「......」
『お隣さんいるだろ。あの子。今日からあの子がお前の許嫁だ』
『はぁ!?なに言ってるんだ親父!』
『話ももう通してある。これから会いに行くからな』
『そんな!?』
(なんとも急展開...)
ページをめくりながら、俺は突然起きた出来事についていけない主人公に同情した。展開として置いてきぼりをくらっている感じは否めないが、主人公に感情移入させるのが目的なら、この話は十二分に達成してるかもしれない。
なんの変哲もない休日。マンガを読むことにした俺は、ベッドの上で続きに手を伸ばした。外は雨模様だが、その音は気にならない。
物語としては、親同士の意向でほとんど関わったことのない隣の家の女の子と許嫁関係になる所から始まるラブコメだ。
当然最初はお互い困惑し、文句を言ったり疎遠な感じなものの、付き合いを経ていくうちに相手の良いところを見ていって__________といったものだ。
両方の視点があり、同じシーンでどう思ってるかをしっかり描写してくれてるのは確かに分かりやすいし、面白いポイントもある。
(......)
俺だけなら手を出すことはそうないジャンルだが、借りてきた物のため続きの巻に手を出せる。意外なのは、これを渡してきたのがいつも本の貸し借りをしている杏じゃなく、同じクラスの郡彩夏なことだろう。
『古雪君、前に幼馴染みがいるって言ってたよね?もしかしたら似た所があるかなって...そ、そうでなくても結構面白いし!』
普段こうやってオススメしてくることがない彼女のイチオシなら、興味がなくても読む。実際、無言で続きに手を伸ばしてる時点で、無意識に一巻目で気に入ってる要素もあるのだろう。
(まぁ、境遇は似てないけどなぁ...)
俺と幼馴染みの彼女とは、小さい頃からずっと続いてる関係で、この登場人物達のように関わりがなかったわけじゃない。
(俺で言うなら、一切関わりのなかった銀と突然仲良くしろってことだろ?)
もし幼馴染みが幼馴染みでなく、ただ隣の家に住んでる人だったら。帰りに銀を見かけたら会釈するくらいの関係だったら。
「ん~...」
まず、そもそも初対面の銀があまり想像しにくい。ひなたと出会った時とか、新しく来た勇者達とは初めましての挨拶を交わしていたが、勇者の関わりもなく、男子が相手となるとまた話が違うだろう。
(いっそ、バカみたいに印象悪い銀を想像してみるか...)
『あ?アタシがあんたの許嫁?何言ってんの?冗談は顔だけにしてくれない?』
『またあんた?近寄らないで貰える?もっとイケメンなら考えるけどさー』
『家事出来るの?ふーん。じゃあアタシの代わりに全部やっといて』
(......)
無駄な想像でこんなに後悔することもそうないだろう。思わず嗚咽が漏れそうになるほど苦しくなった。というかこんなの銀じゃない。
(も、もうちょっと良い感じに...この本のヒロインくらいの関係で)
『親同士で決めたことだし、アタシ達はあんま気にしなくていいでしょ。まぁ見せかけはちょっと良くしとかないと煩いから合わせてね』
『どうせ隣の家だし、帰り道くらいは一緒のがいいかなって。あ、お互い予定があったらそっち優先でよろしく!』
(うーん、このくらいならありだろうか...?)
想像をしても、どうにもしっくり来ない。そもそも俺達は同じ小学校ですらなかったし。
(そういや本とかでも、幼馴染みは学校が一緒なのが多いか。話作りやすいだろうしなー...いや、それ考えたら俺らの方がよっぽど本になるじゃん)
神からの指示で人知れず化け物と戦っていた幼馴染み。死んだ身から精神だけ生きながらえ、敵の手によって肉体まで生き返った幼馴染み。
(...将来小説書くことになったらこれネタにして書けないだろうか。大赦が許さないか)
「!!んがー!!!」
一区切りついたところで思考を一度切り替え、俺は再び幼馴染みではない彼女を想像し直す。
(と、言っても...)
『お、椿帰ってきた!!昨日の続きやろう!!』
『今日はドッジボールやって、アタシ達勝ったんだー!うぉーって振りかぶってさ!!』
『そっちのアイスも頂戴よ。いいでしょ?』
(......うん。こっちのがしっくりくる)
やはり出てきたのは過去の、というかいつも通り銀で、俺はくすりと笑うのだった。
(やっぱり、銀と言ったらこうだよな...さて、続き読むか)
「何笑ってるの?」
「うおっ」
「!」
机に向かっていた筈の彼女がいつの間にか目の前にいて、ベッドの上で少しだけ後ろへ引き下がる。
「そんな驚かないでよ。さっきから一言も喋ってなかったのにアタシがビックリしちゃったじゃん」
「いや、近かったから...終わったのか?」
「一旦飲み物取ってくるって」
「お前は?」
「アタシはまだあるし。それで、そんなに面白かったのそれ?」
「あぁいや、今笑ったのは内容というより想像のことで________」
話を続けながら、俺は彼女を見る。
その姿は、まさに想像していたものと同じに見えた。
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『今日は勝ち越しにさせて貰うわ』
「くそぉ...次は負けないからな!!」
見えない場所でドヤ顔してそうな千景とやり取りをしてから通話を切って、アタシは付けていたイヤホンを外した。
「ふーっ...ありがと椿、使わせてもら...」
振り向いて部屋の主に声をかけたら、そこには誰もいない。ベッドの上には、椿とすり替えられたかのようにメモだけ置いてあった。
『白熱してるみたいだから買い物行ってくる。終わったら鍵だけ閉めて帰って大丈夫だから』
(メモになったわけじゃなかった...)
謎の部分で安堵しながら、アタシはベッドに腰を掛けた。
話の流れで千景と対戦ゲームをすることになったのが昨日。そのゲームを持ってるのが椿ということで、借りに来たのが今日。
『持ち帰ってセットするの面倒だろ。俺の部屋でやってもいいぞ』
そう言って、結局椿の家でゲームを始めたのが数時間前のことだ。椿も交代とかで混ざるか聞いたけど、『今日はいいや』とマンガを読み出した。
(全く。うら若き乙女が同じ部屋にいるというのに...)
「はーっ...」
ぼふっと音を立てて、アタシの頭は椿のベッドに沈む。
(まぁ、読んでたマンガは面白いみたいだったし)
椿本人は、面白いかよく分からないけど続き読む。みたいな感じで言ってたけど、あの喋り方は椿の中では結構ハマった部類だ。内容はあまり聞けなかったけど__________
(...アタシも読んでみよっかな)
同じようにベッドに寝転がってた本の一巻を手に取り、パラパラめくっていく。
『いや、銀が幼馴染みじゃなかったらどんなだったかなーって』
(なるほど、突然出来た許嫁を見て、アタシに置き換えたのかな...んー、椿が全くの他人だったらか~)
あまり接点がなかった時の椿というのは、なんとなく想像がつく。友奈や須美と初めて部活をした時のことを思い出せばいいのだ。
『俺達の部活内容はこんな感じだ。今日は何もないから解散で。俺は買い物してから帰るから』
『じゃああたしとうどん食べに行きましょ!!友奈、東郷、いいかしら?』
『うどん!!是非!』
『私も大丈夫です』
『じゃあそれで。あ、でも程々にしろよ?』
(ちょっと今より冷たいというか、無遠慮だったというか、興味がない感じだった筈...これをこの話に落とし込んでみて......)
『なんだ?三ノ輪さんも帰りか。いや、特に何もないが』
『幼馴染み...そんなに接点ないだろ。家が隣同士で、年が一つ違うだけだ』
小学生の椿はもっと違ったけど、中学生になってからの椿だったらこんな感じだろうか。勇者部に入ってくる初対面の人とはまた違う感じだ。
『なんか、親の同士で盛り上がったみたいでな。そっちもこんな適当なのは納得してないだろうが...説得するまで少し時間をくれ』
『今日、弟さん達へのご飯で悩んでただろ。多めに作ったから持ってってくれ。遠慮されてもダメになるだけだから沢山持ってけよ』
(...ツンデレ?)
『べ、別にお前の為じゃない』
(いや)
『お前の為以外に理由があるか?大変な時くらい手伝えることはするさ』
(うん、こっちのがしっくりくる。こんなことはストレートに言ってくる)
色々妄想しながら、アタシはシミのない天井を見上げた。
(......もし、幼馴染みじゃなかったら)
昔の椿はもっと明るかった。ワルガキみたいな感じだったというか。それが今じゃ頼れるお兄ちゃんというか、勇者部の中でもちゃんとした上級生っぽい立場にいる。
その変化が中学高校で少しずつだったなら分かるけど、椿はそうじゃない。それのトリガーになったのは確実に__________
(アタシと関わってなかったら、今も明るい椿だったのかな)
別に今が暗いとは思わない。でも、アタシの死が椿を大きく変えてしまったのは間違いない。
(それはそれで見たかった気もするけど...なんかなー)
どんな椿が良かったかなんて、想像じゃ決められないし、アタシがするべきでもないと思う。
(...もし、死んだのが椿だったら。壊れるのがアタシだったら)
『古雪椿さんの葬儀は、恙無く行われました』
『兄ちゃん...なんで、なんでっ!!!』
『椿__________
----------------
「結構濡らしてるな...新聞紙余ってたっけ」
買い物を終えた俺は、濡れた靴を気にしながら傘の水を落としていく。それなりの降水量で、玄関にたどり着く頃には靴だけでなくズボンの裾も水分を含んでいた。
(傘持ちだからそんなに買えなかったし...別にまた今度行けばいいけどさ)
傘を閉じ終え、ポケットから鍵を取り出す。カチリと音が鳴ったのを確認して、扉を開け_____
「ただいまーっ!?」
勢い良く出てきたそれは、俺の腰に直撃した。衝撃で傘と荷物を落としてしまうも、突撃してきた彼女が_____銀が、おかしな様子で震えながら抱きしめてきてるのを確認してしまえば、何も言えなかった。
「どうした?銀」
「......いで」
「?」
「いなく、ならないで...」
雨に消されそうなか細い声と共に、回されていた腕の力が強くなる。顔は俺の体で見えないが、最近の彼女からは考えられない、どこかへ消えてしまいそうな感覚すら覚える。
何が起きたのか理解は出来ないが、理解する必要もなかった。
「別に、何処にも行かない」
「!」
「まぁ、約束は出来ないけどな。俺達は神様に目をつけられてるわけだし」
落ち着かせるように、安心させるように、俺は、彼女の頭を撫でる。この先何があるかなんて、それこそ神のみぞ知る所だろう。
だが。
「でも俺は、自主的にどっかに消えたりとかしないから。ちゃんと側にいる」
「......」
その言葉は、ちゃんと彼女に伝わったと思う。幼馴染みなのだから。
「...うん」
例え、彼女のこの顔を見なかった時でも。
「...さ、折角だし飯食ってけよ。何なら園子も呼んでさ」
「っ、つ、椿の両親はいいのかよ?」
「遅くなる連絡は聞いてたから、温め直せるカレーだ。量の調整も出来る」
「じゃあ食べる!!」
「了解。んじゃ作るか」
傘と荷物を拾って家に入る。あまり買えなかった荷物は、きっと今日中に使いきるだろう。