。

 

「何をなさるおつもりですか...」

「私はね。全てを知った勇者が何を為すか見届けたいんだ。勇者に『ならされて』しまったあの人達をね」

 

私にできることは限られてしまった。こんな発言をして端末を返してくれる筈もないし、そうしたら私はただ飾られるだけの人形に等しい。

 

「...勇者になることは、最高の栄誉です」

「栄誉かどうかを決めるのはみんなだよ。私には選択権もなかったからね」

「それでは最悪、世界が滅んでもよいと!?最高位の勇者である貴女様が...」

「......じゃあ、なに?勇者になって、わっしーやつっきー、その友達と戦えって?」

「それが、勇者の務めでございます!」

 

声を荒げる大赦の人。仮面でその顔は見えないけど、きっと焦っている。

 

(だから、なに?)

 

「ふざけないでよ」

「!!」

 

自分でも思ってたより冷たい声が出た。

 

「私は戦わないよ」

「園子様!」

「園子様!!!」

 

飛んでくるのは大赦を、世界を救ってくれという声。今の私にできる選択を拒絶する声。

 

ブツリと聞こえたのは、外から心からか。

 

答えは前者だった。

 

 

 

 

 

『よく言った園子!!』

「!?」

 

この間聞いた声。つっきーの、私の選択を唯一肯定してくれる声が部屋に響く。

 

(なんで...どうして!?)

 

『聞けよ大赦!!さっきから散々言いやがって...』

「どこからの連絡だ!?」

「古雪椿か...」

『お前らの望む通り風の暴走は絶対止める。俺としても風がこんなクズどもにわざわざ手をかけて欲しくないからな』

 

ここで安堵の息が出る辺り、大赦も変わったなって思う。

 

(というか、どこから?)

 

『だから、園子に選択権をやれ。どうするかを彼女の決めた通りにしろ』

「どこから!?」

『気づかねぇか?教える義理はないがな!』

 

私はなんとなくわかった。

 

(服の...袖)

 

そこに、なにか付いている。私の服は神聖な物とされ、おまけに部屋も普通ではないため取り替えることはない。

 

『約束できないのであれば満開してでもお前らを潰す。守りたい世界なんて壊してやるよ。わかったらさっさとそこから消えろ!!』

 

つっきーの声に従った大赦の人達は全員消えた。

 

「...つっきー」

『?園子?』

「皆いなくなったよ」

『そうか...余計な真似だったか?』

「ううん...つっきー」

『ん?』

「つっきーはどうして、そんなことが言えるの?」

 

これだけできっとわかると思う。どうしてもう動けない私を_____祀られることしかできない私の意志を尊重して、自分が狙われるような発言をするのか。

 

『いやまぁ、ホントに世界を滅茶苦茶にするつもりはないけど...俺が守りたいのは世界でもあるが、大切な人達だから』

「じゃあ、なんで私を...」

 

犬吠埼さんを狙わせないようにするなら、私に端末を与えさせないことを決めてしまえばいい。なのにどうして。

 

『お前も大切な仲間だからに決まってるだろ?』

「!!!」

 

『あれ、もしもーし?これ壊れた?』なんて言っているけれど、返事する余裕はない。

 

彼は、たった一度だけ会った人を__________今や化け物の様な私を、『仲間』だと言ってくれた。

 

(きっと、ミノさんのお陰なんだろうな...)

 

でも、嬉しい。

 

『おーい?聞こえる?園子ー?』

「...つっきー」

『あ、出た出た』

「......ありがとう」

『...どういたしまして』

「頑張ってね」

『あぁ!』

 

ブツリと、また音がした。

 

(見守ってるよ...つっきー、わっしー、皆。例え世界の終わりが来ても)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「ふぅ...」

 

音を切る。恐らくこれは大赦に気づかれもう使えないだろう。

 

以前、銀の喪失から立ち直れなかった時に買った盗聴器は、何を血迷ってたのか録音はおろか盗聴部分から音を出すことができ、遠く離れていても連絡できるとんでもない代物だった。

 

勿体なくて捨てることも出来ず持ち歩いていて、園子と出会ったときに大赦の動向を探れるかもと服の袖につけた効果は絶大だった。

 

(寝てる時に銀が起きてるんじゃないかと思って買ったもんだが...録音機能だけあればいいのにな)

 

未だに財布の中身がない一番大きな理由がこれだ。

 

「ま、これでいいか」

 

これを持っているのは、まだ未練があるから。なら、ない方がいい。

 

「...あと少し!!」

 

さっきから風と夏凜の位置は動いていない。盗聴器を捨て、最大の力を貯めて跳躍した。

 




「ふざけないでよ」ってセリフ。凄く好きです。

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