古雪椿は勇者である   作:メレク

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花結いの章 19話

雲一つない青空に、赤と白の光が舞う。

 

白い光は、自由に飛び回る鳥のよう。優雅に、華麗に描かれる軌跡はその存在を納得させる。

 

赤い光は、意思を持った流星のよう。直線的な動きを複雑に折り曲げ、長い尾はその存在を主張する。

 

「...綺麗ですね」

 

もう二度と見られないであろう光景を見上げて、私は一言だけ呟いた。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

「若葉ぁぁぁぁぁっ!!!」

「椿ぃぃっ!!!!」

 

悲鳴をあげる両手で、それでも若葉の刀に斧をぶつける。質量的な意味でも俺の方が上の筈なのに、彼女は俺と互角以上に張り合ってきた。

 

弾き飛ばされた俺は再度距離を取り急ブレーキ。見えない壁を蹴ったように反転し、もう一度彼女にぶつかった。今度は刀と斧が滑りあって通りすぎる。

 

お互い慣れてはない空中戦だが、それぞれ全ての能力に普段以上の力がかかってるため、俺達は間違いなくいつもより戦えている。俺はそれを理解しているからこそ、歯噛みして突撃を繰り返した。

 

(やっぱり、こいつは強い)

 

接してきて一人の女の子だということは分かっているものの、歴史に残る西暦最強という文字の証拠が目の前にいる。一つ一つの技術の繊細さや、感じられる凄みというのは確かに圧倒的な差を感じた。

 

(...それでも勝ちたい。いや、勝つ)

 

彼女に勝つことだけを全神経を使って考える。作戦は最初から短期決戦一択だ。

 

彼女はまるで空を泳ぐ鳥のように翼をはためかせる。俺が知る限り二回目なのに完璧に動かす姿は、敵でなければ綺麗だと思って憧れすら抱いただろう。

 

対する俺は決して器用ではない。どちらかと言えば物事を回数、経験でカバーするタイプで、そんな奴が慣れないことをして強者に勝つなら、何かを犠牲にしなければならない。

 

(だから、俺は...!!)

 

推力に物を言わせ、強引な方向転換で速度を得たまま戦う。する度に呼吸が詰まって体が軋むが、優雅に空を舞う彼女に食い付くことは出来ていた。

 

後は、こちらが切れる前に相手のミスを起こすだけ。一撃が重いから隙を作ればやられるのは俺だけではなく、彼女も一緒だ。

 

「これでぇっっ!!!」

「ッ!?」

 

満開の作用で斧を巨大化させ、強引にリーチへ入れさせた彼女へ振るう。刀で受け止める若葉は流石に勢いを殺しきれず吹き飛ばされた。翼を更に広げ、視界が揺らぐほどの加速で追撃する。

 

叫びは斧に込められる炎となり、相手を燃やし尽くさんばかりに振るわれた。

 

「椿...」

 

小さく、本当に小さく呟かれた後、『彼女が消える』

 

 

 

 

 

「__________」

 

その刀に気づけたのは満開で向上された知覚本能だけで、普段ならまず無理だった。

 

ギリギリで滑り込ませた斧は、腹に潜り込んできた若葉の刀を受け止めた。奇しくも初めて模擬戦を行った時のような__________

 

「...あの時、お前は言ったな」

 

ギチギチと愛武器が軋む音と共に、彼女の声が届く。

 

「人相手の戦いで、本気など出せないと」

「...そうだな。そう言った。覚えてる」

「きっとそうであれば、今の攻撃を止められなかっただろう」

 

あくまで淡々と、若葉が言う。

 

「今なら分かる。お前は戦う意志を、目的を持ったらどんな奴でも本気で戦えるんだ。だから...私の意志とどちらが上か」

「......今更そんなこと言ってくる奴に押されてるなんて、情けなくてしょうがないぜ」

「!」

「来いよ。舐めてるならその首貰ってくぞ!!!」

 

強引に突き放し、彼女の間合いから外れた俺は一気に加速した。

 

「あぁ。それでこそ椿だ!!!」

「ハァァァァッ!!!!」

 

急制動、反転加速し、ぶつかりあった衝撃は振動となって空気を震わせる。

 

彼女の目も、その目に映る俺の目も、迷いは一切なかった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

『椿、これを見てくれないか?』

『何?...間合いの真の意味?』

『ここに書かれてることは本当なのか、知っているか?』

 

過去に、そんなやり取りをした。

 

『んー......辞書に書かれてる意味にそんなのはないな。小説での表現方法の一種じゃないのか?』

『やはりそうか...』

 

杏に勧められた小説に書いてあった『人が人である限り、知覚することが出来ないポイントに入り込むことで、相手に対して消えることを可能にする。これが真の意味での間合いである』という文章。

 

『でもどうしてこれを?』

『いや、バーテックス相手に通じるかは知らないが、出来るようになったら便利だろうなと』

『あいつら目がどこなのか分かりにくいからな...赤嶺相手なら通じるんじゃないか?しゃがんでも限界があるだろうし、それこそ空飛んでる時でもないとやれなさそうだけどな』

 

そう言って、椿は微笑んだのを覚えている。

 

(......どうだろう。椿)

 

そして、今。

 

(上手くやれているだろう?私は)

 

確信めいた自信を持って、私は椿に肉薄した。

 

(なのに...何故)

 

だが。

 

「クソッ!」

 

ギリギリのところで、刀が斧で止められる。

 

(対応してみせるんだ...いや)

 

「流石だな。椿」

 

明らかに私のことを見失い、動揺した表情をしている。悪態もついている。だが、椿への攻撃は未だに届かない。

 

とても反応できる時間があるとは思えないという動揺と、椿ならやってきてもおかしくないと思える感覚が襲うものの、一度椿から離れた私は首振ってどちらも捨てた。

(対応してくるなら、それを越える攻撃をすればいい...確実に勝利を貰うぞ)

 

椿の動きは確かに速いが負荷がかかりそうな動きをしていて、苦悶の表情を浮かべていることも増えてきた。時間が経てばスタミナ切れを起こすのはあちらが先に思える。

 

とはいえ、相手はあの古雪椿。数多くの敵と戦ってきた男の勇者である。最も、今は女子の姿ではあるが。

 

(何か策を練られる前に決着をつけたい...)

 

私が椿に負けるとすれば、実力差ではなく一瞬で覆される逆転劇の方が可能性としてある。ならば、いくら有利になっても椿にそんな時間を与えるわけにはいかない。

 

(私はっ...!!)

 

翼を広げ、再び椿の死角に潜り込む。決して気づかれてはいけない、針に糸を通すようなか細い線。加えて、同じ事をしたら椿は対策してくると信じて。

 

「ッ!!」

 

(ここでっ!!)

 

さっきより素早く、同じ場所へ斧を置いたのを見て、私は確信めいた笑みを浮かべた。私が望んだ理想の動き。狙うはさっきの様に腹ではなく、構えられた斧を握る手。

 

バリアを起動させるだけなら、これで私の勝ちが決まる。

 

「!!!」

 

勝利を確信し、気合いと共に放たれた突きは、椿の手を正確無比に__________

 

「ッ!!」

「!!!!」

 

私の刀が椿の手に刺さることはなかった。一瞬で斧からいつもの短刀に変えた彼は、私の刀を少しだけ跳ね上げ軌道を変える。獲物の大きい斧では決して出来ない芸当で、確実な一撃は椿の顔すれすれを抜けた。

 

(それでも!)

 

突き出した刀を返し、今度は引き込む。

 

「まだ、終われねぇ!!」

 

首をかっ切るような挙動はギリギリ短刀で届かず、接近し過ぎた故に膝蹴りを繰り出された。反対の手で受け止め返すも、今度は斧が迫る。

 

「これでっ!!」

「まだだ!!」

 

今度は私が鞘を手元に呼び出し、斧を止めた。

 

(散々見てきたんだ...私だって)

 

ひなた程とは決して言えない。それでも、私もこの男を見てきた。

 

椿ならどうするか。椿ならどう思うか。思い通りに動く体を、より勝てる方へ向かわせる。

 

(椿の動き、読みきってみせろ!!!)

 

ほんの僅かな動きだけで鍔迫り合いの状態から抜け、追撃する。詳しく仕様を知らない私は、この状態でも刀を出した椿に銃も警戒しなければならない。

 

しかし、椿が選んだのは真っ向からのぶつかり合いだった。譲ることを知らない刀と斧が再び交わる。

 

「「ハァァァァァァァァ!!!!」」

 

遠慮も容赦もない。自分の武器を相手に刻みつけるための切り合いは、速度と激しさを増していき__________短く、長い時間が過ぎて。

 

 

 

 

 

決着への始動は、まばたきすら出来ない刹那のことだった。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

チャンスは、俺自身予想できないところで掴んだ。

 

「ぐっ!?」

「!!」

 

突然苦悶の声を上げる若葉に、俺自身驚きながらも理解できた。

 

(そこかよ...!)

 

連撃の最中、振るっていた頭から放たれた一撃_________俗に言うポニーテールが、若葉の目に当たったのだ。

 

普段の俺なら絶対ありえないこと。故に、俺も、恐らく若葉も予想してなかったこと。今俺が女の姿になったが故に訪れた全く意図しない好機。

 

(ここで...)

 

だが、偶然の産物とはいえ、その好機を逃すつもりなど微塵もなかった。

 

(決めるッッ!!!)

 

「このっ!?」

 

視界を潰されてもなお正確に剣を振るう彼女から離れ、急上昇。

 

離れたことだけを気配で感じ取った彼女は動きながら目を擦るが、それだけで十分だった。

 

(読みきれる...いくしかない!!)

 

急制動、急加速。与えられた力を完全解放し、体が軋む速度で落ちていく。

 

それはきっと、地面に落ちていく一筋の流星。

 

「!!!!」

「ッ!?」

 

無言で強襲した俺をまたもや気配だけで感じ取った若葉は、あまりにも正確に刀を構えた。互いの矛がかつてない爆音を鳴らす。

 

(流石若葉...)

 

「でも!!これでっ!!!!」

 

俺の勢いは止まらない。そのまま若葉を押し込み、地面へと急降下していく。逃れる術は与えない。少しでも若葉が逃げようとすれば、この斧の切っ先が必ず届く。

 

「っ、まさかっ!!」

「終わらせるっ!!!」

 

斧から炎が迸り、背中の翼は更なる唸りを上げた。

 

俺は、止まらない。

 

「若葉ぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

 

 

 

そうして、俺達は地面へ激突した。

 

 

 

 

 

「......」

「......」

 

舞い上がった土煙が晴れ、相手の顔が見れるようになる。

 

「......」

「......おいおい、マジかよ」

 

俺は、呆れたように呟いた。俺の斧は若葉に届くことがなかったのだから。

 

いや、それ以上に。

 

「お前、強すぎるわ」

「本気で焦ったさ。私も。負けたとも思った...たまたま、上手くいっただけだ」

 

若葉が少しでも力を抜けば。いや、普段の状態なら腕がひしゃげてもおかしくないくらいの力で俺の全力を叩き込んだ。

 

若葉はそんな状況下で、俺の斧を受け止めていた刀を鞘に変え、左腕の力だけで受け止めた。その上、右手で刀を握り、俺に突き出し__________今も、俺の腹部でバリアを発生させている。もし精霊バリアがなければ、俺の方が致命傷だった。

 

(いや、今も負けたんだが)

 

偶然の産物で有利な状況をとりはしても、それでも結果は惨敗。普通に悔しい。

 

「...だが、これで私の勝ちだな。椿」

「......あぁ。負けたよ。俺の負けだ」

 

でも、俺は笑顔を浮かべた。若葉と全力で戦えたのだし__________

 

 

 

 

 

「で、『俺達』の勝ちだ」

 

チームの勝利が決まったのだから。

 

「...は?」

 

決着は、さっきまでの轟音とは比べ物にならないほど小さな、乾いた銃声だった。

 

『古雪椿、乃木若葉、脱落です...よって勝者、Aチーム!』

「あぁ、AB判別されてたんだな」

「い、いやちょっと待て!?何でだ!?今のは!?」

「今のはって?」

「今の攻撃だ!!おかしいだろう!?もう残ってるのは私と椿しかいなかったはず!!」

「...くっ、はは、あははははっ!!!」

 

悪役みたいな笑いが止まらず、若葉から離れる。

 

「椿!」

「ひっ、ふふ...いや、まさかここまで綺麗に騙されてくれるとは思わなくてさ!ひなたとかも気づいてなかったのか!ラッキーだったな」

「な、何を」

「何って、笑ったんだよ。もうお前以外は皆気づいてるぞ」

「!?」

 

若葉が驚いた顔をする。俺は上手くいきすぎて喜んでる気持ちを宥め、銃声の聞こえた方を向いた。

 

「脱落したら一ヶ所に集められるんだから、誰が生きてるか分かるもんな。なぁ?」

「えぇ。まさかこう上手くいくとは思いませんでしたが」

「...!!!」

 

林の中から現れたのは、銃剣を構えた__________

 

「芽吹!?どうして!?」

「芽吹はやられてないからな」

「いや嘘だろう!だって最初に撃ち落とされて」

「えぇ。私は撃ち落とされたわ。銃弾が翼に当たってね」

「...!!」

 

脱落条件はバリアを発動させること。つまり、追加装甲であるレイルクスを壊され墜落しても、負けてはないのだ。

 

初動で銃を持つあいつらに空を飛んで戦ったのは、それが芽吹にしか出来なかったからと、一種のパフォーマンスのため。

 

「最初なら皆、聞きなれないアナウンスを全て把握できないと思ってさ」

 

派手に撃ち落とされれば後の脱落者報告で聞こえなくても気のせいで済ませる人がいるかもしれない。相手同士で齟齬を生んだら何かしら利点になるかもしれない。相手がひなた以外の遠距離武器持ちを一ヶ所に集めていたこともあり、最初に立てていた作戦は、勝利の決め手になった。

 

芽吹の脱落報告がなければ、こっちは道連れにしてでも引き分けに持ち込めばいい。当然勝ちを狙ったが、そう思うと楽なのも事実としてあったわけで。

 

「まぁ、最後の銃弾とか、その辺まで細かい打ち合わせはしてなかったけどな。芽吹ならやってくれるだろうなって」

「あれで負けるとは思ってませんでしたけどね...」

「俺だってタイマンで勝ちたかったよ」

「...そういう、ことか......私はまんまと騙され、完敗したということだな」

「あの状況で完全に逆転されただけ俺からしたら信じられないことなんですけど」

「だが...」

「二人とも、とりあえず戻りましょう。皆待ってます」

「...そうだな」

「......椿!」

 

歩き出す俺に、一段と大きな声を若葉がかけてける。

 

「...勝負は勝負だ。負けた以上従う。だけど、その前に......全力で戦えたこと、嬉しく思う。ありがとう」

「若葉...」

「あの戦いを楽しんでいたことを皆の前で言うのは、申し訳なく感じてしまうからな」

「......こっちこそ。やれてよかった。ありがとな」

 

差し出した手に、若葉は少し驚いてから微笑む。

 

がっちり交わした握手は、強い絆を感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

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