古雪椿は勇者である   作:メレク

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花結いの章 21話

 

 

 

 

 

誰も、一言も発することがない。ここが病院である以上それは良いことだけど、アタシ達はこの場所に来る前からずっとそうで、まともに動くこともなかった。

 

ただただ、耳が痛くなるような沈黙が続くだけ。勇者部がこの人数になってから、こんなことはあっただろうか。

 

「あ、兄貴っ!!」

『!』

 

それを破ったのは夏凜。奥の廊下から見えた自分のお兄さん、三好春信さんに体当たりするように向かっていく。そして、それはアタシ達も例外じゃなかった。

 

「椿はっ!椿はどうなったの!?」

「落ち着いて...というのは無理だろうから、結論から話そう。彼は無事だ。命に別状はない。今は心拍も安定して眠っているよ」

『!!!』

 

それを聞いて、明らかに空気が軽くなった。アタシも無意識に詰まらせていた空気を出せて楽な気分になる。

 

「よかった...」

 

友奈は嬉しさのあまりか、ぺたんと座り込んでしまった。

 

あれから。赤嶺の胸ぐらを掴んで叫びだした椿をひっぺはがしたら、椿はそのまま頭を抑えながら苦しそうな声をあげ、糸の切れた操り人形のように倒れてしまった。

 

正常な判断が出来ないままだったアタシ達は、なんとかこの人に事情を話して椿の容態を一緒に確認してもらっている。

 

「そう...じゃあなんで」

「神経調節性失神......分かりやすく言うと、過度なストレスが原因の気絶だ。詳しいことは僕も専門外だし分からないけど」

「それでも、失神なんて相当なんじゃ」

「一種の防衛本能ではあるけど、だからこそ間違いないね。ここ数日凄いストレス、負荷がかかってたんじゃないかな。そこに、さらに大きな負荷が突然かかって...」

 

次第に声が小さくなっていって、三好さんは遠くを見つめる。

 

「僕自身、気づけなかった。数日前は無理やり休憩も取らせたし、さっき戦ってるのを見ていた時は大丈夫だと思ったけど...隠してたのか、彼自身理解してなかったのかは分からないものの、心にダメージがいっていたのは確かだろう。それも、常人では意識を切らないと耐えきれないような」

 

アタシも気づけなかった。多分だけど椿自身も分かってなかったんだろう。

 

(それを外から心配出来るのが、アタシ達なのに...っ)

 

普段大人っぽいばかりに頼ってしまうことが多くて、でも何かあれば後先考えても無茶をするような奴だって分かっていながら、何も出来なかった。

 

(どう考えても、あの話が原因...)

 

様子がおかしくなったのは、皆がそれぞれ会話してる中、遠巻きに聞いていたもう一人の椿の話をしてからだった。一体何があったのか__________

 

「診ていた担当の者は、『まるで複数人分の心的損傷を一度に与えられたような経過が見られる』といっていたけど、実際のところ分からない。普通そんなことはあり得ないだろうし」

「...椿先輩は、いつ目が覚めるんでしょうか......?」

「それに関しては、何も言えない。目覚めるのがいつになるか分からないし、それに...」

「それに、何よ?」

「......いや、何でもない。ひとまず彼には病室を取ったから、少なくとも今日はここに入院して貰う。明日以降は色々様子を見てからにするとして...」

 

全体を流すように見ていた目が、アタシで止まった。

 

「乃木銀様...いや、乃木銀さん。話がある」

「確かに様付けなんていらないけど...アタシだけですか?」

「あぁ。ちょっと来て貰えるかい?」

「分かっ...りました」

 

咄嗟に敬語に使いながらついていき、皆から見えなくなるよう角を曲がってから三好さんは立ち止まる。

 

「...それで、何ですか?椿の本当の容態とか?」

「いや、彼の容態は現状さっき言った通りだ。どう転ぶかは分からない。ただ...最悪のケースを伝えなければならないと思った」

 

決意を秘めたような目は、確かに夏凜と似てる様な印象を受けた。

 

「最悪、彼は目覚めないかもしれない。目覚めたとして、心的ダメージを解消するために前後の記憶を消しているかもしれない...言われただけではあるが、その最悪のケースになる方が正常に目覚めるより遥かに可能性が高いそうだ」

「っ...そう、ですか」

 

一瞬声が詰まる。悲鳴をあげそうになるを堪えて、アタシは言いたいこと、聞きたいことを言うために口を開く。

 

「でも、アタシは信じます。きっと椿は無事です。嫌だからって誰かを忘れたりする奴じゃないから...そう思ってるから」

「.....そうかい」

「それより、何でこの話をアタシだけに?わざわざ皆から離れてまで」

「...この話を全員にすれば、精神的に追い込まれるメンバーがいただろう。これ以上不安を煽ることは彼女達の為にもやめた方がいいと思った。一方で、伝えないという選択もなしだと思ったんだ...だから、一番精神的に安定してそうな人を選んだ」

「.......安定してそうに、見えますか」

 

ちょっと嬉しかった。外見では皆を不安にさせないように見えてるのだと分かったから。

 

当然、内心はその限りではなかったが。

 

あんなに苦しそうに叫んでいた椿に気づけなかったのが悔しく思うし、今聞いたことで心が引き裂かれそうになってる。

 

でも、椿ならきっと__________と、思うから。

 

「なら、よかったです」

 

だからアタシは、そう言った。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ひとまずこれで」

「あぁそうだ。とりあえず今日の面会は自由に取っている。多すぎなければ夜いても構わないから」

「そうですか...ありがとうございます」

 

椿が密かに三好さんを目標としていた理由がちょっと理解できたところで、この人は廊下を足早に戻って行った。アタシも来た道を戻るべく反対を向き、歩き続ける。

 

すぐに合流した皆は、不安そうな顔をしていた。

 

「ぎ、銀ちゃん...」

「ミノさん。なんだって?」

「特に何もないよ。椿の病室はある程度好きに行って良いって」

『!!』

「すぐ行きましょう!!」

 

亜耶ちゃんの言葉に逆らう人なんていなくて、全員走りぎみで病室に入り込んだ。

 

「椿さんっ......」

「椿先輩...」

 

少し遠くから見えた椿は、真顔で寝ているだけだった。それは当たり前だけど、違和感がないわけじゃない。

 

(椿......)

 

別に寝相は悪くない。寝言やイビキがうるさいわけでもない。でも、顔からは感情が伝わってこない。

 

(何で傷ついたの?何で疲れたの?何で...いや、何を悩んでいるの??)

 

悩みの一つは確信があっても、それだけでこうなる人じゃないって分かってる。

 

「つばき、さん...」

 

椿と同じ体だった時に培った観察眼をフルに使って一人を見る_________いや、俗に言う女の勘ってやつなのかもしれないものの、それが見えたアタシは下を向いた。

 

「あぁ皆様、既にこちらでしたか」

「えっ...と、貴方は」

「彼を診察した者です」

「ッ!!古雪先輩は!?古雪先輩はどうなってるんですか!?」

「ちょっ、東郷落ち着いて!」

「東郷さんの言う通りです!!椿さんはどうして!」

「杏...」

「......申し訳ございません。私としても直接的な原因は分からないままでして...」

「つっきー...っ」

「......」

「だーもーお前ら落ち着けッ!!」

 

この人数が騒ぎだしたら止めるのはかなり難しく、アタシは実力行使に出た。かなり強めなチョップをそれぞれの頭に喰らわせると、幾分か落ち着きを取り戻していく。

 

「ほ、本当に申し訳ない...一応、彼の部屋は診察時以外なら自由に入れるよう手配しましたので」

『!』

「では、私は、これで...」

 

気まずそうにそそくさ立ち去る人を見てるのはもう誰もいない。

 

『......』

 

心拍を伝える電子音が響く。コードで繋がれてる椿の手を、ひなたが掴んだ。

 

(...そう、だよね)

 

「...じゃあ私、飲み物買ってきますね」

「そうね。きっと長いことここにいるだろうから...」

「それは迷惑ではないか?一部屋貸し切りとはいえ、この人数は」

「棗...」

「椿が心配なのは分かる。私も出来ることなら側にいたい。だが、こんな人数でずっといたら、起きた椿が小言を言うだろう」

「...そうですね。どのみち椿さんが寝てたら話もすすみませんし」

「......じゃあ、誰が代表して残るか決めましょう」

「!そ、そうですね!」

「わ、私も」

「いやいや。もう決まってるでしょ」

 

自然に始まった話に突っ込むと、全員がアタシを見てきた。

 

(まぁ、そりゃそうか。今凄い敵役っぽいムーブしてる気がする)

 

不満そうな顔をしてる人からの視線も受けながら、アタシは口を開く。

 

例えそれが、誰かの気持ちを否定することになっても。

 

「部屋の大きさもだけど、寝てる椿の世話なんて一人で十分でしょ。棗さんの言うように起きた椿が絶対気にするし」

「一人って...銀」

「もしかして貴女」

「いや、アタシじゃないよ?アタシは...ただの幼馴染みだもん」

 

そう。アタシはただの幼馴染み。まだちゃんと気持ちを伝えてない側。

 

残れるのは、心配して隣に居続けられるのは__________

 

「いや、違うな。今もしここで一人を残すなら、その一人は決まりきってるよ」

「一人って...」

「どうして」

「だってアタシ達は、まだ気持ちを伝えてないもん」

『!』

「それがどうして、勇気を振り絞って告白した人と同じ場所に立てるのさ」

「銀...」

「棗さん、弥勒さん、悪いんだけど皆を帰らせてくれません?今日はここまでだから」

「貴女はどうするんですの?」

「アタシもすぐに降りますよ...ただ、答えないと帰してくれそうでもないですから」

 

 

 

 

 

「...どうして、ですか」

 

人が減って、本当に静寂になった病室。そこで、一人が_____ひなたが不思議そうな顔をして聞いてくる。

 

「どうしてって、さっき言った通りだよ。もし椿の側に一人残すなら、普通彼女だろってこと。まぁ、彼女はいないから告白した人でしょってなったけど」

「...分かってたんですか」

「今日の二人の態度を見てたらね。戦った時もそうだし」

「......どうして」

「何が?」

「貴女だって、いえ、貴女の方がずっと長く椿さんのことが好きなのに、どうして私を」

「だからひなたが椿にちゃんと思いを伝えてるから...これは、アタシなりのケジメだよ」

 

そう。ケジメ。皆のことを待つように思っていながら、いざ告白されたら不安でしょうがなくなってしまった自分との決別のため。

 

今まで言わなかったアタシとの決別のため。

 

だからこれは、アタシなりのケジメだ。

 

「別に寝泊まりするのはってだけだしね。昼は自由に来るだろうし...でも約束する。椿がここを出るまでは、夜残ろうとしてる他のメンバーがいた時アタシが追い出すよ」

「どうしてそこまで」

「だって、告白して、返事も聞けないままなんて絶対不安に決まってるもん......」

 

そしてアタシは、ひなたの目を見る。

 

「でも。ここから出たらもう迷わない。アタシは椿に大好きだって伝える。アタシの隣にいてって言う。容赦しない。ひなただろうと誰だろうと横からかっさらうつもりでいく...だから、覚悟しといてね」

「......」

「じゃ、それだけ。また明日...椿をよろしくね」

 

宣戦布告して、最後に椿を見てから病室を出ていく。閉めた扉にもたれて、細く長く息を吐いた。

 

「......あーあ、喧嘩売っちゃった。まぁいいか。負けなられないし」

 

椿はきっと、一人を選んだらその人のことをちゃんと第一して考えてくれるだろう。勇者部の皆も、そんなしゃんとしたところ、優しいところを好きになったんだから。

 

だからこそ、今この瞬間が不安で仕方ない。いずれ椿がひなたに答えるから。アタシが決意して行った頃には__________もう終わってる可能性もあるから。

 

(...あぁ、そっか)

 

小学生だった頃、須美と園子に将来の夢を聞かれ、『お嫁さんになること』と答えた。

 

でもアタシは。

 

(アタシはお嫁さんになりたいんじゃなくて、アイツのお嫁さんになりたかったんだ)

 

無意識に瞳から涙を溢しつつ、アタシは思う。

 

「...うじうじタイムはおしまい。アタシは三ノ輪銀。あの椿の幼馴染み」

 

涙を拭う。扉の先を見る。

 

「......諦めないから」

 

それだけ呟いて、アタシは歩きだした。

 

新しい決意を胸に秘めて。

 

(さて、帰ったら園子の冷たい目線が来そうだなー...やっぱり見栄はらずゴマすってでも残るべきだったかな~)

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

雨が降っていた。

 

夏の気候は冬に比べて移り変わりが激しく、今日も天気予報は晴れマークだけだったのがこの様子である。

 

とはいえ、当然学校はあるわけで。折り畳みの小さい傘を使いながら帰る俺は、風のせいで横から当たる雨に辟易していた。

 

「やまないかな、雨」

 

もう中学生。一人で帰るのに水溜まりで遊ぶなんてことはしない。遊びがなくなるとこの帰宅時間は長く思ってしまう。

 

だからだろう。雨なのにも関わらず、いつもとは違うルートを通って帰ろうとしたのは。そうでないと説明がつかない。何かに導かれるように。何て言うのは、ちょっと痛い。

 

家に帰るにはちょっと回り道な大通り。普段より車通りは多く、雨を弾きながら音を立てて進んでいく。

 

「あっ」

 

一台の車に煽られたのか、突風にあった俺は傘を離してしまった。風にのって少しの距離を飛んだ傘は、建物の敷地に入る。

 

「どうしよう...ぁ」

 

都合よくあった細い隙間を通って、傘を拾う。どこも壊れてはない。

 

「よかった...それにしても」

 

雨で濡れた髪をどけながら、目の前の建物を見上げる。見ているのは側面だけど、それでも大きいことが分かる。

 

そして、中から聞こえるのは________人が呻いているような、そんな音。

 

『___ねぇちゃんを、返してくれよっ!!』

 

「この建物、なんなんだろ?」

 

この建物には『入ったことがない』。だからこそ不気味さを感じた俺は、すぐに踵を返した。

 

「...今度、お母さんに聞いてみようかな」

 

自分に確認するように、そう呟いて。

 

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 

「芽吹先輩!お風呂掃除終わりました!」

「ありがとう亜耶ちゃん。はい、布団は隣の部屋に用意したから好きに使いなさい」

「...どうして、そんなことしてるの?」

「どうしてって、しょうがないじゃない。貴女はその強さから大赦に預けとく訳にもいかない。かといって家を渡せる訳じゃないんだから」

「メブー」

「芽吹さん、もうすぐ料理が出来ましてよ」

「はい」

「私のセリフ取られたー」

 

楠芽吹は加賀城雀に対してくすりと笑い、テーブルにはどんどん料理が運ばれる。

 

「違う、そうじゃない。どうして私にそんな態度を取れるの?今まで敵だったんだよ?」

「それは」

「それに、彼をあそこまで追いやったのは...」

 

あんなに悲痛な叫びをあげて、まるで死んだように眠ってしまった彼。そんな彼を傷つけたのは、間違いなく私だ。私が、しっかり理由は分からなくとも心を傷つけてしまう発言をしたから。

 

「それはどう考えても私____」

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!!いいから飯だ飯!!」

「そんなわけにも」

「赤嶺」

 

私達の会話を遮って、

 

「さっき貴女は、『従う』と言った。友奈だからってわけじゃないけど、その言葉に嘘はないでしょう」

「そんなあっさり信用していいわけが」

「それに。椿さんの容態をそんな苦しそうに話す貴女を、私は演技してるとは思わないわ」

「っ!!!」

 

動揺してしまったことで、彼女はより確信を持ったような顔をする。

 

「だったら大丈夫でしょう。椿さんだってなんとかなるわ。私達が渡した装備をあんなにボロボロにしても生きてた人だもの」

「...」

「さ、食べるわよ」

 

早く席につけと言わんばかりの態度に、私は屈したように歩く。

 

「それでは、頂きましょうか」

「そうですね」

「では皆さん、手を合わせてくださいね。せーの」

『頂きます』

「......頂きます」

 

色々考えながらも、箸に手を伸ばす。

 

久々に他人と一緒に食べた米は、ちょっと甘く感じた。

 

 

 

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