私は昔から、神樹様の話を聞いていた。
東郷家にも、大赦で働く一族の血が入っている。素晴らしいことだ。と。
私もいつか、神樹様にお仕えできるかもしれないと思った。
中学に入る直前。私は事故にあった。二年近く前までの記憶はなくなり、足も動かなくなってしまった。
日に日に細くなっていく足を見て、母は涙した。
リハビリしても、足も記憶も戻ることはなかった。
後日、親の都合で引っ越しが決まった。この時は大きな家に驚いたが、今なら大赦が融通を利かせたのだと分かる。
そこで私は、運命の出会いをした。
『新しいお隣さんだ!』
赤めの髪に桜の花びらのような髪どめをつけた、明るい女の子。
『結城友奈!よろしくね!』
『東郷美森...』
『東郷さん!?かっこいい名字だね!』
これが、友奈ちゃんとの出会い。
同い年だった友奈ちゃんとは同じ讃州中学に入学、町を案内してもらったり、あまり人と話さなかった私を引っ張ってくれたり、作ったぼた餅を絶賛してくれたりした。
『できれば毎日食べたい!!』
そう言ってくれた友奈ちゃんの笑顔は、今でも覚えている。
友奈ちゃんに車椅子を押してもらうのが日常となり、中学生活が慣れ始めた頃。二人の先輩が現れた。
『ちょっと待たれよ!』
『はい?』
『あなた達におすすめの部活があるわ。勇者部部長、二年の犬吠埼風よ』
『勇者部!?なんですかそれ!?』
人のためになることを勇んで実施する。
風先輩は勇者部の活動を教えてくれて、友奈ちゃんはとても乗り気だった。この時から私は部活に入ることを決めている。友奈ちゃんがこの部活に入らない筈がないから。
そして、もう一人の先輩も現れる。
『風ー、こんなところにいた......』
黒髪で、優しそうにも冷たそうにも見える表情をした先輩は、私を見てうずくまった。
『え、なに椿、大丈夫?』
『すみ...』
『え?』
『須美ぃぃぃぃ!!』
『きゃあっ!』
『うわはぁ!?』
気づいた時には初対面の先輩に抱きしめられていた。
『生きてたんだな須美!よかった!よかったよぉ!!』
『や、やめてください!!』
その後風先輩や友奈ちゃんに止められ、古雪椿と名乗った先輩自身も土下座されたので許すことにした。
(どこか、懐かしかった気もする...)
母に尋ねたところ、古雪家との関係はなにもないとのことだったので、気のせいだとこの時は思っていた。
その後、勇者部として活動が始まり、ボランティア活動をしたり、五箇条を考えたりした。
一年があっという間に過ぎて、先輩方は三年生、私達は二年生になった。
『よ、よろしくお願いします!』
一年生で入ってきたのは風先輩の妹、犬吠埼樹ちゃん。
五人になった勇者部は、依頼をこなし、本当の勇者になり、夏凜ちゃんを加えて六人になった。
勇者にお役目は12体のバーテックスを倒すこと。終わった時に待っていたのは体の欠損。
いつか治ると思っていた後遺症は、『彼女』との出会いで打ち崩され、なくした記憶の断片を得た。
その断片が、このままではダメだと語る。
(精霊が私達を生かすための機能なら...)
疑問を確信に変えてから、自害を試みた。切腹に始まり、飛び降り、首吊り、一酸化炭素中毒__________全部、精霊は止めた。私は生きている。
『彼女に会わなくちゃ...』
そして今、私は大赦の施設に通された。話を聞くのは彼女一人でいい。
「やっぱり来てくれた」
ここに来るまでに、親から聞けることは聞いたし、調べられることは調べてきた。
「東郷さん」
「わっしーでいいわ。記憶は飛んでても、私は二年間『鷲尾』という名字だったのだから」
私の名前は東郷美森。だが二年間、鷲尾須美という名前でいた。
鷲尾は大赦内で高い地位を持つ一族。養子として入っていたのは既にわかっている。
何をしていたかなんて、目の前の彼女が語っていた。
(須美...)
何度か呼ばれた名前。面識のない古雪先輩が言ってきたのは、もう一人の人格があったから。
散華の影響で消えたらしい、鷲尾須美を知っている人物。
詳しくは聞いていないし、私も気にならない。正直、『そんなこと』より気になることは多いから。
今は、回答を出す時間だ。
「適性検査を受け、勇者の資格を持っている私は貴女と戦い、散華して足と記憶を失った」
それが、満開の代償として体の一部を供物として差し出す勇者システム。
「正解だよ。私はもっと派手にやってこんなだけどね」
声帯と目を捧げなかったことが奇跡に思えるくらいには、彼女の体は満身創痍だった。
「大赦は身内だけじゃやっていけなくなって、四国中で勇者になれる人を探したんだ」
「...引っ越しの場所が友奈ちゃんの隣だったことも、仕組まれたこと」
「彼女、勇者の適性値が二番目に高かったんだって」
「二番目?」
「うん。一番はつっきー...古雪椿さん」
「じゃあ、なんで私は古雪先輩の隣じゃなかったの?」
「あの人は特殊だったからね。勇者で唯一の男の人。それに反応する端末は一つだけ」
良くわからなかったが、友奈ちゃんの隣になったことは幸運だった。
「でも...どうして、私達が」
大体の答えは聞けた。私達が選ばれたのは神樹様が決めたからなはず。だからこれを聞いている彼女は悪くないのに、冷えた声が出てしまった。
「...私は、みんなに真実を伝えたい」
「え?」
「壁の外の秘密、この世界の成り立ちを教えてあげる______________」
それから、私は勇者になって壁の上に降り立った。『真実は貴女の目で確かめるといいよ』と言われたから。
『壁を越えれば、幻が消えるよ』
(壁のむこう...)
少しだけ、歩みを進める。
「っ、なに!?」
体にまとわりついていたものが消えた時には、暑さと恐怖を感じた。
「これが......本当の世界」
見た先は、赤かった。ひたすらに赤く炎が舞い、大量の白い物体がその間を泳ぎ回る。
別の色が見えるのは、地面と真上の黄色。神樹様の大木。
「世界は結界の中...それ以外は」
ひたすらに絶望を与えてくるそれの名前は星屑。集まって、大きくなってできるのはバーテックス。
彼女の言葉を思い出す。
『この世界はウイルスにやられたんじゃない。天の神の使い、バーテックスにやられたの。人類に味方した地の神が今の神樹を作り上げ、四国に防御結界を張った。今の大赦は神樹様を管理する組織』
(じゃあ...世界に救いは...)
無限に増えるバーテックスと、体を失い続けて戦う私達に、希望はない。
(まるで地獄...!)
そして、見てしまった。実際に星屑が集まり、以前倒したバーテックスが生まれるところを。
「また攻めてくるのを...迎え撃つ......何回も、何回も、体を犠牲にしながら......」
後ろに下がって、炎の景色は消えた。結界の中から見る外は、ただの夕焼けでしかない。
「皆を、助けなきゃ...」
私は決めた。普段使う銃を出す。狙いは足元__________
「生け贄が私一人ならよかった」
だが、これでは全員が助からない。ならばいっそ__________
「待ってて友奈ちゃん。みんな。私が...」
一呼吸して、引き金を引いた。乾いた音と共に、壁を壊して__________星屑が、私達の世界に入り込んでいった。
「神樹様を殺してしまえば、苦しみから解放できる。生き地獄を味わうこともない...こんな世界。私が終わらせる!!」