「...あの」
「どうした?」
「ここまですることある?私負けたよって言ったよね?」
「言ったな。でも暴れられたら困るし」
「椿さん、足終わりました」
「ありがと」
持ってきて貰っていた縄で手と足をぐるぐる巻きにした赤嶺は、今芋虫のように動くことしか出来ない。だめ押しと言わんばかりに手錠をかける。
「...そんなものがすぐに出せるなんて、趣味?」
「んなわけあるか。用意して貰ったんだよ」
「......私を組伏せて、こんなことするつもりで?エッチ」
「冗談は休み休み言え」
結果的にそう見えなくもない状態だが、そんな趣味はない。隣から感じる視線を無視して、俺は立ち上がった。
「悪いがそんなことを言い合ってる暇はない。一応聞くが、何を用意した?」
「私は負けを認めたけど、君達に仲間になるとは言ってないからね」
「屁理屈をぬかしますわね...」
「弥勒さん言葉遣い」
「はっ」
「まぁ大体分かってたことだしな」
一番繋がりそうな樹に電話をかけているが、発信音がするだけ。
(戦闘中はスマホを消すし、分からない...加賀城さんに出しといて貰っただけでも感謝しないとな)
少なくともこんなところで休んでる場合でないことは分かっているから。
「芽吹、行けるか」
「はい。皆はこのまま赤嶺を捕まえといて」
「ん、頑張って」
「死なないでねメブ!あ、古雪さん、これ返しときます」
「助かる」
「赤嶺友奈はこの弥勒夕海子が責任を持って監視しますので!」
「頼む」
それだけ言って、俺達はレイルクスの翼を起動させた。上空に行ってから皆が戦っているだろう場所へ向かう。
「前より速度上がってて助かった...地面を走ってんのと変わらないなら、高い所の方がいいし、何より休める」
「さっき一撃もらってましたよね。大丈夫ですか?」
「大丈夫...ではないかな」
腹の辺りの違和感は消えないまま。なんなら腕も少し痺れてるし、頭は痛い。
「でも、そんなもん気にしてられない。早く行こう」
「これ以上速度は上がりません。せめて今は体を労ってください」
「...すまん、ありがと」
もどかしい気持ちを飲み込んで、俺達は地面を見下ろしながら飛んでいった。
(そう言えば、あれどうしよう...使えるのかな)
----------------
「ねぇ」
「なんですの?」
「流石に体痛いし、せめてこれだけでも外してくれない?」
赤嶺がそう言って見せつけてきたのは手錠。
「縄か手錠か、どっちかでいいでしょ?」
「そういうわけにはいきませんわ。私(わたくし)、貴女を逃したとなれば千景さんに殺されてしまいますので」
「?どうしてあいつに殺されんだ?」
「シズクさん!?いつの間に...」
「まぁいいじゃねえか。そんなことは。それで?」
弥勒の奴は割りとあっさり続きを話し出した。
「この世界に初めて来た時、この赤嶺友奈に誑かされたせいで殺されかけましたの。それで今回も言われたんですわ。『口車に乗せられて何かやらかしたら、貴女をこの鎌で切るわ』と」
「おっかな!?」
「あはは、それは大変だね」
「元はと言えば貴女のせいなのですけどねっ!!」
その言葉を受けても赤嶺は態度一つ、変えない。これならあいつと戦ってた時の方が人らしさを感じた。
(いやまぁ、生きてる時代が違うだけで人間なんだろうが...)
「だから私は貴女からどきません!」
「そっか...じゃあついでにもう一つ。途中で私の力が弱まったの、あれも貴女達の仕業だよね?どんなトリックを使ったの?」
「それは大赦が発明し、今加賀城が持っているあの」
「弥勒さんっ!!情報漏洩は重罪です!!私狙われるからぁ!!!」
「おっと、私としたことが」
「......」
二人の態度を見て、俺は大きなため息をつくしかなかった。素直過ぎると言うべきか、ただのポンコツ集団と見るべきか。
「へぇ...じゃあ、持ってかなかったのは残念だったね」
「...あぁ?どういう意味だよ」
脱線しかけた思考がこいつの言葉で戻ってくる。
「言葉通りだよ。私は抵抗するつもりはないし、その弱体化させる装置なり発明品は持っていくべきだった」
「貴女が動かないという保証はありません。言い訳のように聞こえますわよ」
「それならそれでいいよ」
もし赤嶺の言う通りなら、相手はもしかしたら__________
(あいつら、平気だろうな?)
共に過ごしてきた仲間を心配するが、心配することしか出来なかった。
(せめて、仕事はしないとな)
そう思い直して、赤嶺を見つめる。こいつは、薄く笑みを作っていた。
「さぁ、どうなるかな...」
----------------
最初に感じた違和感は、敵が銃越しに視認しなくなってからだった。
(数が、少ない...?)
ここまで倒してきたし、数が少なくなるのは当然。それでも、減り方が急というか、微かな違和感があるというか________
「風先輩」
「東郷、そろそろ休む?」
「いえ、そうではなくて...」
「タマはまだまだいけるぞ!」
その時、風先輩の後ろにいた球子さんの隣に、誰かが降り立った。
「おー椿。お疲れさ...!?」
「「...」」
私達は呼吸すら忘れて、目の前で起こった光景を理解しようとした。
古雪先輩が、球子さんを、持っていた大型の武器で吹き飛ばした。まるで邪魔な積載物を机からどかすかの様な動きで、横凪ぎに。
球子さんは鈍い音を立てながら樹海に叩きつけられる。
「...?」
そのままあの人は、風先輩に向かっていく。事態を私より早く理解した風先輩は、辛うじて大剣で攻撃を防いだ。
「え、椿?何?これ」
「大人しくやられろよ」
「!!」
どこか冷たい、氷の手に心臓を掴まれるような感覚。私は声だけで震えてしまう。
まるでそれが伝播したように、風先輩が叫ぶ。
「一体どうしちゃったのよ!?椿!!!」
「うるせぇなぁ!!!!」
間髪入れず大剣は弾かれ、古雪先輩の武器が風先輩のお腹に突き刺さった。そのまま真下へ落とされて煙が舞い上がる。咄嗟に閉じた目を開けば、古雪先輩が地面に倒れる風先輩を、蹴ってどかす。
「知らない奴に呼ばれても、うざいだけなんだよ」
「________」
信じられない。私の目と耳がおかしくなったという方が余程信じられた。
古雪先輩がこんなことをするなんて、そんなことを言うなんて、あり得ない。
「ぇ...ぁ...?」
うわ言しか呟けない私と、あの人の目が合った。
(ちが、違う...私の知っているあの人は)
「これで三人目」
気づけば、古雪先輩は手を震えさせて銃を落としてしまった私の目の前にいた。
「ひっ」
「悪く思うなよ」
(私の知っているあの人は...)
高々と掲げられた武器は、そのまま振り下ろされた。
「東郷さんっ!!!」
「わっしー!!!」
直後、私の頭上から甲高い音が鳴る。
「チッ」
「東郷さん!!大丈夫!?」
「わっしー平気!?」
「ゆ、友奈ちゃん、そのっち...」
「ちょっと離れちゃっててごめんね!!」
助けに来てくれた友奈ちゃんとそのっちは、古雪先輩を睨みつける。二人とも普段の古雪先輩に向けてする目線じゃない。
「ふ、二人とも、古雪先輩は...」
「ん?つっきー?わー、顔そっくりだね」
「え、えぇ?そっくりと言うか本物じゃ」
「そんなわけないよ!だって椿先輩がこんなことするわけないもん!!」
「!!」
言われて気づく。確かに武器は斧ではなく、もっと大きな鎚矛(つちほこ)のような物。纏っている『白い』勇者服は『服』というより『鎧』に近い。
なにより、今の古雪先輩は女性の筈なのに、目の前にいるのは男性____いや、そもそもあの人がこんなことをするはずがなかった。操られているのか、それとも________
「...偽物?」
「ッ!!!!」
私から溢れた声に目を見開き、こちらにまで歯ぎしりが聞こえそうな勢いで口を開けた。そこに表された感情は、憤怒。
「...はぁっ!!!!」
「わっしー危ないっ!!」
そして、少しだけ、悲痛さを感じられる声をしていた。
----------------
「東郷さん!!!」
「わっしー!!!!」
吹き飛ばされる須美を見つけてキャッチする。
「おい須美!大丈夫か!?」
「ぎ...ん?」
「自分で立てる?というか動ける?」
「銀...あの人を、古雪先輩を...」
「え?おい須美!!」
目を閉じるから慌てて脈を確認すると、ちゃんと流れていてくれた。気絶しただけみたいだ。
(いやまぁ、気絶するだけの攻撃を貰ったってことだけど...)
「銀ー!何があったの!?」
「あぁ雪花」
丁度樹達のいる場所から雪花が向かってきて、飛ぶ力を弱める。
「ホントに何事!?」
「アタシも遠くから見ただけだけど、椿が須美をこうした」
「椿さんが!?」
「とりあえず須美お願い。それと、アタシが前で暴れなくなったぶんバーテックス沢山来るから、皆で迎撃して。お願い」
「お、お願いったって!あんたどうすんのさ!」
「友奈と園子と一緒に、椿を抑え撃つよ。報告含めてあとよろしく!」
また翼を広げ、高く飛ぶ。友奈達が見えた時点で、そこへ向けて突っ込んだ。
(偉そうなこと言ったけど、大丈夫かな)
遠目で見ても、あの椿は強い。もしかしたらこの前の赤嶺より。
原因は造反神から与えられた神花解放の力なのか、ただの気迫からか。
そのどちらかを悩んでしまうくらいには、伝わってくる覇気があった。
(そもそも、椿が二人いることがおかしいけど...どっちにせよ、アタシのやることは変わらないもんね)
そう割りきれてるからこそ、アタシは動けた。
「椿!!何やってるんだよ!!」
椿に、大切な幼なじみに、斧を向けることができたんだ。
「......銀」
低い声で、椿が答える。変声期が終わってからずっと聞いてきた声。
その声を聞いて、目を見る。
「ミノさん」
「園子、黙って」
きつい言い方になってしまったのは後で謝るとして、今はただ椿を見る。大体予想出来てたことは、確信に変えられた。
アタシ達四人は誰も動かないまま、アタシの口だけが開く。
「お前は椿だ。正真正銘、古雪椿」
前に赤嶺が用意した、精神に入ってきて自分と同じ姿をする精霊とか、そういうのじゃない。でも__________
「でも、『アタシの知る椿』じゃない」
長い間一緒に過ごしてきたあいつじゃないことは、理解できた。見てきた年数で言えば、アタシが親の次くらいに長いから。
いや、きっと、親に負けないくらい真剣に見てきたから________自分の、好きな人を。
「そうだろ?」
「あぁ。そうだな」
案外あっさり、こいつは認めた。さっきまでの怒ったような表情じゃなく、どこか皮肉めいた顔。
「だって俺、そんな大きなお前知らないから」
「!!!!」
あいつが指を鳴らした途端、アタシに立てないくらいの痛みが襲った。息がうまく吸えない、平衡感覚が保てない、数秒経たずに膝をついて、倒れる。
(な、に、これ...!!)
「なんだよ。三人ともか」
顔をなんとか動かして辺りを見たら、園子も苦しそうに胸を抑えていた。友奈はアタシと同じように倒れてる。
「さっきから俺のこと偽物だの知らない奴だの散々言ってくれてるけどな。俺からしたらお前らの方が知らない奴らなんだよ。いいか?俺の知ってる銀は、小六で死んで、優しくて、かっこよくて、可愛くて、何より俺に偽物だの知らないだの、そんなことは絶対に言わないやつだった」
「つっ、きー...!」
「まだ喋ってんだろ。黙って寝てろ」
「ッ!?」
辛うじて立ち上がった園子が、大きなメイスに当たって吹き飛ばされる。園子の名前を叫びたかったけど、出てくるのは声とも判断されないだろうかすれたものだけ。
「お前達が今苦しんでるのは、神に近しい存在の力を抑えるものだ。それに反応するってことは、お前らは神に近かったり、神に創られたり...なぁ、乃木銀、聞いたよ。お前あのバーテックスとかいう存在とほぼ一緒なんだって?」
「!!」
「そうなんだろ?他の奴らもこうだとは思わなかったが...まぁいい」
「ガッ!!」
雑談をしているようなトーンで、友奈にメイスが振られる。友奈の体は宙を舞って、遠くへ落ちる。
20回も満開した園子、それより神に近い御姿、友奈。そして、天の神にバーテックスとして作られたアタシ。
「俺のしたいことは変わらない。銀を取り戻す。それだけだ」
一歩一歩、近づいてくる音がする。
「だから、神の使いの戦いに入ってくるな。『紛い物』が」
高々と掲げられたメイスを、アタシはただ受けることしか出来なかった。
(椿...そんな顔、しないでよ)
「銀から離れろっ!!!」
乾いた銃声に、地面が叩き壊される音。土煙みたいなのが舞って目に入るけど、アタシは目を離すことはしなかった。
勢い良く揺れるポニーテール。男のそれとは絶対に思えない声。
その後ろ姿は、全然見慣れてなんかない、でも慣れ親しんだ________
「...かっこ、つけすぎ」
大好きな幼なじみの姿だった。
----------------
事前に自分の体を守るバリアについては聞いていたが、突然飛んできた銃弾は避けてしまった。そのことに歯噛みする。
(にしても、赤嶺は負けたのか...使えねぇ)
相手をすると言っていた奴がここに来た以上、あいつは無様に負けたのだろう_________いや、そんなことは気にしなくてもいい。
一人でも多くの勇者を倒し、バーテックス達への道を作る。それが俺の役割なのだから。
それが出来れば________あの銀を、俺の知る三ノ輪銀を、返してもらえる。
(だから...)
煙が晴れた先にいる女を、睨みつけた。
「邪魔なんだよ...古雪椿」